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第八話

 まるで銀細工だな。


 彼女を見たとき確かにそう思った。整いすぎている目鼻立ちがどこか人工物めいた印象を与えるのだ。


 女性は髪を長く伸ばすことが主流であるこの世界において、肩口で切りそろえられた銀の髪のそばでは光が楽し気に踊りきらめいている。同じ色の大きく少したれ気味の瞳と目が合うと、それこそガラス球を連想して、ますます人工物であるように錯覚した。しかし、その下の唇はいかにも柔らかそうで、彼女が人であることを思い出させる。


 そんな彼女は、その容姿からは想像できない柔らかなほほえみを私に向けた。


「ごきげんよう。エヴリィード様。わたくし、あなたとお話してみたいと思って、お待ちしておりましたのよ」


 男の部分を暴力的に支配するような声音に、あたしは悪寒が走るのを止められなかった。



◇◆◇



 翌日、警邏局が屋敷襲撃の捜査にやってきた。なんとクーデリア警邏卿自らの陣頭指揮で、捜査が行われている。


 それもそうか。仮にも、王配候補が王国より貸し出されている屋敷で襲撃されたのだ。警邏局の威信をかけて捜査に臨むのは当たり前なのかもしれない。


 何にしろ、アポを取る手間が省けた。


 クーデリア卿に応接室で一通り事情聴取をされて、その後、魔力紋表を提出する


「なるほど……承りました」


 表面上は恭しく受け取ってこちらに向けて笑顔を向けてくる。それは先日と同じくのっぺりと張り付くようなそれであった


「では、この魔力紋表は過去の犯罪者と照合してみますね。捜査へのご協力まことに感謝いたします」


 そしてクーデリア卿は、相変わらず敬意の感じられない慇懃な態度で形だけの敬礼をする。


「いえ、こちらこそ話を聞いてくださりありがとうございました」


 まあ、形だけとはいえ、礼儀は大切だ。私も形だけの返礼を返した。


「しかし、魔力紋表を作成できるとは、うちの国では専門職の鑑識官の仕事なのですが」


「帝国軍では基礎科目ですよ。流石に表の書式までは習いませんが、学ぼうと思えば大学の図書館は開かれていますからね」


 実は、パトリックとの地獄の特訓で課題の一つとして覚えたのだが、魔力紋が帝国の基礎科目のカリキュラムに入ってるのも、図書館が一部を除いて一般に公開されているのも本当だ。嘘は言ってない。


「魔導技術局へのコネもあり、あの音声魔法開発にも携わっていた。いやはや、魔法のエリートではありませんか。非才のこの身としては、羨ましい限りです」


 よく調べている。魔導技術局への繋がりはそれなりに隠していたのだが。


「私は、どうも魔術構成の方の才能には恵まれなかったようでして。こうして符に頼るしかないのですよ」


 そう言ってクーデリア卿は胸の符を収めてあるホルスターを叩いた。さて、どこまで本当なのだろうか?


 符術というのは複雑な魔術式が自分で構成できない人のために、法石を混ぜ込んだ顔料で魔術式を書いた符を術式構成の外部ツールとして頼ることで魔術の発動を可能にするものである。術式があらかじめ構成してあるので、使う術式が限られてしまうなどのデメリットはあるが、その分連打がきいたり、発動までのタイムラグが少なかったりメリットの部分もあるので、魔法が普通に使える人でも好んで使う人は多い。


 なので、符術を使うからと言って、魔法が苦手だとは限らないのだが。


「しかし、一度にそれだけの符を用意できるのであれば、魔力量は相当でしょう」


「もちろん、何かしら魔導に秀でていなければこの役職に就くことはできません。しかし、人間無いものねだりはしてしまうものでして」


「わかります。私も同期三人が優秀なものぞろいでしたから」


 それ以前に、前世の方が自分にないものを求めて苦しんでいた。出来ることとやりたいことと、その狭間に何度もぶつかりながら生きていたのだ。


 まぁ、大抵の人間なんてそんなもんだと思う。あたしには順平がいただけましだったのかもしれない。


「魔導皇子パトリック・サラン・ステイン。風雷龍皇ダイアーロンド・バラッド・コーン。凰翼天女イライザ・ヨーク・イェストラ。の三人ですね。確かに全員規格外です。アレに比べたら私たちは象の前で蟻が大きい小さいというようなものですね」


 まぁ、あの三人は有名だからな。知っていて当たり前か。年齢が分かっていれば私が同期というのも想像するのはたやすいだろう。


「違いありません。ところで、符術のエキスパートであるあなたから見て、今回の事件、どう思いますか?」


「それは、捜査情報を横流ししろとおっしゃっていますか?」


 っと、これくらいでは、情報をこぼしてはくれないか。


「いえ、あくまで個人的な興味の範疇です。なので、捜査情報とは別に。私の持ってきた情報だけで判断できることを個人的に教えてはいただけないかと」


「なるほど、それは面白い思考実験です。お付き合いしましょう」


 どうやら、何らかのメリットをこの会話に見出してくれたようだ。私は続ける。


「ではまず、符術というのは遠隔操作でも使えるものなんでしょうか? 自分が知っている限り符に触れていないと発動できなかったと思うのですが」


「今回のケースに限って言えば可能でしょう。操っている死体という中継地点がありますから。その死体が触れているのであれば、それを通して符を発動することは可能です」


 なるほどwifiのアクセスポイントみたいなものか。


「その中継地点、なんでもかまわないのでしょうか?」


「えぇ。それこそそこらの石ころでも板っきれでもできますよ。ただ、相当魔力を消耗する上に術式も難しく、しかも魔力検知で符の存在はすぐにばれてしまうので罠などには使えません。なので使う人はまれですね。例えば私にはできませんし、出来るようになろうとも思いません」


 そう言ってこちらを牽制するクーデリア卿。


 まあ、私が疑っていることなんて、とっくにばれているだろうなとは思っていた。丸々頭から信じる気はないが、情報の一つとして頭にとどめておこう。


「相当珍しい術式であるなら、そちらから調べれば尻尾をつかめるのでは?」


「詳しくはお答えできませんが、難しいでしょうね」


 これ以上は非公開情報というわけか。話題をかえよう。


「では符術で、あのような人を完全に灰にできるほどの火力を長時間維持できるものなのですか?」


「できますよ。それだけなら私にも簡単にできます。長時間燃え続ける術式を書き込めばいいだけですからね。符を4,5枚も使えば行けるでしょう」


いや、それはおかしい。


「しかし、あの時の符は一枚だけでした」


 先ほどまでの事情聴取では言う機会のなかった情報だ。


「………!」


 それで、一瞬。ほんの一瞬だけクーデリア卿の目がわずかに見開いた。それは確かに驚愕の表情。しかし、次の瞬間には、いつもののっぺりとした笑顔に戻っており。それは幻であったかのようだ。


「やってみなければわかりませんが、恐らくそれは不可能です。もしかしたら他の術式が使われたのかもしれませんね」


 しかし、いつも以上に平坦な口調が嘘をついていると告げている。能面の下では相当に動揺しているようだ。


 それだけに、これ以上追及するのは無理そうだな。何を言っても要領を得ない答えしか返ってきそうにない。


「ありがとうございます。面白い話を聞けて良かったです」


「こちらこそ、有意義な時間でした。またこのような時間を持てると幸いです」


 私たちは形ばかりの握手を交わした。




◇◆◇




 そのあと、私は女王に呼び出されたので、王宮へと足を運んだ。おそらく、今後のについての話だろう。流石に公式では女王がこちらに来るということは許されないので、私が赴くことになったというわけだ。


 まあ当たり前だ。女王陛下がそうポンポン男のもとに出かけていいはずがない。


「失礼ですが、エヴリィード様でいらっしゃいますよね?」


 その途中、ふいに呼び止められ、声のした方を向く。


 そこには、銀人形が一体立っていた。


 いやよく見ると人間だ。無機質な顔とは裏腹に豊かな体つきの柔らかさが、ゆったりとした淡い桜色のドレスに包まれながらも彼女を人間だと主張している。


「はい、私はエヴリィードですが……」


「まあよかった。ごきげんようエヴリィード様。わたくし、あなたとお話したいと思ってお待ちしていましたのよ」


 そう言って無機質な顔に急にあたたかな笑顔を浮かび上がらせ、彼女はこちらに近づいてくる。


 ゾクッ……!


 背中に悪寒が走った。


 あたしは直感する。この人は、「あたしが苦手なタイプの女性」だと。


「私は、女王陛下の婚約者候補ですので、いらぬ誤解を招くような真似はできません。失礼ですが、先を急ぎますので……」


「まぁ、そんなこと言わずに、少しだけでいいのでわたくしに付き合ってくださいな」


 そそくさと退散しようとしたのだが、彼女に手を取られ引き止められてしまう。さりげなく両手でつかんで自分の胸の前に持ってくるあたり自分を解っている女性の行動だ。


「いえ本当に……」


 わたしは彼女の胸に触れないよう注意しながら手を振り払う。


「そういえば、わたくしったら、まだ名乗ってもおりませんでしたわね。ファルール・トーラ・ペリトンと申します。一応この国で男爵の位をいただいておりますわ」


 そんな私の態度を無い様に自分の話を続けるペリトン男爵。この国では女性当主というのはまだまだ珍しい存在なので覚えがあった。確か、元は没落貴族の忘れ形見だったが、嫁いだ先の夫が急死した上、その家を継げるものが一人もいなかったため、自動的に男爵の座が転がり込んだ女性だったはず。


 そして、ペリトン家は女王派に属する家だ。派閥の過激派にでもけしかけられて私にスキャンダルでも拵えに来たのか? どうも、男に使われるようなタイプには見えないが……。


「わたくし、女王陛下とは懇意にさせていただいておりますの。その婚約者とお話しておきたいっていうのは、そんなに変なことかしら?」


「えぇ、少なくとも二人きりというのは避けたいところですね」


 そう言って一歩、彼女との距離を開ける。


「まぁ、臆病でいらっしゃるのね」


 しかし、ペリトン男爵はさらに間合いを詰めてきた。武術をやっているようには見えないが見事な見切りである。


「王配なんてのはそのくらいでちょうどいいのです。変に出しゃばっては民も混乱してしまうでしょう?」


「そうかもしれませんわね、わたくしたちとしてもそれが望ましいと思っていますわ。でも、ヒトの心根は解らぬものでしょう? 事実、あなたは決闘なんて派手なパフォーマンスで軍関係者にアピールしました。帝国派の中にはすでにあなたを担ぎ上げようという動きもありますわ」


「それは、近日沈静化しますよ。ボノヴァン子爵を通じて、私の意志は伝えていますから」


「それだけでは、人間の欲は収まりませんわ。神輿の思いを気にする方がどれだけいると思っていて?」


「まぁ、その時はその時です。そうならないように努力しますし、最悪の場合は伝家の宝刀もありますから」


 どうにもならない時は自分を頼っていいと母さんからは言われている。情けないので出来るだけ頼りたくはないけれど。


「そう、無欲でいらっしゃるのね。あれだけお強いのだから、もう少し好きにふるまえばよろしいのに」


「そういう思い上がりは学生時代にすべてついえましたよ」


「まぁ、エヴリィード様の自信を無くさせるなんて、帝国にはすごい方がいらっしゃるのね」


「……えぇ、全く足元にも及びませんでしたよ」


「ふふっ、いつか会ってみたいものですわね。ところで、お茶を用意していますのだけれど、本当に?」


「えぇ、遠慮させていただきます」


「仕方ないですわね。これ以上の立ち話もはしたないですし。今日はこれで退散いたしますわ」


 いかにも残念そうに笑い、ペリトン子爵はたおやかに一礼する。


「それではごきげんよう。またお話しできる日を楽しみにしていますわ」


「えぇ、私も失礼いたします」


 礼儀として去っていく彼女が見えなくなるまで見送る。


 どうにも、ああいう男性部分に直接触れてくるような女性は苦手だ。自分の中の男も女も嫌悪したくなってくる。


「なんだ、ああいうのが好みになったのか?」


「……っ!?」


 急に後ろから声をかけられ思わず身構える。考え事に集中していたので、事前に気配が読めなかった。


 構えた先にはソリアさん。そして、その後ろにかばわれるようにカティーア女王とメイドが一人ついていた。茶会の時にいた人だ。


「何をそんなに慌てておる? さては図星か? 悪いがアレは男爵家とはいえ一家の当主だからの、側室に迎えるということはできんぞ?」


 特に隠す話題でもないということだろう、女王陛下は王国語で続ける。っていうか、側室ありなんだ。いや、普通はありなんだけどさ。


「いや、出来るとしても、まじめ遠慮願いたいですね」


 本気で、あれと四六時中顔を合わせなければならないとか勘弁願いたい。


「ところで、どうしてここに?」


「おぬしが遅いから迎えに来たのだ。そしたら、そなたがファルールと逢引き中ではないか、面白かろうと思って覗いておったのだが、そなたの視線はあれの顔と胸を行ったり来たりしていたぞ。それに今も、いなくなった後まで熱い視線を送っていたではないか。正直に申せ、気に入ったのであろ?」


「それは少し考え事をしていたものでぼーっとしていただけです陛下。それに男性というのは特に気に入らなくても、女性の体に目が行くものなのですよ『っていうか、あんたもそうだったじゃない? 覚えてないの?』


 転生に関する話になるので途中から日本語に切り替えた。しかしホント、相手がまったく気にも留めてもいない相手だろうが、肌をさらされると視線が奪われるアレは何とかならないだろうか。女性と話すたびに視線に気を使って非常に疲れるのだ。


『え? まじ? この転生ってそんなとこまで男になんの?』


『大マジよ。あんたも前世(まえ)は他人の視線を気にするような奴じゃなかったでしょ?』


『そういえばっ!』


 他にも思い当たる節がほかにもあるのか順平はハッとした様子で、ぶつぶつつぶやき始める。


『順平はまだ子供だからそんな影響ないんだろうけど、覚悟しときなさい二次性徴迎えたら一気に来るわよ。特に女の二次性徴は男のより変化が顕著だから……どうなるのかしらねぇ?』


『ちょ、脅かすなよ』


 あたしの適当なからかいに、青い顔をする順平。いや、脅かしたけどさ、あたしもいろいろ悩んだから、その時になれば力を貸すよ? 動揺する様子が面白いので、今はまだ口には出さないけど。


「陛下、時間が押しております故……」


「う、うむ。そうだの……」


 メイドに促され私たちは宮殿の応接室へと移動する。


 そこは、宝石でゴテゴテと飾り付けられたいかにも成金趣味のような落ち着かない部屋であったが、よく見ると宝石に見えるのはすべて魔石である。


 王が、少ない警護で他人に会うための警戒網の役割を果たしているらしい。


「では早速本題に入ろうかの。婚約式の日取りだが、一週間早まった。なんでも、早くそなたにそれなりの地位を与えて、権威によって守ろうというのが議会の意見だそうだ」


 なるほど、なかなか筋の通った意見だ。ただ、タイムリミットが一週間も早くなるのは厳しいかもしれない。


「妾はそれによって焦った襲撃犯が行動を起こしてくれるのではないかとも期待しておる」


 暗に、「囮になれ」と言ってくる女王。


「妾としてもそなたを危険にさらすのは本意ではない。しかし、議会の意見はある程度受け入れねばうっぷんはたまる一方であるし、国の長としてそなた一人の命と国とを天秤にはかけられぬのだ」


「わかっております。陛下」


 順平もこういうことは、嫌いなはずだ。何せ私が怪我をしそうになっただけであの騒ぎだったのだ。死ぬかもしれない危険の中に私を置くのは、本当に本意ではないのだろう。


 しかし、それ以上にまじめで責任感の強い人間でもあった。普段はふざけていることが多いお調子者に見えるのでなかなか気が付かれないが、任されたことを放り出すことのできない性格なのだ。


 ホント、厄介な性質だけ変わらないものだ。私もそうだけど……。


「ついては、屋敷を移ってほしいのだ。慣れてきたばかりで不便をかけるが、ボヤ騒ぎのあった屋敷をそのまま貸し出すのも不自然であるからの」


 あー、あの屋敷にはいろいろわなを仕掛けたから、外すの面倒なんだよなぁ。でもまあ、仕方ないか。


「では、帰ったらメイド達に伝えておきます。つきましては、荷馬車を3台ほどお借りしたいのですが……」


「よかろう。メリッサ、手配してくれるかの?」


「かしこまりました」


 いうと控えていたメイドは部屋を出ていった。


「では、引っ越しが完了したら、今後についての話をもう少し詰めていこうではないか」


「御意にございます。陛下」


 さて、タイムリミットに定めていた婚約式が一週間早まったおかげで、ちょっとのんびり燃してられなくなった。


 なんにせよ、千里の道も一歩から、まずは目の前の引っ越しを片付けてしまいますか。


 ぎゃー、またキャラが増えたー。そろそろ管理しきれなくなると思ってキャラクター一覧みたいなの作ったのですが、数えてみると直接出てないキャラ含めて15人。あれ? まだ少ない?

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