五月 ゴールデンウィーク
オリジナル短編シリーズ
『山田さんは告らせたい!』の第二話です!
毎月1日に短時間でサクッと読める短編をアップしていきます!
山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!
●五月 ゴールデンウィーク
「こちらアイスのモカコーヒー二点です。ありがとうございました!」
差し出した二つのカップを仲睦まじそうなカップルが笑顔で受け取って行く。
新学期が始まって一カ月。高校生活最後の一年の十二分の一が終わってしまった五月の初頭。
「いらっしゃいませ!」
大型連休もようやく峠を越えた今日も私はバイト先のカフェにいる。
今日を越えれば明日は休みで明後日は学校再開だ。昨日と一昨日も仕事だったからつくづくバイトマンならぬバイトウーマンな生活を続けている。
けど、さすがに一週間近くも休みが続くとなんだかいろいろとやり残していることや他にやるべきこととか、会いたい人とかいる気もする。
「山田さんごめん、ちょっと裏にストック取りに行ってくるからここ任せてもいい?」
「え、あ、はい! 大丈夫です!」
小ぢんまりとした店内は落ち着いた雰囲気と店長の趣味でもある可愛らしい雑貨が並んでいて地元では密かに知られた隠れ家的なカフェになっている。
強いて言えばもう少しバイトを増やしてくれたら受験生の私もシフトを減らす気にもなれるんだけど……ま、それは私がぼやいても仕方のないことか。
今日頑張れば休み! 頑張れ私!
「いらっしゃいませ――って、や、山崎⁉」
入れた気合いは予想外の来客によってすぐさま驚きに変わってしまう。
いつもの学ラン姿ではなく、灰色のパーカーにジーンズ姿、目深に被った帽子と顔の半分を隠したマスク……ってこれで山崎ってわかる私もどうかしてるな……。
「何しに来たんだろ?」
カウンターで注文することもなくこそこそと隅っこの席に移動すると、取り出した携帯電話を操作し始めた。
店内で仕事や勉強をするお客さんは少なくないけれど、注文もしないで座る人は珍しい。
「うーん。やっぱショートの方が良かったかな……」
「ショート? ショートヘアのことかな? え? もしかしてデートの待ち合わせとか⁉」
カウンターの影からこっそり様子を伺うと携帯の液晶を前に真剣に悩んでいる山崎の姿。明るい色とかふわふわとか言ってるし、私が知らない女の影がちらついている……。
「さすがにお金が足りないよ……」
「お金⁉ お金を要求されるような間柄なの⁉」
「山田さん、ありがとね! ……って山田さん?」
いつの間にか戻ってきていた店長が家政婦は見た張りに盗み見をする私に明らかな戸惑いの顔を浮かべていた。
「あ、ご、ごめんなさい! ついクラスメイトがいたので……」
「クラスメイトさん? それはサービスしなきゃだね!」
仕事中に余所事をしていた私を詰問するわけでもなく、店長はサンタさんみたいな優しい笑顔で店内にいるであろう私のクラスメイトを探そうとする。
けど、
「いやいやいや、大丈夫ですって! それにそんな余裕もないですよね⁉」
「お客さんあってのお店だからね。気にしない気にしない!」
そう言って笑う小太りの店長はやっぱりどことなくサンタクロースに見えてくる。
「それで、どの子がクラスメイトかな?」
「えぇ……あの隅っこの」
きっとこれ以上抵抗しても優しさオーラ全開の店長を止めることはできないんだろうな、と私が諦めて指を指すと、
「ん? あ、あぁ! あの子か!」
「知ってるんですか? 店長」
「さっき注文の電話があってね。ちょうどそれに入れるチョコプレートのストックを取りに行ってたんだよ」
「チョコプレートってケーキですか?」
「妹さんの誕生日なんだって。優しいお兄ちゃんだよね」
店長は予約注文のオーダーが記された紙を取ると、山崎の方へ向かった。
その様子をカウンターから見守っていると、呼ばれた山崎はもう一度店内を確認するとこそこそとようやくカウンターにやってくる。
「いらっしゃいませ。山崎」
「え、山田さん⁉ 何で……」
帽子とマスクの隙間で山崎の緊張した瞳が一際大きく見開かれる。明らかに動揺している。
「妹さんの誕生日なんだってね! 優しいじゃん」
「う、うるせー」
言われて照れてしまったのか、山崎は帽子のつばをぐいっと下げるとわずかに震える手でお金を差し出す。
「ぜ、絶対このことは誰にも言わないでよ!」
「このことって?」
「俺が妹にケーキ買ってたってこと!」
「あーそれでその格好? うん、わかったよ。優しいお兄ちゃん」
「あーもーうるさい……」
「ありがとうございました! またのご来店お待ちしてます! 山崎」
終始隠れていない耳まで真っ赤にした山崎の姿はもしかしたら学校では見られないレアな一面だったのかもしれない。
明後日学校で会ったら私力作のチョコプレートの感想聞かなきゃな。
( 五月 終 )