第二話
いろいろ悩みましたが、このルートで行くことに決定しました。楽しんでいただけたら幸いです
二度目の思春期は地獄だった。
女のあさましさも、男の欲望も知ってしまった私は、もうどちらにも夢を抱けない。女の愛らしさには嫌悪が先に立つし、だからと言って、男のたくましさにときめくこともできなかった。
それなのに、思春期男子の体は二次性徴を主張して、女性を求める。あたしは、それだけで人を抱きたくはないと思っているのに、暴力的な衝動が私を支配しそうになる。そして、そんな葛藤を見透かすように挑発する女にさらに嫌悪が募り、衝動に抗いもしない男には吐き気すら覚えるようになった。
そんな中、かろうじて人間不信に陥らなかったのは、オルドノヴァ帝と数少ない友人たちのおかげだ。そんな汚い部分だけが人間じゃないと、思い出させてくれた。
まあ、だからと言ってあたしは、女である自分を捨てられず、さりとて男でなくなることもできなかった。
そんな、中途半端の私は、まともな恋愛なんてできようはずもない。だから、今生は一人で生きていくのだと、そう思っていた。
◇◆◇
「まずは自己紹介だな。俺は井野順平。前世では社会学の大学院生をやって……」
「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
抑えることができなかった驚きの声に反応して、女王を護衛している女戦士が前に出て私をにらみつける。
いや、女王に危害を加えるつもりはないんですよ? でも、ええぇぇぇ……!
「どうしたんだよ? 急に大きな声を出して」
見ると驚いた顔のカティーア王女。
「いえ、あの……」
どうしよう? 言うべきだろうか?
いや、すでに驚いたリアクションをしてしまった後なのだ。井野順平は特に有名人という訳でもなかったから、恐らく彼は、頭の中ですでに知り合いのピックアップを開始しているはず。隠すと余計ややこしくなる可能性は高い。というかここで隠すメリットって思いつかないなぁ。
「ま、馬跳晶子です。その……久しぶり?」
私は観念して前世の名前を口にする。
「はあぁぁぁぁぁぁぁあああああああ?」
今度は女王が奇声を上げる番だった。
◇◆◇
「そうか、やっぱあの時のアレで……」
「うん、順平はどうだったの? まさか私の後を追って?」
「バーカ、俺がそんなタマかよ。つってもあの時は俺もあせったんだよいきなり大きな音がしてお前が落ちてったんだからな。で、俺もお前と同じように……な?」
「ホントに!? お互い嫌になるくらいまぬけだね」
何の話をしているのかというと、私たちの死因だ。
雪の日に 足を滑らし 転落死
見事に五七五に収まる当たり、間抜け感がさらに増している感じだよね。
しかも別れ話の途中で彼の部屋を飛び出して、そのまま階段からという、どう考えても相手にとってトラウマ物の死にざまをさらしてしまったので、転生した当初はその後の彼が気に病んでいないかどうかばかり気にしていたのだけど。まさか、直後に同じ死に方していたとは思わなかった。
「それにしてもやっぱり死んでたんだな。こっちに転生した当初はお前は無事だったと考えるようにしてたんだが……」
「……そんな風に考えてくれてたんだ」
順平も同じように私のことを気にしてくれていたらしい。なんだかんだ優しいのは変わらないみたいだ。
「当たり前だろ? いくら自分をフった女だからって、目の前で死なれたら気分のいいものじゃねぇ」
ん?
「ちょっと待って? あたしがあんたをフった? あんたが私をフったんでしょ?」
「いつ俺がお前をフッたよ? つか、さよならって言って出てったのはそっちじゃん!」
「それはあんたが別れ話を始めたから……」
「言ってねぇよ! そもそもお前が俺に「大学院やめてくれなきゃ別れてやる!」って言いだしたんだろ?」
「そんなことっ! …………いったの? あたし?」
「言った。なんだ、覚えてねぇの?」
実のところ覚えてない。
あの日は仕事でいやなことが続いて、彼氏に癒してもらおうと思って、でも連絡がつかなくて、それでも会いたくて部屋の前で待ってたっとところまでしか覚えていない。次の記憶は順平に、「一回、距離を置こう」と言われたところだ。直後飛び出して足を滑らすまではきっちり覚えているのだけど。
なんてことだ。それは、今の私が「嫌悪する女」そのものではないか!?
「まあ、あんときはそっちも随分追い詰められてたみたいだったし、あの時の俺の発言も不用意だった。お互い様だよな」
そんな風に言われたら、もう何も言えないじゃない。ホント、こういうとこずるいなぁ。
「しかし、結婚相手がお前である意味よかったぜ。初めて見たときは嫌味なくらいイケメンが来た。これと結婚すんのかよ俺……と思ったもんだけどな」
「そりゃ、前世のあんたと比べれば、大分美形だけど」
「そういうこと言う? 事実だけどさ、元カノの口からは聞きたくなかった」
やっぱり順平の中でも「元」なんだな。20年経っちゃってるから、あたしの方が「元」感は強いんだろうけど。それでも、はっきり口に出されると「あぁ、もうあれは終っちゃった関係なんだ」という自覚がわいてきて、寂寥感が募る。
「でも、言った通りそこまでってわけじゃないわよ? 帝国貴族の中にはこれくらいごろごろいるし、特に私の同期だった三人なんか、もう足元にも及ばないって感じ」
ちなみにオルドノヴァ帝もそっち側の人間だ。おかげで、小さいころはこの世界は美形しかいないもんだと思い込んでいたな。
「マジか、これより上って思いつかんな。女の基準は自分が相当にかわいいから、ある程度予想がつくんだが」
「うわ、自分で自分をかわいいとかいう?」
「客観的に見て可愛いだろうが!」
そして、二人して笑いあう。まるで前世に時間が巻き戻ったようだ。
しかし幸せな時間は長くは続かない。
「陛下、そろそろ……」
奥に控えて居たメイドさんが時間を継げる。基本暇な私と違って、女王陛下の彼の時間は貴重なのだ。
「おお、もうこんな時間か。それではエヴリィード殿、よき時間を過ごせた。またこのような時を持ちたいものじゃな」
「陛下がお望みであれば、いつでも」
「では、精一杯わがままが言えるように今日は仕事に戻るとするかの。下がってよいぞ」
客である私が出ない事には主催である陛下が出られないので、私の方から先に外に出る。
控えていた私の護衛メイドであるキッカ・トッカが心底安心したといった風に胸をなでおろした。蛇の獣人であるので表情は全く読めないが心配されていたようだ。
そのまま用意してもらった屋敷に帰ろうと中にはを出ると、若い貴族とすれ違う。
「今の方……」
「そうだな、念のため屋敷の警備は強化しておいてくれ」
「かしこまりました」
すれ違いざまに合ったその目。それに込められていたのは確かに殺気であった。
◇◆◇
「白……でございますか?」
「そう、白。あの女王陛下は、少なくとも自分の欲望のために人を殺せる人じゃない」
屋敷に戻って、メイド長のガリマ・イーノ・ヴァイトスに報告する。
実は、これが私がオルドノヴァ帝から受けた、裏の密命。前イーヴァトゥース王、ルドラース4世の死の原因を探ることだ。目下、女王の座が転がり込んだカティーア陛下が一番の容疑者だったわけだけれど。
誓っていい、順平はそんなことをしない男だ。いや、今は女か。
「昨日は分からないとおっしゃっていましたのに、茶会の後急に意見を変えるなんて……まさか、情が移ったのではありませんね?」
「そうじゃないということはできないけど、もう少し私の人を見る目も信用してほしいな」
「そうですね、あの子たちを見出したことだけは評価できますし」
あの子たち、というのは私の連れているメイドの子たちのことだ。実のところ目の前のガリマを除く全員が亜人である。単に、奥に入るのに使用人を全員女にしなければいけなかったおり、安くて優秀なのを選り好みしたらそうなったってだけなのだが、見た目によらない「人を見る目」の評価基準としては優秀なんじゃないだろうか?
そのせいで、「私が亜人好き」という正しくない認識が広がったのは、少々……いやかなりいただけない事ではあるのだが……。
「それではいったい誰なのでしょう? 先王を弑して得する人間など、限られていると思いますが……」
「まだ、調べはじめたばかりだからな。時間はたっぷりあるんだ、焦らずじっくり調べていこう」
さしあたって、殺気を飛ばしてくれたあの若い貴族の子からにするかな。