表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

2分13秒の観察眼

 平日毎朝、へそからへそまで15センチの距離で、僕はある女の子に見上げられる。

 地下鉄卯月線、水島駅で僕は降りる。サラリーマンと高校生、大学生が競ってエスカレータに並ぶ中、僕は足を引きずって、ホームの隅にあるエレベータに向かう。改札のあるフロアに直通の小さなエレベータだ。1畳ほどの面積と、サッカーのゴールポストほどの高さしかない。

 エレベータを使う少数派の人間とは、会話こそしないものの馴染みになる。新聞を読み続けるサラリーマンが2人と、親類の誰より長生きしていそうなおじいさん、僕、そして松葉杖が相棒の女の子。彼女がセーラー服から夏服のシャツに衣替えしたのは、6月に入ったつい先日のことだ。

 エレベータ内での定位置もできている。一番奥から、サラリーマン、おじいさん、サラリーマン、僕、彼女の順番だ。高校生の女の子と、お互いのパーソナルスペースを侵し合う気分は悪くない。けれど、どうやらそう感じるのば僕だけだ。上目遣いといえば聞こえはいいが、僕を見上げる彼女の視線には、近寄ってくる人間を見つめる野良猫のような、油断のない警戒が滲んでいる、気がする。


 とはいえ、エレベータに乗っている時間は1分にも満たない。

 アナウンスとともにエレベータのドアが開くと、女の子は松葉杖を両脇に挟んですぐに出ていく。僕もそれに続いて足を引きずりながら改札へ向かう。健康な人ほどでないとはいえ、松葉杖の彼女よりは僕の方が歩が速い。すぐに僕は彼女を追い抜く。一瞥することもない。僕は彼女と言葉を交わしたことすらないのだ。

 エスカレータで地上に出ると、僕は自分が籍を置く大学の方へ歩き出す。彼女と同じ制服を着た高校生は、僕とは反対側に歩いていく。それから先の1日、僕と彼女が会うことはない。エレベータに並んでから、降りるまでの数分間が僕と彼女の関係のすべてだ。


 にもかかわらず、今日の彼女は僕にこう言った。

「お兄さん。その足、怪我なんかしてないでしょう」

「えっ……いや…………」

 見抜かれたときの演技くらい、練習しておくべきだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ