第七十八話 「このバカーレンが」
短めです
仄暗い一室の中で響く小さな音。
それはキーボードとマウスが鳴らす不規則なようで一定のリズムの音で部屋の中をモニターがぼんやりと照らす。
モニターが映し出すのは3年前より人気の高いMMOPRGのSwordSoulで通称ソドソやSSと呼ばれているネットゲーム。基本無料だけども特定の装備やアイテムは課金制になっており、ユーザーは無課金者から重課金者と様々。
その為、マナーの悪いユーザーや海外からの不正アクセスやツールを利用した規約違反者と不正行為を行うプレイヤーも多く居るのでネトゲの中でも変なのが多いと有名でもあるが、某掲示板では一日で数えきれないほどのスレが立つ賑わい具合でもある。
そしてボクもソドソのプレイヤーの一人で、不登校で引き籠ると何かにとり憑かれたかのようにひたすらソドソをやっていた。気が付けば寝る時間すら忘れ、目当てのボスの沸き時間をチェックしては徘徊しただ狩る。狙うはボスが落す虹レアと呼ばれるドロップ率0.03%の希少アイテム。
その為、威力だけを求めた装備とスキルを取り、他プレイヤーに邪魔されないようキリングスキルを優先で習得し、ひたすらに狩る。
薄暗い部屋の中で響く乾いた音はショトカとマウスを押す音のみ。
カタカタと。カチカチ……と。
「う……ん。あれ、ボク……」
「やっと起きたか。大丈夫か?」
ルシードさんに声を掛けられ、状況がイマイチ把握出来ない重い頭を起こしながら軽く辺りを見回すとボクは自室のベットの上。
―――あれ、何で?
「赤紫色の魔法陣へ触れたと同時にお前のAlpが一気に減少したかと思えばそのまま倒れたものだからかなり焦ったぞ……。魔力欠乏に似た症状が出ていたので焼け石に水かと思ったがいくらか処置はしてみたが具合はどうだ?」
「あ、そっか……。倉庫の中のアイテム出せないかなって言ってたらウィンドウが出てきてそれで……って、ボクのAlp減少ってそんなに減ったんですか?」
彼の言葉で何があったかをおぼろげに思い出し、現状に理解が追い付く。
「ああ。軽く見て3割近く減ったな。しかも流れ出したと言うより一気に持って行かれた感じだ。未熟な術者が無理して上位魔術を唱えて起こる魔力欠乏症そのものだった。一体何をしようとしたのだ?」
「えーっと、早い話がネトゲ内で持ってた装備とかを取り出せないかとしたら失敗した、って感じですね……。すいません心配かけちゃって」
「そうか。お前の世界の術も万能とは行かないと言ったところか。時間も時間だ。今日はもう休め」
「はい、そうします……」
その言葉に彼は「おやすみ」と一言向けると部屋を後にする。
ボクは溜息混じりに気怠さを吐き出すとそのままベッドの中にうずくまる。
そして数分も経たずに意識はまたまどろみの底へと落ちた―――。
「あっれー。ユーちゃんがお寝坊とはこりゃまためっずらしい。仕事に慣れてきてちょっと油断したかなー?」
「す、すいません……」
目の前にはパッツンヘアーの彼女の顔。それは何かいたずらを含みながらもどこか嬉しそうな……早い話が楽しんだ表情で寝惚け顔のボクを見やる。
夜中の件の事があり、ボクは盛大に寝坊した。
目覚まし時計を貰っているのでそれをセットしていたが爆睡をかました自分はベルに全く気付かず、カーレンさんたちが起こしに来てくれるまでグッスリだった。
「まぁレオナ様たちが戻ってくるのはお昼過ぎだし、時間あるからウチらもちょーっと仮眠でもしよっかー?」
「え? ちょ、カーレンさん仕事は……っ」
「良いって良いって。リーダーが何とかするっしょ。ねぇリア?」
「……ん? って良い訳無いでしょ仕事サボる気!? と言うよりそ、そそんな事あたしに振らないで」
「カーレンさん? カーレンさん!? 起きます、起きますから入って来ないで下さ……あははは! く、くすぐあはははは!」
「うえへへへみんなで温め合おうじゃないかーうえへへへへへへ! ほら、リアも入るんだよぉ~」
「チョット待って何であたしも!? あたしは良いから……って何でこんな時に限って力強いのカーレン!」
どっかの酔っ払いのおじさんみたいな発言をしながら人の布団へリアさんを引っ張りながら強引に潜り込んでくるカーレンさん。
寝起きもあいまって抵抗する力が入らずにただジタバタ暴れるも、彼女は「ふえっへへー」だなんて変な笑い声を上げている。
そして人を抱き枕かのように抱き付く彼女を引きはがそうと暴れる自分と、無理矢理布団の中に連れ込まれて抵抗するリアさんと、それを逃さんとするカーレンさんとでもうぐっちゃぐちゃ。
「―――やめんかこのバカーレンが」
スパァン! と爽快な音が響くとみんなシンと静まり返り、恐る恐る視線を向ければベッドの脇に立つ長身の影……。
腕を組み、目を細めるショートボブの彼女の姿。
そんなノーウェンさんへ顔を向けながらカーレンさんが冷や汗を垂らしながら口を開く。
「あ、あっれぇー? リーダーったらどうしたのぉー?」
「どうしたもこうしたも随分楽しそうじゃないか。なぁカーレン?」
「ノ、ノーウェンも混じる?」
「そうだなーそうしたいが仲働きが待ってるんでなぁ……」
そう言ってヒッチハイクのように立てる親指が向ける先には仲働きと呼ばれる下働きのメイドが数名、ドアの近くで目を白黒させながら立っていた。
それに気が付いたカーレンさんは引き笑いを浮かべ、それに合わせてノーウェンさんもアハハと笑って部屋の中で乾いた笑い声がいくらか木霊すると―――
「起きたんなら早く用意しろぉー!!」
「「「はぁーい!!!」」」
鬼の形相と化した彼女の怒号でボクらは飛び起きた。
その後、お昼近くまで部屋の掃除やレオナが戻って来た際に身に着けるドレスを事前に用意したりの仕事を行った。
たった数日間離れただけなのに早く会いたいと言う気持ちがいくらかあったけど、それ以上にこれからの事についての焦燥が逸る彼女への気持ちを掻き消していた……。
そして昼を過ぎた辺りにいつも通り休憩室にて待機していたところ、彼女が戻ったと言う話が家政婦長のレニーさんより直々にされ、同時に出迎えは不要との報せ。
と、もう一つ
「ユウ、これからある要談に参加するようにとのレオナ様よりの言伝です。突然で大変でしょうがこちらへ着替えて準備をして下さい」
「婦長何かあったんですか?」
「詳細は述べられておりません。至急、ユウのみ要談の間へ案内するようにと仰せつかった次第ですので、ノーウェン及び残りの2名は予定通りの作業を続けていて下さい」
「……了解致しました」
彼女はいつも通りの感情を表に出さず必要以外を述べない調子で言葉を口にし、その対応にノーウェンさんたちは静かに答える。
レニーさんがボクへ直接話をしに来たと言う事はかなり慌ただしい事態になっており、急な形で要談が執り行われる状態になっていると考えるべきだろうか。
「わかりました。準備します」
戸惑いを僅かに見せる3人を余所にボクは受け取った薄紅色のドレスを手に更衣室へ駆け込む。
突然の事でこれからの事で動悸は激しくなる。
もしかして外出の際に何かあったのか? 大迫轟の節の事で想定外の事態が発生したのか?
焦りとも似た感情が脈を打ち、熱を送り喉がカラ付く。
―――いや、違うかもしれない。
更衣室の中にある鏡を見やったボクは緊迫した表情をしながら僅かに口角が上がった自分の顔を前に底にある感情に気が付く。
別に頭がおかしくなった訳でも無く、何か楽しい訳でも無い。
理由はきっと、この数日間知り得たかった確かな何かがわかるかもしれないと言う期待を前に顔がほころんでいたのだろうと自分に呟きながらボクは着替えを終え、気持ちを落ち着けるとレニーさんの元へ急いだ……。
かなり間が空いてすみませぬ。




