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第六話

 鬼か蛇かで言ったら、蛙だな。


 失礼ながらボノヴァン子爵に対する第一印象はそうだった。


 口元は大きくいやらしくゆがんでいて、目は大きく丸々と飛び出ている。容姿で判断するのは好きじゃないが、丸々と太った体は、とても警邏の長を務めていたとは思えなかった。



◇◆◇



 私が部屋に入るとボノヴァン子爵は、立ち上がり大きく手を広げて迎えてくれた。


「おぉエヴリィード様、ようこそお越しくださいました。帝国貴族をお迎えするには、いささかみすぼらしいところではございますが、どうぞおくつろぎください」


「私は、すでに選帝侯家を離れた身。帝国貴族ではありませんよ」


 言いながら、私はボノヴァン卿の向かいのソファに腰かけた。


「そんなご謙遜を。炎帝オルドノヴァの懐刀と呼ばれるあなたが、家名を失っただけで影響力を無くすとは思えません」


 え? なにそれっ! いつの間にそんな二つ名がついてんの? あたし知らないんだけどっ。っと、思わずあたしが漏れてしまった。この会談中は私で通さなければ。


「聞けば、今亜人たちが使っている音声魔法もあなたの発案だとか」


 音声魔法。


 口や声帯の形が違うために人の言葉をしゃべれなかった一部の亜人達のために開発された、比較的新しい魔法である。


「それは、パトリック様が開発したものですよ。どこで聞かれたかは存じませんが。情報元を変えることをお勧めいたします」


 実のところ、軍人時代、亜人の部下がしゃべれないのを不便に思って、同期三人の中でも特に魔法が器用だったパトリックに、音の仕組みを教えて風魔法の応用で空気を震わせ言葉を発声できるような魔法を開発させたのは私だが。作ったのはパトリックなので、功績は全部彼に押し付けてしまった。というのが真相だが、この事実を知るものは少ない。


 そして、パトリックの有名さも相まって、陰に隠れた私を見つけるのは容易ではないのだ。ましてや、ここは帝都から遠く離れた地。


 どうやらボノヴァン子爵は、よほど優秀な耳をお持ちのようだな。


「隠しておられるというのも本当なのですね。実はパトリック様から我ら帝国派貴族に通達があったのですよ。そのような人物がそちらに行くからよろしく頼むと」


 パトリックゥゥゥゥッ!


 あれだけ、あたしは目立ちたくないって言ったのに、空気読みなさいよ! いや、そもそもそういうの苦手な子だったけどさ。もう、ホント政治音痴なんだから! あいつだけは絶対皇帝にしちゃいけないわね。あたしと同じく皇帝に興味ない組だったけど、もし目指すって言っても、あたしは推さないわ、絶対。


「どうかされましたかな」


 漏れ出でるあたしを必死に抑えてうつむいてしまった私を心配するかのように、ボノヴァン子爵は声をかける。どういうつもりだろうか? 飛び出した目のせいで微妙に表情が読めないな。


「いえ、なんでもありません」


「そうですか。ところで……」


 ボノヴァン子爵の纏う空気が変わる。さっきまでのなまくらはどこかへ行き、鋭利な雰囲気があたりを包んだ。


「どうしてエヴリィード様は、私にお会いに? 言っては何ですが、私は貴族としては落ち目。この会談、そちらにとって何のメリットがあるのでしょう?」


 ここで、立場と目的を告げて協力を得られれば楽なのだけれど、そうもいかない。


 何度も言うけど、私は帝国貴族として動くわけにはいかないのだ。下手をすれば帝国派貴族に担ぎ上げられて女王と敵対。最悪国を二分する事態にもなりかねない。私はあくまで帝国より降婿された一王配候補でなければならない。


「落ち目だから……ですよ。なので直接会っても、ただちはに大きな影響はない」


「それはつまり、秘密裏にことを進めて帝国派貴族を掌握していくつもり。……ということですかな?」


 ずいぶんストレートに聞いてくるな。その方がこちらもやりやすいが……。


「いえ、逆です。自分にはそのつもりがない。それを示すために今日はあなたに会いに来ました」


「…………」


 数分にも思える長い沈黙の後、厳しく結ばれていたボノヴァン子爵の口が大きく開かれる。


「はっはっはっ! そうでありましたか。それならばよろしい。もし王国貴族院の調略なぞ考えておれられるのでしたら、私はここであなたを切らねばならないところでした」


 何の気負いもなく。そう言ってのけるボノヴァン子爵。それだけにその本気度がうかがえる。そうフルックリンのように、殺気だけぶつけてくるようなのは小物なのだ。本物は朝の挨拶をするように、気負わず剣をふりぬける。太っていようとも、ボノヴァン子爵は本物の武人だ。やはり人は容姿でははかれない。穿った見方をした自分を少し反省しなければ。


「それは恐ろしいですね。しかし、それでは、あなたのお立場が悪くなりませんか?」


「確かに、よくて処刑でしょうな。しかし、本家の方は女王と懇意だ。そこまで影響はないでしょうし、わたしには跡を継ぐ子供もおりません。この老骨の最後のご奉公としては十分でありましょう。帝国との関係は大事ですが、それは現状維持でよいのです。若い貴族は極端でいけませんな」


 どうやら、ボノヴァン子爵は帝国派貴族の中でも特に保守派の考えをお持ちのようだ。なら、こちらの考えにも賛同してくれやすいだろう。


「そうですか、ところで今言ったこと、帝国貴族に伝えるのに、手を貸していただいてもよろしいでしょうか?」


「いいでしょう。伝手はそう多く残っておりませんが何とかして見せましょうぞ」


「ありがとうございます。ところで……」


 ここからが、真の本題だ。


「あなたほどの人が、どうして落ち目になられたのです?」


 あくまで、イーヴァトゥースの事情に詳しくない体で聞く。


「意地の悪いご質問ですな……」


 子爵は目を伏せていくらか沈黙してから、静かに口を開いた。


「なんてことのない、油断が原因です。あの日、群衆の中に刺客が紛れていたのを見つけられなかった。ただそれだけですよ。警邏卿としてはこれ以上ない失敗でしょう?」


 そしてまた長い沈黙。


 これ以上訊くのは憚られるな。


「すみません、答えにくいことを聞いてしまいました」


「いえ、単なる老骨の愚痴です。聞き流してくだされば結構」


 そう言ったボノヴァン子爵の横顔はなんとも言えない哀愁に満ちていた。




◇◆◇




「なるほどね……」


 翌日。


 私は、フェズが写してきてくれた先王弑逆事件の捜査資料に目を通していた。


 去年の11月17日。先王ルドラースは災害被災者慰霊のために地方都市を訪れていた。式典のさなか、突如群衆から十数名が飛び出し先王に刃を向ける。直接警備にあたっていた警邏官三名は殉職。そして、式典のために護身用の魔石をすべて外していたルドラース王は抵抗することもできず弑された。襲撃者は成功を確認すると全員炎術符によって自殺。証拠ごと灰となる。……か。


 どことなく、現代的なテロのにおいがする。私たちのほかにも転生者がいる? それとも、やっぱり順平が……?


「それはないと思いたいんだけどね……」


 続きを読む。


 当時、式典に参加していた人間はすべて貴族の紹介状を持ってその場にいたはずだ。しかし、事前に記録した参加者名簿に抜けはなかった。つまり、警備をすり抜け、いつの間にか参加者の群衆に紛れこんでいたことになる。警邏隊は手引きした貴族がいると踏んで捜査を開始したが、背後関係を洗おうにも、襲撃者はすべて灰になっており首実検もかなわない状況に捜査は難航。暗礁に乗り上げ停滞してしまっているというのが、現状のようだ。


「そういえば、クーデリア警邏卿は符術を使っていたな」


 長い髪に隠れていたが胸のホルスターに入っていたのは、明らかに紙の束だった。あれは符術師の代表的な装備である。


「まぁ、だからと言って何の証拠にもならないか……」


 資料から目を離し一息ついたタイミングで、ドアが三回ノックされる。


 それは、メイド達が自分で判断できない事案が発生した時の符丁だ。私は資料をしまい、扉の施錠魔法を解除した。


「失礼します、主様。カティーア女王陛下がお越しなのですが、いかがいなされますか?」


 入ってきたミームが告げたのは、急な女王の来訪だった。


「すぐに行く。応接室でいいかな?」


「はい、そちらでお待ちいただいております」



◇◆◇



 応接室に入ると、そこには女王一人だけであった。護衛もつれずに外出とは女王としてどうなのか?


「おぉ、来たか。意外と早かったの」


 しかし、纏う雰囲気は井野順平ではなく、女王イーヴァトゥース・カティーア・ノル・バヨネィラのものだ。


 ということは、これは公的な訪問ということか……。


「夕餉前のこのような時間に澄まんの。どうしても話しておきたいことがあったのだ」


 相変わらず鈴の鳴るような声色だが、今日は少しばかり低かった。


「まどろっこしいことは好きではない。早速本題に入らせてもらうが、そなた昨日、ボノヴァン・クリム・サンガツ子爵の館にいっておったな。なに用であった?」


 その件か、なるほど確かに女王としては見逃せない案件だ。


「少々議会工作を頼みに行っておりました。私も担ぎ上げられるのは御免ですので、帝国派の貴族たちに、自分には、そのつもりはないと伝えていただこうかと」


 嘘ではない。少なくとも表向きはそれが最大の理由だ。


「で……あるか。して、ボノヴァン子爵はどのように言っておった?」


「子爵も、国を割るのは忍びないと、私の意見に賛同してくれました。まもなく帝国派貴族には伝わるはずです」


「そうか……。で? 本当の目的は何であったのだ?」


「何のことでしょう?」


 我ながら、見事なとぼけ具合だと思う。しかし、いまだ黒幕候補であるカティーア女王に下手な情報はもらせない。


『俺にも話せない事なのか?』


「ですから何のことだかわかりかねます」


 透き通るような目で、私を見透かすようににらむカティーア女王。


 隠してはいるが、何かを隠していることは女王には筒抜けであろう。生前から順平に嘘はつけなかった。ウソを見破るのは女の方が得意なんて言われるけど、個人差があると思う。


 しばし、にらみ合っての沈黙。


 それを破ったのは玄関ホールからの悲鳴だった。


「キャウゥゥゥン!」


「ミームっ!?」


 音声魔法を使用しない本物の悲鳴。にわかに玄関ホールが騒がしくなる。


 私は、カティーア女王に目だけで訴えた後、そこへ向かって駆け出した。



◇◆◇



 ホールに着くと、そこには十数人の覆面をした連中が、ミームを後ろにかばうキッカと対峙していた。


「いったいこれは何事か!」


 私の声に、十数人の集団はいっせいにこちらを向く。そろいすぎていて気持ち悪いくらいだ。


 そして、リーダーらしき一人が前に出てくる。


「エヴリィード様、突然の訪問平にご容赦願いたい。ただ、わたくしたちは決してあなたたちを害するために来たわけでは無いのです。どうか、そこの蛇に剣を引くようにご命令願いたい」


 男か女かわからないような声で慇懃に礼をするそいつは、さらに続けた。


「わたくしたちは帝国派です。約束通り女王を引き取りに来ました。引き渡してくれますね?」


「なにっ!?」


 自分が答える前に、後ろで声がした。カティーア女王、ついてきてたのか……。


「どういうことだエヴリィード!」


「顔を隠すような連中に、知り合いはいないはずなんですけどね……そちらの方も、約束とは何のことです?」


「またまた、お惚けになって。こちらで政治的に受け入れ基盤を作ることを条件に、私たちに協力すると、約束したじゃありませんか」


 そんなことは初耳だ。もしかしてボノヴァン子爵に一杯食わされたか?


「まさかそんなっ!」


 崩れ落ちるカティーア女王。その眼には涙が浮かんでいる。


「そうです、その男は裏切り者なんですよ。だから女王、観念してこちらに……」


「キッカっ!」


 セリフを言い終わる前に、私は叫んでいた。その瞬間、覆面男が女王へと伸ばした手が切り飛ばされる。


「どういうことです? あなたにとっても女王陛下がいなくなった方が都合がよろしいのでは?」


 腕を切り飛ばされたというのに、あくまで冷静に質問してくる覆面男。なんだその気持ちの悪い勘違い。


「何を勘違いしているのかは知らないが、そんなことは無い。今ならまだそれで許してやるから、とっとと失せろ」


 脅し用の低い声で言うが、覆面男に変化はない、血をだらだらと流しながら焦点の合わない目をこちらに向けるばかりだ。


「……失敗か」


 やがてそう聞こえたかと思うと十数人が一斉に胸に手をやった。するとそこから勢いよく火が噴き出す。


「炎術符!?」


 無詠唱でかつ発動までの時間が短い。符術の特徴だ。つまり、この仕掛けは例の黒幕と同じってことか? いや、模倣犯って可能性もあるな。


 そうして冷静に考えていられるのも、キッカのおかげだ。彼女は水魔法のエキスパートでもあるので、屋敷に燃え広がらないよう消火活動を行っている。


 よほど強力な符であるのか、なかなか消し止められないが屋敷に燃え広がるのは食い止められそうだ。


 そして、カティーア女王はさっきまで泣き崩れていたのがウソのように、あっけらかんと私の横についてくる。


「しかし、父上を弑したものと同じ手口を使う集団とは、思ったよりも大物がかかったのう」


 やっぱり、あれは演技だったか。そうだよね、順平があんな雑な嘘に騙されるわけがない。しかし、順平も演技はうまくなかったのに、いつの間にあんな涙を流すウソ泣きなんかできるようになったんだか。女は生まれながらに女優ってやつ? あたしは生前出来なかったけど。


「その物言い、自分をおとりに使いましたね?」


 護衛もつれていないのは変だと思ったのだが、餌をうまそうに見せるための仕掛けだった? それにしても、私のところにたどり着く前に拉致されていたらどうするつもりだったのか? っていうか、私には散々危ないだの言っておいて……。


「まあの。どうだ? これで心配する法の気持ちが少しは解ったであろ?」


 いたずらっ子のように笑うカティーア女王。その表情に一抹の懐かしさを覚える。


 大体、そんなものはよく知っているのだ。あたしは順平のそういうところが大好きで、大嫌いだったのだもの。そうあの日も……。


「あのっ! 主様!」


 何かを思い出しそうになったが、それはミームに声をかけられたことで、また海馬の水底に沈んでいった。


 まあいい、思い出せないってことは、そんな大したことじゃないだろう。今は部下の報告を聞くことが先だ。


「あぁ、ミーム。大丈夫だったかい?」


「はい、キッカが守ってくれましたから。それよりも主様、私一つ気が付いたことがおるのです」


「なんだい?」


「はい。わたし、耳はかなりいい方なんですけど、あのお客様方から、心臓の鼓動も呼吸音も聞こえませんでした。匂いはちょっとわからなかったんですが、たぶんあの人たち、ここに来る前に死んでいます」


「「っ!?」」


 死霊呪術(ネクロマンシー)


 それは、この世界でも例にもれず禁忌とされている。


時折、主人公が武人系の発言をしますが、こちらに生まれてからの貴族教育、及び5年間の軍人生活で身に着けたものです。生前から防人系女子だったわけではありません。


 あと、蜘蛛メイドちゃんのなまえがフェズだったりフィズだったりしたのを、フェズに統一しました。いっそのことフェズとフィズっていう双子にしようとも考えたのですが。無意味にこれ以上キャラを増やしても、ややこしくなるだけだと思ったのでやめました。ちなみに、今まで出ているメイドの中で獣顔なのは、キッカとミームだけです。キッカは書いた通り蛇の顔。ミームはシーズーとかトイプーとかの愛玩系小型犬をイメージしています。以上、誰得情報でした。

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