第八十一話 「しかしお前はどうだ?」
問いに対し沈黙が続く。
ゼルートはキサラギの問いに対し答えるべきかどうかを思案を見せ、それを見守る彼女の洞察を畏れ、その場に居る王族貴族たちは自分たちの心情を悟られぬよう必死に気配を殺すようにただただ、黙る。
ここで迂闊に口を開けば先程のように挑発染みた形で言葉を向けられ、ボロを出す事を恐れ―――
「……フンッ! 静かに聞いていれば片腹痛い。ゼル卿よ。こやつとまともに取り合う必要など無い。
して魔王よ、お前にはそのように求める事が出来ぬ立場であり、こちらの要求に応えざるを得ない立場であると知れ」
「おォん? これまたリスリム坊ちゃまがしゃしゃり出てくるたァ意外だな。
で、おめーも界客なら大人しく言う事聞けって言うクチか? おーこわ」
「違う」
呆れた素振りをしながらも判り切ってますと言わんばかりに答えたキサラギを一蹴。
同時にその成り行きを見守る者どもも同じく、その言葉に理解が追い付かずにみなリスリムを凝視する。
「貴様は名誉ある名家と血筋を侮辱した。
物では無く人としての扱いを望むと言うなら、先程貴様が吐いた暴言の罪は重い。
まぁしかし、お前が理解が及ばぬ只の『物』であれば仕方ない。どうやら僕はそこの椅子相手に一人熱弁していたようだ、とこの場に居る方々に自分の奇行を詫びさせて頂く」
語り終えたリスリムは胸の真ん中に右手を宛て、小さく頭を下げて見せる。
その行為は男が王族或いは主人に頭を下げる物であり、次期国王候補であるリスリムがこのように謝罪をして見せる事に一同は言葉を失う。
そしてその行為はキサラギに言い逃れを毟り取る行為ともなっており、彼女はしてやられたと零しながらも深く感心して見せる。
リスリムの取った行動は『王族に連なる自分ですらこうやって頭を下げた、しかしお前はどうだ?』と彼女に問うており、それを無視して話を進めれば自分が否定した『物』としての扱いを受け入れるのと同義となってしまう。
「……悪かったお前の言う通り言いすぎた。ウチもちょーっと気が立ってたわ。詫びって訳じゃねェが大迫轟の節にゃ出来る事はするゼ」
「フンッ。解れば良い」
「あー……っとその前にアタシは礼儀って物を知らねェから敬語とか無理だ。話し合いの際、喋りはどうしてもこのまんまになっちまうが、良いか?」
「育ちによって不作法があるのは仕方がない事。侮辱を含まぬならお前の言葉遣いを僕は赦そうじゃないか」
そのやり取りを前に「おお……」と感嘆を含む声が辺りを満たす。
だがリスリムは当たり前の結果だと言わんばかりの態度で瞑目するとキザったらしくオールバックした金髪を軽く撫で、鼻を鳴らす。
そして一段落付いたのを確認したゼルートは辺りを見回し、キサラギへ視線を移す。
「では話を進めさせて頂くとして、封印された魔王に竜をどれだけ撃退出来るか……と言う疑問があるのですがお尋ねしても構いませぬか?」
「……それは問うまでも無い話だゼル卿。こやつは毎晩オディカル平原で好き放題暴れていると報告が上がっている。南下してきたベリウルフの集団を一瞬にして消し炭にする程の力でな」
「下手な王国騎士ですら手こずるあのベリウルフの集団を一瞬で!? むう、第五での報告と合わせても問題は無いと言う事ですか」
「どのような腹積もりかは知らぬが国民に被害が出る前に夜半に討伐だと? しかし問題として上がる前に何故そのような……目論みが見えぬ辺り魔王と言うべきか」
「いや騙されるな先程の光景を見たであろう。ベリウルフを殲滅したのも狡猾な考え故に違いない」
目の前で交わされる会話と勝手に評価される内容にソバージュの彼女は苦笑を浮かべて頬を掻く。
『それはユー坊がやった事だ』などと説明すればまた面倒な事になりそうだと懸念し、頭を切り替えて会話に割り込む。
「様々な評価はとても有難いがよォ、ウチも身一つ。しかも封印されてるから余り過剰評価されても支障が出兼ねねェぜ? あとよォ期待を裏切るようで悪いがアタシは竜ってのを知らねェ」
「竜を御存知では無いですか……その辺りにつきましては毎年討伐にて指揮を取られている方々がこの場にいらっしゃる事ですし、リスリム様もその御一人。此の方々の指示を受ければ問題無いでしょう」
「あ、あの皆様方っ! お待ち下さい!」
進められる会話を上擦ったレオナの声が遮り、テーブルの下で見えぬように手を震わせる彼女へ皆の視線が向く。
「どうかされましたかレオナ様?」
意見を述べる一人に尋ねる形でゼルートは彼女に言葉を向け、その返答に対し周囲は見守る。
一極に集まった視線を前に彼女は小さく喉を鳴らし、一拍を置いては顔を上げて声を絞り出す。
「大迫轟の節に参戦するのはユウで、この場に居る彼女……いえ、魔王では無いのです。ですから、ユウの意見を聞くべきではと……」
「ユウ? 申し訳ありませんレオナ様。少々話の要領を得られぬ故、御説明願えますか」
「えっとユウと言うのは先程の少……女の姿をした者で、魔王を封印されている人間。そして今この場に居るのは封印されている魔王が出てきている、と言った状況です」
「……と言う事は今、交わしている会話は無意味とレオナ様は仰りたいのですね?」
「い、いえ! そうではなくてその」
「無意味じゃねェよ。それに第九を見据えてアタシはこの場にワザワザ顔出したっつーのもあっし。現状、異世界召喚にゃ魔王のAlpじゃなきゃダメっつーのはこの場の何人か解ってるハズだしなァ」
キサラギはこれまで限りなく黒に近いグレーだと思っていた内容が真っ黒だと言う確信を得た。
だが彼女にとってそれは前のように怒りを掻き立てるまで至らず、ここで別の本心を含んだ瞳をレオナに向け、唇を動かす。
その口元には先程の薄く浮かべた笑みは消えていた。
「で、おめーは今回の件でどうしてェんだレオナ?」
口振りは先程と変わらない。
しかし彼女が見せる表情はふざけた物は消え失せ、じっと見つめる瞳は彼女を見定めんとするよう。
「ユ、ユウにきちんと話をして、意見を聞かなきゃいけないって思って……」
「そいつァおかしい。意見も何もアイツはァ前に大迫轟の節の話を振られた時に引き受けるって答えてたハズだ」
「け、けどこんな形はおかしいでしょ! ユウが居ない状態で勝手に……!」
言わんとする事は解る。だがしかしとキサラギは溜息を漏らし、ガリガリと強く頭を掻く。
それは苛立ちを紛らわせるように、今一度感情を整理するように。
「そうじゃァねェ。そうじゃねェんだよ。アタシは今回の件でって聞いたのにどうしてオメーはユウの事しか口にしねェ? どうしてアイツのこれからをオメーが決めるくらいの事をしてやんねェ? 3年後に国を納める存在の一人だっつーのにどうして先を見据えた話が無い?」
淡々とした物言いの中に宿る感情。
それは先程の言い合いでは一切見られなかった物であり、キサラギが今回こうやって出てきた理由だと言うのが伺える。
レオナは指摘された内容に言葉を失い、呆然とする。
これまでの彼女の発言は全て「ユウを中心として」会話を進めようとしていた。
そして、答えに詰まった際はユウを通して答えを求めると言う事をし、故にキサラギは最初、「甘えてんじゃねェ」と吐き捨てた。
「全く未来の女王様候補がコレじゃ先が思いやられるって話だ。3年後の選帝なんて止めちまってもうリスリムが国王で良いんじゃねェか?」
「何を……勝手な事を言い出すの」
「第三者の意見として言ってんだよレオナ様。決断力も無く未来のイメージも無い実績も無い人間を祭り上げるより、どんな場所であろうとはっきりとした意思を見せるリスリムを選ぶのが当たり前の話だってェ事だ」
「……黙りなさい、魔王」
「おめー見てなかったのか?
周りが畏縮する中よォ仮にも魔王のウチ相手に啖呵切って言い負かしたんだゼ? しかも狼狽える事も無く、自分の度量のデカさも見せ付ける気概。前に『未来の国王』だなんて嘯いた奴だなんて思ってたけどよォその片鱗を垣間見せたと言っても過言じゃねェだろ」
低い声で遮るレオナを無視し、キサラギはリスリムを持ち上げた内容をベラベラと語る。
そんな彼女を前にレオナはゆっくり立ち上がり、吐息を一つ静かに漏らす。
「……もう一度言うわ、少し黙りなさい。魔王よ」
そう警告するブロンドの姫君は先程のように頼りない少女の物では無く、これまでに無い程の威圧を含む。
そして向けるエメラルドの瞳は冷酷とも似た光を漏らし、同じ光を宿した何十と言う白剣が宙に浮かんではキサラギを中心に切っ先を向けていた。




