その4 なお魔王はアラサーとする。
久々の投稿にございます。ホント不定期でスミマセン(-_-;)
From:新米魔王☆マオたん>やっほーーーぅ!! みんな元気ーーーぃ!?
眷族への掛け声を一番に、今宵も私は下界へ降り立つ。目下に広がる浅い谷底にはガチャガチャという剣と鞘が擦れる音が連なり響いている。
From:名無しさん>キターーーー\(^o^)/
From:名無しさん>蹂☆躙☆祭ww
From:名無しさん>888888!!!
歓喜に沸く歴戦の同志らを眺める。
ものの見事に私のイメージカラーである漆黒で統一された騎士団、通称『魔王軍』はいつ見ても圧巻の一言に尽きる。
余韻に浸る時間を惜しみつつ、私は魔族としての夜目で西の彼方に睨みを利かす。緩やかな丘陵地帯を越えた先、目測にして5キロの地点にはレンガで彩られた都市が見える。
下調べは万全。後は事を成すのみだ。
From:新米魔王☆マオたん>今夜もがんばっちゃおー!?(*≧∀≦*)
自分でもどうかと思うほどの軽々しい指令を皮切りに、戦士達は雄叫びを上げた。
竜種も退かんばかりの覇気を一人一人が纏う進軍。そのトップが私とは今でも信じられない。
これは私の持論だが、人の強さとは「孤」ではなく「群」なのだ。
冒険者ギルドが良い例だろう。弓使いは近距離に不得手だし回復職はそもそも仲間がいなければ意味を失ってしまう。だから補いあう。
人は群れると「仲間の力」を「自分の力」と錯覚していくもの。あとは魔王がまとめてやればどんな人間だって狂暴になっていくのだ。
From:新米魔王☆マオたん>みんなー? 略奪ってくれるかな―――――?
From:名無しさん>いいともオオオオォ――――!!!
From:名無しさん>殺っちゃっていいテンプレWW
From:名無しさん>略奪の時間だッ!!
今宵も魔王軍は財を求めて進撃を続ける。自らの正義と魔王の為に。
え、私? 私は考える専門なの。この港町を奪ったら誰にご褒美をあげるのか、誰の名前に「将軍さん」って付けてあげるかを。
移動式の玉座の上からはもう寝静まった市街が見え始めている。
月に咆え、行きなさい戦士達。私は魔王。新米の、半ば12歳の、守られがちな、アイドル的な――――――――
From:新米魔王☆マオたん>さぁ、蹂躙を始めましょう?
◇
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
凝り固まった首をポキリと鳴らし、私は暗い天井を眺めていた。
テーブル上のパソコンには炎上する街と真っ黒な騎士の軍団、そして玉座で足組みをする少女アバターが映っている。
壁に掛かった時計は既に午前3時を回っていて、私は罪悪感に駆られ始める。そういえば明日は出社日だ、日曜のクセに。
画面の街は相も変わらず燃え盛っていた。俯瞰用画面に隣接するチャット枠は次々とコメントが更新され、その大半は私に褒めてもらいたいか、もしくはストレス混じりの罵詈雑言で占められている。
「・・・・・・だっる」
抑揚の無い声をこぼしてみた。
ともかく、後処理は明日にしよう。パソコンをパタリと閉じて、新米の魔王は口を閉ざした。
「寝なきゃ・・・寝なきゃ・・・・」
口では言っても隣の寝室は遥か遠くだ。加えて脱ぎ捨てたリクルートスーツやら同人誌やらが私の行く手を阻んでいる。
これはもうそのまま寝ちゃえってことなのかな? 是非そうしよう。
「んしょ・・・ふわぁ・・・」
フローリングの床はいつ寝ても冷たくて気持ちいい。ビールで火照った体から悪いものが抜けていく気がした。瞼はとっくに閉じていた。
私は魔王。新米の、半ば12歳の、守られがちな、アイドル的な――――――――
「嘘だ」
薄暗い部屋で独り、呟いた。
嘘だ、何もかも。
確かに私は魔王に違いない。新米でもある、手探りでここまで来た。
仲間に守られて、ちやほやされて、何でも思い通りになる。これを幸せと言わずして何になる?
「・・・・・・違う」
嘘だ、どれもこれも。
本当の私はどうだろう? 暗い場所に1人ぼっちだ。誰とも話していない。
何でも出来るなら、きっと明日をちゃんとした休日にしてるはずだ。
確かに私は魔王だ、画面の中でなら。ゲームの中でなら。
初めはただの息抜きだった。
数年前から爆発的な人気を博するRPG『フリーウィルオンライン』。会社の面接に合格し意気揚々だった私はネットの広告でこれを見つけ、あっという間に没頭した。
寝る間も惜しみ、休日の全てを捧げてセレクトしたアバターを育て続ける日々。毎日が満足で溢れていて、それなりに楽しかった。
それから半年、私はSNSで知り合ったユーザーをまとめ上げ魔王軍を設立した。クエストのボス戦なんかがやり易くなるし、何より私は出会いを求めていた。皆の要望で幼い少女を装い、私なりに可愛く振る舞ったつもりだ。
けどそれが間違いだった。
人は群れると「仲間の力」を「自分の力」と錯覚していくもの。
大勢の意見と思惑に呑まれ、在り方を失ったのは、結局は私自身だった。
勢いを増した魔王軍は村々を襲う賊と成り果て、自由度の高い『フリーウィルオンライン』の負の象徴となってしまった。つまりは象徴の象徴――――私の責任だ。成すがまま、言われるがままに私は魔王に堕ちていた。
仲間達が本当の私を知ったらどう思うのかな? ネカマどころか真正の少女と思われてるらしいけれど。
「床で寝てるアラサーなのにね・・・・・・」
天井に話しかけても虚しさだけしか残らなかった。
◇
夢を見た。
波間に揺れる陽の輝き、カモメの群れが空の蒼に消えていく。
港に帰っていく漁船を眺めていたあの日、私の傍らには姉の姿があった。
1人ぼっちになるのが嫌でずっと手を繋いでもらっていた。
そんな姉が上京を果たした頃、私はとっくの昔に友達の作り方を忘れていた。
ただ1人の姉の優しさに私は依存してしまっていたのだ。
東京行きの電車に飛び乗った日も、結局は姉の足跡を辿っていただけなのだろう。
微かな潮騒ですら耳から遠ざかっていく、そんな感じがした。
◇
「お姉ちゃん・・・・・・」
自分の寝言が聞こえた。
頭がガンガンする・・・・・・ということは既に朝なのだろう。
硬い床から私の脚へ冷気が一気に駆け上がってくる。
部長に怒られたくないし、もう起きなきゃ。
「しゃぁない」
気怠い体をどうにか起こした。
その時だ、私が誰かの視線を感じたのは。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
察している方もいるだろうがゲーム漬けになっているアラサー女は9割方独身に違いなく、私も例外ではなく一人暮らしだ。それにも関わらず、私は今、向かい合っているのだ。
具体的に言うと私の眼前には青白い青年の顔があった。雪原色の髪から琥珀を思わせる瞳がこちら覗いている。なかなかの美形だが何より青い。物理的に青い。
わりかしタイプではあるけれどやっぱり青とい
「オイ、あんた」
「はっはい!!?」
青肌の青年は怪訝そうな顔で絶えず私を睨んでいた。
心臓は喉元にあるかと思うほどに早鐘を打っている。
「何者だ?」
こっちのセリフだ、とか言ったら殺されるんだろうな。
「陛下直属なら何も問わないが―――何故床で寝ていた?」
「えっと・・・徹夜明けでして・・・」
「ふむ、それは難儀と言うべきか。苦労だったろう?」
「いえそんな―――」
何なんだろうこの会話。
成立こそしてはいるけれど根本的な部分が90度ぐらい捻じれているような気がする。
「だが見ろ、おかげで城中の連中が集まってしまった」
「・・・・・・・・・・・・え?」
少し、ほんの少し視線を文字通りの青年から逸らして、私はすぐさま戻した。
相も変わらず不思議そうな視線を送る彼の顔と再び向き合う形となる。私の体はそのまま硬直した。寧ろ凝固したと言うべきか、このまま目の前のイケメンとシャバダドゥな雰囲気でいたい気分と言うべきか。
「オイ、いい加減立ったらどうなんだ?」
彼の一言で私は現実と向き合わされることとなった。
◇
―――――――私は今ようやく理解した。
辺りを取り囲む魑魅魍魎とも言うべき怪物の群れ。
足元から高い天井まで広がる石造りの空間。
そして立ち上がった青年の側頭から生えた鹿みたいな角―――――――
―――――――間違いなく、ここは異世界そのものなのだろう。これで今までの会話が一本の線で結ばれた。
周りの怪物達の名前は大抵分かった。オークにレッサーデーモン、スライムに雪だるまみたいなのまでいた。どうもこのメンツには見覚えがあるのだがどうもこ
「オイ、あんた」
一気に入り乱れた思考が遮られる。
「・・・・・・はい」
途端に強張った声しか出なくなった。僅かな感動を恐怖が覆っていく。
「名前と所属は?」
「う―――・・・・・・」
まずい。よく考えたらこの状況は危機としか言いようがない四面楚歌だ。
私が返答に迷い、周囲のざわつきと視線が極点に達しようとしていたその時、
地に杭を打ちつけるような振動が一回、二回と立て続けに発生し、こちらに近づいてくる。
そして、それは私の背後で止まった・・・・・・。
「陛下、御目覚めでしたか」
青年の畏まった一言と共に私の視界に映るあらゆる存在が跪き首を垂らしていく。
私の脳裏には基本当たりもしない妄想があるのだが、この時ばかりは当たってしまったようだ。
「―――――者共、面を上げよ」
それは深い穴へと墜ちていく残響のような声だった。
私の考えがもし微塵でも合っていたならば・・・・・・。
恐る恐る振り向いたその瞬間、私は自らの不運さを痛感する。
「―――――貴様、何者だ?」
異常なまでの巨腕に牛の如き角。その一切が影に包まれた異形の巨人。
私はコイツを知っている。
「・・・裏魔王、ギムベル・・・」
覚えがある。『フリーウィル』の影の支配者、団体戦ボス『ギムベル』に違いなかった。
それまで興味を伴っていた視線が確かな殺意を帯びていくのが感じられた。
魔王はひとしきり私を眺めた後、冷徹に命令を下す。
「―――――総員、その者を処せ」
私は、きっと、今日という日を忘れない。
後半は勢いで書いております。次話はいつになることやら……。