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第四話

 あたしにとって順平は癒しだった。つらい時に無限に甘えられる存在。際限なく甘やかしてくれる相手。それが馬跳晶子にとっての、井野順平だった。


 でも、それは一方がもう片方に一方的に寄りかかる関係。今思うと、あの関係はずいぶん歪だったと思う。


 それでも、あたしは幸せだったし。順平も幸せそうだった。それでいいと思っていた。



 ◇◆◇



「これはいったいどういうことじゃっ!」


 翌日、指定された軍の訓練所に行くと激高したカティーア女王がおられた。


「どういうことかと申されましても、そこに書いてある通りとしか……」


 どうやら、会場の受付をしている兵士に絡んでいるようだ。


「だから、なんでうちのバカと妾の婚約者が決闘なんて騒ぎになっておるのかと聞いておる!」


「それは、ご本人同士の複雑な理由がおありなのかと……」


「それでは、何もわからんではないか! もういい、ソリアを呼びつけよ!」


「どうかされましたか? カティーア女王陛下」


 そこに現れたのは、件のフルックリン君である。おぉ、謀らずも彼の人となりを見るいい機会だ。


 私は少々はしたないが、近くの柱の陰に隠れて盗み聞きすることにした。


「どうもこうもあるか! なんでこの二人が決闘するようなことになっておるのだ!」


 急ごしらえの看板を指さして叫ぶ女王。対する、フルックリン君はそんな激高した女王を前にしても涼しい顔をしていた。流石、女王信者ただの門兵とは違う。


「僕もよくは知りませんが、なんでもエヴリィード殿の誘いを、ソリアさんが断ったのが原因だと言われております」


 ぬけぬけと言い放つフルックリン。出回ってる噂を信じたのか、それとも噂の出所が彼なのか……。まあ、どちらにしてもその程度の人物と言いうことか。


「まさか、それはありえん!」


「なぜそう言い切れるのですか? エヴリィード殿も男ですから、そういうこともあるでしょう」


「なんでもだ、それだけはありえん」


 まあ、カティーア女王は私が元女で、しかもそういう系統の男を毛嫌いしていた。という事実を知ってるからの発言なのだが、仕草だけ見ていると、まるで婚約者をとられた現実を受け入れたくなくて、駄々をこねているただの子供のように見える。


 この流れはまずいかな?


「いえ、それは単なる噂ですよ。単に、ソリアさんが私に名前を売る機会をくれたというだけです」


「エヴリィード……」


「……ッチ」


 私はここで登場することにした。フルックリンが露骨に舌打ちする。ここまで露悪的だと逆に罠を疑いたくなるな。


「それでは、この負けると国へ帰るというのも、お主が望んだ条件なのか?」


「……!」


 そんな条件は承諾した覚えはないが、女王が指さした方向を見ると、私とソリアさんとの決闘を知らせるチラシやポスター、立て看板には、そのように書かれていた。


 曰く「蟻地獄のソリアvsエヴリィード卿。誇りをかけた決闘! 負けた方は自分の国に!」だそうだ。


 気が付くとフルックリンが、にやにやしながらこちらを見ていた。そうか、そちらの仕業か。


「ソリアは、連邦で音に聞こえた傭兵だったのじゃ。そんな相手に勝ち目はない。そなたはそんなに妾と結婚したくないのか?」


 涙目になりながら上目遣いに聞いてくるカティーア女王。おいおい、どこでそんな技覚えたんだよ? って言いたいところだけど、無意識なんだろうな。


 順平は決してこういうことの得意な方ではなかった。それとも9年も女をやっていれば何か変わるものなんだろうか?


 二十年、男をやってあたしも変わったところがたくさんあるけれど、11年前はどうだったかな? 思春期に入るまでは結構お気楽だったと思うんだけど。


「いえ、そんなことはありませんよ。これでも私、結構強いんです心配しないでください」


 とにかく、この決闘の意義からも考えて、一旦受け入れたとされてしまった条件をこちら側から覆すことはできない。はったりを効かすための決闘で、ビビッて退いたなんてのは、笑い話にもなりはしないからな。


「それはそれで、困るのだ。あれが帰ってしまったら、信頼できる護衛がいなくなってしまう」


 なるほどそういうことか、つまり、反女王派にとっては、この決闘、どちらが勝っても得をすると。そうするとフルックリンのヤツは利用されたのかな? まぁ、あの態度では同情はできない。


「とにかく、妾に理がないどころか、どちらが勝っても妾が損をする決闘なんて認められん。即刻中s……」


『まって!』


 日本語で制止すると、驚いた顔でカティーア女王がこちらを見る。フルックリンのいる前でこれ以上日本語は話したくはない。どうするか。


「この決闘は、私がこの土地に馴染むための通過儀礼のようなものなのです。悪いようには致しませんので、どうか、この決闘。お認めくださいますようお願いいたします」


 自分の目的のために、この決闘はどうしても必要な過程だ。なにより、すでに餌に食いついた魚が目の前にいる状態で、あきらめたくはない。


「……本当に大丈夫なのだな? いいだろう。ただし、武器は模擬戦用の物を使い。二回相手にあてた方が勝ちというルールのもとに行うこと!」


 所謂、剣道ルールである。これなら危険も少ないという判断だろうか?


 何にしろ止めないでいてくれるのは有り難い。前世の順平は、あたしにこんな無茶をさせてくれるようなことは無かった。お互い、あの時からいろいろ変わってるんだね。


「は、ありがとうございます」


 深々と頭を下げてから、控室に向かう。


『ケガだけはすんなよ』


 順平はその背中に日本語でそう声をかけてくれた。


『だぁいじょうぶ。まかせて』


 とだけ答えてあたしは、足を速める。大丈夫、何とか全部うまくいくように頑張って見せましょう!



◇◆◇



「フェズ、いるな」


 私は控室の天井に向かって声をかけ、二回ノックする。すると、すぐに返事が返ってきた。


「御身のおそばに」


「屋敷に帰ってガリマに私の模擬戦用の得物を持ってきてくれるように伝えてくれ。どうにも、こちらの運営の用意する得物が信用できなくなった」


 細工をされてもろくなってるとかならまだしも、反則負けを言い渡されるような仕掛けを施していないとも言えない。その場合、試合に負けて、勝負に負けて、ついでに名誉も失うのだ。それだけは避けねばならない。


「そう言うだろうと思いまして。すでに持ってきております」


 天井の板が一枚開いて、そこから一本の木製の槍が降りてきた。


「流石だな。フェズ」


「当たり前です。というかこの事態を予測できない主様が間抜けなのです。まったく、主様のしりぬぐいは苦労しますね」


「わかった、わかった、今度何か埋め合わせするから」


「期待しないで待っております」


 そう言って気配が消える。まぁ、どこからかは見ているんだろうけど、蜘蛛である彼女の気配は私程度で感じることは不可能なのだ。


 丁度そこで、控室の扉がノックされた。


「エヴリィード様。申し訳ありませんが、予定が早まりました。準備をお願いします」


 なるほど、こういう嫌がらせもありなのか。ますます、フェズの仕事に感謝だな。


「わかりました、今行きます」


 フェズの届けてくれた槍をもって部屋を出る。すると案内役の兵士が驚いた顔をしていた。


「エヴリィード様、それは?」


「あぁ、私の得物です。メイドが届けてくれたのですよ。うちのメイドは優秀でしょう?」


「はぁ、なんとも変わった形の武器ですね。なんという名前なのですか?」


「ただの槍ですよ。ある国の言葉では十文字槍って呼ばれてますけどね」



◇◆◇



 会場である軍の訓練場に着くと、すでに人があふれていた。服装を見るに、どうやら兵士や騎士だけでなく、貴族の方もいくらか来ているようだ。フルックリンはそちら側にいる。てっきり、奥にある女王席の近くに陣取ってると思ったのだが。


「よう、ちゃんと逃げずに来たみたいだな」


「まぁ、そこまで不利な戦いとは思ってないので」


「そうかよ。しっかし、処刑具の形をした槍たぁ、また悪趣味なもんを持ち出してきたもんだね」


「そうですか? でもこれ、いろいろ便利なんですよ」


 突かば槍、払えば薙刀、引かば鎌。とはよく言ったもので、普通の槍よりいくらか攻め手が多い。その分扱いも難しいのだけど。……なんか格好良さげってだけでこの得物を選んだ当初はくろうしたなぁ。


「まあ、どうでもいいさ。どうせ、勝つのはあたいなんだからね」


「それでは両者、互いの武器を交換し確認して下さい」


 ソリアの得物は意外にもスタンダードな剣と盾だった。もっと力任せに来るタイプかと思っていたのでちょっと拍子抜けだ。


 手に取って確認するが特に不審な点はない。まぁ、この手の勝負で不正を働くようなタイプには見えないか。


 あちらはあちらで、私の十文字槍を見たり構えたり振ったりしている。初めての得物なのでどういう戦法があるか、考えているのだろう。


 やがて時間が来て、お互いの得物を返す。


 私は入念に自分の得物を確認した。


 ……何もしかけられてはいないな。ソリアは信用できるといっても、そのバックは信用できないからな。用心に越したことは無い。


「ではお二人とも準備はよろしいですね。では、はじめ!」


 わたしが、まだ得物の確認を行っているうちに審判が始めの合図をかける。が、ソリアは動かない。


「おう、早く構えろよ、ビビってんブルっちまったってんなら、仕方ねぇけどよ」


「えぇ、お待たせしてしまってすみません。では始めましょうか」


 あくまでソリア自身は正々堂々戦ってくれるつもりであるようだ。


 私は敬意を表して一番得意な構え。相手に対して半身になり、やや腰を落として穂先を斜め下に向けた構えをとる。


 対してソリアは防御の構え、盾を前に出してジリジリと迫ってきていた。


 剣と槍とでは間合いが違う。相手はどうにか懐に飛び込もうとしてくるだろう。つまり、懐に入れない立ち回りができれば、私の勝ちだ。


 ゆっくりと、しかし着実に間合いを詰めてくるソリア。大きな体なのにその隅々まで神経が張り詰められており隙が見当たらない。


 強がりは言ったが、純粋な武術の腕だったら、確実に相手の方が上だな。


 なので仕掛けるのはこちらからだ。


 私は自分の間合いにソリアが入るやいなや、槍を突き出した。


 盾でいなされかわされる。しかし、かわしたことでわずかながら彼女の体制が崩れ隙ができた。


 通常であれば全く問題のない程度の隙だが、こちらの手の内がばれていない今は致命的な隙となる。



 私は縦に突き出した槍を90度回転させ横にして思い切り引き戻した。


「っ!?」


 ソリアの表情が驚愕にゆがむ、それでも超反応で、身をよじってかわしたが、右肩にわずかだが刃が触れた。


 まずは一本。


 だが、審判は判定を行わない。


 審判までグルだ。


「おい! 審判! なんで判定しねぇ。今のは完全に刃が当たっただろうが!」


 抗議したのはソリアだった。


「え? は、はい。エヴリード卿1ポイントです」


 抗議は認められ、私にポイントが入る。それはそうだ攻撃側でなく受け手側から今のは当たったと言われたのだから、認めざるを得ない。


「なるほどなその奇妙な形は、そういう風に使うのか」


「今のはだまし討ちみたいに使ってしまいましたけど、これも含めてこいつの技の一部です。次からは気を付けてください」


「そう言っておいて、次は薙いできたりするんだろ? 槍に攻め手が一つ加わるだけでこんなに厄介になるとは思わなかったねぇ。じゃあ、こっからは本気だよ」


 彼女の周りの魔素がざわつき始める。何らかの魔法を使う前兆だ。この試合では攻撃魔法以外なら魔法を使うことも認められている。


「さて二本目と行こうじゃないか」


 しかし何も起こらなかった。身体能力強化系かとも思ったが、それにしては相変わらず、盾を構えての防御の体制だ。


 罠を張った? でも、相手を直接害する攻撃系の罠は使えないはず。蟻地獄の異名からして、地面系か?


 踏みしめる地面に違和感はない、だが、一歩踏み出すといきなり砂地とかはあり得る話だ。


(祓いたまえ。清めたまえ)


 自分は足に補助魔法をかける、歩行を妨げる『穢れ』を祓うオリジナル魔法だ。これで地面が滑りやすくなっていたり、柔らかくなっていても問題なく踏みしめることができる。


 先ほどと変わらず、ソリアはゆっくりと間合いを詰めてくる。やることは変わらない。間合いに入ったら突く。それ以降は相手の出方次第だ。


 私は槍を突き出した。同じように盾でいなされる。先ほどと違うことはソリアの体制がそれほど崩れていないことと……、


(す、吸われる!?)


 盾に体が吸い付けられるように引っ張られる。そうか、これが蟻地獄か! 自分から懐に入るのではなく、相手を自分の懐へと引きずり込む技っ!


「もらったぁっ!」


 そうして理解した時にはもう遅い。自ら相手の間合いに入ってしまった私を、ソリアは一撃のもとに吹き飛ばした。


 木剣とはいえ、ソリアの膂力から放たれるそれは、私を三メートル以上吹き飛ばしてなお、余力があるようだった。


「さて、これで一対一。互いの技も見せ合った。ここからが本当の勝負だよ」


 なるほど、あれだけ完璧に体制を崩しておきながら。二発打ち込んで終わりにしなかったのはそういう理由か、つくづく脳筋の発想だけど今は助かった。


「まったく、同じ一撃でもそっちはほぼダメージなしじゃないですか」


「なに言ってんだい、あたいの蟻地獄を受けときながらちゃんと自分で体を浮かせてダメージを軽減してたくせに」


「ばれてましたか、いやいや、非才の身なれば、こういうこすいことばかりうまくて嫌になります」


「過剰な謙遜は嫌味になるよ。ここにいる何人があたいに一撃でも入れれると思ってんだい?」


「正面から戦えば、私だってそうですよ。ただ、あなたの知らない技を知っているっていうだけで、三日もあれば攻略されてしまうでしょう。でも今は、その三日後ではありません」


「面白いねぇ、じゃあこれからの試合の中で完全に攻略してあんたの見立てが甘かったってことを証明してやるよ!」


 再び、私たちは交錯する。


 そこからは、一進一退。


 お互いに決定的な一撃を入れることができない時間が続いた。


 そして、四半時ほどたったとき、自分の後ろで魔素が収束するのを感じた。


(来た!)


 わざわざ、自分をおとりに使ったかいがあった。


 そう、勝負がじれてきた時に、彼らの方へ隙だらけの背中を見せれば何かをやってくれると思っていたのだ。しかも攻防が白熱して皆の興味が決闘にだけ集中しているこのタイミング。周りに気づかれずに奇襲をかけるには絶好の機会である。


 餌は食いついてくれた、今回の妨害工作で、そこそこ派手に動いたであろう相手方の尻尾を、フェズがきっとつかんでくれていることだろう。


 あとは、これをワザと受けて横やりによる無効試合にすれば全方面丸く収まり、ミッションコンプリートというわけだ。


 しかし、


「なにやってんだいあんた!」


 それを許してくれない人が目の前にいた。彼女は私に向かってきていた魔法を素手ではじくと、ずんずんと観客の方へ歩いていき、一人の貴族を引きすりだす。


 あれ? フルックリンじゃない。てっきり仕掛けてくるなら彼だと思っていたのだけど。


「お、お許しください、私はただこの国を憂いて……」


「言い訳は衛兵の詰め所でしな! 衛兵! 女王陛下の御前で行われた決闘を汚した愚か者だ! たっぷり絞ってやんな!」


 そう言って、貴族を衛兵に引き渡すと、彼女は私の前に向き直った。


「どんなものかもわからない魔法を背中で受けようとするなんて、陛下から聞いていた通り無茶をするねぇ。しかしまあ、合格だよ。陛下のために体を張れるってんなら。あたいの仲間だ。先の暴言については謝罪させてもらうよ」


 どうやら、順平にはあたしの浅はかな作戦は全部お見通しだったらしい。前もってソリアさんにそれを伝え、何かあったときの対処を指示していたようだ。


 あたしってば、かっこわる~。


「謝罪っていうなら、ミームたちにもお願いします。どちらかというとそっちの方が、私は怒ってますので」


「あの犬っころどもにかい? まぁ、あんたが言うならそうするよ。あんたがあんな獣もどきを使ってる理由も何かあるんだろ?」


「単に優秀で安いからですよ。同じくらいの能力なら安い方がいいでしょう?」


「ははっちげぇねぇ。あたいも陛下に拾われるまでは、ずいぶんと奴らと比べられて買いたたかれたもんさ。最近じゃ言葉もしゃべれるようになったからなおさらね」


「で? どうします? 続きやりますか?」


「興がそがれちまったよ。それにあんたとは、もっと単純な場所ででヤりたいしね」


「単に実力っていうなら、うちのキッカとかの方が楽しめると思いますけど」


「女とやって何が楽しいんだい。こういうのは男を喰らうから、いいんだろうが」


 あたしも、中身は女なんですけど~。


 そう思ってると、ソリアはカティーア女王に対して合図を送った。


 すると、女王陛下は立ち上がり、決闘の無効を告げる。


 こうして、ソリアとの決闘騒動は幕を閉じたのであった。


恋愛とはいったい……ウゴゴ……

バトル描写が楽しくなってしまったのです。ラストは決まってるので、最終的には恋愛タグに恥じない作品になるはず……。



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