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山田さんは告らせたい!   作者: 香蕉みるく
3/12

六月 プール掃除

オリジナル短編シリーズ


『山田さんは告らせたい!』の第三話です!


毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!


山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!


●六月 プール掃除


「あーもう、あーもう、あーもう!」

「山崎ってばそんなにモウモウ言ってると牛さんになっちゃうよ?」

「もう‼ 今日はずっと心待ちにしてたゲームの発売日だったのに! 何でこんなことしなきゃいけないんだよ!」

「山崎ってばさっきから同じところばっか擦ってるんだもん。塗装剥げちゃうよ」

 焦燥感に駆りたてられた山崎は私の声なんて全然耳に入ってない様子で使い古されたデッキブラシをこれでもかと擦りつけている。

「きっと終わってから行っても売り切れてるだろうし……。再販するまで待つべきか、高く付いてもネットで探すべきか……うーん」

「ねぇ山崎? そのゲームってそんなに面白いの?」

「もちろんだよ‼」

「びっくりしたぁ。聞こえてたんだね」 

 急な反応に驚いた私とは別に、山崎はブラシを持つ右手にまで力をこめて熱弁を揮う。

「今日発売のゲームは今までのシリーズの中でも神作と謳われたシリーズ第七作目のリメイクで、今回は過去作では選択できなかった敵キャラやサブヒロインのシナリオも選べるようになった上に、今では当たり前のようにできるようになったネットを介しての全世界同時プレイ機能や、拡張現実機能とかファン待望の充実したラインナップなんだよ! しかも早期購入者特典にはキャラクターデザイン資料集や初回限定のフィギュアも付いてくるんだ! これは逃す訳にはいかないよ!」

「そ、そうなんだ」

 ずっと同じクラスで過ごしてきて今が一番生き生きといていた瞬間だったかもしれない。一方的にだけど。

「私、なんか悪いことしちゃったね。ごめん。山崎」

「ちょ、ちょっと山田さん⁉ 急に何? 謝らないでよ」

 来週に迫ったプール開きを前に、各クラスから有志を募ってのプール掃除。毎年この時期になると最高学年の三年生の中から内申点を餌に有志を募集するのが恒例行事だ。

 別に私は内申点目当てではなかったけれど、ホームルーム中もずっと上の空だった山崎へのちょっとしたいたずらで『呼ばれてるよ』って囁いたら山崎ってば慌てて返事しちゃうんだもん。結局、罪悪感から私も立候補することになって今に至るわけだけど……。

「あ、二人ともこんなところにいた!」

「何かあったの? さっきデカい声聞こえたけど」

「あれカナにタケル君。そっち終わったの?」

 呼ばれて振り返ると、揃いの体操服姿の親友とその彼氏君がひと仕事終えた様子で戻ってきていた。

「更衣室組はキリが付いたからもうすぐ解散かな。プール組はどう?」

「うーん。こっちはまだもう少しかかりそうかも。先生も今年は参加人数少ないって嘆いてた」

「そっか。今年三組誰もいないもんね。私たちと二組の子たちばっかり」

「三組は進学コースだもんね。プールよりも勉強なんだよ」

「受験生は大変ですな」

「まったくですな」

 親友共々プールから今もなお補習が行われているであろう三組へ無言のエールを送る。

「俺らもその受験生なんだけどな。――それはそうと山崎、例のゲーム今日だぞ? 結局予約できたのか?」

「あ、タケル君今その話題は――」

 私の制止もあと一歩及ばず、落ち着きを取り戻し始めていた山崎の負のスイッチが再び入る音が聞こえた。

「あーーーー。ザクロ、ヤシュ、マッパ、リリン、ショウ、シャナ、メイ、ロンド、ヴァナッシュブキン、エリザベス、ヨモギ、ランスロッド……」

「や、山崎どうした?」

「負の連鎖が再稼働した……」

 突然のことに驚くのも無理はない。深い溜息と共に謎の横文字を羅列し始めた山崎からはプールの汚れなんかよりもずっとどす黒い何かが放出されているのだから。

「ゲームに出てくるメインキャラだね。山崎ずっと楽しみにしてたもんな」

「そう、なんだ……」

 タケル君の言葉にきゅうっと胸の奥が締め付けれられるような感覚。

「そう言えばタケルもそのゲーム買うって言ってたよね? 何でタケルはそんなに余裕なの?」

「俺? 俺はばっちり予約してるからね! 予約特典も店ごとに違ってくるからその辺抜かりはないよ!」

「それで最近遊びに行ってもお金ばっかり気にしてたのか」

 何か思い当たる節があったのかカナの顔が渋いものになる。

「そ、それは……てへ。じゃ、じゃあ山田さんそういうことだから俺先に上がるね!」

「うん。お疲れ――ね、タケル君!」

「うん?」

 バツが悪そうに帰ろうとしていたタケル君が不思議そうに振り返る。

「タケル君の予約したゲーム、一つ譲ってくれない……かな?」

「えっ⁉」

「もちろんお金は全額払うから! 山崎の分私が無駄にしちゃったの。私のつまらない思いつきのせいで山崎の楽しみを奪っちゃったから……。――めちゃくちゃなことを言ってるのは重々承知してる。けど、どうかお願いします!」

「山田さん……」

 最初驚いた表情をしていたタケル君だったが、私の話と山崎の落ち込んだ様子を交互に見て何かに納得したらしくいつもの朗らかな笑みを浮かべた。

「山田さん、言ったでしょ。抜かりはないって。あいつのことだからまた予約できずにいるんだろうなって思って余分に予約しといたんだよ」

「うそ⁉」

「あ、でもあいつまだそのこと知らないはずだから、どうするかは山田さんに任せるよ」

 最後に改めて『じゃ』と声を掛けるとタケル君は足早に去って行った。

「な、な! あいつやるときやるでしょ! ホントあの余裕な横顔カッコいい!」

「う、うん。でも何で私に……? 直接山崎に渡してあげたら良かったんじゃ――」

「みんな気付いてるよ。山田の気持ち」

「え⁉ 私の気持ちって……な、何のことかな⁉」

「気付いてないのってむしろ山崎本人ぐらいじゃないの? じゃあそれ、ちゃんと山崎に渡すんだよ。私はタケルと合流するから! じゃあね!」

「うん。また! ありがとね、カナ。タケル君も!」

 クラス内でもバカップルの呼び声高い二人に励まされ、単純な私は自分もほんの一歩前に進んでみたいって思えた。

 受け取った予約伝票を握り締めて、一か所だけを永遠に擦り続ける山崎の方へゆっくりと。

「ね、ねぇ山崎。この後一緒に帰らない……かな?」

 一歩踏み出した先に何が見えるのか、私もちょっとだけ見てみたいと思ったんだ。


                                    ( 六月 終 )


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