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第六十三話 「今のボクは足りない物が多すぎて」

「ユウってば本当、大胆な事をするよね……」


広い豪勢な一室に案内され、その部屋の中央にあるソファーへ向い合せに腰かけたレオナがテーブルを挟んで呆れた顔を見せてボクにそう向けてくる。

……先程、王族のリスリム相手にとんでもない事をした訳だが彼が居なくなってから自分のやらかした事の重大さに足が震えた。

大事にならないようにしたつもりだが、それはあくまで元の世界の知識を基準としたモノであってこの世界でそれがどれだけ通用するかなんてわからない事をした。

その事を思い返せば未だに手が震える……しかしいくらか晴れやかな気分でもあるのも事実でそれは自分に少しの余裕をくれた。


「ごめん。でもあの人がレオナを馬鹿にしたのが凄く嫌だったから、ついカッとしちゃってさ」


「その事は気にしないで。私も昔から色々言い負かされて嫌な思いしてたし、今回の事は何て言うかこう……スッキリした部分もあるから。それよりユウ……」


「うん?」


「えーっと、いくら手段の為と言っても……その、嘘でも身も心も私に捧げたとかみたいな事を言っちゃうのは―――ダメ、よ?」


しどろもどろになりながら絶え絶えに彼女は言葉を口にする。口の動きがだんだん弱々しくなったかと思えば、座る足の上で重ねる手は忙しなく手遊びを繰り返し気恥ずかしさを誤魔化しているのが伺える。

何を言おうとしているのかとレオナへ視線を向ければ目が合った瞬間、大袈裟と思えるほどに顔をそらしては横顔から見える瞳は落ち着き無く泳いでいる。

碧眼の下の頬を熟れたりんごのよう染めて、小さく動く顔の動きに合わせて稲穂色のロングがカーテンのように揺れるのをじっと見つめながら―――やっと気付く。


「いや、嘘じゃないよ! なんてゆーか、あの、えーっと……なんて言うか、ホラ! しょ、所有権! 所有権がレオナにあるんだし、全部事実、だよ!」


「…………所有権はあくまで物理的な権利であって、心までその程じゃありません」


「ぬ、ぬごぁ!?」


自分の気持ちを誤魔化す為に言ったモノが告白そのものに変えられた事で口から奇声が上がる。

ヤバイヤバイヤバイ……。

レオナへの想いは確かだが、今のボクにそれを口にする資格も立場も無いのにあからさまな形で言ってしまった。その事実を隠すように頭を覆い隠して前屈みになると顔を伏せる。

手の隙間から蒸気が噴き出しているかと錯覚するほど顔はガンガンと熱を帯び、サウナに入ってるかと思うくらいに汗は噴き出しまくる。

言うまでもなく動悸は荒れに荒れ、釣られて息遣いも短距離走を繰り返したかのよう絶え絶えとなる。


「―――けど、嘘でもそう言ってくれて嬉しかった。今までそんな風に言ってくれる人、居なかったから」


先程までの拗ねた口調では無く、静かにそう答えた彼女を前にボクは腕を解いてゆっくり顔を上げると柔らかに微笑むレオナ。

しかしその瞳にはどうしてか……陰りを覚える。


「ユウにははっきり言っていなかったけど、私は王族としての教育を殆ど受けていない。私が生まれたすぐにお父様が処刑されて、魔王を討伐する為に封印する為にとホワイトプリンセスとしての教育を幼い頃から受けて、それだけを考えて生きてきたから……」


ある程度は察しが付いていたが、彼女の口からその事実を聞いて改めて細々な違和感を納得する。

そして周りが彼女に対して取っていた行動もいくらか繋がって行く。


「Elfの指導には昔からホワイトプリンセスの教育に携わっていたローズが付いてくれて、魔法や魔術に関する物はルシードが教えてくれた。そしてサテンフィン王国第一王女と言う身でありながら魔王を封じる事だけを目的とした存在が出来上がったの。―――そして、そうする事が他の血の、王族たちの目的だと気付いた頃には色々遅かった……」


「王族たちの……目的? 魔王をどうにかするのが目的じゃなくて?」


「今回の一件は他国が介入、もとい助力する事を全面的に禁止されているのはユウも踊狂ようきょうの話で聞いたよね? ホワイトプリンセスと言う存在は私以外にも他国に何人か居るの。

だから言ってしまえば魔王を倒せる存在は私以外にいくらでも居た……だから私が失敗したとしても別のホワイトプリンセスが魔王を封印するか、もしくは倒す事が出来たって言う話」


その言葉でようやく言わんとしている事を理解する。

要するに魔王討伐に失敗しようがそれをどうにかする為の準備が始めからあったのだ。

もっと言えばそんな回りくどい事をせず、国同士で協力をしてレオナ以外のホワイトプリンセスを動かせば安全に、確実に魔王をどうにか出来たのにそれをしなかったのだ。

そこで繋がるのが……あの胸糞悪い少年、リスリム。

フルネームは覚えていないけどディーリスとグラッセスと言う国を治める血筋の家系だと言っていた覚えがある。そしてこの名前は三大国家と呼ばれる国の中の2つ。


「サテンフィン王国は魔王が封印される前はグラッセス国だった。そして当時のサテンフィン王国のある領土を治めていたのがレーディンズ家。けれど魔王を封印したと同時にホワイトプリンセスを多く輩出したラキナ家が封印を守る名目として国を造り、今に至るの。

言ってしまえば魔王封印と言う形で広大な領土を奪い取ったような形になってしまって、その軋轢は今でも続いてる。そして魔王の封印が解けた15年前、レーディンズ家の行動が活発化して国を治める王族を選定すべきだと言う話になって……さっきのリスリムが言ってた内容に繋がるの」


「早い話、レオナの血筋を引きずり落として自分たちが王座に就こうとしてるって事……?」


「証拠がない以上わからないわ。けど自分たちの血筋の誰かを王に就けて返り咲こうとしてるって事は確かね」


胸糞悪いと思っていたらそれを上回る不快感と憎悪が沸き立つ。

今の話じゃ魔王の封印が解けたのもレオナのお父さんが処刑された事だってレーディンズ家が引き起こした可能性が高い。自分たちの目的の為に人を陥れ、死に追いやって……。

気が付けばボクは自分の手の甲に爪を立て、強く奥歯を噛み締めていた。


「だから思惑通りになるのが面白くないってローズが言い出して、すぐに逃げれるようにって転移魔法陣を施した石をプリズと作ってたの。時詠の巫女の助力を裏で受けてね。」


「そうだったんだ……」



魔王の封印が解けた事によって生まれながらに魔王を倒す為だけを目的として育てられたレオナ……。

その生い立ちはボクが思っていた物より重く、そして様々な思惑が絡み付いていた。

だから彼女を含め、4人などと言うふざけた少人数で魔王討伐と言う状況下だったんだなと改めて理解すると同時に、仮にそれを終えたとしても王族としての素養が無い彼女は結局絶望の淵に立たされている事に気が付く。

―――そしてトシキが執拗に『レオナを殺す』と口にしていた事を思い出す。

まさかアイツ、レオナの過去を知ってて……?


『……ちっげぇよ。勝手に勘違いすんなボーケ』


思考に割って入ってきたその声は暴言混じりに言葉を吐く。

聞いてたのかよ! なんて突っ込みを入れながらその一言で確信を得たボクはそれ以上続けるのをやめ、心内で一人小さく微笑んだ。





「そう言えばちょっと聞きたいんだけどさ、食客って具体的にどう言う事をする人なの? あとどう言う立場になるのかイマイチわかってなくて」


「んーと、養ってもらう代わりにその人が持ち得る技術とか才能をそこの主人に対して使うってのが私の認識。そしてユウの場合はお母様から処遇でそうに決まったのもあるから下手な貴族より立場が上になるかな……? 所有権が私にあるのもあってかなり特殊な立場だし、扱いで言えば時詠の巫女様と似た感じかもしれない」


「ま、まじで……」


クロカさんの名前が例えに出てきて流石に顔が引き攣る。

あの人がどんな凄い事をしたかはよく知らないけど、リスリムの反応を思い出せばどれだけの影響力を持った存在かぐらいは想像が付く。


『…………つってもォー、こんままじゃお前の状況はただの居候だけどなァ?』


「ぬぐっ!」


「ユウ、どうかした?」


「な、何でも無いよ考え事してただけ!」


頭に響いた猫目さんによる容赦ない一言にぐうの音も出ずに唸る。

そうなんだよなぁ……立場がどれだけ良い物になったとしても平たく言えばボクは居候の身で何もかもがが『与えられた物』でしかない。

レニア女王陛下の言葉通り今までと同じように護衛に徹するのは簡単だ。しかしそれじゃここに来る前と変わりがない。


「うーん……どうすれば良いんだろ」


「もしかしてこれからの事で悩み事?」


「これから自分がどうすべきなのかなーって。今のままじゃ自分に色々足りないって言うか」


頭を抱えるボクの隣へレオナが移動してきてハーフアップしたブロンドをいくらか手でかき上げながら横へ腰掛けた。

眉根をひそめるボクへ顔を向けるとこちらへ笑みを浮かべる。


「不思議、ユウもそう言う事で悩んでるんだね」


「今のボクは足りない物が多すぎて、足りてる物を数える方が簡単な状況だし」


「私と一緒だ。今の私もユウと同じ……。魔王の封印が無事に終わりましたーって喜ぶ前に王となる為に色々足りなくて頑張らなきゃーって事になって……情けない事に何を優先して頑張るべきなのか私自身わかんないの」


「漠然としちゃうんだよねぇ。そんで無駄に焦っちゃうって言うか、うん」


2人で向き合いながら互いに口にした言葉で苦笑する。

内容は違ってもお互い同じ物を抱えてるんだなと、つい可笑しくなって笑い合うと顔を上げる。

抱えている物は解消された訳じゃないけど、今のやり取りでそう言う悩みを持っているのは自分だけじゃない、独りじゃないんだと安心する。




「どうしたら良いかわかんないけど、頑張りますかぁ!」


「ふふ、ユウったら言ってる事が無茶苦茶よ? わかんないのに頑張るって」


「だーって悩んでもわかんないなら開き直るしかないじゃん! だから出来る事から頑張るって意味でわかんないけど頑張るかなーって!」


「じゃあ私もどうしたら良いかわかんないけど、ユウと同じで頑張る!」



自分の置かれた状況を打開するすべを見つけた訳でも無いがボクらは笑い合う。

何か引っ掛かってた物が取れた感じで、悩んでいる自分がバカらしくなって。

そして互いに見つめ合って一言、


「じゃあ一緒に頑張ろう」


「うん!」



簡単な言葉、傍から見れば幼稚なやり取りは今のボクらには充分すぎる物で、互いにこれ以上ない励みの言葉になった。

今の自分たちに必要なのは悩んで踏み止まる事じゃなく、わからなくても俯かないで前を向く事のハズだから……











「……とりあえず当面はレオナのお母さんの言葉通りにレオナの護衛に就いて、レオナを取り巻く敵と味方の見極めだよなぁ。―――まぁムカつくアイツの事は一旦置いとくとして」


今は夜の11時過ぎ。

寝室として案内された部屋でボクは一人横になって早々に眠りに付こうと頑張ったけど、気が付けば1時間半近く時間が経っていた。

仰向けになって星に手を伸ばすようにしては暗闇の中で手のひらを握ったり開いたりして手遊びをする。

レース仕立てのベッドカーテン越しに窓の方を見つめて、薄く射してくる月光を時々見やってはまた手遊びをしながらまた小さく独り言。

レオナと話をしてスッキリした物はあるけど、以前問題は解決していないし何をするべきかが決まっていない。

そんな考えに更けながら彼女の髪型をふと思い出し、一人ニヤ付いたり……完全に変なヤツだ。


「レオナ、ハーフアップしてたなぁ……気に入ってくれたのかな?」


レオナの世話をする事となった初日に無駄に張り切ったボクが彼女にしてあげたヘアースタイル。

旅の途中ではあの一回きりだったけど、聞いた話だとローズさんもレオナもハーフアップを知らなくてすごく珍しがられた。何でも髪をいじったりするのはパーティーや行事の時が主らしく、とても派手なヘアースタイルにするんだとか。


「ドライヤーでもあれば色々出来るんだけど無いからなぁ。今度編み込みの入ったサイドアップをすすめてみようかな……ふわっとした髪質だし、レオナにきっと似合うよね―――」


髪をいじるように宙で手を動かしながらハッと気が付く。

あれ、もしかして……と。


先程まで悩んでいた物とその一言が繋がりボクは飛び起きる。

今まで答えが出ずに悩んでいた物をどうにか出来るかもしれない糸口を見い出す。



「そうだ、ボクは侍女に……メイドさんになればいいんだ」



そして気が付けば笑みが零れ、夜が更けた暗闇の一室でそれを言葉にした。

ユウくんメイド化計画

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