第九十一話 「ど、どうも」
「これも読み終わっちゃったな……ふぅ」
自室の広々としたふわふわベッドの上に仰向けになると借りてきた本を置いて天井を見上げる。
ベッドの脇にある小棚に置いている目覚まし時計は夜の2時半を指しており、ただいま夜更かし中だ。
とは言ってもここまで夜更かしするつもりは無かった。
本を読みながら眠くなったら寝ちゃおうと考えてたんだけれど、目がさえちゃってて今に至る。
「まぁ、理由はわかってるけどさ」
読み終えた『豊作の為の混合上位魔術のススメ・天候操作編』の背表紙の文字を指でなぞりながら解り切ってるその原因の帰りを待つ。
―――しかし遅い。
ボクに知られると不味い内容ってのは解るんだけど、今更ながら不安が沸き立つ。
先日の件があったからどうしても心配と言うか……ルシードさん相手だから大丈夫とは思うんだけど、もしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたら―――と久しぶりの負の連鎖はアラームのように鳴り響いては動悸を荒らす。
「うん! こういう時は声に出して本を読むに限る! ええっとぉ……天候操作の為の魔法や魔術は大掛かりな物になるので、一人で行う場合は召喚と同じように自身の魔力を定着させた物を魔法陣内に設置したり、魔力を周囲へ強く展開するマフィレーを使用しよう。次に魔力が足りない場合は供物などを利用し―――」
おもむろに先程の本を手に取り、めくったページを学校で音読するように読み上げて気を紛らわしていると……ボクはいつの間にか眠りについていた。
その美しく煌めく液体は薄暗い部屋で灯る明かりに照らされ、淡く琥珀を魅せる。
ガラスの器に満たされたそれは艶やかに光沢を浮かべ、濃い蜂蜜色は鼻腔の裏に張り付く甘ったるい香りが辺りに満たす。
それは内にある衝動を荒ぶらせ、脳まで蕩けさせる濃香は理性を奪う。
しかしか弱い声は必死な抵抗の声を漏らす。
「いや、いやぁ……! もうそれは嫌……やめて。もうやめてぇえ……」
身体は求める中、僅かに残る理性を振り絞ってベッドの上で後退りしながら彼女は懇願を零す。
大きく振り払う銀のブレスレットを付けた腕は雪のように白く、年頃の少女よりも細い四肢。
しかしその抵抗も目の前で下品な笑みを浮かべる中肉中背の男に抗う事も出来ず、なすがままに捕らわれる。
ベッドの上で押さえ付けられた彼女の美しい腕や足のあちこちには目を背けたくなる歪な傷跡がいくつも刻まれ、これまでどれ程の酷い扱いを受けたかを語っていた。
「よ、よく言うよ! これを使ったら大喜びするクセに! そう言いながら逃げ出さないのがイイ証拠のクセに! ほら、ほらどうだよほら!」
気色悪い笑みを浮かべると男は少女の上に馬乗りになり、荒れた息を吐き出しながら器を手に取る。そしてカップへ紅茶を注ぐように裸体の少女の腹へとそれを伝わせる。
途端、少女の身体は弓なりに反りると大きく痙攣を始め、上げる悲鳴は艶めかしさを含んで部屋に響く。
その様子を満足そうに男は眺め、自身の手にも琥珀を滴らせると少女の腹の上をゆっくり這わせる。
「いやぁあああっ! …………だれか……たす、け……さま、おと……ま……………………ア……フ……」
虚ろな瞳を浮かべながら彼女は男が貪る欲望のなすがままとなり、その行為に歓喜の声を漏らし始めると赤らんだ顔を見せ、自ら足を絡めては求め出す。
しかし最後の抵抗のように目尻からは一粒の涙が零れ頬を伝う。
「―――ル……シード……の嘘、つき……」
その一言を最後に雪肌の少女は愛おし者と身を重ねるように男の背へ腕を回し、ベッドの前にある大きな鏡の自分と目が合うと快感の果てにその赤い目を閉じる。
そして快楽に堕ちた嬌声を堪える事無く響かせた―――。
まだ陽が昇り切ってない早朝、ボクは気怠さの中で目が覚める。
濃い蜂蜜色、気持ち悪い笑顔の男の人―――自分と同い年くらいの色白の少女と、いくつもの傷。
「夢なのに生々しすぎだよ……」
思わずそんな事を呟いてしまう。
見た夢のそれはあまりにもリアルで、感触や匂いだけではなく息づかいや熱、快感までもはっきりと伝わり、まるで自分がその少女のような感覚を覚え、未だにその感触が僅かに残る。
ボクは顔を伝う汗を拭って息を整えると、少女の身体に刻まれてた傷跡に見覚えがある事に気付く。
それは前に見た変な夢の中で目にしたヴィジョンと同じ物で、暗闇の中で見えた赤色と同じ色を宿した瞳だった。
そんな事を考えていると夢で感じた物がぶり返し、全身に痺れを含んだ何とも言えない感触が這う。
―――あの夢に使われてたハチミツっぽいのって、絶対危ないクスリだ。
あの女の子の声とかが頭の中で反響し、そんな事をしてたシーンを思い出して思わず蹲る。
「同人とかゲームだけの世界の物じゃなかったんだねああ言うの……」
前にトシキが言ってたリンクってヤツの影響の物で、何かしら繋がりが出来た界客の記憶が見えたんだろうけど……初めてえっちな同人ゲーをプレイした時みたいに思考が追い付きません先生……。
突如見た夢の内容を前にボクは1時間ほど身悶え、何とか落ち着いた。
「―――あら。寝坊しているに違いないと思い、それを良い事に好き放題ありとあらゆる手段を用いて目覚めさせる腹積もりが加減を間違え、永遠に目覚めぬ眠りに就かせて差し上げようと言う私の好意に反して既に起きられていらっしゃろうとは……おはようございます魔王封印体サマ」
「お、おはようございます……ってボクに何をするつもりだったんですか」
「いえ、別段何もする気はありませんでしたよ。思っていた事をちょっとほんの僅かばかり言ってみただけです気になさらないで下さい魔王封印体サマ」
ノックと同時に音も無くドアを開けて部屋に入ってきた銀髪の彼女は首を振ってそんな恐ろしい台詞を放った。
ボクの問いにニッコリ笑顔を浮かべながら否定したが、目が笑ってませんニーアさん……。
「ではこちらの方を」
「あの、これは?」
「収納マジックアイテムです。その中に1週間分の衣類と下着、緊急用の食料と水が4日分、万が一の為に帰還用の転移魔法陣などが入っております」
革造りの手帳のような物を渡され、首を傾げると彼女の説明。
これってローズさんが前に言ってた召喚術を応用して収納するアレか……。
おもむろに渡された物を開くと手帳の中をくり貫いたような構造で何か文字が書かれている。
へー……イリシア文字を基盤に力の分岐部分でセプト文字が混ぜてるのか。
術式って言っても一つの文字で作るって訳じゃないんだな。
「それでは予定通り昼過ぎの出発となりますので昼食後にまた来ます。時間が御座いますので準備の再確認などお願いしますね」
「わかりました」
彼女は要件を終えると軽く頭を下げて入室時と同じように音も無く退室する。
そう言えばこの収納マジックアイテムどうやって使うんだ?
ローズさんたちが使ってたのは知ってるけど、使ってるとこは見た事無いんだよね。
「ああ忘れてました」
「ふおうっ!?」
革の手帳を弄っていると部屋を出てったはずの彼女がまた部屋の中に戻ってきており、すぐそばでそんな一言。
「王族貴族以下の常識の持ち主の魔王封印体サマはマジックアイテムの扱い方も存知ないだろうと思い、このニーア・ネヴィリウムが説明書を書いていたのを忘れていました」
「ど、どうも」
ドヤ顔でメモを渡され、条件反射で自分はお礼をする。
この人、害意があるのかそうじゃないのかよくわからないなほんと……。
「時間までそれを有難く感謝を噛み締めながらじっくり読み、使用方法を熟知すれば時間も無駄では無いでしょう。それともう一つ、お昼の時間までは部屋を出ないで下さい」
「どうしてか聞いても良いですか?」
「今回の作戦で皆様気が立っていらっしゃるので無用な刺激を避ける為と、顔見知りのメイドやバトラーと鉢合わせた場合に出立の件を知られては困りますのでその為です。……とは言っても本日勤務があるのは一部の役職のみ。レディースではノーウェンだけ勤務で、顔を合わせる事は無いと思いますが念の為。万が一があると面倒なのでご理解下さい」
「わかりました。じゃあこのメモしっかり読んで時間まで大人しくしてますね」
「ええ、そうして頂けると非常に助かります」
彼女は満足気に小さく微笑むと無音で部屋を出てドアを閉める。
……足音どころかドアノブ回す音すらも聞こえなかったんだけど、どっかの暗殺者ですかねこの人。ニーアさんが部屋を出てもすぐにボクは警戒を解かず、ドアへ視線を向けながら椅子にに腰かける。
―――それから五分経過し、今度は大丈夫だったみたいだなとボクはやっと一息付く。
とりあえず貰ったメモ読んで……の前に準備しとかなきゃか。
とは言っても持って行くものなんてほとんど無いんだよなぁなんて広い部屋を見渡して考える。
「ああ、一個大事な物があったや」
ふとそんな事を思い出し、鏡台へ足を運んで引き出しを開ける。
そこには小袋が一つ仕舞ってあり、ボクはそれの口を開いて中身を取り出すと手の上でその二つを転がす。
「お守りって事で持って行こう」
藍色と金色のお守りを小袋に戻すとしっかりと口を結び、左の内ポッケに仕舞うとその上をポンポンと叩いて気持ちを整える。
こないだの一件からレオナと会えてないせいか、複雑な気持ちを覚えながらボクは瞑目する。
そうだな、大迫轟の節の一件が終わって落ち着いたらゆっくりする時間もあるだろうからその時にレオナと話すれば良いさ。
竜がどんな相手かわからなくて不安な所もあるけれど、ジェネヴラの時のように油断しなければ大丈夫なはずだ。まだ自信は無いけど、それだけの力が自分にはあるのだから……。
そんな事を自分に言い聞かせ、頭を切り替えるべくニーアさんから貰ったメモを読もうと椅子に戻ると
―――
コンコン、とドアをノックする音が響いた。
長かったので分けます。
しかしR-18じゃね?とか言われそうでこyです。




