第九十四話 「一番だぁーすきな人だよー!」
「……やっべェな。リンクが切れてやがる」
「どう言う事だ魔王」
部屋を出て、リスリムの後を追う振りをしてルシードは自室に戻ると妖精姿のキサラギと会話する。
現状、悠が攫われたと断定する証拠は部屋の前に落ちていたポピアの花弁のみ。
しかし指令室に於いての王族の反応から察するに悠を攫う為に加担した人間が数名居るか、その目論見を知っていながら黙っていた人間があの場に居た。
そして唯一、悠と繋がりを持つ魔王ならばどうにか出来るのかと思案していた中、そんな言葉が述べられルシードの表情はいくらか険しくなる。
「アイツが意識ねェ状態……ってだけじゃねェな。原因はわかんねェが繋がりが切れてる。そのせいでユー坊がどうなってるかわっかんねェ」
「まさか最悪、命を落としているなどとは言わんだろうな?」
「その可能性は低いな。アイツはウチらよりAlp量がはんぱねーし、仮に死んだとしたらこっちにAlpが流れてくっから―――――あァ、そう言う事かクソ!」
「どうした。何か判ったのか?」
妖精は苦々しい顔で舌打ちをして見せると軽く唇を噛み締める。
キサラギはこのように繋がりが遮断される現象に覚えがあり、その事を思い出したのだ。
それは悠と一緒にレオナの聖封印術の中に閉じ込められた際、ウメコと分断された時と同じ物で……
「――ユー坊は恐らくElfで作られた結界か何かの中に閉じ込められてる。だからウチらとのリンクが遮断されてんだ」
「そう言う事……か。
確かにサテンフィン王国の王族にはElf持ちが多い。そのような事も容易だな」
「そしてウチら魔王を良く思ってねェ人間も少なくねェ。ユー坊をどうにかするのに加担して、その目論見を知ってたとしても止めるヤツなんてまず居ねェ。あン時の反応はそう言う事かよ」
あの場にての反応等を合わせて考え、段々と辻褄が合って行く。
同時に厄介な状況下である事がハッキリと見え始め、二人は俯いてはただ押し黙る。
「状況は判ったがこのままでは埒が明かんな……」
「なァ、そのスペリアスだっけか? ソイツの屋敷にどうやってか忍び込むとかどーよ。ユー坊攫ってるヤツってソイツでほぼ確定なんだろ」
「流石にそれは早計だ魔王よ。仮にあの方の屋敷にどうにか忍び込んだとしてユウがそこに居るとは限らん」
「っつーのは?」
「あの様な連中は大体が別荘をいくつも所有している。もしそこへ連れて行かれて居たのならば場所がわからん以上どうしようもない。しかも人目を避ける事も考えればその可能性が高い」
「じゃァどうすんだよ……完全に詰んでんじゃねェか」
絶望的な状況とキサラギは悲観し、何も打つ手がない現状に彼女は思わず歯を鳴らす。
そんな様子の彼女を一瞥するとルシードは一つ溜息を吐き、逆三角形型の眼帯を右目よりおもむろに外すと顔を上げる。
「そうとも限らんさ魔王」
眼帯を外したそこには眼球は無く、ゴツゴツとした宝石の塊のような物が目の在るべき穴の中で煌めく。
それは濃いルビーのような赤を見せ、細めた左目とは違った怪しい光を覗かせる。
そして彼はいくらか儚さを秘めた表情を浮かべて見せては左目にそっと触れた。
「―――後でニーアが喧しいだろうが仕方ない」
「お前、何だソレ」
「なぁにちょっとした物さ…………借りるぞ、アレフ」
ルシードの右目にある異様な光を放つそれを見てキサラギは思わずそう零す。
そして彼は小さく誰かの名を呟くと同時に悲しげに笑みを見せ、右目の原石は言葉に応えるよう強く輝くと真っ赤な閃光が辺りを包む。
「ちょ、マテマテマテマテマテ! 何だよその体!! しかもソレやべェヤツだろ魔力が暴走しかかってんじゃねェか!! 」
「さ、流石に200年振りハ……抑制ガ、難シいな……ッ! グァアアあアあああ!?」
閃光が不規則に部屋の中を染める中、ルシードの身体は黒く変質し、二足歩行する獣のような見た目へと変わる。髪は漆黒に変わるとススキの葉のように伸び、原石を覗かせていた目元には螺旋を描いた大きな角が生える。
その姿を見たキサラギはまるで鬼のようだ……と小さく零す。
「オニ……か。サト、ルにも同じ事ヲ、言われ……たナ」
ギシリと歯を鳴らしながら懐かしみを含んだ笑み浮かべるとルシードは自身の右親指に牙を立て、血を滴らせる。
そしてそれを筆のように床の上に走らせ、大きな魔法陣を描いた―――。
「第一より第三騎士団前へ! 魔術部隊、我が隊より下がりそこより魔法のみで支援射撃! 第四第五騎士団は交戦中の物を援護しつつ、負傷者を転移魔法陣まで下がらせよ!」
「し、しかしリスリム様! あのドラゴン共は魔法も魔術も効きません! 援護射撃の意味が……」
「攻撃は効かずとも目くらまし程度にはなる! 狙う際は顔目がけて射撃せよ!」
切り開かれた山の中腹で繰り広げられる竜と騎士たちの激戦。
しかしその戦いは魔法魔術が通用せず、騎士たちの頭上を飛行する竜たちが圧倒的に優勢で騎士たちは苦戦を強いられていた。
「あはは! あははははは! なにこれすっごーく弱くてひょーし抜けー! キャハハ!」
「……どうやらあの子供が頭のようだな。忌々しい。おい、召喚部隊はまだ到着せんのか」
「はっ! それがどう言う訳か召喚部隊は転移に手間取っているらしくまだ一人もこちらに来ておりません……」
空を悠々と飛び回る大竜の背に乗っかり、はしゃぐ白ローブの人影を睨みリスリムは唇を噛む。
本来ならば大竜に成長する前の若竜相手であれば魔法魔術が通じる。
しかしどう言う訳かこの場に居る若竜含む全ての竜へ魔法魔術が通用せず、更には竜呑みのジェネヴラを使役するサマザ大司教も居らず戦況は芳しくない物となっていた。
そしてリスリムの中では悠の事も気がかりとなっており、それらがあいまって彼の中の焦燥は一層強いものとなり、苛立ちを噛み締める。
「ねぇねぇー。そこの人ー! クーちゃんいつ来るぉー?」
竜と人との戦いを興味無さそうにしながら彼女は指揮を取る金鎧の青年、リスリムへ声をかける。
彼はその問いへ答えるべく手をかざし―――
「栄光の剣ッ!!」
言葉と同時に5本の白剣は少女に向かって風を切り弾丸のように飛ぶ。
―――瞬間、少女に触れる事無く剣は無残にも砕け散り、霧散する。
「んもー! ミャーはちゃんと尋ねてるのに攻撃してくるとかひどーい!
言葉わかんないとかアナタもしかしておさるさんなのー?」
「戦いで無防備を晒す方がそれこそ莫迦と言う物。悪いがお前の言うクーチャンとやらは知らない」
「えー! うそだうそだうそだうそだ隠してる! だってーアナタからクーちゃんの匂いするもーん」
リスリムの返答に駄々を捏ねるように甲高い声を上げて少女は否定する。
彼女は攻撃されたにも拘らず何も無かった様子で頬を膨らませては拗ねて見せる。
魔法の霧散具合からして竜と同じように無効化していると悟ったリスリムは周囲の兵へ視線を送る。
彼女が喋り出したと同時に、竜たちの攻撃が弱まった事に気付いたリスリムは悟られぬように周りへ戦線を下げ、負傷者を優先するように指示を出す。
「悪いな。割と人の顔と名前は憶えているつもりなのだが……良かったらその人物の特徴を教えてくれないか」
「ん? トクチョー?」
意識がクーチャンとやらに向いたと勘付いた彼は少女にそう尋ねる。
サマザ大司教が居ない現状では戦う事が難しく、負傷者を回収し治療する事を優先し時間を稼ぐ事にしたのだ。
どう言う訳かこの少女は騎士たちを攻撃するように竜へ指示しても転移魔法陣のある後方へ攻撃をする指示を一切出さない。
子供ゆえに戦いを知らず、目の前の敵を虱潰しに倒す事を考えているか……もしくは嬲る事を楽しんでいるだけか。
しかしそれを知り得る必要性を彼は感じず自分がすべき事に集中した。
「ああ。名前や外見、人間性。それらを聞けば僕も誰かわかるかもしれない」
「えーっとね、えとね! クーちゃんはミャーの王子様なの♪
でねでね、いつもはツーンってしてて冷たいんだけどー、実は優しくてーカッコイイんだー!
あとねあとね、ミャーの事を文句言いながらもずーっと一緒にいてくれて大事にしてくれてるのー!」
目元近くまで被るフードの影で表情は判り辛いが、嬉々と語る口元から少女が感極まった物を秘めて言葉を口にしている事は伺えた。
そしてリスリムは少女の述べる抽象的な情報より記憶を辿るが……眉を顰めて黙る。
「―――すまない。教えてくれた内容は君主観の物が強くて少々判り辛い。その、クーチャンとやらはそれが本名なのか?」
会話を進める中、完全に竜たちは攻撃を止めていた。
それを機に部隊は一気に後退、先程までの負傷者たちは全員転移魔法陣の敷かれた陣地まで下がり、次々に転送されていく。
無傷な騎士たちはその間に陣形を組み、それに合わせて術師たちも陣形を組む。
そして竜たちも翼を大きく羽ばたかせると騎士たちの隊列に合わせるように、少女の乗る大竜の後方へ並んだ。
「……えーっとぉ、クーちゃんの本当の名前はねーニイシロユウって言うのー!」
その名前に彼は固まる。
そして様々な疑念や疑惑が胸を掻き毟る中、空の彼女は頬を赤く染めて恋い焦がれる少女の声色で続ける。
「そしてね、クーちゃんはこの世界を終わりに導いてくれるミャーの一番だぁーすきな人だよー!」
渡竜編書き始める前はミャーがここまで絡む予定は無かったのは内緒です。(むしろ居なかった




