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第九話

大変お待たせして申し訳ありません。

 引っ越しと一口に言っても貴族のそれは大仕事だ、自分一人だけじゃなくて雇っている召使の分まで入ってくるのである。


 それに、仕事のあれこれを加えれば、こちらに来てまだ日が浅い私でもちょっとした企業並みの騒ぎになるのだ。


 そして、貴族としてそれなりに仕事をしているとなると、それはもう、他には見せられないアレやコレやが出てくるわけで……。


 必然、貴族の引っ越しとは身内だけで行うもの……というのが暗黙の了解となっている。なので、カティーア女王にも馬車は借りたが人は借りていない。


 そういうものなのだ。


 なのに……。




◇◆◇◆◇




「だからなぜ私たちが手伝ってはいけないのですか?」


 そう私の目の前でわめくのはフルックリン君。今朝荷物をまとめているところに突然現れて「人足集めてきたから手伝わせろ」とか言ってきたのである。それは、貴族社会では非常識なのだが……。


「こちらは善意で人手を貸そうというのに、何か後ろ暗いことでもあるのでしょうか?」


 そう言ってきかない。


 逆に聞きたい。お前んちにはないのかと……。聞けはしないけど。


 しかしまあ、あくまで善意でという建前である以上真っ向から断るわけにもいかない。今後フルックリン君は貴族社会の常識をわきまえない不埒者というそしりを受けるだろうが、ここで断ったことを公表されれば私は民衆からの支持を大きく損なうだろう。


 まったく、なんでこう女王の周りの人間は自爆特攻が好きなんだ?


「ですから、私はこちらに来たばかりで、そこまで荷物が多いというわけでもありませんのでサンガツ家のお手を煩わせるようなことは……」


「家は関係ありません。私は女王陛下の友人の一人として個人的に手伝おうというのです。何がいけないのですか?」


 家に迷惑が掛かることをしているって自覚はあるのか。周りがまるっきり見えていない訳じゃないんだな。


 それは、フルックリン君が何らかの目的をもってここに来たってことも証明している。


 あぁもう、厄介だなぁこれ。


「ご歓談中失礼いたします。エヴリィード様」


 どうしようかと考えていたところでガリマメイド長がこちらにやってきた。


「ガリマ、どうかしたかい?」


「はい、お客様をお通しする準備が整いましたのでご報告を……。いつまでもお客様を立ち話に付き合わせては帝国の品位が疑われますよ?」


 たしなめるような口調で私にそう告げるガリマ。もちろん言葉通りの意味ではない。「お客様をお通しする準備が整った」すなわち「見られてやばそうなものはすべて片付いた」ということだ。


「……そうだね。断るにしてもお茶の一つも出さなければ失礼だ。フルックリン様、そういうことですので、一度中に入りましょう。帝国の香茶もなかなかですよ」


「う……うむ、それではお言葉に甘えさせていただきます」


 先ほどの会話から目当てのものはもうないと気が付いているだろうが、相手も建前上は善意の協力者として来ているのだ。ここでいきなり帰るなんてことはできない。


 少し動揺しながらもこちらの申し出を受けてくれる。


 そのまま、私とフルックリン君はガリマの案内で応接室に入る。


 急な来客がある可能性が高い貴族の引っ越しでは来賓を迎える部屋を一つ、最後まで残しておくのだ。こんなことで役に立つとは思わなかったけれど。


 席に着くとガリマが早速お茶を入れてくれた。


 この透き通る花のような香りはニファ茶か、リラックス効果のあるハーブティだ。会談の席に出すとお互い少し落ち着きましょうというメッセージにもなる。


 私はそんなに焦って見えたのかな?


「ありがとうガリマ。もう大丈夫だから集めていただいた方々をもてなしてくれないか? せっかく来ていただいたのだから」


「かしこまりました。どうぞごゆっくり」


 そう一礼するとガリマは下がってくれた。どうやら十分落ち着いたとお墨付きはもらえたらしい。


「さぁ、フルックリン様、香りの落ちないうちに」


 促すとフルックリン君は慣れた手つきでカップを手に取り香りを楽しんでから口運ぶ。


 その仕草だけで彼の育ちの良さが解った。


「よい茶葉をお使いですね。とても海を越えて運んできたとは思えない」


 そう言うフルックリン君は落ち着いて話をする姿勢を示してくれている。どうやらメッセージは伝わったようだ。


「私のメイドチームは優秀ですので、保存の不備は万が一にもありませんよ」


「いや、まったくその通りなのでしょうね。つい先日招かれたペリトン男爵家で出されたものと比べても遜色のない一品です」


 ペリトン男爵と言えば昨日話しかけてきた女男爵の家か。それと、フルックリン君がつながっている? しかし無警戒に名前を出したっていうことは特別隠し立てするような関係ではないということか……?


「それは、私も先日茶会に招かれたのですが、立場が立場ですので断らざるを得なかったのです。もったいないことをしました」


「そうですね、あそこは領地に良い茶畑を持っているので、香茶に関しては我が国でもトップクラスです。女王陛下が好まれている粉茶もかの地で栽培されているのですよ」


 へぇ、あの抹茶はペリトン男爵領で栽培されたものだったのか。女王と懇意にしているというのもあながち出まかせではないのかもしれない。


「そうですね、今度女王陛下の時間のある時に一緒に訪れてみるのもよさそうです」


「それがよいでしょう。王配候補とはいえが一人で女性の誘いを受けるというのは、女王陛下の御名に傷をつけるものですから」


 いけしゃあしゃあと。


 ソリアさんとの決闘の時進んで噂を広げていたのは誰だよ?


「ははっ、そうですね。気を付けます。それにしても私はてっきりフルックリン様には嫌われているものだと思っていたのですが」


「いきなり踏み込んできますね、いや私も大人げなかったと思いなおしたというだけですよ。今日の手伝いは今まで失礼を働いたお詫びを兼ねてという意味もあるのです」


 そういう、建前か。


 目は笑っていないし、相変わらずの殺気も隠しきれていない。


「申し出はありがたいのですが、集めていただいた人たちは男ばかりだったでしょう? 奥へ入るためにやってきたので使用人は女所帯なのですよ」


 しかし、建前上は善意であるので、こちらから断るわけにはいかない。なので、向こうから引いてもらえるのがベストなのだが……。


「それならばなおさら男手が必要でしょう。心配いりません人足は信用できるものを集めております。そちらの女中たちの私物へは一切手を出さないと誓いましょう」


 当然フルックリン君に退くつもりはなし。


 それはそうだろう、目的がなくなってしまったからと言ってあっさり引いてしまったら何か裏があるのは自分だと言っているようなものだ


 まぁこちらも、「お客様をお通しする準備は整っている」のだ。今はもう、そこまで神経質に断る理由もない。


「わかりました。では私の執務室の物と大型の家具を運んでいただきましょう。新参者でまだ人脈のそろっていない私のようなものに人手を貸していただき誠にありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。つぐないの機会を与えていただき感謝いたします」


 しらじらしい感謝の弁をお互いに交わした後、私はベルを鳴らしガリマを呼んで、人足の人たちへの支持が終わったらフルックリン君を先に引っ越し先の来賓室に案内して相手を務める様にお願いする。


 ガリマは心得ておりますとたおやかに一礼し、フルックリン君を伴って部屋から出ていった。


「よかったんですか?」


 ふいに上から声がする。


「なにがだい。フェズ」


「あの男を先に引っ越し先の館へ送った事です。ガリマメイド長を付けているとはいえ目を離されては危ないのでは?」


「心配してくれるのはありがたいけれど、今の私は餌役だしね。それらしい動きをして見せないと獲物も油断してくれないだろう?」


「しかし、餌に対して獲物が小さすぎます。トカゲのしっぽをひっかけても意味はありませんよ」


「フェズは彼をそうみているのかい?」


「少なくとも大物には見えません」


 はっきり言うなぁ……。


「だけど、彼は少なくとも自分を抑えることができている。短絡的ではあっても直接的ではないし建前だけだけど礼儀もわきまえている。少なくとも簡単に切り落とされるほど無能ではないと思うよ」


「それが、おかしいんですよね」


「……というと?」


「集めた情報によるならば、彼はもっと直接的な手段に出てくる性格のはずなんです」


 へぇ……。


「エヴリィード様が到着される前も即刻帝国に抗議を入れて送り返すべきだという主張を繰り返していましたし、人を使うことも得意ではなかった。それが、ここ数日。エヴリィード様が入国なされて以降は鳴りを潜めている。人が変わったように……という程では無いのですが……」


「なにかあると?」


「はい。それが背後誰かの影響であるならば、簡単に切られてもおかしくはありません」


「背後の誰か……か……」


「それからもう一つ……」


「なんだい?」


「人足達の挙動が整いすぎていましたので、注意深く観察してみたところ。先日、軍関係施設で見た顔が何人か混じっていました」


 なるほど、サンガツ家は文官の一族。軍関係者が手駒に交じっているとなると、それは彼自身のコネで用意出来るものではない。裏にいる誰かからの借り物という可能性が高いというわけか。


 確かに状況証拠はそろっているな。


「フェズ、お願いできるかな?」


「かしこまりました。お任せください」


「頼むよ。ただし……」


「くれぐれも無茶はしない事。ですか? 毎回言いますけど、私は諜報員として引き際は心得ています。エヴリィード様と一緒にしないでください」


「わかっているよ。でも、言わないで後悔はしたくないからさ」


 そう、すれ違いはもう御免なのだ。




◇◆◇




 人手が増えたとはいえ、引っ越し作業はそれなりにかかりすべてが終わるころには正午を大きく過ぎ、影がその主人の背を追い越し始める頃合いになっていた。


「本当に、これ以上手伝わなくてもよいのですか?」


「えぇ、細かい内装配置などはメイド達だけで十分ですので」


 お互い嘘くさい笑顔をはりつけながらの猿芝居。うーん、実に貴族らしい。


 しかし、昨日までのまるで自ら悪役を買って出ているかのようなフルックリン君の態度と比べると、確かにこの反応は妙なのかもしれないな。


 ま、すべてはフェズの調査持ちだが……。


「では、お言葉に甘えて下がらせていただきます。本日は突然の訪問にもかかわらずこちらのわがままを受け入れてくださりありがとうございました」


「いえいえこちらこそ、急な引っ越しでしたので助かりました。近々お礼に伺わせていただきます」


「それは楽しみにお待ちしております。では……」


 心にもない謝辞とともにフルックリン君は馬車に乗り込み出発する。


 私も礼儀としてそれが見えなくなるまで見送った。


「……ふぅ。ガリマ、どうだった?」


「はい、急ごしらえの来賓室にも文句はなく、実に礼儀正しいふるまいでお待ちでした」


「なるほど、そういうところで使用人にあたるような性格ではないんだな」


「フェズからの報告書を読みますと。マジメが過ぎる方であるように感じます。女王陛下を信仰しておられるのもその一端かと……」


 なるほど。


「ただ、何度か小用と言われて一人になられたことがございました。そして、屋敷内にはいくつかの魔術反応がございます」


「ま、それくらいは想定の範囲内だ。……解析は?」


「フェズがおりませんのでまだ……」


 フェズにはお使い頼んでいるからな。仕方がない。


「わかった、それは私がしよう。念のためキッカを呼んできてほかのメイド達は屋敷の外へ避難していてくれないか?」


「かしこまりました」


 しばらくして連れてこられたキッカとともに屋敷内に入る。


 ガリマから受け取った見取り図のしるしを見ながら一番近い魔術反応箇所へと向かった。


 なるほど、あの部屋の前の花瓶の陰か。またべたな所に仕掛けたものだ。


 しかしあそこは私が執務室にしようと思っていた部屋でもある。仕事は雑だが勘は悪くない。


「キッカ……」


 私の呼び声にこくりとうなずくと彼女は私を抱え上げた。


 相手が音声魔術を使うとなれば音にはできるだけ気を付けたい。蛇の亜人であるキッカは下半身も蛇なので人の足よりも音が立たないのだ。


 近づいてみると、一枚の符が張り付けてあった。


 解析するまでもない。符術は符を見ればどんな術式かある程度は解る。


 なんてことはない音声魔法を利用した盗聴術式。常駐型で効果は一両日ってところだろうか?


 他に仕掛けられた符も同様。


 どうやら直接こちらを害する意図はないものらしい。


 しかし、符術という点でフルックリン君と襲撃犯との糸がつながった。


 襲撃犯の符は燃えてしまったがこれは一つの証拠になる。私は盗聴符にかかった自己消滅術式を慎重に解く。


 盗聴術式は敵に悟られないためにも残しておいた方がよいだろう。


 そんな作業をこなし、大体三分の二ほどを解除したところで、ガリマがやってきた。


「エヴリィード様、女王陛下がお見えですがいかがいたしましょうか?」


 はぁ? 何しに来たわけ?


 釣り人がわざわざ餌のあるところまで潜ってくることもないでしょうに。


 ま、順平のことだから全部人任せにできないってだけでしょうけど……。


 なんにせよ、盗聴符だらけの屋敷内には入れられない。


「庭でお迎えしようか。日も傾いてきて肌寒くなってきたから熱めのお茶の用意をお願いするよ」


「かしこまりました」


 少々あわただしいが仕方ないだろう。引っ越し途中ということで見逃してもらおう。


 そう思いながらノコノコ迎えに出た私は、今日二度目の奇襲を受けることになった。


「ごきげんようエヴリード様。陛下があなたのところへ向かわれるということでご一緒させていただきました」


「ぺ、ペリトン男爵……」


 優雅に微笑みながら挨拶する彼女は、相変わらずその無機質めいた魅力を惜しげもなく振りまいていた。


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