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山田さんは告らせたい!   作者: 香蕉みるく
5/12

八月 夏祭り

オリジナル短編シリーズ


『山田さんは告らせたい!』の第五話です!


毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!


山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!

校舎の向こうに夕陽が沈む夏の夕暮れ。

数年前まで通っていた地元の小学校には電飾を点けた色とりどりの屋台が並び、今もやぐらの周りを大勢の人たちが行き交っている。

その服装はまさに十人十色で、涼しげな半袖シャツの人もいれば甚平や浴衣を着た人もいる。

「ねぇ、やっぱり山田も浴衣着た方がよかったんじゃないの?」

 買ったばかりのりんご飴を舐めていたカナが擦れ違った女性を横目に呟く。

「いいよいいよ。うちに浴衣なんてないしさ。髪だって短いし似合わないよ」

「そんなこと言って、山崎と会ったらどうすんの?」

「な、何でここで山崎が出てくるの⁉」

 思わず綿あめを詰まらせそうになる。

 そんな私の様子を訳知り顔のカナは呆れ半分の嘆息を漏らして、

「せっかくの夏祭り、高校最後の夏休みなのに」

「別に私と山崎は何でもないからね! ただのクラスメイト」

「三年間ずっと変わらないクラスメイトね。席も互いの距離感も」

「うッ……ん」

変な声が漏れたのはきっと自分でもそれを自覚しているからで、実際今まで機会はいくらでもあったんだと思う。

林間学校や体育祭、文化祭に修学旅行。だけど、いつも私にはあと一歩を踏み出す勇気が足りなかった。

それはあの頃からずっと親友でいてくれたカナもきっとわかっているのだろう。

「りんご飴ってさ、久しぶりに食べたけど結構おいしいんだね」

「え? りんご飴?」

突然の話題に私の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでしまう。

「弱い中身を守るように周りを固めてさ。舐めてるだけじゃ甘いだけだけど、一口齧ればその先にある違った味を知ることができる」

「何それ? カナ急にどうしちゃったの?」

「山田もさ今年になって頑張ってるって思うよ。必死に今まで知らずにいた味を知ろうとしてるって思う」

ふと、歩調を緩めたカナにつられるように振り返ると、そこには周囲の賑やかな明かりに照らされた親友のいつになく優しい顔。

「今年は変われるといいね!」

「え? カナ? どういうこと?」

「りんご飴なくなっちゃった! もう一個買ってくる!」

「ちょっと、カナ⁉ もう花火の時間だよ――⁉」

 声を掛けるも親友の姿はすでに雑踏の奥に消えてしまっている。

「カナってば今から行って間に合うのかな?」

「おーい、タケル⁉ どこ行ったんだ?」

「え? ……山崎?」

「あれ、山田さん?」

 聞き馴れた声に思わず振り返ると、やっぱりそこにはラフな格好をした山崎がいた。誰かと一緒にいたのか割ったばかりのチューペットからは甘そうな汁が滲み出して今にも滴り落ちそうになっている。

「私はカナと夏祭り。あの子はちょうど買い出しに行っちゃったところだけどね」

「そっか。カナちゃんも来てたんだね!」

「うん。山崎は一人?」

「俺もタケルと来てたんだけど、気づいたらはぐれちゃったみたいでさ。人にアイス持たせといてどこに行ったんだろ?」

「ふーん。そう、なんだ」

 思い出したかのように消えて行ったカナに行方不明になるタケル君。別れ際に言っていたカナの言葉。……何となくすべてが繋がったような気がする。

「なんか、山田さんとちゃんと話すのって久しぶりな気がする」

「え?」

「夏休みだからってだけじゃなくて、夏期講習のときもそうだったし、もしかして避けられてるのかなって」

山崎とこういう話題になるのはちょっと意外だ。

 山崎っていつもはゲームや漫画のことばかり考えていて、男友達といる方がずっと楽しそうなのに。……いや、元々交友関係が広いからこそ私の中途半端な行動に違和感を感じたのかもしれない。

「ううん、何それ? 山崎のくせに考えすぎ!」

「そっか。なら良かった」

 そう言って無邪気に歯を覗かせる山崎に内心私は救われる。

そんな私の気持ちにつられるように一瞬の閃光。

すっかり日の落ちた夏空の中を薄灰色の煙が空高く駆け上る。 

「ね、山崎。私実はね……――――」

 私のちっぽけな悩みを打ち消すかのように満開に開く夏夜の花火はいつになく色鮮やかに咲いた。

「――――好きなんだ」

「え? 何?」

 カラフルに照らされた山崎の不思議そうな顔は面白いぐらいに真っ直ぐで、小さなことで悩んでいた自分がホントに馬鹿らしくなれた。

「そのアイス。私、好きだよって言ったの」

「あ、これ? って、うわ⁉ めっちゃ溶けてるし……。タケル戻ってこないし、もういいや。山田さん片方もらってくれないかな?」

「え、いいの?」

「山田さんにはいつもお世話になってるからね。それにそもそも戻ってこないタケルが悪い」

「そっか。ありがと」

 山崎の差し出したアイスを手に自然と寄り添う二つの影。

 今日ぐらいは『こんなやりとりがずっと続けばいいのに』なんてこの夏夜のサイカイに願ってみてもいいかな。

                                                                                        ( 八月 終 )


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