第六十二話 「卑怯だと思ったけど、」
長い&性的描写が少しあります。
「―――へぇ、随分物分かりが良い奴じゃないか。僕はそう言う人間は嫌いじゃないぞ……?」
リスリムは目元を歪めながら手を伸ばし、ボクの頬へ触れようとしてくる。
どうやら姉さんに散々叩き込まれた可愛く見える仕草が効いたようで目の前の彼は欲求を瞳に宿し、鼻息が荒い。
しかし今の貴方がボクに出来るオプションはここまでだ。申し訳ないね。なんて腹黒さを交えて心の中で笑うと自分の顔の前を両手で遮る。
不快に思われないよう口元近くを少し隠すようにしては手のひらを相手に見せ、敵意は無いと意思表示しながら。
「申し訳ありません、嬉しいお言葉の限りですが今の自分は身も心もレオナ様の物ですので……お許し下さい」
寸でのところでお預けを食らった犬の顔で彼は口を紡ぐと小さく唸る。
触れようとしていた手は動きを止め、行き場を失った指先は僅かに空を切ると彼は眉をひそめて見せる。
―――同じ男だからコイツが今どんな気持ちか何となくわかるし、どうすれば強く出れないかもいくらかわかる。
なので保険の為にボクは上目遣いをしながら、眉を八の字にしながらはにかんで見せる。
するとどうだ……わかりやすい事にリスリムの強張っていた表情はいくらか和らぎ、頬を赤らめ今一度薄く笑みを浮かべてきた。
にしても今のボクは11歳の背格好でコイツは15歳くらいの見た目。そんな子供な自分に鼻の下を伸ばすってどんなだよ? なんて少々呆れの言葉が浮かぶ。
「ふっ……まぁ良い。僕が王となるのは判り切っている。そして3年後にはレオナは僕の妃となるのも決まっている訳で楽しみはそれまで取っておこうじゃないか。かのアンル・セディーンの一節にあるよう、『楽しみは勝利の後で味わえば至極となる』と言ったところか」
金髪オールバックに触れながら勢いよく立ち上がると満足気な顔でそんな言葉を吐いて見せると赤のコートをバサリとはためかせる。
同時にツンとした刺激臭が鼻の奥を突く。どうやら性格だけじゃなくて好みの香水までキツイようで。
漫画やアニメでもそうだけど顔が整った人は性格に難ありな人物が多いのは何故なんだろう……? などと見上げているとその視界を浅黄色が遮る。
「ユウは貴方の物にはなりませんし、王となるのも貴方じゃありません……」
先程とは違う毅然とした声色で彼女はそう答えた。
言葉の中に垣間見える敵愾の色と、何か確固たる意志を感じ取れる。
「はっ! やっと口を開いたかと思えば第一声がそれか。確かにお前が魔王を封印した事実は認めてやろう。だがそれはラキナ家……いや、お前の父が犯した罪を娘のお前が尻拭いしたに過ぎない。
己の家がやってしまった不手際を子のお前がどうにかしたなぞ、血に殉ずる王族として当然の事。それを英雄と称される自体がおこがましいのさ。そしてそれは国を担う者とはまた全く関係が無い、違うか?」
「はい、仰る通りです。ですので同時に貴方がこの国を真に導く未来の国王などと言うのも全くの虚言の類。そしてその言葉は今この国を治めるレニア女王陛下に対して不敬な発言その物と私は受け取りました」
「はん! 王族としての素養は怪しいクセにそう言う所だけはハッキリと口に出来るのだな? しかし僕が説いているのはお前自身に王としての器があるかどうかだ。自身を未来の王と答えるのは僕がそれに見合うだけの確固たるものを持っているからで不敬では無い」
まだ膝を突くボクの視界にあるのはレオナの後ろ姿で、リスリムの姿は見えない。
言い方はムカつくけど、コイツの言っている事は一貫していて自分を基準とした意見を述べている。それに対しレオナは自分以外の存在を、女王陛下と言う盾を出してしまった。
確かにそれは正論だが互いの問題の中に他人の話を持ち出してしまうのは自分が責められたくない部分を隠す行為。
レオナが反論として持ち出した物はすぐに取り払われてしまい、言い返せるすべもなく……彼女のその手には力が籠り、小さく震える。
「まぁ選帝の時期まで3年ある……しかし、だ。今の時点でその差が歴然なのはお前にも判っているだろう? だから僕はそれらを考慮し説いている。お前が傷付かないで済むようにこうやって温情の言葉を以って。そして全てが丸く収まるようにお前を妃に迎え入れると言っているんだ、わかるか?」
「足りない物に関してはこれから埋めて行きます。そして貴方が述べているのは温情を盾に我儘を押し付けているようにしか私には思えません」
選帝って何だろうと疑問を覚えているとナビのトシキさんが『国の王を王族の血筋から選定する……まぁ早い話が選挙みたいなもんだなー』と教えてくれた。
と言う事はレオナは選挙に立候補する一人で、リスリムもその一人って話か。
……現状この国を治めてるのがレオナのお母さんなら、それを継ぐのはレオナになるんじゃと考えたが先程言っていた前王の影響で何か面倒な事になっているのだろうかと予想する。
レオナが生まれた時には隠蔽が明るみに出て、国王が処刑されてた。
そう考えると彼女は魔王討伐の為の教育がメインで王族としての教育がほとんどされてないのじゃと、彼女の今までの振る舞いを思い出して気付く。
見た目や喋りのいくらかは貴族っぽいけど、それ以外はそう言う物からかけ離れた少女の物だった事に。
―――同時に今まで覚えていた違和感が繋がり、彼女がどうしてボクの心情の変化にすぐ気が付いてくれるのか……そして自分も何故彼女の変化に対してすぐ察せるのかを理解した。
じゃあ、今こうやって彼女が小さく体を震わせながらも立っているのは自分の為じゃなく、誰かの為に力を振り絞っている。
このまま討論を傍観していれば言い負かせたリスリムが勝ち誇った顔でそのうち去るだろう。
事を荒立てない方向で行けばそれが一番だけど……彼女の本心に気付いたらそんな事を出来る筈も無く、何よりボクはさっき自ら火蓋を切ったんだ。
「―――リスリム様、あまりレオナ様をお虐めにならないで下さい」
膝を折るのをやめ、レオナの右横より気持ち後ろに立つとそう声をかける。
あくまでも可愛らしく、異性が好む仕草を意識しながら……。
「ふっ! 何を言う、僕は事実を口にしているだけだ。歳に見合わず賢いお前にもそのくらいわかるだろう?」
「……はい、今のままではレオナ様は足りない物が多いかもしれません」
「―――ユ……ウ」
弱々しくボクの名を口にするレオナへ顔を向ければぐっと唇を紡ぎ、堪えた表情を浮かべた彼女の顔が。
鮮やかな緑の瞳は揺らぎ、また無色の真珠が零れ落ちないようにしているのが言わずともわかる。
その表情を前に心の中で「ごめん」と呟くと同時に左人差し指を自分の左頬に軽く立てて、彼女に向けて小さく笑顔を見せた。
するとレオナはその仕草で何か気付いてくれたらしく強張った顔はいくらか緩む。
「しかしそれらをどうにか出来るだけのお力をレオナ様はお持ちだと信じています。このわたくしを救ってくれたのもそんなひたむきさでしたので……」
確かに色々足りないだろう。でもまだ時間があると言うのならこれからどうにかすれば良い、そしてコイツがどう言おうが彼女は魔王封印と言う事をやってのけたのだ。血筋がなんだでレオナが今までしてきた努力を無碍にしていい理由にはならない、と心の中で呟きながら前に出てリスリムとボクは向かい合うと彼を見上げる。
「リスリム様もそれをご理解されて認めて下さっているからこそ妃として、と仰ってくれているのだと考えます。レオナ様に何も無ければ聡明な貴方様なら歯牙に掛ける事もされないでしょうし」
「ハハハ! お前は僕の事をよく見ているな。そこまで見抜くとはお前、どこの血筋だ?」
「しがない界客の身のわたくしに血筋は御座いません。故にそのようなわたくしを理解し、認めてくれたレオナ様に対しこの身も心も全て委ね、今ではわたくしのは彼女の物……」
界客と言う言葉にリスリムは密かに眉を動かすが、冷静に判断させる暇など与えるつもりはない。
すかさず彼の左手を両手で握ると上目遣いで見つめながら握った手をボクの口元近くに寄せ、僅かだけ顎辺りにあて、ワザと小さく口で息をする。
本心なんて欠片も無い。吐き気を催す言葉を舌に乗せながらボクは沸き出す不快を噛み殺す。
コイツに一泡吹かせる為に、今この場で出来うる最大級の痛手を与える為に……演じる。
見上げる先の美男子は満更でもない表情を見せながら頬を染め、ボクはコイツが更に意識するように手を握り直しながら吐息を今一度あてる。
目の前のコイツは勘違いして誘われている物だと誤解し、ねっとりとした笑みを見せる。
リタカノコスをした時に何度も見た欲求を舌舐めずりした陰湿なそれは世界は違っても男と言うのはみんな同じなんだなといくらかの安堵をくれる。
そうやってボクのアピールに答えるようにしてリスリムの左手は汗ばみ、指をぎこちなく動かしてはいくらか力を入れてくる。
―――かかった。
「そして貴方様も、ボクの事をご理解してくれる方だとお見受けしました……。こんな至らずな身の自分を受け入れて下さる寛大なお方だと」
「……ああ。先程も言った通りに僕が王となった暁には仕える事を許してやっても―――」
その言葉が言い終わるのを待たずにボクは握った手をおぼつかない素振りで自分の身体に当てながらスルスルと下へ、下へ持って行く。恥ずかしがる素振りで僅かに視線を彼から斜め下に逸らし、ワザと息を荒立てながら、思わせ振りに焦らすように身を捩りながら。
彼の手はゆっくり胸の上を通り、胃の近くを、お腹を通り……這わせる形で。
するとどうだ。目の前の彼は手を導かれるまま成すがまま。
理解が追い付かないが衝動が走り回り、期待を抱いた間抜けな顔は熱を帯び、茹で上がったタコみたいに染まっては折角の美形が形無しになる。その濃い碧眼は何度も瞬きをし、さっきまでの毅然とした彼はどこへやらと言った状態。
低身長のボクに手を引っ張られたせいで高身長のリスリムは屈む形となり、顔がボクの視線と同じくらいになる。
そしてボクは一歩前に進み、身を寄せて首元近く擦り寄る形で身体を当てると……彼の手を更に下へ導いてソコにリスリムの掌を押し当てて、
「貴方様ならこんなボクを愛して下さると判りましたので……」
「ふ、ふふ……お前ならそう言う事も考えてやらな……く、も―――」
リスリムの耳元で意味深に囁くと鼻息を荒くした彼の返事は途絶え途絶えになり……詰まる。
ボクは今、男に自分の局部を触らせてる……。
男が男にそんな事をしている。
気持ち悪い事この上ないし、ボクはそんな趣味は無い。
今すぐ突き飛ばし、ダッシュでお風呂場に駆けこんで擦り切れるくらいコイツの触れた部分全部洗いたい。いや、それでもこの不快さは消えはしないだろう。
―――しかしそれ以上にコイツの言葉が、レオナに向けた言葉が許せなかった。
だがそれを言い返すだけのすべをボクは持っていないし、立場だって下の下だ。
男が喜ぶ仕草は姉さんに叩き込まれた。喜ぶセリフはありとあらゆるアニメや漫画、同人誌同人ゲーム……そしてコミケ会場でコスプレして人と関わった際に得た。相手の機微の見方はイジメを受けた事で知った。
中には思い出したくない物も沢山ある、だがそれ以上に今コイツが許せない……だからそれら全部の過去を掻き集め、自分の持ち得る物で、確実に、自分にしか出来ない方法で叩きのめすしかない。
後ろに居るレオナはボクのしている事を理解しているのかどうかわからないが、一切声を発する事も無く静かにしている。さっきして見せたぶりっ子モーションでいくらか察し、一連を見守っていてくれるのだろう。
「お、まえ……これ……」
電池が切れかけたオモチャみたいな動きでボクのそこに触れたまま擦れた声で尋ねてくる。
小刻みに動かしてはそこにある造型を確認し、脳内で否定して確認……と弱々しく何度もボクの股間を揉んでくる。
しかし不思議な物でここまで来たら吹っ切れてくるもんだ。
生前虐められた際に裸にされて写メられたのを思い出せば可愛いもんかーなんて余裕が生まれるとボクは自然に笑っていた。
そして一拍置いて、甘い声に乗せて囁きながら今一度強く両手で彼の手を押し付け、トドメの言葉をゆっくり一つ。
「はい。ボク……おとこ、ですよ?」
「う、うわあああああぁああああああああああっ!?」
絶叫が響くと同時に強く突き飛ばされたボクは絨毯の上に身を転がす。
咄嗟にレオナがボクに駆け寄り、跪いていた兵士たちは立ち上がってリスリムの近くへ。
「お、お前……っ、お前っ! 僕を騙したな!? と言うか何で男なのにどうして女の格好してるんだよっ!!」
「そ、そんな……全ておわかり頂いているとばかり。……クロカさんからも大変気に入られたボク、はお気に召しませんでしたか?」
「クロ……カ? まさか―――と、時……詠っ!?」
ごめんなさいクロカさん。卑怯だと思ったけど、名前を使わせてもらいました。
そしてこの一言で完了する。
コイツはさっきディーリスとグラッセスに関わりのある血筋だと言っていた。となれば三大国家に根を張るクロカさんと何かしらの繋がりがある訳で今の事を無暗に口外出来なくなった。
同時に僅かな時間だろうがボクを『性的な対象』として許してしまった事実は他人に言える訳も無く、彼が持つアドバンテージに大きく影響するだろう。
イジメを受けていた自分だからこそ知り得た『トラウマ』の作り方。
トラウマとは言ってしまえば心に傷を作る事じゃなく度々思い出されてしまう嫌な過去を指し、ボクは経験上、トラウマとは囚われる事だと思っている。
それは大小は問わず、思い出される環境と回数に影響する。
小さい事であろうと不意に思い出されればそれによって行動に陰りを生み、意識が過去に囚われる。
そしてコイツは男にちょっとでも好意を抱いたと言う事と、そんな気持ちを抱きながら触れてしまったと言う事実をボクと会う度に思い出す。それは最悪、レオナと対面した時にもだ。
かと言ってそれを晴らす事も出来ないのでずっと心の中で渦巻くのだ……。
―――でもコイツが同人誌みたいにソッチの気に目覚めてしまう可能性は否めないけど……レオナを妃にとか固執するのを考えたら多分ないだろう、うん。
「ウソ、ウソだウソだウソだウソだ……。僕は、僕は……くっ、うわぁああああああああああああっっ!!」
ボクの股間に触れた手を服で強く拭いながら大きく首を振って取り乱すと大声を上げて勢い良く部屋を飛び出す。
……ちょっと予想よりダメージ与えすぎたかな? なんて思いながら身を起こしそのまま座るとドッと疲れが全身を覆う。
重い首を上げて視線を動かすとポカンと口を開け座り込んだレオナ、同じく何が起きたかわからずの兵士3人が猫背の状態で間抜けに固まっている。
とりあえずボクは突き飛ばされて大きくめくれ上がってしまったドレスのスカート部分を整える。シック系な事もあって布が薄いからめくれやすいんだよなぁ何て思いながらついでに髪も少し整えつつ、
「レオねぇ大丈夫……?」
「う、うん。あの……ユウはリスリムに何をしたの」
「うーんと……性別を教えただけだよ? えへ!」
左頬に人差し指を立てながらあざとい笑顔を向けると彼女は困り顔に笑みを浮かべて返すと彼女は無言でボクを抱き寄せる。陽だまり色の髪から香る3日振りのフルーティーな香りは体を覆っていた気怠さを一緒んで消し飛ばし、伝わる温もりを前にボクは安堵の息を深く漏らす。
外堀を上手く埋めて大事にならないようにしたつもりでも結局は自分の身を犠牲にして取った行動を前に、今更ながら震えが込み上げた。
口でどう言おうと虚勢を張っていたとバレるその身震い。
レオナはそんなボクを今一度強く抱き締めるとそのままボクの頭へそっと、柔らかに触れる。
「また無茶ばっかりして……ほんとバカなんだから。でもありがとうユウ。―――そしておかえり」
そうだ、先程気が付いたんじゃないか。
彼女がどうしてボクの些細な事に気付いてくれるのか……それは似ているから。
自分には何も無いと、自分の中のコンプレックスを許せない。そして同じように心の痛みを人より多く知っているから、それで傷付く様を黙って見ていられないんだ。
今一度そう思い返すと見栄を張ろうとする自分は固く閉ざしていた口を開き、噛み込んでいたその言葉を零す。
「……怖かった」
―――気が付くとレオナの背に回す手に力が籠り、強く抱き付いていた。




