七月 夏期講習
オリジナル短編シリーズ
『山田さんは告らせたい!』の第四話です!
毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!
山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!
「えーつまり、ここの公式に当てはめて代入すると――」
普段の授業となんら変わり映えのしない風景。
普段と違うのは授業中でも聞こえる部活動の活気に沸いた声ぐらいで、硬いチョークが黒板を叩く音も それを必死に板書しようと走るシャーペンの音や空調の音に混じって聞こえる蝉時雨もすっかり夏の風景だ。
夏休みに入って三日。学生の年間行事の中でも待望と言っても過言ではないこの期間に私たちは変わらず登校を余儀なくされている。
「じゃあ、この例題を……山崎、前に出てきてやってくれんか」
一応は最高学年、受験生ゆえの苦労なのかもしれない。それに――
「え……はい」
直前まで必死に動いていた筆が止まり、一つ前の席で引きつった声が漏れる。
黒板に並んだ数式と手元の教科書を何度か見比べてから山崎はゆっくりと席を立つ。
「うーん、少し違うな。考え方としては悪くないぞ。――じゃあ、続きを……その後ろの山田!」
「あ、はい!」
擦れ違い際の山崎は間違えたからなのか、少しだけ俯き加減で全然目も合わない。
けどそれでも夏休みに入ってからも変わらず彼の顔を見られるのは素直に嬉しかったりする。
「はい、正解。さすがは山田だな。この程度じゃ物足りないだろう?」
「いえ、そんなことないですよ」
満足気に言う先生に笑顔で応え、元来た道を引き返す。
途中、意識しなくても視線が山崎を捉えてしまう。
あの日、あのプール掃除の日以来何となく山崎と話す機会が減った気がする。
別に喧嘩をしている訳じゃない。
あの日だってタケル君にもらった予約票を一緒に引き換えに行ったし、直前までの憂鬱が嘘のようにはしゃぐ山崎も見れたし、私なりに最良の努力を見せられたんじゃないかなって思うし……。けど、やっぱり心のどこかでまた自分の身勝手さが山崎を困らせてしまうんじゃないかと考えてしまう。
今となっては人間関係とかあんまり気にしなくなったけど、一度気にしてしまうと何だかそわそわと落ち着かない気持ちになる。目に見えないから? 形がないから? 余計に憶病になってしまう。
「あんな公式があったらいいのに……」
そう言えば、山崎と初めて話した日もそんなことを考えていたっけ。
入学して間もなかった一年生の四月、上手くクラスに馴染めずにいた私はよく一人で図書室に入り浸っていた。
人気のない図書室は余計なことを考える必要もなくてその頃の私にはとても居心地の良い数少ない居場所だった。
そんな私の居場所にある日、山崎は来たんだ。
授業で使う本を取ろうと必死に背伸びをしていた私に、颯爽と現れた山崎は何も言わずにその本を取ると話したこともない私に気さくにその本を差し出してくれた。
人間関係とか周囲の空気とか気にしてばかりいた憶病な私が図書室を抜け出すきっかけをくれた山崎。そのおかげで彼と同じ中学出身のタケル君や、その彼女のカナ、他のクラスメイトたちとも次第に話す機会が増えて気付けば私は救われていた。
きっと山崎はそんなこと少しも考えていなかったのだろうけど。
けど、
「改めてありがとね。山崎」
陽だまりの中黒板と睨めっこを続ける白いカッターシャツにそっと投げ掛ける想い。それもきっとタイミング良く鳴ったチャイムの音で届いていないのだろう。
「うん……? 何か言った?」
振り返った山崎は不思議そうな顔でうーん、と身体を伸ばす。
私の想いはあの日から少しずつ膨らみ続けていることをいつかちゃんと伝えたい。
山崎はあの日のことを覚えてるのかな。今度訊いてみようっと。
( 七月 終 )