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第七話

 この世界には、魔法はあっても神はいない。


 正確に言うと、いるかもしれないけど解らないってのが正解。つまり、神の奇跡とか、ましてや直接話しかけてきたりは無いってこと。


 もちろん転生にあたって何か言われたりなんかもない。


 まあ、それでも人のいるところには宗教が生まれるし、神様は発明される。


 なので、死体を操り、死者を冒涜する、ネクロマンシーは多くの人々の嫌悪の対象なのだ。




◇◆◇





「バカな!? ネクロマンシーで死体を動かすことはできても、しゃべらすことまではできないはず……!」


 そこまで言って、女王は気が付いたようだ。


「音声魔法かっ!」


 もちろん、私も気づいていた。自分が開発にかかわった術式であるのだし、当然だ。


 しかし、まさかこんな使われ方をするとは思わなかった。予想の斜め上を行かれるとは、正にこの事だ。


 確かに音声魔法を遠隔操作したなら、腹話術さながらに死体を操って会話することも可能。覆面をしていたのは身元がばれないようにでもあるだろうが、口が動いていない事を隠すためでもあったのか。


「女王陛下、心当たりは?」


「わからぬ。あれは術式が非常に簡素である故、魔法の素養が少しでもあるものならば、覚えることはたやすい」


 それはそうだ、普及させるため、パトリックへ特に念入りに注文したところでもある。副産物として、魔法検知に引っかかりにくいという特性も持っているのだが、それが先王事件で、この策が成功した一因であろう。


「そうですね。しかし、遠隔操作で、しかも同時に複数となると限られてくるのではありませんか?」


「どういうことじゃ?」


「先ほどまで使用されていた音声魔法の魔力紋は一つだけです。リアリティーを出すためにか、しゃべっていた一人以外にもヤジを飛ばさせていました。それをすべて一人で、となると、相当魔術にたけていなければ難しいと思いますね」


「……なぜ、おぬしが魔力紋照合などできる? あれは術式の基礎暗号を解読せねば分からん物だったはずだが?」


 基礎暗号、まあ要するに魔法の著作権を守るために、魔法術式にかけられた暗号だ。それが解けない限り、コピーはできても、同じものを開発することは容易ではない。そして、コピーを使う限り、著作料は発生する。おそらく、パトリックは音声魔法だけで一生食うに困らない。それだけは権利を譲って後悔したところである。あの頃は、そのあたりの法律にまだ詳しくなかったのだ。


 弊害としては、女王の言った通り魔力紋の照合ができなくなるなどがあるのだが、それもプライバシーを守るためとか、役にも立つので大抵の魔術にはかけられている。


「音声魔法の開発にちょっとだけかかわりがあるもので……パトリックとは友人なのですよ」


 その言葉に、女王が順平の顔で怪訝そうにする。


『おまえ、ホントに晶子か? 数学とかそういうの、超絶苦手だったじゃないかよ』


『脳みそが替わったからかな? ちょっとだけましになったのよ。それがチートって言ったらチートよね』


 と言っても、基本苦手なのは変わんなくて、パトリックに一か月つきっきりでしごかれたんだよね。おかげでいくつかオリジナル魔法が作れるくらいにはなりました。脱臭魔法とか、UVカット魔法とか。ちなみにあっという間に基礎暗号は解かれて、上位互換が出回ったので、私にお金は全く入ってきません。


「話を戻しましょう。魔法が得意な人物に心当たりは?」


「……ここではなんだの……場所を変えぬか?」


 確かに、いつまでも玄関ホールで立ち話というわけにもいかない。キッカによる消火活動も問題なく終わりそうだし、ここを離れても問題ないだろう。


「では、応接室。では心もとないですね。書斎として使っている部屋にしましょうか。ミーム。長い話になりそうだから、お茶を入れてきてくれる?」


 あそこなら、フェズが警備についてくれれば、ほぼ盗聴の心配はないはずだ。


「はい、かしこまりました」


 ミームが行ったのを確認してから、女王を案内する。


 ……小さな肩が、かすかに震えているようだった。




◇◆◇




 書斎に着くとそこにはすでにテーブルとソファが運び込まれていた。テーブルの上では香茶が甘い湯気を立てている。


 自分が奥側、女王は扉側に席をとった。


『国内の魔法戦力情報。これは国家機密に類する情報だ。お前のとこのメイドを信用していないわけでは無いが、ここからは日本語で話させてもらう。本来なら、お前にだって漏らすことはできないんだが。……やっぱり、調べるんだよな?』


『えぇ、帝国貴族として、住居が襲撃されて何もしないなんてことはあり得ないわ。それはひいては帝国の威信を傷つけ、世界のバランスをも崩しかねない。蟻のあけた穴が堤防を壊すこともあるのよ?』


 そういうと、順平は少しだけ眉をひそめた。


『……やっぱり、変わったな。馬跳晶子はそんな風に国体や世界情勢を気にするような女じゃなかった』


『そりゃ変わるわよ。二十年よ? 長いとは言えないけど短くもないわ。悪い?』


 前の人生とほぼ同じだけの長さ。しかも、こちらでの経験の方が密度が濃いともいえるし、影響が全く無いなんてことはあり得ない。


『いや、いいんじゃないか? すごくいい。少し、さみしくはあるけどな』


 そう言って女王は目を伏せ、そのまま静かに語りだした。


『調べるなら、情報は武器で道しるべだ。何も持たないままうろつかれるよりはこちらの与えた情報に従って動いてくれる方がまだまし。という理由で、お前に情報を開示する。これが、お前からもし外部に漏れ出でたと分かったときには……残念だが国の長として容赦することはできない』


 静かに、ゆっくり、はっきりと、女王はそう告げた。


 そこに前世からの縁などで揺れる意志などないと、自身でも確認するように……。


『解ってるわ、順平。その時はこの首、好きにしていいから……』


 これも、以前の馬跳晶子にはなかった価値観だ。あたしも結構どっぷり帝国貴族に染まっている。良いか悪いか分からないけど、この世界で生きやすいのは確か。


『うむ、そうならないことを祈ってる。さて、複数の音声魔法を同時に操れるほどの実力を持つ魔法使い。それは、この国には三人しかいない』


 それはなかなか好都合だ。帝国だと、私の知り合いだけで十数人はいるからね。


『一人は、陸軍下士官ヴィルド・タイノーツ。まぁ、こいつは今、任務で地方に飛んでいる。無視していいだろう。次にコバート・ピトー・ホムラート。帝国派貴族の実力者の一人だ。そして……』


 もったいつける様に一拍おいて私と目を合わせる順平。長い一瞬の沈黙に、思わず息をのんでしまう。


『この俺、イーヴァトゥース・カティーア・ノル・バヨネィラだ。以上が我が国における魔法戦力の個人単位最強三柱となる』


 いきなり容疑者が消えてしまった。


『どうした? これで、容疑者は搾れただろ?』


 女王は小首をかしげる。どうでもいいがこういう仕草が恐ろしく可愛い。中身は順平なのになぁ。


『…コバート卿のことを言ってるんだと思うけれど、たぶん違うわ』


『どうしてだ? あいつら帝国派貴族と名乗っていただろ? まあ、確かに欺瞞臭くはあったけど、状況証拠としては黒じゃないのか?』


『その様子だと知らないんだろうけど、帝国派貴族の中では「私」が音声魔法の開発者だという情報が広まっているのよ。ましてや、その中でも上の方にいる人なんでしょ?』


『知らないはずはないし、開発者の前で不用意に使うはずもない……か』


 それに、ボノヴァン子爵に流してもらっている情報とも異なる行動だ。昨日の今日で情報はまだいきわたっていないだろうが、それにしても、ああいう言動はあり得ないだろう。何かを誤解したか、それとも女王と私との決別を謀ったのか。


『となると、次に怪しいのは、あんたになるわけだけど……』


『断じて違う。なんなら魔力紋を照合してくれても良いぜ』


『その言葉だけで十分よ。疑ってない訳じゃないけど可能性は低いと思ってるから』


 魔術痕からならともかく、直接本人からとる魔力紋は、通常他人に明かすようなものじゃない。扱い方によってはどこで何をしていたのか何週にもわたってたどることができるし。今どこにいるかも筒抜けにできる。女王のそれなど、国家機密の中でも最重要となるだろう。これ以上国家機密なんて抱えたくない。


『で、最後の一人だけど……』


『ここから馬車と船で二週間ほどのところで特別任務中だ。内容は明かせないが今王都にはいないことは保証する』


『ちなみにそこから、遠隔操作の音声魔法で会話できるなんてことは?』


『ない。ってかどんな化けもんだよそれ。』


 そんな、化け物に三人ほど覚えがあるもので。


『本当に、それ以外いないの? 民間では?』


『魔法使いは国力の目安だ。調査は怠っていないが、隠れている確率がゼロだとはさすがに言えないな。とは言え、式典にあれだけの死体を紛れ込ますとなると、民間の組織ができるとも思えない』


『貴族が私兵をかこってる可能性は? あと、諸外国の資格の可能性。』


『一応、警邏卿が今のクーデリアになってから締め付けは厳しくなったからな。可能性は低いとみて間違いない。港の検閲もあいつの担当だから、見逃しはないだろう』


 その仕事ぶりはうちのフェズも認めるものだ。信用してもいいと判断する。


『となると後は、貴族が自分の実力を隠している場合、かな?』


『メリットが少なすぎる。自分から出世の道を閉ざしているようなものだろ』


 それもそうか。でも、出世に興味のない自分のようなのもいるわけだし。可能性としてはゼロじゃないだろう。


『こんなところか、取りあえず、今ありうる可能性は出尽くしたと思うが』


『そうね。今はこんなものでしょ。あたしは魔力紋の方からあたってみるわ。あのイヤミ長髪に会うのは億劫だけどね』


『相変わらず、髪の長い男は苦手とか。変な所は変わってないのな』


 順平の声がはっきりと弾んだ。何がそんなにうれしいんだか。


『変わった容姿(とこ)にときめくあたしと、変わらない(とこ)に喜ぶ順平か……』


 これも、体の性別に引っ張られているってことなのだろうか?


『ん? 何か言ったか?』


 あたしのつぶやきは順平には聞こえていなかったようで、また小首をかしげて疑問符を浮かべている。


 そのしぐさに、男の脳は否応なく反応した。だけど、今までよりかは嫌悪感が少ない。相手が順平だからとしたら、あたしもよくよく単純なものだ。


「なんでもありません。陛下、そろそろ時間も時間です。お帰りになられた方がよろしいのではないですか?」


 外はすっかり暗くなり、月も高く昇っている。婚姻前の女性が男性の家にいるには、いささかはしたない時間となった。


「そうだの。では妾は帰るとする。今日は世話になった。今日の補償は追って連絡する。悪いようにはせぬから安心せよ」


「はい、有り難きお言葉をいただき、恐悦にございます。では、送迎の準備をしてまいりますのでしばしお待ちを」


「いや、いらぬ。先ほども言ったであろ。こう見えて妾は魔法が得意なのだ。一人で宮殿に帰るなど造作も無いことよ」


「そういうわけにはまいりません。先ほどのようなことがあった後、陛下を一人にしたとあらば、帝国貴族の威信に関わります」


 それに、評価が妥当であるなら、同等以上の使い手が黒幕ということになる。用心に越したことは無い。


「いや、いらぬ。妾は一人で帰りたいのだ」


「ですからそのようなわけには……」


「いらぬと言っておろう。そなたも疲れておろうし、今宵は早めに休むとよい」


 なにをそんなに拒むことがあるというのだろうか? 送っていくというのだから素直に送られればいいものを。


『……もう、察しろよ! 元カノに夜道送られるってなんか嫌なんだよ!』


 こちらも引く気がないとみて焦れたのか、順平が日本語でそう言った。


 なんというか、男のプライドにしてもくだらない。なんとなく、それにすがりたい気持ちは解らないでもないけど、今は状況が状況でしょうに。


 この後、送る送らないの押し問答の末、結局ソリアさんが迎えに来て順平が帰ったのは、結局月も傾き始めるころだった。


 いくら転生者とはいえ、体は9歳なんだから、もうちょっといたわった生活をするべきなんじゃないかな。


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