第5話 ウカイの街の不愉快な領主
「私は主人と2人でこの先の山脈の反対側にある町に向かっておりました、しかしこの街の中を歩いていた時に突如領主を名乗る男に『この者達は何か良からぬ事を企んでいる疑いが有る、男は牢の中に入れておき容疑が固まり次第身包みを剥いで街から放り出せ。女の方は・・・私自ら尋問してやる』そう言って私達は無実の罪で捕らえられ領主に散々嬲られた後、売られそうになった所を命からがら逃げ出したのです」
フェスの村で聞いた話よりも更に酷くなっているな、誰も悪事を告発しようとしないだろうか?
「国の端に近い街まで軍は来ようともしません、また領主は大臣に不当に得た金の一部や捕らえた女を賄賂として送る事で見て見ぬ振りをさせている様です」
女性の話を聞いて更に不愉快になる、ベッドの毛布を女性に掛けるとこの街の領主の名を聞く事にした。
「悪いんだけど、この街の領主の名を教えて貰えないか?」
「はい、ヒジョー・ニ・フユカーイ男爵です」
うん、名前からして非常に不愉快だ。
「そうだアマテラス、スライムならこの鍵穴の中に身体を入れて錠前を外せないかな?」
「そうですね、やってみましょう。こんな行いはとても許せる物では有りません」
アマテラスは女性の手錠の鍵穴に身体を入れると悪戦苦闘しながらも両手の手錠を外す事に成功した。
「ほら、これで自由だよ。とりあえず今晩はこの部屋で休んで明日にでもご主人を助けに行こう」
「助けるって・・・一体何をされるおつもりなのですか?」
女性を落ち着かせる様に穏やかに微笑みながら護は誰が聞いても物騒にしか聞こえない言葉を放つ。
「ご主人が捕らえられている牢屋を爆破して救出する、その後は領主を懲らしめる」
ドゴォオオオオオン!! ウカイの街の牢屋で爆発音が轟いたのは翌早朝の事だった、宿直室から飛び出した兵士達の前に現れたのは1人の男と1匹の白いスライムだった。
「お~い、***さんのご主人居たら返事してくれ。助けに来たぞ~!」
「ここに居るぞ、妻は無事か!?」
「領主に散々弄ばれたみたいだが本人は気丈に振舞ってる、再会出来たら慰めてやるんだな」
「そう言うあんたは何者だ?」
「俺か?俺の名は神守 護、ただのスライム使いだよ」
護はこちらの世界に来て初めて怒っていた、女性を辱めたあげく売り払おうとするのは人として許されるべきじゃない。更にその行いを黙認している者も居るというのだ、世界を混乱させる者より先にこちらを正す方が先決だ。
「アマテラス、火之迦具土神を呼び出せるか?非道な事をすれば俺達が決して黙っていない事を知らしめようと思う」
「分かりました、私も同じ女性として許せません!」
そういえば天照大神って女性神だったな・・・ってもしかして俺今までスライムとはいえ女性を抱きしめながら寝ていた訳!?急に気恥ずかしくなると同時に抱き枕代わりにすると何でアマテラスの体温が上がるのか理解出来てしまった。
エントリーナンバー5番
LV4 迦具土スライム(火の神、鍛冶の神)
日本神話において産まれる際に伊耶那美命の死の原因となる火傷を負わせた神を宿したスライム(火傷した場所は各自で調べてねw)神をも殺す炎はとっても熱い
「なあ・・・神をも殺す炎って熱いってレベルじゃ済まない気もするが大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、だって私達が受ける訳じゃ無いですから」
「カグツチ、まずは牢の前で陣取っている兵士連中にお前の力を見せてやれ!」
「おう、任せておけ~!」
牢の入り口で道を塞ごうとしている兵士と護達の中間付近でカグツチはまず自爆する、大穴が空いた場所に灼熱の炎が舞い上がり地面が溶岩になりかけていた。
「お前たち、死にたくなければ牢に捕らえられている無実の人達を解放しろ。さもなければ今の炎で死体すら残らなくするぞ」
「ひぃっ!?」
兵士達は牢の鍵を投げ捨てるとそのまま逃げ出した、中に居る無実の人がどれだけ居るのか分からないだろうが・・・多分全員だろうけど。
ガチャッ
「全員ここから出すぞ、ただし領主をまだ懲らしめてないから兵士達が街中をうろついてる筈だ。どこか身を隠せる場所が在ればそこに行け」
「お、おい!俺達をこのまま見捨てるのか!?」
「俺達はこの街の不愉快な領主を懲らしめてくる、爆発音で街に居る兵士達が全員領主の館に集まるだろうからそうしたら逃げ出すなり引き離された家族と再会するなり好きにするといい」
正義感に駆られてしている訳では無く、ただこの街の領主のやり方が不愉快だっただけ。爵位を持つ者を倒した後で何が起きるのか深く考えていないけど、アマテラスや他の八百万の神達が居れば何とかなるという確信だけは有った。
「元の世界でこんな事をしていたら今頃犯罪者で逮捕されているだろうな」
「そうですね、ですがきっかけは何であれ無実の罪を着せられて牢に入れられていた彼らを解放した事は間違っていないと思いますよ」
「最悪はこの世界の色んな国の人が敵になるかもしれない、先に謝っておいていいか?」
「謝るのは別に元の世界に戻ってからで良いですよ、そしてお詫びは神社などへの参拝の数を数回程増やして頂ければ」
「ありがとう、それじゃあ非常に不愉快な領主様の顔を拝みに行くとするか!」
「はい」
領主の館は広い敷地の中央に立っており、敷地の周囲は高い塀に囲まれていた。その塀に沿う様にしてこの街の衛兵達が屋敷を守っている。
「牢に入れられていた容疑者及び囚人を脱獄させたのは貴様か!?」
衛兵の隊長らしき男が居丈高に叫ぶ。
「領主に言いがかりを付けられ無実の罪を着せられた者を解放しただけだ、お前らは何故無法を働く領主を捕らえようとしない?お前らも領主に取り入って甘い汁でも吸っているのか?」
「き、貴様!我らを愚弄するか!?」
「反論出来ないって事は理由はどうあれ同罪だ、俺達は領主を懲らしめる為に来た。館の中で未だに酷い目に遭わされている人が居れば全員助ける、その後はこの屋敷全体を更地にでもさせてもらうよ」
「貴様がやろうとしている事はこの国への反逆行為だ!後でどうなっても知らんぞ」
「生憎と俺はこの国、いやこの世界の住人じゃ無いんでね。どの国にも喧嘩を売れるしどんなに偉い奴にも頭を下げる必要は無い」
衛兵達が一斉に剣を抜く、それを冷めた視線で見ながら護はアマテラスに新たなスライムを出す様に頼んだ。
「向こうはやる気みたいだから、こちらも手加減は無しだ。火雷大神をお願いしていいか?」
「分かりました」
エントリーナンバー6番
LV4 火雷スライム(雷神、水の神、伊邪那美命の御子神、雨乞い、稲作の守護神)
伊邪那美命の体に生じた8柱の雷神の総称である火雷大神が宿ったスライム、8体に更に分離して雷や大量の水で攻撃を行う
「まず2体が先行して大量の水であいつらを濡らして欲しい、残りの6体は雷で殲滅だ」
「あの兵士達の中には領主とつるんでいないのも混ざっていると思うが本当に良いのか?」
「わが身可愛さに多くの見知らぬ人が酷い目に遭う姿を見ても放置してきたんだ。家族を守る為も有るかもしれないが俺達と同調する動きが見えない以上、1人1人調べている時間も義務も無い。他人の家族を犠牲にしてきた罪を償う時が今だったって話だよ」
「お前がそう言うのであれば仕方あるまい、お前がこれから奪う命の重みを我らも背負う。お前が信じる道を進め」
そう言い残し火雷大神は8体に分離すると、まず2体が先行して左右に分かれ自爆し衛兵達に水を浴びせる。そして・・・残りの6体が均等に屋敷の周囲に分散し自爆すると衛兵達は全員無慈悲な電流の餌食となり即死した。
「屋敷の中に居るのが逃げ出さない様に雷神や木花咲耶達も出して屋敷の周りを固めてくれないか?ここまで大っぴらに悪さをしていた領主だ、屋敷の中で働いていて悪事を知らない筈は無い。一応、領主と運命を共にするか自首する事を勧めるけど拒否した場合は被害者の人達に扱いを委ねよう」
「領主はどうなさるおつもりですか?」
「生かしておいても大臣とやらの元へ行って軍隊を引き連れて戻ってくるだけだ、それではまた犠牲者が出る。館ごと迦具土に燃やしてもらおう」
「分かりました・・・」
「それから、もう1つお願いをしてもいいか?」
その後、1時間ほど掛けて館の中に居た領主に連れ去られた犠牲者の女性達を解放する事が出来た。その間に館から逃げ出そうとした執事やメイド達はもちろん領主のヒジョー男爵も1ヶ所に集められて火雷スライムに囲まれている。1人、警告を無視して逃亡を図り雷に打たれて死んだ者を見て抵抗する気を失くした様だ。
「男爵、俺はこの世界の住人じゃ無い。他の世界から来た者だ、だからお前の血統がどんなに優れていようが大臣とどんなに親しかろうが関係無い。無関係の人達を苦しめ弄んだ行いを不愉快に感じたからそれを罰する、館の中で1番安全な場所へ急いで向かえ。さもないと館と共に焼け死ぬぞ」
館の中へ逃げ込む男爵から少し遅れて迦具土スライムを向かわせる、そして館の中央で爆発が起きると館は一瞬で炎に包まれ焼け落ちた。
護は向きを変えて集められている執事やメイド達に淡々と話しかけた。
「お前らがどんな理由で屋敷で働き続けてきたか知りたくも無いし聞く気も無い、1つだけ言える事はあの男爵と同じ目に遭うか自首してこれまでの罪を償うか選ぶといい。どちらも嫌だと言う奴は犠牲になっていた女性や男性の前に突き出すからその後の扱いは彼らの判断に任せる」
男爵と同じ目に遭いたいと申し出るのは流石に居なかったが9割近い者が自首を選んだ。しかし残りの1割、偶然かどうかは分からないがメイドのみであったが「私達は館の中で何が行われていたのか知らない、私達も被害者よ」と言い張ったので被害に遭った人達の前に突き出した。
(館の中で何が行われていたかなんて、街の中で領主がしてきた事を考えればすぐに予想がつく筈だ。お前達は被害者では無い、限りなく加害者に近い共犯者だ)
その後メイド達は男性達が許すまで嬲られ続け、女性達から罵られる事となる。
「俺達の女房と同じ目に遭わせないと気が済まん!」
「私達を吐き捨てる様な目で見ていたくせに、よく被害者顔していられるわね!?」
「ごめんなさい、もう許して!」
自らの足で自首する為に街を出て行く執事達と対照的な姿は街の住人からも同情する者は居なかった、犠牲者達から解放された後も住人で世話をしようとする者も現れずこの街から姿を消す事となった。
少し時を戻して、館と運命を共にしたと思われた男爵だったが隠し通路から逃げ出そうとしていた。
(この街の領主たる私を害そうとする不届きな者が居るとは!?急いで大臣の元へ向かい討伐の軍を編成してもらわないと)
街外れの隠し通路の出口から外の光が漏れているのが見えた男爵はロウソクの明かりを向ける、そこで1匹のスライムが待ち構えているのに気が付いた。
「護さんが天照大神に言っていた通り、隠し通路を使って逃亡を図るとは・・・あなたには私の火中出産をなぞり試練を与えましょう。あなたが清廉潔白であれば無事で済みます、しかしあなたが多くの罪を犯し罪を償う気を持たなかった場合、炎は地獄に落ちてもその身体を焼き続けるでしょう」
男爵は木花咲耶の爆風で飛ばされた後、全身を炎で焼かれ息絶えた。こちらの世界に地獄が在るのかどうかは分からないが男爵が燃え尽きるのを確認した木花咲耶は出口の隙間から外に出て護とアマテラスの居る領主の館跡へ戻っていった。