第六十九話 「すっごくおっきいの」
「……さっきの要談で色々あって」
消え入るような声でレオナはそう返す。
先程の王族貴族を交えた話し合いでボクの事を含めた内容で何か言われたのだろう。
自分は立ち上がると部屋の脇に掛けてある赤のストールを手に取ると彼女の肩に掛ける。
真面目な話でレオナの格好にどぎまぎしてたら会話も進まないし、話も長くなれば彼女が身体冷やしちゃって良くないしね。
「それって大迫轟の節の事とか?」
「う……うん」
彼女に顔を向けてそう尋ねると弱々しい返事。
小さく頷く仕草はぎこちなさを見せ、膝元の上で重ねるレオナの手は2、3度小さく指が遊ぶ様子から話辛い内容とかが結構あるんだなといくらか察する。
と言うのも大迫轟の節の事に関してはヌネスさんの一言で後日話し合いが設けられる形になっている。って事はその問題はいくらか解消されている訳で、悩むとすれば言われた事で悩むのではなく、これからどうするべきか悩んでいるになるハズ……。
となると選帝絡みか、ボクもとい魔王絡みで別に何か言われてる可能性。
「嫌な事があったみたいだけど……何かあったか聞いても平気?」
恐らく彼女は今日の話し合いで心無い言葉を向けられたのだろう。そしてそれを吐き出す訳にも行かず、抱え込んでるのかな。
そうなるとそう言う時は話せる事から小さな事でも吐き出し、ちょっとずつ余裕を作るのが大事。
そんな事を考えながら彼女が落ち着くように軽く微笑んで見せては、視線を逸らして悩むレオナの返答を待つ。
「王族貴族の方々から魔王を分けて封印したのなら、その力を本当に私が抑制出来てるのかって色々言われちゃって……ヌネス様の機転のお陰でその辺りはいくらか解消されたけど、色々悩んじゃって」
「抑制かぁ。でもそれって今度の大迫轟の節ってのでボクが頑張れば大丈夫って証明されるんじゃ? 害意が無い事を証明出来れば良さそうだし」
「でもそれだと私が証明した事にはならないし、皆がそれで良くてもダメだと思うの。だから私が出来る事を何か見付けなくちゃって」
「そっか……」
ふぅと吐息を漏らしては胸を撫で下ろす彼女の言葉にボクはそう言う事かと理解する。
魔王を抑制しているその事実をレオナ自身が証明出来なければ意味が無い。
彼女が言わんとしている事はそんな話で、それに対して思い悩んでいる様子。
かと言って他に抑制してる事を証明出来る方法って言われても思い付かず、どうした物かと自分は考え込む。
そんなでいくらかの沈黙が続き、こうやって夜にゆっくりするのも久々だなぁなんて思いに更けながらボクは過った質問を口にする。
「そう言えば大迫轟で渡ってくるドラゴンって、どんなドラゴンが来るの?」
一度話題を変えるべく、別の話を振った。
そして彼女が証明をしなきゃいけないと言うなら、大迫轟と言う問題を知る事で何か糸口が見つかるかもしれないしと自分は考え、あえて尋ねてみる。
「どんなドラゴンって……そっか、ユウはドラゴン知らないんだ」
「元の世界には魔物も魔族も居なかったからね。空想上の生物では存在したけど、何となくのイメージは沸いても実感が無くて」
「えと……トカゲとかはユウわかる?」
「まぁこれくらいの爬虫類のトカゲなら」
ボクは両手でサイズを示しながらそう答えると彼女はクスっと笑い、続ける。
「それのすっごく大きい感じ」
「どれくらい?」
「こーんな、もっとこーんな。すっごくおっきいの」
何とも子供みたいな表現をしながら彼女は腕を大きく広げてジェスチャーしてくる。
それは動物園で大きな動物を前に子供が全身を使って大きさを表現している動きにも似てて何とも可愛らしい。
しかし暢気に彼女の表現を見ている限りじゃ相当大きそう。
恐らく4,5mとか小さいレベルで大きな物になれば10mとか……最悪恐竜サイズを軽く超えそうな。
「もしかして軽く10mとかいっちゃう感じ?」
「私も幼竜しか見た事が無いからはっきりした事は言えないけれど、成竜になると20mを軽く超えるってご本とかで見たわ」
「軽く20超えるって……クジラレベルじゃん。いや、それ以上?」
説明の前にそれってむしろ怪獣レベルじゃないか、なんて小さく呟いてしまう。
10mを超える生き物なんて図鑑に載ってる比較イラストくらいしか覚えが無く、あとはネトゲに出てくるボスやMVPレベルの巨大モンスターだけど、結局あれはグラだからたかが知れてるし。
しかしそんな巨大生物が一気に100近く襲来って相当ヤバいんじゃ? なんて今頃になって背筋が凍る。
「でも成竜はそこまで多くは来ないと思うの。海を越えて霧を抜けるには巨体の成竜じゃ負担が大きすぎるみたいで、毎年渡ってくる竜は成竜2、3体と5m程度の若竜10体ちょっとで構成されてるから」
「そっか。なら良かった。そんなバケモノサイズと戦わなきゃいけないなんてどうしようかって焦ったよ」
苦笑しながらボクはほっと胸を撫で下ろす。
第五外大陸で戦った魔王ですら大きいなって感想なのにアレの何倍もあるモノ複数と戦う事になるとかヤバイを飛び越えてマジキチレベルだったよ……。
そんな様子のボクを見て彼女はクスっと笑うと頬にかかるブロンドをいくらか掻き上げ、緑の瞳を細めて今一度こちらを見つめてくる。
「ごめんね。本当ならユウは関係無い話なのに巻き込んじゃって」
「関係ない事無いよ。一緒に頑張るって決めたんだから、ボクにも関係ある事だよ。……とは言っても急に竜退治と言われて、どうしたら良いかわからなかったのはあるけどね」
「私も魔王と互角に戦ったユウならきっと大丈夫って信じてるけど、数が多いからちょっとね。王国軍を動員しても飛行する敵に兵の攻撃は届かないから必然的に魔法魔術を主体にした戦い方になっちゃうし。その辺りの配属はお母様がどうにかするってお話だったけれど……それよりも後日再度行われる要談の方が色々心配」
「後日の要談って大迫轟の節についての話し合いだよね。そっか、またあのメンバーが集まって話し合いがあるのか」
「うん。それと今度はユウも参加しなきゃいけなくなると思う」
竜討伐に参加するからには関係者になる訳で、ボクもそれに立ち会わなきゃいけないと言う訳か。
―――予想していた一つを今一度噛み締めて気持ちを整えていると申し訳なさそうな顔を浮かべる彼女の視線に気が付く。
「色々と嫌な事を沢山言われると思うけれど……真に受けないでね」
膝の上に置くボクの手に触れながらそうアドバイスをくれる。
直接会話を交わした訳じゃないけれど、ヌネスさんのやり取りやレオナの憔悴具合から相当性格悪い人が多いんだろうな、ってのは言わずとして予想が出来る。
そして彼女はそれに対して凄く心配してくれている様子。
「その辺りは昔からいくらか慣れっこだから大丈夫かな?」
「そうなの? 色々酷い事言われると……思うよ? 言われたくない事とか、色々」
「的を得た事を言われるなら応えれるようにすれば良いし、悪意からの言葉なら暇なんだなって思う事にしてるから大丈夫かな、うん」
ネトゲをやっていた時にスレの書き込みで何度か晒されたのを思い返しながらボクは淡々とそんな台詞を口にする。
彼女の素振りからして相当言われたんだろうな。だから余計にそれがボクへ向く事を心配してくれているようで……。
そう思ったと同時に胸の内で彼女を傷付けた見知らぬ人に対して、チリチリと何かが赤色を見せる。
「それにさ、自分を知りもしない人からの一方的な言葉なんて自己満足からの言葉って象徴も良い所だから、気にしたらダメなんだよ。相手の言葉がどれだけの正論だったとしても、根っこには事実を盾に傷付けたいだけだし」
人間の習性で小胆で卑屈な人ほど事実を並べ立てて相手の身動きを奪って傷付けてくる。
当たり前と正論を前にして自分を守り、一方的に無慈悲に嬲ってくるのだ。
これはリアルもネットも変わらず、ボクはリアルでこの責め立てに耐え切れなくなって逃げた。
―――誰の言葉だったか覚えていないけれど、『過去の嫌な事は逃げれば逃げる程、形を変えてしつこく、際限なく追ってくる』ってのを思い返しながら今がその時なのかもしれないななんて騒がしい動機を落ち着けるべく、一つ深呼吸をする。
「ユウは凄いね。私はそう言う風に割り切れなくて、結構凹んじゃってたし」
「……そんな事無いよ。昔にそう言う体験をしたから受け流し方を少し知ってるくらいで」
未だに胸の内で燻る思い出したくない事を今一度噛み締めながら、これからの事で脅える心情を露わにした手をゆっくり上げて彼女に見せ、苦笑いを一つ。
「何を言っても怖いモノは怖いよ。ボクも相当の臆病者だからさ」
挙げた手のひらは情けなくも小刻みに震える。
それを前に彼女は小さく笑い、「そう言えば同じなんだね」なんて返してくれた。
「ユウのお陰で大分落ち着けた。ありがとう」
レオナは肩元のストールに触れながら小首を傾けてお礼を言ってくる。
先程までの陰りは大分薄れ、多少なり余裕が生まれたようで微笑みも柔らかいものとなっている。
そして彼女は「よっし」と声を上げるとベッドから降りると大きく伸びをして見せ、背を向ける。
……同時に無防備な彼女の小ぶりなお尻がロングヘアーに合わせて揺れる薄布から透けて見え、それを包むシルクの下着が明かりによって強く凹凸を強調するせいで一瞬見入ってしまう。
顔を逸らそうかどうしようかと迷うも、ここで大きく視線を逸らしていればまた互いに意識しすぎて先程みたいになってしまうので、彼女の上半身を見る形で下半身は出来るだけ意識の外させる。
そんなボクを余所に彼女はゆっくり振り向き、じっと見つめてくる。
その眼差しは先程の不安を内に秘めた物では無いけれど、小さく肩唾を飲むその様子から何かを言おうとしているけれど躊躇っている印象を受ける。
「……今日あった話の中で、どうしたら良いか迷ってた事があったの」
花びらのような唇は言葉を口にしながら、小さく震える。
胸元にあてる手は力が籠り、握り締めるストールは深いシワを作って彼女の心情を露わにする。
ボクは彼女の言葉を静かに聞き、続く言葉を待つ。
静寂は自分と彼女の息遣いと、布擦れの音をはっきりと伝え、肩唾を飲む音が一つ響くとレオナは今一度口を開けた。
「ユウは、これから第九召喚をする為に助力を求められる事になる……いえ、強いられる事になると思う」
勇気を振り絞ってそう向けられた言葉。
第九召喚……聞き覚えが無い単語。
第八ってのは聞き覚えあるけど、前に説明された話じゃ全部で八段階だったハズ。
「第九……? 強いられるってどう言う事?」
「第九召喚って言うのは異世界召喚の事なの。そして各国は新たな発展を求めていて、界客を……いえ、界客の世界の技術や知識を強く求めてる」
先程強く覚えた違和感はそう言う事かと声を漏らす。
よくよく考えればElfとAlpの衝突によってクラックを作り、界客が喚ばれるって話はこの世界の人間も知っている話で、魔王の力を持っているボクと言う存在は召喚をしたい連中からすれば喉から手が出る程欲しい存在でもあり、ここはサテンフィン王国。
200年前、ホワイトプリンセスを多く輩出したと言われる国でもあり、Elfを持つレオナが居るのだ。
選帝や過去の行いを盾にいくらでも揺さぶりをかける事が出来ると言う、何とも周りから都合の良い状況でもある。
「そして今日の要談で魔王を抑制出来ているかを示す為に、第九召喚を成功せれば良いと言われたの……」
消え入りそうな彼女の一言にボクは起こって欲しくなかった最悪のパターンを前に気が付けば瞑目していた。
事が起きてから祈る愚か者のように……。
間に合った!




