第九十六話 「―――あの馬鹿」
※性描写を含む少々不快な表現があります。
「……サマザ大司教含む召喚部隊が転移移動出来ん原因はまだわからんのか!」
「も、申し訳ありません! 第一より第四の騎士団は問題無く転移出来たのですが」
「その様な話は良い! さっさと戻ってどうにかしろ!!」
「は、はいぃー!」
癇癪を起こして叫ぶカーリから逃げるように騎士は駆けてその場を後にする。
指令室として設けられた会議室の一室の中は不穏な空気が漂う。
充満する重い空気は焦りといら立ちを顔に浮かべた中年や老人たちから発せられた物で、皆ただ黙る。
「荒れてますねーとは言っても仕方ないんでしょーがー」
部屋の一角に掲げられた旗の下の席へ腰かけるレオナの隣でペリアが呟く。
流石のペリアもこの場で口を開く事を極力避けている。
仮に喋るとしてもレオナとニーアに聞こえる程度の声で喋るように心掛けている。
苛立ちの余りに地団駄を踏むカーリを見れば大人しくなってしまうのも仕方がない話ではある。
そんな中レオナは請け負った負傷者の管理を冷静に行い、部下へ指示を出す。
迅速に処理する中で彼女はその状況にいくらかの違和感を覚えていた。
「しかし……負傷者の数は相変わらずですが死者が一切出ていないと言うのが気になりますね。もっと慌ただしくなると思っていたのですが」
「あー確かにそうですねー、さっきの報告でも障害がある程の重症者は出ていないとかーありましたねー」
レオナは疑問を口に出して自分が抱える違和感を改めて再確認する。
と言うのも、人間同士の戦いですら軽傷者から重症者と分けてもその度合は様々。
同じ重傷でも昏睡状態の者も居れば四肢の欠損、または火魔法による重度の火傷とあるにもかかわらず、運ばれてくる負傷者は段階で言えば酷くても重症手前だ。
骨折にしろそこまで酷い者はおらず治癒魔法を施さずとも4、5ヶ月程で自然治癒するレベルの怪我人ばかりであった。
「私は大迫轟の節にここまで参加するのは初めてですが、毎年この位の被害なのでしょうか?」
「……いえ、毎年少なからず重症者と死者が出る戦いです。今回のように死者が一切出ず、負傷者の度合いも一定以下なのは初めてですね」
「加えて召喚部隊が転移移動出来ない。何とも不穏な話ですね」
「快く思っていない者によるモノと考えても色々と妙ですね。これでは両者の妨害をしている状況で意味が――――――」
レオナの言葉に思案していたニーアの言葉が途中で途切れる。
その事を不思議に思ったレオナはニーアの方へ顔を向けると彼女は小さく口を開き、目を細めて固まっていた。常に粛然な立ち振る舞いをする彼女がそのような様子にレオナは声をかけるか一瞬戸惑った。
しかしそんな空気を読まず、隣の青年は首を傾げいつもの調子で疑問を投げかける。
「あれー、ニーアさんはどうかされましたー? 餌を待ってるハトぽっぽーみたいにー、口が開いちゃってらしくないと言うかー」
「…………何でもないわ、干からびたペーペン草よりへたれたペリア」
彼女はいつもの調子で毒を吐くとツンとそっぽを向く。
そして「―――あの馬鹿」と声にもならない程の小声を吐くと薄く目を細め、いつもの冷淡な表情にニーアは切り替えた。
鼻の奥に纏わり付く甘い匂い……。
それはしつこく、喉の渇きを覚える芳香は花の香りやお菓子の香りとはまた違った物だ。
どちらかと言うと人工的香料に近い、何かの花の香りを真似して香り付けしたような感じ。
そしてその甘ったるい香りは頭の芯をぼうっとさせ、朦朧とさせる―――。
そんな甘さが纏わり付く意識の中、ボクは目を開く。
視界の先には白をベースに金の紋様が大きく刻まれた覚えの無い天井。
ぼんやりと映る背景は白色が基調の大理石を切り出して作ったような一室が広がる。
「あ! 主様主様主様っ! 目を開けましたよ起きましたよー!」
目を開けて朦朧とする自分の耳に声が響く。
そして声の主は身を寄せると満面の笑みを浮かべ、こちらを覗き込んでくる。
この子は――――――花を持ってきた仲働きだ。
そして自分はやっといくらか思考がハッキリし、起き上がろうと身を起こすと……
ジャラリと聞き慣れない金属音が静かに響く。
「な、何だコレ!?」
「ああダメですよー暴れては!
主様の前ですからちゃんと可愛らしくお待ちしないといけません!
お利口さんにしていればご褒美いっぱい貰えますよ♪」
「君は何を言って―――」
自分は彼女によって眠らされ、その間にここへ連れてこられたようだ。
そして眠っている間にベッドの上に拘束し、この状況になっているらしい。
暴れようと動けば両手首を革製のベルトのような物で一緒に縛り上げられてて、自由がきかない。
身を捩れば足にも違和感を覚えて目を向ければ同じ物が付いており、逃げられないようにしてあった。
何だよ……これ。
「うん、うん。良いじゃないかぁこの初々しさ。……良くやったねマリィ」
部屋の奥より姿を現わす小太りのおじさん。
その身なりからして貴族か王族だ。
しかし変な仮面を付けているせいでどんな顔なのかはわからない。
彼はダラしなく弛んだ脂肪を揺らしながらこちらへ近寄り、その度に零す声にボクは悪寒を覚える。
と言うのも「ふひ」とも「ふほ」とも付かない息を零しながら笑うんだ。
それは昔コミケで見たオタクの人がしてた含み笑いなんか比べ物にならないくらい、気味が悪い物だ。
「ふ、ふふふっ。半信半疑でサーの奴より聞いた話を試してみればうまく行ったな。でふふ、ふふふ!」
「よ、寄るな! 来るな!」
「なぁにを言ってるんだい。
こう言う事をされるのを判っててそんな格好を好き好んでしているんだろう?
こんな事を望んでいるから、常に下着も可愛らしいものを身に付けているんだろう?」
ギシリ、とベッドが軋むと大きく沈む。
小太りの仮面を付けたこの人はハァハァと更に息を荒げながらにじり寄ってくる。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
来るな来るな来るな来るな来るな――――
「来るなぁああっ!!!! 打ち砕く者ッッ!!」
気が付けば咄嗟にミョルを叫ぶ。
瞬間、金色に目の前が光ると、バシィン!! と空気を割いた音が響いて霧散した。
ギラギラ光る趣味の悪い仮面の彼は小首を傾げ、肩をすくめる。
「え……?
ミョ、打ち砕く者!!打ち砕く者!!
冷酷なる戦乙女!! 黄昏を染める指輪!!」
魔術スキルや召喚スキルを大声で叫んでもハイビームのように強く発光してはすぐに消えて行く。
それは何度も部屋の中を無駄に照らすだけだ。
その様子を仲働きの子はニコニコと眺め、目の前の仮面の彼も堪え笑いを零していた。
「ふ、ふひ、ふひひひ! 無駄だよ。
ここは部屋その物を隔絶魔術で造っているから魔法魔術召喚は使えない。
魔王なら聖封印術以上の物と言った方が判りやすいかな?」
「うそ……だ」
「そう思うなら好きなだけ唱えれば良いよ。
しかし絶望で無抵抗になるのは余り面白味がないからねぇ……人形は趣味じゃあない。マリィ?」
「はぁーい主様ぁ♪」
その言葉と同時にメイド姿の彼女はボクの上へ馬乗りで跨り、手にタオルのような物と―――
夢で見た覚えのある黄金色の液体が入った瓶。
ボクは胸ポッケに入れている学ランのボタンを思い出し、転移をと強く念じるが……
込めた魔力はどこかへ流れるようにして何も起こらない。
「何だ……よこれ。や、やめ――――――んぐっ!?」
「はぁーい。噛んじゃ駄目ですからねー! ほーらおいしでしょ?
甘くて甘くて、段々もっと欲しくなりますよぉ……あたしみたいに♪」
ハチミツみたいなそれを布に染み込ませ、彼女はそれでボクの口を塞ぐ。
噛みつこうと迂闊に口を開いた瞬間に布が口に入り、甘ったるい香りと共に砂糖を何倍も甘くした味が口の中で爆発する。
その味に思わず咳き込むと匂いと甘みが喉を、鼻を通過して背筋に電気とも似た何かが走る。
ゾワゾワとしたその感覚は抵抗する力を奪い、暴れる事をやめさせた。
「ふふ、そうやって良い子にしてたら主様がもっと気持ち良いご褒美をくれますから、ね?」
「げほっ! けほけほっ……う、あ……う……」
突然、全身に力が入らなくなる。そして体のアチコチがじんじんしだし、凄く熱い……。
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
体の感覚とは反して意識は警鐘を鳴らす、けれど抗う為の力は入らない。
そんなボクのスカートをめくって足を掴む、仮面の人の手。
「ケディは効きが早くて良いなぁ……早くレオナにもこれを使って愛でたいよ。く、くふふふふ。
しかしその前に君を愛でて、可愛く狂った姿を見せてあげないと。なぁ?」
「はぁい♪」
「やめ……ボク、は……おと……こ、だ」
「ああ、知っているよ。だから余計に良いんじゃないか。ふ、ふふ!
互いに慕い合う、想い合う者を番いで狂わせて一緒に飼うのが一番愉しい。サーリャの時は失敗したからなぁ……」
「なに……をい……って。や、やめ……っ。ひ!? ……っ!!」
身を捩ろうと力を入れた瞬間、彼が触れた場所から何か走る。
くすぐったさを交えたその感触に混じった得体のしれない感覚を覚え、自分は息が詰まる。
覚えた感覚を堪えようと歯を食い縛ろうとするが顎に力が入らず、僅かに震えて何度か歯が鳴るだけ。
「さぁ、こっちにも沢山、かけて……一緒に――――――」
彼はそう口にするとマリィより瓶を受け取り、その中身をボクの腹の上から足にと一気に垂らす。
そしてその上を彼は手でゆっくり這わせる。
気色悪さと知りたくもない感覚を前に身を捩ろうとするが、ボクの体に抵抗する僅かな力は失せていた。
同時に自分の中に沸く諦め。
どうしてこんな事に?
彼女の傍に居る為、女装をしてたから? それとも人を信用するなと言う事を忘れていたから?
それとも魔王よりも力があると、自分ならどうにか出来ると……自惚れていたから?
おぼろげな意識の中に映る仮面を前にボクは別の仮面の彼を思い出し、言葉を思い出す。
『貴方様は恐らく稀に見る強大な御力の持ち主、しかしそれに自惚れてはいけません。
もし力に溺れた時には己だけではなく―――居場所と言う全てを失う事になるでしょう』
今更思い出したアドバイスを前に、頬を虚しさと後悔が……伝う。
そして視界の先は暗く、闇に染まる。
「は……?」
同時にボクへ触れる不快な感触の動きが止まる。
ボクはおもむろに視界を上げるとそれは荒れた長い長い、黒髪が目の前を遮っていたのだと気付く。
そしてその影は大きく足を広げたまま、その足を下ろす。
ベッドはギシン! と弾み……
「きゃああああああ!?」
「ば、馬鹿な!! どうやって入ってきた!? 何者だお前!!」
少女と仮面の彼は大声を上げてベッドから転がり落ちる。
魔法も魔術も召喚がここでは使えない。それはボクがさっき思い知った事で、彼の言う通り無理だ。
無音で現れた背を向けて立つ黒い獣のような影。
漆黒を形にしたみたいな影は犬の唸り声のように声を漏らし、広げる手の先の爪は鋭く。
その姿は人からかけ離れていたが、自分は安堵を覚える。
そして気が付けば、
「ル……シード…………さん」
彼の名前を呟いていた。
書くのを避けるべきかと思ったのですが、先々必要な内容なので描写しております。
不快に思われたら申し訳ありません。




