第七十二話 「スリーサイズいくつ? 今、パンツ何色?」
「一体全体どう言う事だってばよ……」
引き攣った笑みを浮かべながら目の前に立つ、時詠の巫女へ視線を向けるトシキ。
真綿のようなフラットな白色の中で佇む彼女の姿は揺れる黒の長髪もあいまって異様さを醸し、彼は少年は思わず固唾を飲み込む。
「いや、お前……巫女じゃぁ、ねぇ?」
その一言にクロカはふっと微笑むと輪郭は霧のように霞み、次の瞬間、人の形を崩す。
「ちょ、うぉおおおおおおお!?」
黒と白が入り混じり、突風のようにトシキを強く煽る。
その暴風に踏み止まろうとするや否や、視界は元に戻り、広がる先は悠が眠る洋室のベッドの上。
元の小さな体に戻った彼は痺れた頭を振っては現実に引き戻し、身体を起こす。
「Alpを使った思念体……ってとこかね。にしても何でワザワザ?」
胡坐をかきながら先程の白紙のレター用紙をピクニックシートのように広げながら疑問の声を零す。
どうしてレオナ宛ての手紙の中に魔王向けのヒントを用意し、このような回りくどい方法で接触するような手段を取ったのか? と考察を巡らせるも束の間、
『おいトシ坊。こっちん中に巫女の思念体が居んだケド』
「ふぁっ!?」
予想だにしなかった出来事に間抜けな声を上げてしまうトシキ。
状況を確認する為に彼は意識をキーリエから皆の意識があるジェムの中へ飛ばす。
そして仄暗い空間の中でいつもの3人の影と……招かれざる影が一つ。
影は何か言う訳でも無く、ただ佇む。それはショーケースに飾られた人形を彷彿とさせ、生気を感じない。
しかしなびく髪や黒のロングドレスが代わりに表情を見せ、異様さを一層引き立てる。
「……大丈夫なのか、コレ」
「今のところはこれと言った変なとこは見当たらないんよー。むしろ面白いんよ。トシきゅん、何でも良いから巫女たんに質問してみて」
「面白い? ウメコ、質問って何を……」
ふひひと笑いながら猫背の彼女はトシキにそう向ける。
こんなどっかのマネキンみたいなのに話しかけてどうすんだよ、などとぼやきながら彼はクロカの思念体の前へ立つと顎に手をあてて、いやらしくニマっと笑うと―――
「スリーサイズいくつ? 今、パンツ何色?」
「アッホかおめェええええええええええええ!!」
スパァン! っと清々しい平手打ちが彼の後頭部を直撃。
トシキはそのまま顔面から地面へ倒れ込み、クロカの足元に転がる。
「んっだよー! 何でも良いからつったじゃん! 別にキサラギさんに聞いた訳じゃないじゃんかぁー!」
「あったりめェだこのダボが! アタシにンな事聞いたらオメーのドタマで百万回サッカーしてやんよ!」
「ええっとスリーサイズは上から85、63、83でーす」
「「って答えんの!?」」
言い合う2人を余所に先程までマネキンのように突っ立っていたクロカの思念体は満面の笑みを浮かべながら元気にそう答える。
そして少し視線を逸らしながら―――
「し、下着は……白、です」
そう口にしながらたくし上げられる黒のロングスカート。
その下から覗く曲線美は黒のタイツで覆われ、逆三角形の空間の上に薄っすら見えるフリルと花柄が細かくあしらわれた白の布地。
「まじまじ見てんじゃァねェよこんダボが!」
「じゅんぱくっ!?」
眼前に広がる光景に放心する彼を今一度地面に叩き込むキサラギの剛拳。
ドゴォ! などと岩が砕けたかのような轟音が響くとトシキは顔を地面にのめり込ませ、大の字でうつ伏せに倒れる。
「サ、サイテーなんよトシきゅん! 女の子にそんな事聞くとか見損なったんよ! ゴロウちゃんとかむっちゃ見てるし男ってみんなこーなん!?」
駆け寄ったウメコはクロカが自分でめくり上げる手を掴むと慌てて下ろし、前に立っては彼女を隠すように軽く両手を広げて庇う。
「ウメコ殿、誤解にござる。某にこの年端の異性には興味がござらん」
「…………この年端ってどう言う事なんよ?」
「この年端は年端にござるよ。これほど熟しすぎてしまい、瑞々しさと青々しさを失ってしまった15歳以上の果実など、よもやドライフルーツではござらんか! 樹木で言えば枯れ木に等しいと某は断言するにござるよ!」
「ようウメコ。魔王メンバー3人になっちまうがァ……」
「問題無いんよ」
「ちょ、何ででござるか! トシキ殿のように歓喜すれば蔑まれ、かと言えば某のように無害であってもこのように悪意の目を向けられるのは心外にござるよ!?」
「わかんねーからてっめェは人生後半もオール童貞なんだよボケがァあああ!!」
「言ってる意味がサッパリわから……んぼるにーぎッ!!」
答える暇も与えずと容赦なくブチかまされる正拳は凶暴を早さに変え、激情を威力に変えて何度も打ち出される。
ゴロウの身体はおよそ人が出すとは思えない鈍音をベキゴキと奏で、キサラギの激昂を一身に受けて宙を舞う。彼女によるトドメの一撃を顔面に受け止め、長い弧を描きながらスリーポイントシュートされるバスケットボールのように飛んで、彼の身体は見えぬゴールをすり抜けるとグチャリ、と怖気を覚える音を立てて地面の上で静かになる……。
「あークッソクッソ……殴り足りねぇぜクソがァ」
「じゅーぶん殴りまくってたと思うんすが、イッテテ。……んで、巫女の思念体っつーのはイイケド結局何なのコレ?」
怒り心頭と言った様子で自分の拳をぶつけ合うキサラギを尻目に、トシキは身を起こすと目の前のクロカを見上げて疑問を零す。
仮に裏で魔王と接触するのが目的なら、わざわざレオナの手紙に細工をする必要が無い。早い話が悠を経由すれば良い。にも関わらずここまで回りくどい事をしてまで繋がりを作り、思念体と言う物を送りつけてきた理由がわからない。
「この思念体は自律が一切ない状態なんよ。恐らくだけど、こちらの言葉や問いに対してのみ反応する形になってるんよ」
「言葉や問い……か。何だってそんな物をユウじゃなくて俺らに? ―――あ、そう言う事かもしかして」
自分で口にした言葉に理解が及んだ彼はポンっと手を叩く。
そしてそれを確かめるべく、佇むクロカに合わせてトシキは立ち上がると視線を合わせる。
「お前が送られた理由は所有権の枠から外れた形で情報を流す為か?」
「ご明察。その通りですよ魔王」
トシキの問いに淡々と彼女は答えた。
その声も見た目も確かにクロカその物だが、仕草や声のトーンの違いで完全な別人である。
彼は返答に納得した表情を見せては言葉を続けた。
現状、時詠の巫女は所有権と言う物のせいで一定のワードを口にする事に制限がある。
特に召喚に関する内容はその殆どが口外する事を禁じられており、悠もその関係で召喚に携わる事をほとんど聞く事が出来なかった。
しかし思念体は黒華から生み出された物で、思念体から述べられた内容は『本人が語った事にはならない』のではないかとトシキは考えた。
正直なところ、屁理屈とも思える内容ではあるが黒華本人が語った事にならず、制限は確かに破っていない形。
この様な抜け道があるならいくらでも所有権の制限を逸脱出来ると思うが、これは意思を強く宿した力のAlpかElfが無ければ難しい芸当であり、情報を増やせば増やすほど必要なエネルギーも必然的に多くなる。
トシキも第五外大陸でペンタグラムにて待つと言う文字を残した際に似たような事をしようと考えたが、予想以上に力が必要で断念した方法であり、彼はクロカの底知れぬ力にいくらか苦笑を噛んだ。
「ユウにでは無く俺らに送られた理由は、アイツとは別の形で何かをさせたいからか?」
「はい。ですが厳密に言うとさせたい、と言うより見付けて欲しい、と言った形です」
「見つけて欲しい? 言っておくが俺らは元の世界に帰る為に関する事以外は協力する気は毛頭ねぇぞ。巫女が仮に同じ世界の人間だとしてもだ」
「わかっています。これはその為の物です。これから来る第九召喚……異世界召喚に備えての」
「―――仮にそれを俺らが妨害を目論んでたらどうすんだ?」
トシキたちは悠の意識を通じて今日の出来事を全て見ていた。そしてレオナによる、異世界召喚の話も聞いた。
これからの事のいくらかは悠に委ねるつもりでいる彼であるが、最悪のケースに至った場合は悠の意思に反してでも召喚を妨害するつもりであった。
「……妨害は出来ません。いえ、もう遅いのです」
「どう言うこった?」
「第五大陸に於いてレオナと貴方たちが戦った事により、轢跡は呼鳥をつくった。あとはAlpとElfが揃えば双界を繋ぐ為の界道が出来上がるのです。もう、遅いのです」
「―――は? 俺たちは界客が流れてくるほどのクラックは今回作ってないハズだぞ」
「クラックとは言葉の通り世界に亀裂が出来る事象。そして貴方は何を基準に界客が流れてこないほどと言い切れますか?
確かに本来ならば安定を求める世界の働きによりその亀裂はすぐに消えます。
しかし人の意思が絡んだ力のAlpとElfによって出来た亀裂は形を変え、大きな穴を形成します。それがゲート。そして帰る意思を宿したAlpは確実にその場所へ帰れるよう道を作り、通称ラインと呼ばれる物で二つの世界を繋ぐ。
これを人の手により行うのが異世界召喚こと第九召喚であり、その為にはいくつも段階を分けるのです」
「待て。どう言う事だ? 仮にそれで召喚出来るとしても俺たちがレオナと戦ってそれなりに経つ。色々おかしくないか?」
予想外の事実に対し困惑を浮かべながらも感情に流されないように自分を落ち着かせ、彼は言葉を口する。その様子をウメコとキサラギは黙って見守り、クロカの思念体は一拍置いてそれに答える。
「わかりやすい例えで言いますと人間の傷と似ています。人の怪我は全治するまでにいくらかかかりませんか? そして治癒を早める方法もあれば、遅くする方法もあるでしょう」
「傷……召喚。要するにユウみたいに唐突に流れてくる界客はタイムラグで流れてきてるって可能性があるってワケか」
彼は片目を閉じながらそう零す。
召喚に詳しくはないが、今までは召喚したと同時に界客が一気に流れ込んで終わりと考えていた。
そして自分が感知しえない所で界客が流れてきた場合は、どこかで秘密裏に大型召喚などが行われて流れて来たものだと考えていた。
「……ってぇ事は今回俺らがクラックを作ったのを利用して第九召喚をする事は結構前から目論まれてたって話か。そうなると15年前に封印を解いた奴はそう言う目論見を最初から持ってた上に、どう転んでも俺らはクラックを作る流れになってたワケかよ」
「召喚に関する技術は三大国家が共有していますから……。15年前の事故が無くとも、遅かれ早かれどこかの時期で同じ事が引き起こされていたと思います」
「はぁ。ったくこれじゃアカツキさんも浮かばれねぇわな……」
溜息の後に続けた言葉は抜けるようにしていくらか弱々しい調子を見せる。
トシキの浮かべる顔には怒りなどはとっくに失せ、呆れを見せていた。
彼は調子を取り戻さんといつも通りに頭をガシガシと強く搔いていると、目の前の彼女は懐かしさに表情を崩した人間味のある笑みを浮かべる。
「……どうした? 急に笑ってきっしょく悪いな」
「いえ、懐かしい名前を耳にしたので」
「懐かしい?」
「―――アカツキ。貴方の口からその名を聞くとは思っていませんでした。魔王体に取り込まれていたんですね」
「お前、知ってんのか……」
彼は思いもしなかった形でアカツキの名を耳にし、動揺に胸を掻き鳴らす。
周りの2人も同じく困惑を見せては彼女に視線を向ける。
「ええ。200年前に私と……いえ、黒華と共に第五外大陸の魔法大国・アズライールにて第九召喚を行った界客ですから。そして第九召喚を確立させた存在であり、その先を果たそうとした人」
黒タイツの上からすんすんしまくって辱しめたい。




