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第七十六話 「サン、ハイッ!」

「うう~……おっかしい。おかしいおかしいおかしい」


夜の10時過ぎ、二段ベッドの下段の上でうつ伏せで唸る厚手のネグリジェ姿のリア。

バタ足のように足を激しく動かしてはボフボフと音を立てながら枕に強く顔を埋めている。


「違う、断じて違う。ああ言う事を言ってたのはぁ……うんそう、冗談だったんだからこれだって何かの間違―――」


「なぁーに暴れてるのーリアったら。埃立つっしょー?」


「ぎゃぴぃいいいいいいいいいいいい!? ……あだぁああっ!!」


唐突に話しかけられ、ベッドの上を大きく跳ねたかと思えば二段ベッドの仕切りで大きく頭を打ってそのまま前屈みに丸まる。

その先には風呂上がりでまだいくらか滴が玉を作る髪をタオルで拭きながら立つ同じくネグリジェ姿のカーレン。

彼女は8畳程度のその部屋の中にある椅子に腰かけると机の上にある化粧水らしき陶器製の瓶を手に取ると、痛みで唸るリアを尻目に自分の腕にそれを擦り込む。



「もー花瓶みたいにベッドまで壊さないでよぉ? おっきな物を再生リタナリー持ってくの面倒なんだからさー」


「う、うう……そんなに強くぶっけてないし」


「で、どうしたの? 朝から変だけど」


「べ、べっつにぃ~? なぁーんも無いよやめてよもー」


口を尖らせながらしらばっくれるリアをパッツンヘアー越しにじーっと見つめてはペチペチと頬に化粧水を叩き込むカーレン。

彼女は小さく「ほーん」と呟いて見せては小首を傾げて見せ、



「ユーちゃんがレオナ様に気持ち伝えたとか、付き合うってどう説明したら良いんですかーとか仕事前に聞いて来てからおか―――」


「はい! ただいまを持ちましてこの部屋は私専用になりましたぁ! なのでカーレンはノーウェンのとこに行って下さい! はいどうぞー!!」


「……厳冬に走る小さき蛇よ、わが手に来たれ。パギディア」


「あいったぁあー手がぁああああああっ!?」


ベッドから飛び起きてグイグイと動かそうとするリアに向かって走るバチリ! と言う大きな音。

手に痛みを覚えた彼女は絨毯の上にうずくまっては「ふぉおおお……」などと声を漏らしては震えている。

そんな姿を見つめながらカーレンは右手を顔の横で動かすとまた小さくバチリと音が響き、指の間を電撃が走る。それはさながらスタンガン。



「ちょーっと落ち着きなすってリアお嬢様」


「だからってマホー使う事ないっしょぉおおおお……第一でも充分な威力なんだからさぁ」


「ごめんコレ第二なの」


「よ、容赦ねぇっすねカーレンお嬢様」




リアは立ち上がるとフラフラとベッドに戻りまたうつ伏せに倒れ込む。

暴れ回ったせいもあり、肩まである髪はぐちゃぐちゃになってしまっているが今の彼女はそんな事に気付く余裕すらない様子で、枕へ顔埋めるとまた呻き声を上げる。



「で、ユーちゃんにからかいで言ってたものが冗談じゃなくなったんで焦ってんのー?」


「…………別にそーゆうワケじゃ。ただ朝の話を聞いたら何かモヤモヤするって言うか、よくわかんない」



くぐもった声で返答するその言葉は段々弱々しくなると彼女はそのまま黙り、そんな様子を前にカーレンは就寝前の手入れを行いながらいくらか考え込む。


リアは休憩の度にユウへ過度のスキンシップをしてからかったり、「何かあったらおねーさんが貰ってあげるんやでゲヘヘ」などと言いまくって困らせていた。

カーレンは彼女のそんな言動を思い返し、「自分からけしかけて自爆してやんの」と言いそうになったのを堪え、言葉を選び直しては口を開く。



「そこまで気になってるって言うなら素直に好きで良いんじゃないの? 無自覚なんてよくある事でしょ」


「簡単に言わないでよぉ。まずあの子はレオナ様と相思相愛だし、その……年下だよ? 11歳だよ? おかしいでしょ……」


「歳の差なんて気にするー? こないだカーディアルの60差で結婚したとか言う話に比べたらぜーんぜん余裕じゃない」


「どっかの貴族連中を例に出さないでよ……。あぁああああーもうぅうう!!」



再び大きくバタ足をしながら行き場を無くした感情を布団へ叩き付けては八つ当たり。

バスバスと部屋を響く乾いた音を余所にカーレンは髪を櫛梳きながら耳まで赤くなっているリアを傍観すると軽く吐息を零す。

仕事仲間であると同時に昔からの馴染みと言う事もあり、彼女は荒れるリアを前に馴れた表情を浮かべては今一度溜息。


「そうやって否定すると逆に意識しちゃうよー? いっそ開き直ってどうするか考え方がラクになるってもんさー」


「そー言いましてもねー……気持ちを認めたとしても障害が多過ぎますってばぁあ……」


「なら諦めますかー?」


「極端過ぎるってぶぁあああ……」


「ならさ、ユーちゃんのドコが気になるの? あんだけリスリムさまぁー言ってたのに心移りしたくらいなんだから惹かれた何かあるんでしょ?」



その一言に耳をピコリと動かすネコのように頭を動かして反応するとリアはもそりとベッドから半身を起こす。

枕に埋まっていた顔は先程より酷い物となり、憔悴しきったような……いや、どちらかと言うと徹夜明けのような淀んだ目付き。しかし頬は紅潮していると何とも異様な有様。

彼女は頭を重そうに動かすと答えを渋る素振りで乱れた髪を軽く掻いては、ぽつりぽつりとゆっくり言葉にし始めた。



「目……とか? あと周りの事とか考えて気にかけて動いたりする辺りとかさ。ウチらより大変な状況なのにそんな雰囲気全然見せないし、でもどっか陰りがあったり。年下なのに時々ずっと年上みたいな気遣いくれて、ニコーって笑うんだよね。そーゆートコとか」



思い返しながら淡々と語る彼女は静かに笑みを見せ、カーレンは見守るように彼女が語る続きに耳を傾けているかと思えばおもむろに立ち上がる。


「―――よし、今週の土曜……5日後一緒に城下町いこっか」


「え、ちょ、ちょっとどう言う事? 急に何言いだしてるのカーレン??」


「ユーちゃん、無意識だけど結構アンタの事見てたりするんだよねー。脈ナシって感じじゃないけど今のままじゃーちょぉっとね?」


軽く呆れた様子でカーレンはリアを指差す。

じたばた暴れたせいで髪とネグリジェはグチャグチャ……取り乱していたと言ってもその有様は年頃の女の子が見せるナリとは少々言い難い状態であった。

カーレンが言わんとする事を察した彼女は乱れたアッシュグレーの髪に手櫛を通すがパーマ状になった髪はそれを許さず引っ掛かる有り様。

そして彼女はうまく梳かせない事に苛立ちを覚えたのか手に力が籠り始める。



「これこれ、そう言うとこがダメなんだってば。あと肌の手入れもしてないし、化粧もルージュくらいで全然でしょ? 香水も適当だし。だから城下町行って色々揃えようって言ってるのよ」


「そ、そんな髪を綺麗にしたり化粧したくらいで……」


「ユーちゃん細かいトコ結構見てるから間違いなく気が付くよー。って事で決定ね!」


「ちょ、ちょっと待ってってばぁ! 勝手に話進めないでよぉおおおお! 相思相愛のトコにあたしがどうやって割り込むのよ!」


「―――多夫多妻制」


「うっ!?」


「レオナ様の心の広さにも寄るけど、仕えてるメイドやバトラーと主人が関係を持つなんて忠誠の一つで普通なのだから割り込む余地はいくらでもあるよ」


カーレンは教鞭のように指を回しながらピシャリとそう言い切る。

この世界では魔物と霧による脅威で子を成す事が難しい者が多い。魔王の影響で人口が大幅に減った過去も相まって、子を確実にその土地へ色濃く残せるように多夫多妻制と言うものが認められている。

そしてそれは貴族王族を始めとした権力者に多く見られ、従者が主人と関係を持つと言う事は忠誠心と寵愛の証とされておりこの世界では常識の一つ。そして結婚した場合は主人が2人になり、その関係が綿密になると言うのも珍しくは無い。


しかし独占欲と言う物も当然ある為、皆が皆それを由としている訳でも無いのが実情でそれらが原因のトラブルも後を絶たなかったりもするが……。


「よーしそう言う訳で今度の土曜日はお出かけね」


「う、ういっす……でもそれしてもダメだったら……」


「多夫多妻制バンザイ。サン、ハイ」


「た、たふたさいせーバンザイ?」


「声がちいさぁーいその巨乳は飾りか声を張れぇえー! 多夫多妻制、バンザイ! サン、ハイ!」


「む、胸は関係無いでしょ! 多夫多妻制バンザイ!」


「まだまだもっとこいやぁー! 多夫多妻制バンザイ! サン、ハイッ!」



どっかの野球部かのように交わされる掛け声はどんどん力強さを増し、ヒートアップしたカーレンは手を叩いて煽る。

それに対しリアも自棄になったようで互いの声はライブのアンコール状態となり部屋の中で大きく反響する。


「多夫多妻制ッ!!!」


「バンザイッ!!!」


「多夫多妻制えぇええーッ!!!」


「バンザイッ!!!」


「多ぁ夫多妻制えええッ!!!」


「バンザぁああイッ!!!」


「多夫多妻制えええええええええええッ!!!」


「バンザぁああああああああああああああああ」


「やかましぃいいいいいいいいいいいっ!!!」



勢い良く部屋のドアが開くと鬼の形相をしたノーウェンによる怒号によって夜遅くのミニライブは早くも中止となった……。















「ちょ、どう言う事なんですかコレ!? こんなの聞いていないんですけど!!」


「ふーむ? 一週間前までは何も無かったんだが……霧がいくらか移動した影響なのか渡竜の影響なのだろうか。まぁお前なら余裕だろ」


「ギシャアァアアアアアアッ!!!」


「うわ、うわわわわわ!?」


ボクはルシードさんに案内されてどっかの平原へと転移魔法で移動した。そこなら邪魔も無く、魔法などを使っても五月蝿く言われないからって話だったんだけども……移動した先には―――



「随分大きいが鳴き声と毛の色からして北方に生息するベリウルフだな……主に小型の魔物を食料とし、時には人も襲う。繁殖期になると50ほどの集団でグループを作ったりするモンスターだ。ふぬ、ここらには軽く100程度居そうだな」


「ちょっとルシードさん一人だけすぐに空中へ逃げないで下さいよ! って何でボクばっかり狙ってくる……っとぉ!?」


鋼色の狼たちは何の躊躇いも無くボクだけを狙ってくる。

狼の動きはそんなに素早いものじゃないけど、死角を常に狙った動きとこちらが静止した瞬間にタイミングを合わせて他方向から複数で襲い掛かってくる。

前に戦った狼型のモンスターより遅いけど動作が読めないと言うか予想外のアクションをされて反応が遅れてしまい、銀の車輪ラッドを使っていると言うのに間一髪で避けると言う繰り返しだ。


「はっはっはどうしたユウ。第五で戦っていた時に比べて随分動きが悪いな。久し振りの戦いで勘が鈍ったか?」


「ボクは元々インドア派ですから得意じゃないんですよ……! ルシードさん、もう少し上へ逃げて貰っても良いですか? アレ行きます!」


その一言に彼は理解してくれたようで上昇する。

一体一体対応してたらラチが明かない……ならば、


打ち砕く者ミョルニール!!」


手持ちの範囲殲滅系の雷スキルを唱える。

上空に展開される金色の魔法陣は夜の暗さの中で煌々と輝いてはバチリと音を響かせ、ベリウルフたちは顔を上げて一瞬足を止めた。


―――神の一撃はその隙を逃す訳も無く、数多の白柱を群れに向けて打ち下ろす。


閃光に遅れて衝撃波と爆音が鼓膜を震わせ、巻き起こる土埃にボクは顔を腕で覆う。

煙は霧のように辺りを覆う中、何度か閃光が走っては爆音が響きと繰り返し、段々とその間隔が空いては静かになる。

そして開けた視界の先に残るのは一面焼け焦げた平原だけがあり、揺れる草一つ無かった。



「……終わったか。流石だなユウよ」


魔法陣が消えたのを確認したルシードさんはそう口にしながら辺り一面を見渡すとボクの隣へ。

回復魔法の練習するハズが戦闘するハメになろうとは……。


予想外のアクシデントがあったけども気を取り直してボクは回復魔法を習った。

ネトゲスキルと言えど魔法を扱える点と、回復魔法と言う物を受けた事があるのと、自分で自己再生をした事があると言う物が相まって簡単に習得。


しかし、念願の白魔法を習得出来たにも関わらずボクは気分が晴れなかった。



「どうした? 早く習得出来たと言うのに浮かぬ顔ではないか」


「さっきのモンスターとの戦い危なかったなぁーって思っちゃって……」


「まぁ最初は翻弄されていたが得意の魔術でどうにかなったではないか」


「もし、もしあれが……今度の渡竜のドラゴン相手だったら、どうでしたか?」



その問いにルシードさんは答えに詰まる。

そう、先程のモンスターは単体ならば明らかに弱かった。しかし相手の挙動を瞬時に細かく分析し、仲間と連携すると言う手段を取る事で弱さをカバーしていた。

―――なら強さも充分にあり、仲間と連携するだけのものを持っている存在が相手だった場合にボクは対処出来るのか?

確かにネトゲスキルは強い。


けどそれは……ボクの強さじゃない。




「ルシードさん、ボクに戦い方を教えて下さい」



気が付けば自分はその言葉を彼へ向けていた。

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