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その8 天下一○○に転生した奴選手権 石材無双編

 前回までの『異世界にだって日常はありますよ?』は!

オッス、オラ片桐ハジメ! 家の前で反復横跳びしてたらトラックでSOKUSHI☆ 運良く女神さまに拾われて異世界無双出来ると思ってたら『高位神族の王の居城の石材』としてトーナメントすることになったぜ!!

いやっほう! なんかもうどうでも良いや!!



 ……いや、良く無ねぇな。現実から逃げるな片桐ハジメ。

状況を見極めろ、今までの人生に準備期間なんて幾らでもあったじゃねえかよ。


 転生神ユグドラシルが荒れ狂うブーイングの最中にて開会宣言を行ってから体感にして1時間半、様々な物に変身させられた俺達に拒否権などあるはずもなく皆が勇者への転生という約束された栄光に縋り付こうとしていた。

そんなわけでトーナメントが始まったが、それはもう酷い有様だった。

特に第一回戦の対戦カードは例のインフルエンザコンプの人VS『色んな意味で爆弾を抱えた爺』。

初っ端からとち狂ったメンツ過ぎる。

結果はどうなったかって? インフルの人が早々にくしゃみをした瞬間に爺が飛沫で感染死。と思ったら爆弾が起動して試合は両者爆破ドロー。それどころか飛散したウィルスで生物系勇者候補全員が即死、元の世界に送還されて俺を含む器物系の勇者候補が残されることとなった。

ああ、読者の代弁をするなら「正気の沙汰じゃねえ!」だろう。


そして現在、試合は進んでとうとう俺改めて『高位神族の王の居城の石材』の出陣となった。

とは言っても、石材の俺に移動能力などあるはずも無く、主催者ユグドラシル自らがよいこらと俺を戦いの檀上へと運ぶこととなった。どこぞの武闘会を思わせる石造りのステージである。

その最中、

「片桐さん、もしかして緊張してます?」

一参加者の俺に彼女は声をかけてきた。

「いや誰の所為だよ!」とは言わなかったがやはりその馴れ馴れしさが気に障る。

「なんたってそりゃ……俺だって来世は人でありたいんですよ……」

これ程うっとおしさを込めた台詞は中坊以来か? そう思った時には俺は壇上にセットアップされていた。

こんな場面だというのに、つまらない学生時代を思い出してしまった。

別に苛められたとかそういう訳じゃないけれど、どうも毎日が不安というか退屈というか……。

そんな惰性をこんな歳になってまで引きずっちまった―――きっと今が過去の俺を清算するチャンス……負けるわけにはいかない。


今まさに正念場バトルが始まる――――――!!

女神様ユグドラシル! 戦いの合図を!!


決闘バトル開始イイィィィ!!」



――――――…………ん?


戦闘開始より10秒余りにして俺は違和感を覚えた。

対戦相手と思しき勇者候補の姿が見当たらない。それほど小さい物だというのだろうか?

冷静になって考えてみる。

このトーナメントはユグドラシルが個人的に催したらしいから運営者は1人だけだろ?

そして彼女が俺しか運ばなかったということは相手は単独ひとりで動けるわけだから――――――


―――とその時、あるはずの無い俺の耳が異変を覚える。蜂のような重低音が静まり返った無の空間に響いては融けていく。


これは……何か駆動音?

――――――――――――――――――プロペラか!?


咄嗟に視界を上に向けた刹那、俺は強い衝撃に襲われた。

歪む世界、脳が揺らされたような感覚を抑えながらも俺は何が起こったのかを察する。

上空には見覚えのある放射状の物体が浮かんでいた。

2対のプロペラにこちらを覗くカメラ、突き出た銃身こそあるものの、その機械は一般にこう呼ばれている。


「ドローンか!!?」


俺の動揺に勘づいたのか相手方もようやく(無いけれど)口を開く。


「おっとぉ? やっぱお前動けねーのか? 可哀想なこったなぁ?」


そう言うと続けざまに一発、マズルフラッシュを見たと同時に俺は再び衝撃をくらった。

床に転がる2つの薬莢に確信する。

――――――あのドローン、武装してやがる!!?


「見ての通り俺様が引き当てたのは『某ニュースの魔改造されたドローン』なのさぁ!!」


如何にも勝利を確信したという面持ちだった。(やっぱり顔無いけど)

そこで俺がとった行動は以下の通りである。


咄嗟にどこぞの女神様を見る。

   ↓

笑顔で親指を立てられる。

   ↓

殺意がカンストする。


なんつー3ステップだよ? などと思っている暇は無く、ドローンは惜しげもなく弾丸を当ててくる。

しかし流石は石材といったところか、衝撃こそあるものの一切の痛みは感じられない。

加えて相手も使用しているのは市販の拳銃、6発程度で弾は尽きてしまっていた。

このままドローンの滞空時間まで耐えきれば少なくとも時間切れで引き分けドローは確実、まだ次への希望を繋いだことになる。

そう楽観していた俺はドローンの不可解な動きに戦慄することとなる。

縦状に旋回するその飛行はまるで加速をつけているような……。


まさか、と思う。突っ込む気なのか!?


慌ててこちらの状況を確認する。

相手は最初から石材オレのただ一点を狙い続け意図的に小さな傷を作っていた。

そして今、そこには最後6発目の弾丸が挟まっている!

明らかに慢心したような口振りに油断したが、あのドローンは俺を砕く気だ!!


とは言え、石材の俺に何か出来るはずもなく、ドローンが一直線に向かってくるのを黙って見ているしか出来なかった。

―――嗚呼……畜生め……。



「――――――ぐはあああ!!!」



響く断末魔。

それは、俺のものではなかった。

あれだけ狙いを定めたにも関わらずドローンは弾丸の位置から大きく逸れ攻撃は不発。

それどころかトップスピードのまま石材の角に激突したことで機構が大きく抉れ、最期にはフラフラとした飛行のまま場外にて消滅してしまったのだ。


「勝者、『高位神族の王の居城の石材』イイィィィ!!!」


元の世界へ帰っていく人魂を見届け、俺はようやく勝利を噛み締めた。



 あの一勝を機に勢い付いた俺は2回戦以降も快進撃を続けた。


2回戦 VS魔王のシェーバー

シェーバー「ぐはあああ!!!」


3回戦 VS永久に動く腕時計

腕時計「ぐはあああ!!!」


 3回戦を戦い終え俺は初戦の出来事がまぐれでない事に気付いた。

どうやら石材としての俺は強力な磁気を帯びているらしく機械類にとってこの上なく相性が良いのだ。

成程、高位神族の王の居城か。体は未知の鉱物で出来ている、ならば心は鋼も同然じゃねえか。


4回戦 VS神域に至るたこ焼き機

たこ焼き機「ぐはあああ!!!」


5回戦 VSマリモ

マリモ「なんでだあああ!!?」


なんてこった……機械ですらないマリモまで倒してしまったぞ……?

あまり実感は無いがあの時確かに俺は()()()()()()()()()

謎の原理で転がってくるマリモに危機感を覚えた俺は咄嗟にあるはずの無い手で攻撃を防ごうとした。

すると小さな砂粒が高速で飛翔し勢いをそのままにマリモを粉砕してしまったのだ。

その真相を俺は第6回戦にて知ることとなる。


6回戦 VSチートな勇者のスマホ


スマホ「ま、異世界と言ったらオレだろうな」


何やら前置きを話し始める相手に気を留めず、俺は真っ先に磁力を解放、全開まで引き上げる。

相手が電子機器である以上激突ないしショートすることは確実のはずだった。

しかし現実は違った。


スマホ「おいおい落ち着けよ? もしも俺が物理現象ごときにやられると思っているなら諦めた方がいいと思うぜ? おそらくだが、アンタは俺には勝てない」


相手との距離はせいぜい5~6m、磁場の射程圏内のはず。

にも関わらず相手には何の変化も見られないのだ。

……いや、よく見ると薄い光の膜がスマホを包み込んでいるような?

驚愕する俺に対してスマホは如何にも余裕といった感じで話を続けている。


スマホ「種明かしをすると、俺は既に『勇者のスマホ』という呼ばれ方をしているだろ? つまりもう既に使()()()()()()()()ってことだ。となれば

勇者の強力な魔力が常日頃から蓄積されていたとしてもおかしくないよな?」


いいえおかしいです。

残念ながら俺は容赦なくNOと言えるタイプの人間だ。そんな無茶苦茶な話は到底信用したくはない。

しかし状況が状況なだけにおそらく嘘じゃないのだろう。


スマホ「先に言っとくとアンタの敗因は『解釈の力』を知らなかったことだ。理解出来るかはアレだけどな? さてと、それじゃアンタには悪いけどオレの練習相手になってもらうぜ? まあどの道拒否権は無いだろうけど」


早口でそう言うと同時に相手はリーディングアプリを併用し複数の呪文詠唱を開始、幾重もの魔法陣が連なって熱を帯びていく。


スマホ「―――消え去りな! 必殺偽式・神約の輪転花ディストーションデザイア!!!」


……さて、ここまでに俺が何回イラッときたかは分からないが少なくとも負けたくはない、そんな気持ちもあってか普段の倍近い速度で俺の思考回路は最適解(っぽい何か)を導き出した。

つまり、全ては『解釈の力』だ。

あの女神様は俺たちの機転の良さと理不尽に立ち向かう精神を見ると言っていた。

それならアレを試してみる価値はある。


俺のいうアレとは5回戦にたまたま起きたアレのこと。

何となくその正体が分かっていた俺は相手の詠唱が始まると同時に一つの磁石を思い浮かべていた。

実家の冷蔵庫に献立とか貼っ付けてたようなやつ。

周りの砂粒がこちらにゆっくりと引き寄せられているのを確認し、俺はその磁石を思いっきりひっくり返してみせた。


スマホ「ぐはあああ!!!」


相手が技名を言い終えた丁度その時、画面のひび割れと共に断末魔が響いた。


「勝者、『高位神族の王の居城の石材』イイィィィ!!!」


咄嗟に女神を見る。

返された笑顔と親指が今度ばかりは嬉しかった。


 何が起きたのか、勘の良い人ならもう解ったことだろう。この戦いに隠された裏ルールの存在に。

思い返して欲しい。ただ候補者を理不尽な状況を置くだけなら『魔王の○○』だとか『神に創られし○○』みたいな大層な物でなくてもいいはず。

つまりユグドラシルが狙ったのは咄嗟の状況でも解釈で機能を拡張出来るような、そんな機転の利く輩を選別することだったのだ。


それに気付いた俺は磁力の作用を部分的に変化させる、そんなイメージをすることで初戦で砕けた体の一部を発射したのだ(と思う)。


 今日の俺は頭が冴え過ぎているらしい。

……『転生したらバカだった件』とか嫌だな。



 コツを掴んだ俺は数多の強敵を撃破し続け、ついには決勝戦に挑むことになった。

誰もが輪廻に帰った無の空間に最早人の地平は無く、ひび割れた壇上を沈黙が支配する。


こうしてユグドラシルに運ばれるのはもう何度目になるのか、いずれにしてもこれが最後だ。

「片桐さん? 緊張は……もうしてないみたいですね?」

「ええ、色々と吹っ切れたんで……何やかんやあったけど、マジで感謝してます」

「それ死亡フラグってヤツですよね! 私初めて聞きました! ちょっともう一回言ってもらっていいですか!?」

うーわ、すっごい前言撤回したい。

「……ですが、少し安心しましたよ。あなたは私が直々にセレクトした候補でしたから」

今度もまた、その笑顔に俺が嫌悪を覚えることはなかった。


 意外な事実に混乱しながらも俺は対戦相手を見据え身構えた。


「決勝戦! 『高位神族の王の居城の石材』VS『100円クーポン』! 決闘バトル開始イイィィィ!!」

「ちょっと待てええええええええええええ!!!?」


この日一番のシャウトに声を嗄らしつつ俺は目を見張った。

前回俺が「うわぁ」と一言で憐れんだ地方スーパーの100円クーポンが目の前に置いてあったのだ。


「どうしたんです? 早く戦ってくださいよー?」

「いやちょっと待ってくださいよ!? キャパオーバー過ぎて……えええええ!?」

「ちょっと失礼じゃないですか? 確かに100円クーポンごときがアレですけど、これでもちゃんと勝ち上がってきた勇者候補なのですよ?」


いやアンタもがっつり見下してるだろ!!?

と、ここで見かねたクーポンが話しかけてきた。


クーポン「左様、早う始められよ」


……なんか、すみませんでした。

そうだ、相手もここまで勝ち上がったということは解釈のプロに違いない。

一切の油断も出来ない。



 そして開戦と同時に一進一退の攻防、もといこじ付けのマウント合戦が続いた。


クーポン「我が体を成す紙は転生神の名を持つ世界樹ユグドラシルを素材としている! 即ちこの身に刻まれし活版印刷は全て魔術文字ルーンである!!」


雨の如く降り注ぐ魔力の矢に対し俺は光の魔法陣をもってこれを防いでみせる。


「俺はこの世で最も尊い人物が住んだ城壁の一部! つまり神によって守られているぜ!」


クーポン「まだだ! 北欧神話において世界樹の根は7つの世界を結んだという! ならば貴様を巨人の世界ヨトゥンヘイムに送ることも可能なり!!」


「させるか! この辺に落ちてる砂は俺の一部! つまり一粒でお前の攻撃は終わるぜ!」


互いの実力は互角。

究極の戦い、もとい究極の泥仕合は激化の一途をたどった。


クーポン「100とは1つの有(1)と2つ無(00)のこと! それを備える我は貴様をこの攻撃で概念ごと消せるはず!!」


「無駄だ! 俺の体は本来神代にあるべきもの! それはこの時間軸には存在しない扱いになれるってことだ!!」


それは小さな壇上にて繰り広げられる世界の黄昏、というかマヨネーズで習字をしてみたぐらいのカオスさと言った方が伝わりやすいのかもしれない。

そんな未知の戦いは100体に分身した紙製の神、その100体目を巨大なキャッスルゴーレムと化した俺が倒した時点で決着となった。


クーポン「フッ、見事なり」


「ああ、アンタもな」


クーポン「最期に、どうか貴殿の本当の名を聞かせてはもらえまいか?」


互いの名を告げあった後、誇り高くも気高き100円クーポンは消滅した。

今思えば俺とアイツ、どちらが異世界に降りてもおかしくない戦いだった。

1人残された俺に手を当てて、女神は慈しむように一言、


「何これ?」

「いやアンタの考えだろ!!?」



 かくして俺はテンプレ的魔王がいるという異世界へと旅立つことが決まった。

既に何人かの選抜された勇者が向こうにいるらしく彼らと共闘することが俺の使命だそうだ。

詳細説明を終えたユグドラシルは何かを思い出したようで、

「あーそうそう、忘れるところでした!」

指パッチンをひとつ、俺の体を馴染みある形に戻してくれた。


「それでは片桐さん、どうかお元気で」


「その前にひとつ、教えてはくれませんかね?」


―――そうだ、俺にはまだ疑問が残っている。


「なんで俺を直接選んだんです? 代わりなんて幾らでもいたでしょうに?」


ユグドラシルは少し気恥しげに俯いていたが、やがて決心をつけて顔を上げた。


「いや……その、惚れてしまいまして……」


多分この時、俺は変な顔をしていたことだろう。

何せ彼女も真っ赤になっていたのだから。


「俺みたいな、人間に……?」


「いえ、綺麗な反復横跳びに……」


その瞬間に俺は異世界へと飛ばされた。



 旅を続ける今でも思うことはただ一つ―――――――次にあの女神にあったら相当気まずいだろうなぁ。



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