1.ファーグラントの聖女
文章のリハビリがわりにと、勢いで書き上げました、というか勢いしかありませんでした。
物心ついた頃に遊具としていたのは、家の納戸に仕舞い込まれていた機械類だった。
父親が古き日のマイコン少年だった所以か、埃臭く日の当たらない空間には、当時普及していたパソコンやタブレット類と違った、往年の家電メーカーによるコンピューターたちが眠っていた。
玩具のような質感の厚手のキーボードみたいなものを、ままごとに使うつもりで手に取った。
気まぐれに父に問えば、嬉々として使い方を教えてくれた。足に落としたら骨折も余儀なくされる立方体モニタと其れをコードで繋げば、目に痛い緑色が映り込んだ。聞いたことのないピコピコ音と色滲みのある原色のドットは、色鮮やかな絵本や最新のCGを駆使した幼児番組よりも、私の心をときめかせた。
それが、以降の私の人生を決定付けてしまった訳だけれど。
同年代の友人と遊ぶよりも、機械や本と戯れていた私は、コミュ障ギリギリだったと思う。
その代わり、三歳離れた弟は機械にカケラも興味を持たず、健全な今時の若者、というか少々チャラ過ぎる傾向があったので、姉弟で足して2で割ればちょうどよいのに、と親戚知人にからかわれたものだ。
やがて私は家族を遺して夭折した訳だが、それはひとまず置いておこう。
私はゲームをするのも好きだった。最先端のコンシューマー機や携帯アプリよりも、黎明期のホビーパソコンや、レトロゲーム機のソフトに入れ込んだ。
父の保存と手入れの良さの賜物か(母は嫌な顔をしていたが)、ロムカセットやCD媒体だけでなく、大判フロッピーディスクやカセットテープのゲームも遊ぶことが出来た。
黒い画面に8色のみのグラフィック、テンキーで移動してスペースキーで攻撃するシューティングゲーム。場面の切り替わりごとに線と点で描画されるまで待たされる、コマンド入力式アドベンチャー。鬼畜なギミックを解かないといけないアクションRPGなど、難易度に泣きながらもプレイをすることを止められなかった。
オートマッピングの無いダンジョンに潜りながら、地図で方眼紙を埋め、何冊もの攻略ノートを作った。ネットで攻略情報がすぐに判る時代だが、自作の攻略本みたいで楽しかった。やりこみも大好きで、ルーチンワークなんてご褒美だった。
残念ながら創造系の才能は無かったので制作方面には足が向かなかったが、デバッグなどは性に合ってたかもしれない。一度くらいはバイトに応募しても良かったか。なんて、今となっては全て遅い。
では話を少し戻そう。
不慮の事故といえど若くして命を落とした私は、親より先に死んだ親不孝者だ。
賽の河原で石を積んでは壊され、積んでは壊されを繰り返し、クリアの出来ない石積みゲーなど私にお似合いじゃあないか。
ただ結論として、そうはならなかった。
死後の世界なんて迷信だし、とか言ってる場合じゃなかった。
閻魔様の前に引き出されもしなかったし、六道輪廻も通らぬままで、新しい命として再び世界に生まれ落ちた。
ここまでであれば、何故か残っていた前世の記憶に首を傾げつつも、ごく平凡な一生を終えたのだろう。
「────ム、」
今世の私は16歳。
ピンクブラウンのミディアムヘアに、ぱっちりとした蒼玉の瞳。ただし可憐と言われる外見も、中身がこうでは持ち腐れ。
近世のヨーロッパに似た国は、機械がなくてつまらないが、なんと、かわりに魔法が存在していた。
回復魔法を使う魔道士の腕にすがりついて、手品のタネを探しまくったのも良い思い出だ。煙を噴き出すチューブなど仕込まれてはいなかった。そんな頭がおかしい幼児を許してくれた道士様、なんという心の広さよ、私は信仰心を《1》手に入れた!
「────?────のですか、──」
家業は仕立屋、両親は健在で姉が一人と弟一人。
その店は姉夫婦が継ぐし、私は刺繍ならそこそこ自信があって、嫁き遅れてもお針子として雇ってもらえばいい。細かい根気作業は嫌いじゃないし、そういえば前世も、意味もなくピンセットで極小折り鶴なんかを作ったものだ。
「聞いているのですか? ミリアム殿」
立ち止まった女官長の声に苛立ちが混じる。
それは私、現世名『ミリアム』に対しての呼びかけであったが、このとおり現実逃避の真っ最中であって。聞いているのか聞いていないのか判らない顔をしていたので、いや実際聞いていなかったのだけれど。
女官長のコメカミには青筋が浮きかけている、これはいけない。
「はい。聞いております。
女神の祝福を受けし大陸ファーグラントの中心たる、エッツェンラーグ。
500年前に起こった魔族との大戦では魔王と勇者が戦って相打ちに終わり、魔王は最期に大地に呪いをかけました。
勇者の仲間であり恋人であった聖女は嘆き悲しむも、その命を女神に捧げて呪いを抑え、大陸を浄化したのです。
以降、聖女の力を持った子供が数十年に一度、国のどこかに産まれ落ちることになります。それが、年頃になると身体に浮かびあがる聖痕が聖女のしるしです。
聖痕をもつ者は、自身の聖なる力を目覚めさせたのち、四聖宮を統べる聖女として、世界の安寧を保たなければなりません。
……以上、です」
すらすらと、彼女が言ったであろう台詞を読み上げた。立て板に水で女官長も目を丸くしている。けれど、コホンと一つ咳払い。
「聞いてらしたのならばよいのです」
プロフェッショナルらしく、すぐに澄まし顔に戻った。
ええ、女官長による世界観レクチャーなど、オープニングで何度も読まされたので、ほぼ完璧に暗記しております。
というか、スキップ機能も無いなんて、周回プレイに不親切過ぎではないのか。それでも右手が腱鞘炎になるくらいマウスをクリックし続けたあのころ。
今は四聖宮の奥へと続く回廊の途中。この先の展開としては、一人の少女と四人の神官に面通しされるはずだ。そしてアバンタイトルが、どーん。
……ここまでくれば間違いない。世界観も国の名前も自身の名前も、『なんか聞いたことがあるけど気の所為』と流していたが、年貢の納め時か。
此処は前世にプレイしていたゲームの世界に酷似している。
死にゲーでも鬱ゲーでも、クソゲーだろうと上等。ACTかRPGか、それともSTGか。挽肉だって運んでみせよう。賽の河原の石積みと思って、今世こそ寿命が尽きるまで生きるつもりだ。
けれど、前世で一本だけ、たった一本だけプレイした女性向け恋愛シミュレーションだなんて────誰か、誰か嘘だと言ってくれまいか。
──女性向け恋愛SLGゲームソフト『ファーグラントの聖女』。
一つ言い訳をさせて貰うと、今時のパソコンやスマホでプレイするキラッキラの乙女ゲーム(※個人の感想です)ではなく、ゲーム草分けの頃に発売されたという、恋愛&育成シミュレーションである。
当時に女性向けゲームというのは時代を先取り過ぎたのか、とくに話題にものぼらず、レトロゲームのワゴンセールに一山幾らで積まれていた。その一本を偶然手に取ってしまったのは運命か。いや、そんな運命とは出会いたくなかった。
しかし買ったからには完全攻略しなければ気が済まないのが私。まあぶっちゃけていうと嫌いではないゲームだった。
8bitグラフィックの限界か、恋のお相手達が愛嬌のあるドット絵だったので、攻略に集中しやすかったというのもある。ボイスなんてあるはずもない。
システムに関しては後ほど語るとして。というか、レトロゲームの理不尽な難易度ってゾクゾクしませんか? 私はする。
もちろん全攻略キャラ分と、派生エンディングまでコンプリート済みだ。
じゃあヌルゲーじゃん!……と言うことなかれ。ゲームはゲームであり、生まれ変わった私は針子として人生設計を立てていたのだ。いまさら自分に聖女なんて無理だろうし、コミュ障気味だし(そう、今世でもだ)、ゲーム的に一番楽なエンディングを選ぶと正直詰む。
人生にリセットボタンは、ない。