九月 仲秋の名月
オリジナル短編シリーズ
『山田さんは告らせたい!』の第六話です!
毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!
山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!
「お疲れ様! それ残り物だから早めに食べてね」
「はい。ありがとうございます。お先に失礼します!」
朗らかな笑顔を浮かべる店長と別れてバイト先を後にする。
新学期が始まって数日。あれほど暑かった気温も九月の半ばを過ぎた辺りからすっきりとした秋の顔を覗かせる日が増えてきた。
帰り道の空き地にはいつの間にかススキの子供が列を成し、時折吹く風にただただ静かに揺れている。
こんな日は音楽も聞かず、秋の空気を感じながらゆっくり帰るのが最近の楽しみだ。
それに、
「店長ってばこんなに食べられないよ」
帰り際、店長から受け取った小さな紙袋には甘い蜜の乗ったお団子がパック一杯に入っていた。店長曰く、今日は一際お月様が綺麗に見えるから張り切って作ったのだとか。
けど、さすがに一人で食べるには数が多すぎる。
「ま、いっか。お母さんたちにお土産にしよっと」
そんなことを考えながら一本だけ袋から取り出して頬張ってみる。
「あ、おいしい!」
さすがは店長渾身のお団子。
お餅の絶妙な弾力と言い、醤油の効いた程よく甘い餡蜜はバイト終わりの身体に素直に浸透していく。
「せっかくだし、ここでお月見でもしようかな」
街灯以上に明るい月明かりのおかげで何もない空き地はそこだけぽっかり別次元のように青白く浮かんでいる。
お月見をするには申し分のない場所だ。
適当に積まれた角材に腰を下ろすと、袋の中からもう一本だけお団子を取り出す。
「ほんとに月が大きくて明るいんだね」
薄紺色をした空にくっきりとした真ん丸お月様が浮かび、いつもよりもずっと明るい夜空はまるで宇宙との境目が肉眼でも見えそうなくらいに鮮明に照らし出されていた。
「って、あれ? 携帯光ってる?」
そう言えば、バイト中マナーモードにしてそのままだったらしい。
手提げ鞄の奥の方でわずかな振動と共にスマートフォンの画面が灯っている。
「山崎? 何だろ?」
カナたちの陰謀で山崎と過ごした夏祭りの夜、成り行きで連絡先を交換したところまでは良かったのだけれど、結局一度も使うことなくただ眺めるだけのアドレスになっていた番号。
それが今、ついに本来の仕事をしようとしている!
「も、もしもし? 山田です」
「あ、山崎です! 急にごめん。今、大丈夫だった?」
「うん。ちょうどバイトの帰り道だから。どうしたの?」
高鳴る胸を必死に抑えて精一杯平静を装った声音を作る。
山崎も緊張しているのか、いつも学校で話すときよりも幾分かかしこまっている印象だ。
「今日借りたノートそのまま持って帰ってきちゃったみたいだからどうしようかと思って」
「英語のノートだっけ! そうだったね。いいよ。また月曜日で」
そう言えば今日の授業中板書し損ねた山崎にノートを貸したままだったっけ。別に休みの間に使う予定は……あ。
「確か例文の書き写しと日本語訳の宿題あったよね? それも結構な量」
「うん。しかも英語って一時間目だね」
完全に私の計算ミスだ。朝から取り掛かっても授業開始までにはきっと間に合わないし。教科書はあるから別のノートにやって行くしかないかな……。
「俺のせいだし。今から届けるよ!」
「え? 今からって、今から?」
正直、それは非常に助かる。助かるけど……。
「三角公園なら十分もかからないと思うけど、いい?」
「うん。大丈夫だよ」
これって会う約束だよね――。
それまで抑えていた脈拍はもうどうにも押さえつけられないくらいに早まっている。それは山崎の方から電話をしてくれたことも理由の一つなのかもしれない。
「あ、山崎。あんまり急がなくてもいいよ。今日は仲秋の名月だから」
「え? ……あぁ」
きっと山崎もこの綺麗な夜空に気付いたのだろう。電話口の向こうで感嘆に浸る声。
「あとでいいものあげるね」
「え? いいものって?」
「それはあとでのお楽しみ!」
手に持った店長自慢のお団子に目をやると、何となく自然に笑みがこぼれた。
だって今日は仲秋の名月なんだもん。
( 九月 終 )