第五話
突然ではあるが、私は自己犠牲というものが嫌いだ。
他人のために自分が不幸になるなんて馬鹿げているし、自分の為に他人が不幸になるのも気分が悪い。
まず、自分が幸せでなければ、他人の幸せを願ってもうまくいかないというのが持論だ。
友人に話した時は、「ずいぶんと、利己的で傲慢な考え方だ。ぬしは人の上に立つべきではないな」と、バカにされたものだが、しかし嫌なものは嫌なのだからしょうがない。
だから、自分の身を危険にさらすのは、あくまでも自分のためだ。
まぁ、だからと言って、他人が心配しないかどうかは別問題だったりするもので……。
◇◆◇
『俺は、ケガだけはするなって言ったはずだよな?』
『はい…………』
『それにお前は、まかせてと答えた』
『はい…………』
『それが、どぉーして、未知の魔法を背中で受けるっていう、行動につながったのか。しっかりと説明してもらいたいんだが? も・ち・ろ・ん、出来るんだよな?』
『面目次第もございません……』
あたしは今、順平の前に正座させられている。
試合の後、控室に戻ると、カティーア女王が腕を組んで仁王立ちしており、「正座!」と言い訳をする間もなく命令されてしまったのだ。
『いや、俺は別に謝罪を聞きたいわけじゃないんだ。ただ納得できるように説明してくれないかなぁって思ってるだけなんだよ』
順平がこういうねちっこくいやらしいしゃべり方をするのは、本気で怒っている時だ。下手な言い訳をすると、十倍になって説教が帰ってくる。
だからと言って、しゃべらないで謝ってだけいると、余計に機嫌が悪くなるので、しゃべらない訳にもいかないのが、悩ましいところだ。
『いや、捕まった貴族の魔力は大したことなかったし、あれなら、見えない位置に展開した魔法障壁でも防ぎきれるかなって』
『それは、あくまで結果論だよな、ソリアと戦いながら自分の後ろの魔力量まで把握できていたとか、まさかお前、転生チートでもついてんのか?』
『いえ、ついてないです……。あの時点ではわかりませんでしたけど、何とかなるかなぁ、とは思ってました』
『見通しと計画性が甘いのは変わんねぇのな。それだからお前は……』
「それくらいにしてやってくんないか、陛下。何言ってるかはさっぱりだけどよ、大の男が、幼女に説教されてる姿ってのは、見てて痛々しいぜ」
助け舟を出してくれたのは意外にもソリアさんだった。うちのメイド達はというと、何を言っているのかわからないが、きっと女王の言うとおりだとでも言いたげな顔で静かに控えているばかりである。
「そもそも、ソリア……。おぬしが、バカなことさえ仕掛けなければ、このような事態にはならなかったのだけれど。そこのところはどう考えておるのだ?」
己に飛び火して、しまったというような顔付きでソリアさんは言い訳を始めた。
「あの時はいいアイデアだと思ったんだよ。クーデリアも、賛同してくれたしさ」
「なるほど、此度の絵を描いたのは彼奴であったか」
そこで、突然扉が開き、藍色の髪を長く伸ばした伊達男が入ってくる。
「そのとおりであります。陛下、お楽しみのところ失礼いたしますね」
イーヴァトゥース王国の警察機構の長。パブリコ・ラン・クーデリア警邏卿その人だ。
私は、立ち上がり挨拶しようとしたが、女王に見とがめられて、しぶしぶ座りなおさざるを得なかった。
「はっはっはっ! エヴリィード様は、もう尻に敷かれているのですか? これは我が国の安泰も約束されたようなものですね」
愉快そうに笑うクーデリア卿。
「はい、是非ともこの事実を公表して、国民に安心してもらってください」
「そうはいきません。女王は敵国からのお客様を虐待してるなんて噂が立てば、明日にでも炎帝オルドノヴァが攻めてくる。と不安になる国民も多くいますから。貴殿には是非とも、陰で苦労していただくのがよろしいと、私共は考えております」
この程度、母なら大爆笑して許すと思うが。一般にはその人となりは伝えていないからなぁ。そう思う人がいても不思議ではない。
それにしても歯に衣を着せない方だ。
「はは、それは恐ろしいですね」
「まったくです。でも、今日みたいな余興は楽しいのでいくらでもやっていただいて結構ですよ。おかげで色々とつかめましたし」
「本当か? 警邏卿!」
クーデリアの一言に身を乗り出して問う女王。確かに、その情報は聞いておきたい。
「はい。少なくとも、死肉をあさるそこらの蟲などよりは、正確な情報がお届けできるかと……」
と、急に天井の方を見るクーデリア卿。
今もどこかで見ているであろうフェズへの挑発だろうか?
残念ながら、その程度で気配を漏らす彼女ではない。
「エヴリィード殿、すまぬが今日はこれまでだ。また明日以降、よろしく頼む」
それもそうか。
ことは国家機密だ。まだ外様の私に聞かせるわけにはいかないのだろう。
「はい、それでは失礼いたします」
しびれの残る足を穢れ払いの魔法で無理やり動かし、部屋を後にする。
情報はあとでフェズが持ってきてくれるだろう。
◇◆◇
「なるほど、じゃあフェズの見立てでは、あの警邏卿は信用できると?」
その夜、私は予定通りフェズに報告を受けていた。
「はい、少なくとも女王へ虚偽の報告をしているわけではありませんでした。おそらくはソリアという撒き餌を使い、主様という餌をひっかけ、より大きなものを釣り上げようと画策していたものと。このような大事になるとは思っていなかったようですが……」
そのために、ソリアに女性としての奉仕を提案したと……、優秀なんだろうが仲良くはなりたくないタイプだな。
「で、私という餌に食いついてきたのが……」
「国家自由同盟。独立派の革命組織ですね。軍内部に深く食い込んでいるとみられるのですが、なかなか尻尾を出さず、憲兵は手を焼いているそうです」
「……その組織が、先王を弑した可能性は?」
「低いでしょう。当時の警備は前警邏卿が担当しており、組織が根を張っている軍は外周警備に回されていました。ちなみに前警邏卿はこの責任を取って辞任。後釜に収まったのがあのクーデリア卿となります」
なるほど。でも、
「それだと、やはり警邏卿は怪しいということにならないか?」
「いえ、いくらあの無駄に長い髪が気持ち悪くても、にやにや張り付いた笑いが生理的にくけつけなくても、オーバーアクションのキャラ付けが寒くとも、それだけはありません。彼の仕事は信頼できると、私は判断します」
あ、やっぱりバカにされたのムカついていたのか。しかし私情に流されず、仕事だけを判断すると信用に足るということか、フェズがこういうということは、間違いないのだろうが……。
「信用に足る人物だからと言って、理由があれば人は罪を犯すものだ。その他に、彼が関わっていない証拠は?」
「彼は、軍出身の警邏卿です。前警邏卿が警察畑の人間でしたので、今回は違う人物をと選ばれました。つまり、あの時は中央の警備にかかわっておりません。故に手引きもできなかったかと。もちろん、かの組織ともかかわりはないと報告させていただきます」
と、いうことは、
「完全に振り出しだな、今回のことで得をしたのはクーデリア卿だけということか」
「そうでもありません。尋問の際、捕まった貴族が面白いことを口走っていました」
「なんと?」
「いわく、先王は、独立のために準備を進めていたと……」
なるほど、それは厄介な(面白い)情報だ。
少なくとも体を張ったかいはあったかな?
◇◆◇
翌日、双子紙(一方に書いたものがもう一つの紙にも現れることからそう言われている魔法具)で、報告するとすぐに返事が来た。
詳しくは話すことができないが、先王が独立を望んでいる旨の挨拶を繰り返していたことは事実であるようだ。
しかしそれは、暴力的な革命にあらず、あくまで平和的に条約を改定していく方向で徐々に話が進んでいたという。先王が頻繁に帝国を訪れていたのはそのような理由があったためである。
しかし、お母さま、こういうことは先に教えておいてもらえると助かるのですが……。独立を消極的ではあるが実質認めている国の国王のことを「覚えが良いわけでは無い」とか言わないと思います。あの人、基本まっすぐなのに変なところでツンデレるのだから質が悪い。
まあ、そんなことお言っても、「私が悪いんじゃないわ。察せないあなたが悪いのよ」とか言われるのがオチなので、黙って情報だけ受け取ることにしよう。
「と、いうことは独立派だけでなく、帝国派にも動機ができてしまったな」
表立っては親帝国派だった国王。その実オルドノヴァ帝に通じて独立を画策していた。帝国派として甘い汁を吸っている連中にとってはたまったものではないだろう。
なぞは増えて、時間だけが消費されていく。
まぁ、焦らず一つ一つ可能性をつぶしていくしかないのだ。
まずは、前警邏卿に話を聞こう。
「ということで、ガリマ。前警邏卿にアポイントメントをとってくれないか?」
「承知いたしました。なんという方なのでしょうか?」
「ボノヴァン・クリム・サンガツ子爵だよ。今は、自宅療養中のはずだから、無理は言わないように」
奇しくも、フルックリンの叔父にあたる人物である。文官系のサンガツ家において、唯一肉体系の職務で成功した御仁ではあるのだが、本家との折り合いは悪いと聞いている。政治的には……帝国派か。
アポは、すぐにとれ、翌日にでも会ってほしいと、向こうからお願いしてくるくらいだった。聞いてみると、帝国派貴族から結構な量のお誘いがあったらしいのだが、「主様は多忙につきお会いできません」と、ガリマがすべてはねつけていたらしい。いや、忙しいのは本当だけど、せめて誘いが来てたことくらいは教えてほしかったのだが。
「そうすると、なんだかんだと受けておしまいになるでしょう? 主様の予定と体調の管理も私の立派な勤めでございますれば」
否定できないのが悲しい。基本押しに弱いのだ。前警邏卿との会談も気を引き締めてかからなければならないな。
◇◆◇
ボノヴァン子爵の屋敷は宮殿から遠く離れた町の郊外にあった。子爵としてはいささか質素なつくりでこじんまりとした屋敷に、一台の馬車が止まっている。紋章はサンガツ本家だ。
「叔父上! ですから話を聞いてください! 女王陛下は!」
「うるさいっ! 聞く耳持たんわっ! 今日はこれから来客があるのだ! さっさと帰らんかっ!」
見ると、フルックリンが屋敷から追い出されたところだった。
しばらく扉の前で立ち尽くしていたが、ため息を一つ吐いてこちらに向かって歩いてきた。わたしにきがついたフルックリンはわずかに足が速くなる。
「一昨日、騒ぎを起こしたかと思えば、今度は叔父上か。何を企んでいるかは知らんが、カティーア女王の威光からは逃れられん。悪だくみはそこそこにしておくんだな」
「悪だくみというわけではありません。私は帝国と王国の架け橋ですので、両国にとっていいように行動しているだけです」
「どうだか。まあいい、どんな企みも陛下の前では白日の下にさらされる。せいぜい首を洗っておくといい」
あぁ、本当に女王信者なんだな。盲目的に彼女を万能の存在だと信じているようだ。今日は布教に来て失敗と言いったところか。
「ご忠告痛み入ります、そうならないように気を付けることにいたしましょう」
私の物言いがよほど腹に据えかねたのか、先ほどから隠そうともしていなかった殺気が膨れ上がる。驚いたな、前のは気の迷いかと思っていたが、この人本気で私のことを殺したいと思っているようだ。
「……っ! 失礼する!」
殺気を隠そうとしないまま、馬車に乗り込むフルックリン。実力差をわかって仕掛けてこないだけの頭はあるのだな。
挑発するように私の横ぎりぎりのところを馬車で駆け抜け、フルックリンが去って行ったあと、一人の老メイドが屋敷の中から出てきた。
「お待たせいたしました、ボノヴァンが中で待ってております。どうぞ中へ」
キチリと分度器で図ったようなお辞儀をして、老メイドは屋敷の中への案内してくれる。
屋敷の中も質素で、調度品は最低限といった感じだ。
使用人も案内をしている老メイド以外見当たらない。
やはり職を辞されて、質素な生活を余儀なくされているのだろうか。
「こちらでございます」
案内された部屋の扉をノックすると、どうぞお入りくださいと野太い返事が返ってくる。
鬼が出るか蛇が出るか。私は扉を開き部屋の中へと入るのであった。
どんどんキャラが増えていって把握が難しいです。こんな風になる予定じゃなかったんだけどなあ。
そういえば、穢れ払いの魔法は今回のような使い方以外にも、箪笥の角に小指をぶつけないようにしたり、靴の中の小石を除去するのにも使える便利な魔法だったりします。ほしいなぁ。