第八十七話 「お食事処」
『……おい娘よ。貴様の言われる通りに軍を分け、進んだ先が山とはどう言う事だ』
深い緑が繁る山の麓で岩を叩いたような低く重い声が辺りに響く。
言葉を吐いたそれは赤茶に汚れた剣状の大きな歯をギシリと鳴らし、不満を露わにしては金色の目を細めていた。
「なぁーによ。お腹が空いたーって言うからワガママ聞いてお食事処教えてあげたのにー、まーたもんくー?」
『―――我らは貴様の言葉を聞いていると言えど未だに信用はしておらぬ。違えるな小娘よ』
白のローブを纏った幼女の目の前で喋る岩よりも大きな竜……。
武骨な鱗で全身を覆われた翼竜は幼女の言葉に対し歯を剥き出し、威嚇して見せながら話す。
そしてゆっくりとその首をもたげては20m程はある巨大な身体を動かし、警告のように翼を大きく開閉させて風を起こす。
その後ろに並ぶ影たちも続けて身体をいくらか揺さぶり、20は超える竜の群れはまるで動く森のように身を震わせてはざわめきを見せる。
しかし幼女はそんな竜たちの険悪な素振りも気にも留めず、散歩の足取りで歩き回っては仔犬にでもじゃれる手付きで竜に触れる。
「そーんなにカリカリしないでってばぁー? お腹一杯なったならもー少し落ち着こうよ。目的は違ってもぉー、通過点は同じなんだしさー?」
『…………聞いていなかったのか小娘よ。いくら貴様が此度の渡竜に於いて助力をしたと言えども人間風情が調子に―――』
「そっちもミャーの話聞いてくれてないよー? むーん。ズルっぽいから嫌だったケド、しょうがないなぁ……はーい。これなーんだ?」
不機嫌を露わにし、牙を剥いて唸る大竜を前にしても彼女は掴み処のない調子で返しては白銀色を放つ竜の印が彫られた六角のメダルを懐から取り出した。
その様子を苛立ちを堪え見守っていた竜たちは途端、驚嘆の声を漏らす。
『き、貴様……それは……!?』
「ドラクリア・メリュジーン家の物と言えば流石に知ってるよねー? ちなみに盗品じゃないのは竜族なら見て解ると思うんだけどー」
『いやしかし……イリシア大陸に渡ったドラクリア・メリュジーン家は200年前に滅び、ご息女一人しか残っておらぬハズ……しかもご息女は長き間囚われの身となり、それが残っている訳が―――』
「あなたたちがずーっとそのお姫様を助けようとしてるのも知ってるよー? 形は変わってるし、ドラクリア・メリュジーンの血筋じゃないけどその使命を引き継いで聖域を護ってる存在がいるーって話。
で、ミャーはそこにご厄介になってるからーこれ持ってるってワケー」
『竜では無くその使命を継ぐ……もしや……』
「そ、魔族」
淡々と語った幼女の言葉を今一度噛み締めながら竜は長く瞑目すると見下す形で上げていた頭を深く伏せ、周りの竜たちもそれに合わせて主人に詫びる従者のように頭を垂れる。
『―――護竜の意思を継ぐ方と知りもせず無礼の数々、深く詫びる』
「いーよー。さっきも言った通り目的は違ってもー、通過点は同じなんだしー? ミャーはあの王国にまだある穢れが無くなっちゃえば嬉しいなーってだけ。そしたら竜のみんなも次はお姫様救出に専念できるしー、なかまだよなかまー」
『有難い言葉。そなたの助力に応えられるよう、我ら全身全霊を以って目的を果たさせて頂こう。……しかし、汝よ。このような山の麓に我らを導いてどうするつもりか?』
「んーっとね、これを渡すからーここから王国を目指してほしいんだー」
物腰が柔らかくなった竜に気分を良くしながら幼女はもたれかかると一個の玉を取り出して大竜にそれを見せる。それは濃い藍色をした石で出来た物で、細かく何かが掘られている。
「転移魔法の応用でー、使用者が望んだ対象を別の空間に飛ばしちゃう便利なものー! で、これを使ってこーんな風に……とっ」
そう口にして玉を山に向けて翳すと……音も無く山の根元は直径20m近く円形に抉れ、その光景を前に竜たちは驚きの余り口をだらしなく開けては声も出ず、ただ呆然とする。
それは魔法や魔術で消滅させたと言うには不自然で、そこにあった木々や草を始め土が綺麗に消え失せていた。
幼女は竜たちの反応を見ていくらか嬉しそうに笑みを見せると得意気に指を振って、その石を周囲へ見せびらかしながら大竜へそれを差し出す。
「王国の主力はセヴィア山脈に集まるからー、その隙を狙って攻め入って……魔王を滅ぼし聖域を取り返そー?」
彼女の言葉に無言で大竜は頷くと受け取った玉をひと飲みする。そして山の根元目掛けて大穴を作ると咆哮を一つ上げて突き進む。他の竜たちも同じく声を上げ、その後に続く。
それからものの5分足らずでその場に居た竜たちは穴の中へ消えて行き、それを見送った幼女は一つ安堵の笑みを浮かべた。
「さーてと、色々と誤魔化して早く戻んなきゃー。……あの子たちの食べ残しはベリウルフで良いかなー? 南下させたりしてるから人間たちはまた騙されるよねー。よし、この穴も隠してーっと」
彼女はパタパタと歩き回りながら指先一つ動かして先程出来た大穴を手品のように消す。
そしてブツブツ独り言を口にしながらフードを取って振り返る先には多くの血だまりと未だに燻る焼け崩れ、破壊された住居。
幼女はその中をお気に入りの散歩道を練り歩くように足を運んでは深呼吸してその光景、空気を愉しんでは喉を鳴らす。
「―――フフフ、アハ! キョーちゃんには悪いとは思うけどぉー、こぉーんなご馳走を前にそのまま帰るのはー流石にご飯へ失礼だよねー?」
彼女はケタケタと声を上げ歓喜の笑い声を響かせると、じゅるりと生唾を啜る音を立ててそれを小さな舌で拭う。
それは待ちに待った馳走を前にもう堪え切れず、そんな様子で。
「勿体ないし、お掃除も兼ねて良いよねー? 良いよねー? ……それじゃお先にちょーっと頂きまぁ~すっ♪」
そして彼女は恍惚の色を浮かべると自前のくせのある栗毛を振り乱し、辺りに広がる焼け崩れた住居、広がる夥しい血溜まりを啜るように呑み込んだ……。




