第八十五話 「うるさぁーい」
「―――さぁ、遠慮無く良いですよ?」
気が付けばボクの意思も関係無しにまた戦闘に。
開始の声と共に睨まれたカエルみたいに動けないボクへ柔らかい物言いを送るご老人の視線は、見せる笑顔とは裏腹の深い敵概を秘めている。
そして頭上から大きな影を下ろすそれはその感情を寄り集めて作ったと言わんばかりの巨大な白い鳥。
「クルルルルルルルル……」
頭上をゆったりと飛行するその鳥はアルビノの孔雀のような見た目で、翼を広げる姿は10m近くありそう。
リスリムやマッスルナイトさんたちは遠く離れて野球観戦するくらいの距離から見守っており、本気で暴れても大丈夫なように防壁結界が展開されている。
「これはこれはもしやこの様な老木に先を譲ってくれると言う殊勝なお心ですか? ―――やりなさい、ジェネヴラ」
「クヲォオオオオオオオオン!!」
痺れを切らしたおじいさんは温厚さが消えた声で命令を下すと呼応の一鳴きを響かせて頭上の鳥がこちらに顔を向ける。
……無理ですとか戦えませんとか言ってる場合じゃないか。
「銀の車輪! 銀の車輪! 銀の車輪!」
お馴染みのラッド先生を唱えて滑空しながら襲ってくる鳥の攻撃を躱す。
が、巻き起こる暴風に当てられて舞い上がる砂と一緒に自分の体も木の葉のように宙へ打ち上げられる。
しかしこれだけおっきくて飛び回る相手だとミョルは効果が望めないし、かと言ってサンクリズル使ったらおじいちゃんまで吹っ飛ばしそうだしなぁ……。
赤マッチョさんも同じな気がしてならないし、かと言ってフェンリルも全体範囲で攻撃メインじゃなく状態異常でHP削るのが目的の召喚スキルだからあんま意味ないし、他の召喚も以下同文なのを考えると―――
「松明の火! 軍馬の鬣! 炎帝の剣! エリヤの赤! 巨人の残り火!」
自前の魔法、魔術ネトゲスキル名を唱えたと同時にいくつもの火は寄り集まり、巨大な火の玉になると辺りを真っ赤に染め上げる。
体格差とかさっきの自分のスタミナを考えると長期戦になればまず持たないし、それなら超火力で短期戦で決めるしかない。
「おお……これはこれは―――」
直径5m程はある小さな太陽を見上げながらおじいさんは関心の声を漏らす。
目当ての鳥さんは旋回中でこちらに背が向いており、その的目掛けてスキルをブチかます。
「キィエエエエエエエエエエエエ!!!」
爆発と同時に断末魔。
爆風による衝撃波は地面の砂と言う砂を巻き上げ、辺り一面を薄霧に包んだように辺りを覆う。
鳥さんの見た目が綺麗ってのもあって攻撃するのに躊躇いを覚えたけど、相手の初撃を考えたらそうも言ってられない……。
「おい……あれは仮にも竜呑みのジェネヴラだろ? それが一撃……」
「―――あいつ、さっきの模擬戦じゃまともに剣も振れていなかったのに」
「ありえない……どんな竜の一撃も通じないと言われている神獣ジェネヴラ……が」
外野の方々が驚愕の声を漏らしている。
まぁ確かにさっきの戦い基準で見ればありえないと思われても仕方ないか。
てか竜呑みのジェネヴラって事は対竜用の召喚獣? にしては呆気ないと言うか……このレベルなら竜も大した事ないのだろうか。
―――と視線を模擬戦場へ戻せばおじいちゃんの視線は変わらずこちらに向き、直立不動の姿勢。
同時に宙を包む白煙が割れ、
「くっ!? レ、灰燼へ誘いし焔ッッ!!」
金色の口を大きく開け、ボクをひと呑みしようとするジェネヴラを回避しながら上級スキルで辛うじてカウンター。
「ほう、寸前で躱すとは……誘われたのはこちらですかな? しかしそれも無駄」
ボクが持つ上級魔術スキルを受けても少し体をグラ付かせた程度。逆にその衝撃を利用して身を翻し急速旋回してはこちらを狙ってくる。
相手のこの余裕……まさか。
「打ち砕く者ッッ!!」
止むを得ず、敵味方お構いなしの蹂躙スキルを咄嗟に展開。
こちらを狙って低空飛行しているし、スキルの範囲内―――そして一抹の不安はすぐに結果として現れた。
ジェネヴラは振りし切る雷の中を物ともせず突っ込み、奇声を上げながらこちらを目がけてくる。
待って、コイツ魔法が効いて無い? 色々ヤバイでしょこれ。
てか良く見ればおじいちゃんの周りに球体の結界みたいなの展開されてるし、魔法も魔術も通じないってなればコレ詰んだんじゃ……。
「―――さぁ、呑みなさいジェネヴラよ」
そんな一瞬の判断が遅れたボクの意識をジェネヴラの嘴が暗幕のように閉じた。
「あーははははははは! すっごいすっごぉーい! 原竜がこぉーんなに集まるなんてほーんとソーカぁン! キャハハハハハハ!」
「集まってんじゃなくて集めたの間違えないで? と、粋がっても霧が薄れたのは偶然ですがまぁ必然。そしてアナタははしゃぎ過ぎで落ちたりしないで下さい?」
「わかってるよーうだキョーちゃん。んで、この辺りで分けちゃうー? てかそのキーモイ喋り方やめよーよー。いつも通りでいこーよ?」
月が辺りを煌々と照らす夜遅く、空を覆う雲の上を這うように飛行する硬い鱗に覆われた巨大な竜の集団。
先頭を飛ぶ一際大きな竜の頭上でキャッキャとはしゃぐ幼女とその隣をいくらか距離を取り飛ぶもう一つの影。
2つの影はレインコートのようなフード付きの白ローブを身に纏い、相当な速度で移動しているにも拘らず髪の毛一本、風になびく事をしていない。
そして変な喋りと指摘された影は顔を抑えてはフルフルと首を横に振ってはどこかのアメリカ人のように手を大きく動かして主張を始める。
「それはそれは駄目です駄目なんです。自分が自分を出す時はですね?
こう、自分の望む物が目の前にある時ではなければ。
でなければ自分の中にある望みと言う物をただ無意味に無作為に零し続けると言う無駄な消費が連鎖しては何も満たされず、自分の中にある欲求が欲望が切望がとめどなく求め続けてしまい虚しさを食まなければいけない……
それは空腹に耐えかねて水を飲み続ける愚かさと同じ、
それは僅かな食事で腹を満たす為に味を失っても肉を噛み続けるみすぼらしさと同じ、
それは漂う香りだけで己を言い聞かせ鳴る喉を押さえるさもしさと同じ!
ああ、あああ! ああああああ!
それは言ってしまえば自分の欲求への侮辱冒涜裏切り!
ですので、ですから、でありますから自分は早く!
あぁあああああ! 早く、早く早く早く早く! 早く自分は慟哭を啜り、燻る肉叢に顔を埋めては叫喚を飲み干してぇえええええええええええええええええぇぇえええええええええええええ」
「キョーちゃんうるさぁーい」
「――――――失礼。自分とした事が近々食事を出来る事に想いを馳せながら語っていたら抑えきれなくなりまして。とりあえずこの老竜を北東寄りに迂回させて挟撃の形にする計画でよろしくて?」
一人ヒートアップしていたキョーちゃんと呼ばれる者は幼女の一言に落ち着くと話を戻す。
しかし幼女は問いには答えず、振り返って後方の白海の上に広がる鈍色が混じった銀や青の波を一瞥しては暫く黙る。
そして小さく、「それじゃー面白くないんだよねー」と零しては―――
「いー事思い付いちゃった。ねぇねぇいっそ半分にするならさー、隠しちゃってドーンと行かなーい?」
「ほう? と言うのは」
大型犬に乗ってキャッキャとはしゃぐ子供のような無邪気さを見せる。
しかし思い付きを口にして笑みを浮かべる彼女の顔は、これから起こる悲劇と言う飴玉を味わっては恍惚に顔を歪める黒い黒いモノだった……。
やっとラスボスサイドの登場です。




