第七十五話 「あたしめっちゃダメダメじゃん」
ガシャァーン!
「うわったった!?」
「ちょっとぉリアだいじょーぶ?」
レオナの自室前で豪快にガラスが割れるような音が響く。
驚いて顔を向ければ花を替えていたリアさんが手を滑らせ花瓶を落したようで、原型を無くした陶器が水たまりの上に散乱していた。
「ごめんごめーん。たははー」
「箒とか取ってくるよ。ユーちゃんちょっとお願い」
「あ、はい!」
「ごめんねぇーユーちゃん。ちゃちゃっと集めちゃおう」
「リ、リアさん……そんな集め方すると手を切っちゃいますよ」
「だぁいじょうぶだいじょうぶ。布巾でこうやれば……いたっ!」
雑な集め方をする彼女はボクの注意の途中で悲痛の声を上げる。
それもそうだ。雑巾がけをする形で早く破片を集めようとすれば、欠片が布巾を突き抜けたりして怪我をする。
指を押さえる彼女の手を取り、とりあえず欠片が傷口に残ったりしていないか確認。
……うわぁ、ザックリ行ってるな。こういう場合は根元を軽く縛って何か布で押さえないと―――
「や、やだぁユーちゃん大丈夫だってーば……ほら、こう言うのは魔法で治せるから。カーレーン! ちょっと指やっちゃったから回復してー!」
慌てる彼女は丁重にボクの手を解くと後ずさるように距離を取ってカーレンさんの名前を呼ぶ。
そうだった。この世界には魔法と言う便利な物があるんだ……。
そしてボクは情けなく差出しっぱなしの手を下ろすと治療光景をただ見守った。
「―――全てを抱きし空よ、青よ。今、苦しみを持ったその者の何もかもを撫ぜては癒しを願う。
ったくー、気を付けなよ? リアはスグに終わらせようとして怪我するの多過ぎ」
「ごめんごめん。ささーっと終わらせようってしてたらやっちゃった」
「とりあえずレオナ様方の前じゃなくて良かったよ。花瓶はぁー粗方かき集めたら再生だねー。あれ……そう言えばユーちゃんって魔法とか使えるんじゃなかったっけ?」
「すいません。ボク、回復系は一切持ってないんです」
回復を終えた彼女の問いに申し訳なくなり、小声で答えるしかなかった。
使えるネトゲスキルは一部の全体支援と自己支援&攻撃魔法。
今更になってヒーラーでもやってれば良かったんだけどなんて思うけど、まさか異世界に飛んでネトゲスキルを使えるとか普通予想なんて出来ないし、脳内に沸いたくだらないタラレバを追い払った。
「しかしリアも物壊すなんて珍しいねぇ。慌ててひっこけたりとか、ボーっとしてぶつかったりとかはよくあるけど物を壊さないのが唯一自慢だったのにさ?」
「確かにそうだけどさぁ……ちょっと待って。ソレ何の自慢にもなってないし、あたしめっちゃダメダメじゃん」
陽気にケラケラ笑うカーレンさんを尻目に彼女は口を尖らせて目を細めて反論。
彼女はなだめられてもいくらか頬を膨らましては子供のように拗ねて見せ、午後の仕事中もいくらかそんな様子だった。
リアさんは朝に花瓶を割った事もあってか、話しかけるといくらか変な様子だった。
まぁミスをすると結構あとに引き摺っちゃうよね……なんて考えながらボクは仕事をすすめた。
今日はレオナが居ないと言う事で仕事はいつもより少なく、掃除がメインでいくらかラクだった。
その為か朝の出来事が仕事中も頭の隅にあり、その言葉を何度も復唱していた。
「回復魔法……か」
そしていつもより早く仕事が終わり自室へ戻ったボクはずっと頭の中で転がっていたものを口にすると今朝方受け取った紙を片手に部屋を出た。
「すいません、こんな遅くに……」
「構わんよ。私もいくらか暇が出来たしな。で、どうした?」
ボクは朝に貰った呪文の書かれた紙を使ってルシードさんの部屋を訪ねた。
彼の部屋に入るや否や、自分を迎えたのは多くの書物や本とインクの匂い。
それらは塔となっていくつも立ち並び、その中に混じって彼の作業机と椅子がある。
前に駐屯地で見たルシードさん専用テント内をもっと広くして更に本や書類を増やした感じで、部屋を一望した感想としてはよもや書庫の中で生活してると言われても違和感が無い。
立ち話もなんだと彼に招かれてすすめられた椅子にボクは腰かける。
「茶は……レンティオで良かったかユウ」
「はいそれで―――ってダメだ。それだと夜寝れなくなっちゃうので目覚まし系のお茶以外で!」
「おっと失念していた。ならリンカにしておこうか? 果実の皮で出来た物だから眠気を妨げる事も無い」
ハハッと彼は軽く笑うと頬を搔きながら別の小瓶を手に取る。
レンティオはほんのりとした酸味と甘みがあって凄く好みだけど、夜眠れなくなると言うどっかのレッド○ルみたいな効果があるので今は遠慮する。明日も仕事があるので不眠は次の日に響いちゃう。
そんなやり取りを交わしながら出されたお茶を口に運び、彼も椅子に腰かけるとこちらへ顔を向けてきた。
「実は回復魔法を覚えたくて。何か本とかで覚えるって出来ないかなと……」
「回復魔法? 例の召喚に関しての事で尋ねてきたのかと思えば……お前の実力ならそのような物が無くとも問題無いだろうに」
「戦うってだけで考えればそうなんですけど、今日ちょっと回復魔法が使えたらーって思う事がありまして」
その言葉に彼はふむと一つ唸る。
自分だけの事であれば現状のままで問題無いと思う。Alp化したボクの身体はある程度の怪我なんてすぐに治ってしまうだろう。しかし自分以外はそうも行かない。これから竜と戦う事になるのを考えれば、誰かが怪我をして回復しなきゃいけない場面に遭遇する可能性が少なからずあるハズ。そしてこれからもそう言う事に巻き込まれる可能性も多いにある訳で、覚えられる物は覚えておくべきではないだろうかと思い立ったのだ。
暫く黙りこんだルシードさんはおもむろに立ち上がると立ち並ぶ本の山を漁ってこれでもないあれでもないとブツブツ独り言を始める。
凄くアンバランスに塔を作る本を弄りまわしてると言うのに彼はそれを崩す事無くマジックのように本を引き抜き、また戻す。
彼にとってこの状態が本棚みたいな物なのかなと錯覚するほどで、ついついそのテクニックに見入っていると「あったあった」と彼の一言で短いマジックショーは終わった。
「私の使っている回復魔法……白魔法に関して載っている本だ」
そう言って手渡された手帳ほどの小さな本はくたびれた表紙で見るからに年期が凄い。
革表紙で中を開くとページも全部革製。そして文字はインクでは無く焼いて文字を書いているようで、指で触れるとボコボコしていた。
内容に目を通せば大気中にある魔力と自分の魔力を同調させ、回復させる対象の魔力と同調しながら魔力が欠損したり欠乏している部分を探り当ててから詠唱を行う―――とか色々書いてある。
ヤバイ、詠唱とか覚えればポンと出来る物だと考えてたけど全然違った……。
イメージ的には数学の方程式を覚えるような感じで、一定の法則性を覚えないとダメみたいだ。
そんな事を思いながらパラパラとめくっていると
『相手が元気な姿を想像しながらやるとラク』
だなんて殴り書きがページの端に書いてあった。
なるほど。そうすれば良いのかと次のページに手をかけるとまた殴り書き。
『光に包まれるイメージ』
『相手の怪我してるトコ=なんか黒いモヤっぽい』
『( ゜∀゜)o彡゜おっぱい!おっぱい!』
『詠唱はでっかい何かからエネルギー借りる為のもんだから、ぶっちゃけ対象は自然の物なら何でも良い。同調はその為の前段階』
『カガリサトル 参上!!!』
『これらの過程を全部真逆にしたのが闇魔法』
『おっぱい』
わかりやすい説明の中に意味不明な単語と顔文字が混じってたりするのは良いとして、コレって……
「日本語? しかも顔文字からしてボクと大体同じくらいの時代だ。ルシードさん、この本の持ち主って……」
「知人の界客に貸していた本だ。勝手にメモを書き込んだりしていたようだが役に立ちそうか?」
静かに笑ってそう答える彼の瞳は激情とも似た赤の色とは反した儚さを見せる。
そう言えば知人に界客が居たとか言ってた覚えがあるな。もしかしてその人に貸してたのか……。
「色々とわかりやすいメモがあるので大丈夫だと思います。変なのもありますけど……」
「なら良かった。それを貸したのは良いがアイツは結局回復魔法も使う事が出来なかったしな。それを言い出すとアイツは魔法その物を殆ど扱えなかったが。……まぁ界客特有のノンクレイムを考えればそれもそうか」
一言一言に思い出を含んだ様子で彼は淡々と話す。
大切な思い出であると同時に何かしら影を垣間見せるその表情は本の扱いからしてもいくらか察せた。
どんな事があったのかわからないけれど、本の山の中にあったと言う事は目に付く場所に置いておきたくなかったが、捨てる事も出来なかった。本人に確認すればそれは容易に知る事も出来るだろうけれど、ルシードさんが語りながら見せる哀借を含んだ表情を前にボクは口にする事を思い留まった。
「しかしサトルもそうだったがユウも元の世界で文字の読み書きは出来るようだが……お前の世界では当たり前なのか?」
「そうですね。むしろ読み書き出来ない人は居ないと思います。まず学校で習いますから」
「学校か……なるほどな。どうやらお前の世界は文字に対しての認識がこちらの世界とは大分違うようだな」
「もしかしてこっちだと文字の読み書き出来る人って限られてるんですか?」
「ほとんどの国では上流階級の人間を始めとした貴族、王族のみが知る事が出来る代物だな。文字は神聖なる物とされており、一般でいくらか浸透しているのは簡略文字と呼ばれる記号と数字くらいだ」
当たり前だったと思っていた物がこの世界では違った事に驚く。と言うか文字ってのは人が作った物なのだから神聖な物ってのも変な話だよね……。魔法があるから文字がそこまで重要じゃ無かったりするのかな? みんな当たり前に扱えてる感じだし。
「故に魔法の基礎となる第一から第二程度しか一般には広がらない悪循環となっている」
「それ以上の魔法ってそんなに難しいんですか?」
「難易度もあるがそれを細かく伝える手段が限られてくる。扱える者が伝えなければ覚える事も出来んし、仮に本があったとしても読めない者ばかり。そう言う理由が相まって文字を知り得る上流階級以上しか扱えないと言う図式が出来上がっているのさ。私のような長命の魔族等であれば時間をかけ独学で知り得る機会もあろうが人はそんなに生きないだろ? せいぜい生きて70少しだ。」
そう言えば前にクロカさんが料理の話をしてた時に魔法が使える人間が多い国のみで発達して、周りに広がらずに発展しないとボヤいてたけどそう言う事か。
大きな国であれば魔法を扱える人が多いだろうけど、国から離れた村や町では上流階級の数が下がる。そうなれば魔法技術の広がりが一気に落ちるのも当たり前だ。
そこへ本を読めない人が多いと言う話が更にトドメになる。
ああそうか、だから駐屯地でも魔法を扱える人が居なくて術符に頼った形になっていたのか……。
「その為貴族王族たちは技術と知識を強く求めて異世界召喚に対して血眼になり、そのお陰で様々な物が発展したと言っても結局潤っているのは上の連中だけだ。故に貧富の差は昔からあまり変わっておらん。そして魔障の霧の影響や魔物の関係で国から離れた土地は危険が多いなどの理由で奴隷制が未だに残ると言う訳さ」
「じゃあ界客そのものが欲しくて召喚してる訳じゃないんですね」
「時詠の巫女のように力のある存在を求めている者も居るがそれこそ稀な話だ。あんな力を持った存在など早々居ないからな」
聞くからに何とも理不尽な話か。都合良く技術と知識が欲しいだけで召喚。
そして自分たちが甘い汁を独占したいが為に文字を神聖化して、一般に普及しないようにしている。
何だかなぁと思わず考え込んちゃうけどこの世界ではそれが当たり前な話で、それを変だと思うのはボクが違う世界の人間だから。
なので仮に口にすれば変人扱いされるだろうし何ともモヤモヤする……。
「っと、悪いまた話がそれてしまったな。回復を覚えたいなら少し練習するか? 魔法が扱えるお前ならすぐに習得出来るだろう」
「そんな簡単に覚えられるものなんですか? ぜひお願いします!」
「回復に於ける同調等は魔法から召喚と同じく基礎だからな。これが出来なければまず魔法を扱えん。場所を移そうか……付いて来ると良い」
彼は立ち上がると馴染みのクロークをなびかせながらこちらを見やり、ボクは彼が案内する後を付いて行った。
やったぜお盆休みだぜ




