第五十七話 「モーニングだいしゅきホールド」
泥のような眠りから覚めたボクは自分を締め付ける懐かしい感触と熱で目が覚める。
「―――部屋、別々じゃぁ無かったっけ?」
小鳥の可愛らしい囀りが耳をくすぐる中、開口一番にそんな事をぼやいた。
良い朝だなーなんて思いながらベッドの中で重い目蓋を開き、陽が差す右手に顔を向ければ……寝息を立てたレオナの顔がゼロ距離に迫る。
毎度おなじみのレオナさんによるモーニングだいしゅきホールド。
クロカさんが気を利かせて一応別々に部屋を用意してくれて、寝る時も別々に寝たにも拘らずどう言う事だろうか? と寝惚けた頭で考えようとするけども別の衝動が先走ってしまい、思考停止。
パジャマ姿と言えども布越しに柔らかい感触と温もり、そしてレオナが愛用しているクリームの香りが鼻腔の奥をくすぐり、朝と言う事も相まってボクの男の象徴はいつもより元気にスタンダップする。
彼女が絡める足の内ももの柔らかい部分が寝息と共に押し当てられて自慢のブラザーは更に歓喜の声を上げてはビルドアップし始め―――
ボクは色々限界となり、ベッドを後にした。起き抜けから刺激が強すぎます……。
まだ仄暗さが残る朝焼けの中、寝惚け顔をぶら下げトボトボ歩いてると気が付けば昨日のテラスに足が向く。
「あれ、悠起きるのはやくなーい? まだ5時過ぎだよ」
グラステラスの先客は驚きの顔をこちらを見やる。
朝焼けを受ける緑は淡い輪郭を浮かべながら薄く緑を放ち、テラスの真ん中で白椅子にかけるクロカさんの髪も星のような煌めきを見せる。
「そう言うクロカさんも早いじゃないですか。ボクよりも先に起きて来たって事でしょ?」
「私は今じゃ睡眠必要ないもの。数百年も生きてると眠らなくてもヘーキになっちゃってねー。魔女なんて呼ばれる所以のひとつよ」
「黒艶の魔女でしたっけ……クロカさんを見てそう呼ばれてる理由が何となくわかりましたよ。髪も瞳も綺麗な黒ですもんね。」
「後は私が黒系の服が多いのも理由カナー? ほら、私いっつもこんな服装だし。」
そう口にすると襟元の黒いリボンをみょんっと指でつまんで見せる。
今の彼女の格好は白のブラウスに紺のジャンパースカート姿で、足元もよく見れば黒のタイツが覗き、靴も黒だ。
確かに言われる通り、頭からつま先までほとんど暗い色一色である。
「何かクロカさんって、ツーサイドアップ似合いそうですよね」
「ツーサイドアップ? こゆこと?」
彼女は両サイドの髪をわしっと握り、くりっと首を傾げて視線を向けてくる。
アニキャラみたいな可愛い顔してるから2次元のみ許される髪型も似合うんじゃないかな何て思ってたら予想通りだ。
「昨日あの後にネコ真似してたの思い出してたら似合うんじゃないかなーなんて考えてたんです」
「ほーほーなるなるほー。……思ったんだけどさぁ、悠と私って元の世界で生まれた時代同じだったり?」
「そう言えばその辺り忘れてた。ボク、2002年8月28日生まれです」
「お! お! 私はぁーちょっと待ってねー。そうそう、2001年、2001年1月6日生まれ! 1個違いかぁ。とは言っても私早生まれだから2個違いみたいなもんだねー」
彼女はどこからか取り出した皮表紙のメモ帳を開いて生年月日を口にすると嬉しそうに笑顔を向けてくる。数百年も生きていれば自分の事ですら忘れるって事も多いのだろう。大事な物を忘れないようにメモってるんだろうなと彼女が手にする年季の入ったメモを見ながら思った。
そしてボクは思い浮かんだそれを言おうか迷う。
しかしこれからこの世界で生きて行く為と魔王たちとの約束を思い出し……恐れを抑え付けながら情報としてそれをハッキリ口にした。
「って事はその……死んじゃったのも結構近いんですかね? ボクは―――2016年8月29日、です」
その言葉で先程まで弾んでいた会話は止まり、小鳥たちの陽気な囀りが間に割り込む。
このまま楽しく終わらせてしまうのが良かったとは思う。
でも何故か、思った事をせずに今ある暖かさに甘えて流されてはダメなような、そんな気がしてボクは静かに彼女の返答を待つ。
彼女の頭は少し動き、陽を翳していた物が無くなると強い逆光となった朝日を前にボクは眩しさに視界を細める。黄白色が滲む視線の先の彼女はどんな顔を浮かべているかわからず、不安を抱えながらただ……待つ。すると頭がもう一度動き、陽は遮られる。
「9月―――」
目の中に眩しさがまだ残り、チカチカと視界がおぼつかない中に映る彼女は顔を傾けながら薄笑を見せる。
ずっと忘れていた、と言った顔のような。今まで忘れた事はない、と言ったような。……矛盾とも思える2つを抱えた表情で。
「9月15日、2016年9月15日……。忘れない、忘れる訳が無い。あの子が死んだ……3日後なんだから」
未だ消えない哀しみを噛み締めて彼女は小さく唇を噛む。
その瞳の色でボクは長い年月が経っても消えないモノがそこに在ると言う事を実感する。そして少なからず相手の陰りを垣間見て罪悪感を知る事になると覚悟していたクセに、後悔が胸を掻き乱す。
「すいま、せん。思い出したくないかもしれないとは思ったんです、でもボクは色々知っておかなきゃいけない気がして。いえ、知っていかなきゃいけないと言うか……」
「どゆこと?」
「ボクは、封印した魔王と……いえ、魔王の中の界客たちと約束したんです。彼らがどうにかして還れる方法を見付けるって」
「還るってクラックじゃダメな訳?」
「その言葉、どうしてクロカさんが……」
―――クラック。
元の世界の言葉でヒビや裂け目を意味する英語。
そしてこの世界に来てクラックと言う言葉を聞いたのはトシキと対面した時で、それはAlpとElfの力が衝突した際に出来る空間の亀裂との話だった。
「クラックって表現は界客が作った言葉だもの。魔法大国繁栄時代に生きていた人間なら大体は知っている単語。あと死んだ時期についてはみんな結構バラバラよ? 古い時代の人間だと江戸時代から来てる人も確認されてるから」
「え、江戸……。じゃあ一番先の時代、と言うか未来の人は?」
「ごめんね、そこから先はあまり言えない。情報も所有されてる一つだから」
その言葉で続きは閉ざされる。
情報も所有物の一つとして国に渡される、と言う話を昨日ルシードさんから聞いた事を思い出し、ボクもそこから先を聞けずに黙る。じゃあ今話してた内容は? と疑問が浮かぶけれどそれはすぐに解消される。
今彼女が口にした内容は自分に関する話と、200年前までは当たり前だった話とほんの少しの別の話のみ。
どこまでの決まりがあるかわからないけれど、彼女自身にまつわる情報に関しては彼女の判断によってある程度は開示が許される様子。けどボクが求めた内容は他の界客に関わる話で、恐らく裏には国や貴族など様々な物が絡んでいるのだろうと憶測をした。
―――と、なると聞くのではなく、
「魔王と戦った時にボクは他と違うと言われたんです。何と言うか……他の界客たちは『元の世界で死にたくて死んだ訳じゃない、望まずして死んでしまった』人ばかりだと。でもボクは、家族を亡くしてただ虚ろに生きて、誰にも苦しみを理解されないと自暴自棄に生きた結果で虐めに遭い、全てが嫌になって―――自殺しました」
この世界に来て初めて人にちゃんと成り行きを説明した。
ルシードさんたちにはいくらか説明はしたけども細かく聞いて来ない彼らの優しさに甘えて、詳細についてははっきり伝えていない。
繋がりと言う形で魔王の中のトシキやキサラギさんたちはボクの過去を知っている様子だったけれど、自分から話をした訳では無い。
「そしてこっちの世界に来たボクは、家族を、母さんと姉さんを亡くした3年前……11歳の姿で生き返りました。だからもし、そこに何かのヒントがあればってずっと考えてて、クロカさんなら何かわかるかなって思ったんです」
彼女はただ黙り、瞑目して見せる。
もし何も答えて貰えないならそれでも構わない。わからないならそれはそれで別の問題に視点を切り替えれば良い訳だし、彼女がもし『答えられない』と言うならばボクと似た理由でこの世界に来た人が居ると言う判断を付ける事が可能になる。
そして情報も国が権利を持つと言っても、クロカさん自身にその情報を口にするかしないかの判断が委ねられる。僅かでもそこに可能性と言う隙間があるのならば色々と聞くと言う形で抉じ開けるのではなく、相談として自分の情報を出し、そこから相手が口にするように誘導する。
卑怯かもしれないと思ったけれどこれは生前イジメを受け、人の醜態を目の当たりにして知った心理を突いた方法だ。
「まさか……。全く困ったものね。そう言う聞き方は、ズルイ」
眉をひそめて困り顔を浮かべながら彼女は苦笑を浮かべて目を逸らす。
彼女の優しさを利用した何とも狡賢い……いや、卑屈な手段を取ったボクは自己嫌悪を前に目を逸らすしか出来なかった。
けど今の自分には何も無い。なら傷口であろうと、卑怯であろうとそれを手段とするしか方法は無いんだと心の中で唇を噛み締めた無力な自分が小さく零す。
「本来、生に対しての執着を抱えた人間だけがこの世界に死後に転移すると言われるの。どうしてそう言う人間だけが? って理由はよくわかってない。……ケド」
彼女は伏せていた視線をボクへ戻し、じっと見詰める。
それは何かを確かめるような、そんな素振りで。
「私は悠と同じケースでこの世界に来た界客を1人だけ居たのを、知ってる」
彼女の言葉にボクは目を細める。
昇る日が彼女の頭を越して、その白色が余りに眩くてと言う訳では無く……。
「数百年前―――死んだ私を……いえ、私たちをこの世界に喚んだ妹がそうだった。あの子は2016年9月12日に自殺して、この世界で生き返ったの。悠と同じように何年か巻き戻った肉体で」
「今、その妹さん……は?」
自分と同じ形でこの世界に来た人間が居ると言う言葉を前に気が付けば疑問が勝手に零れる。
聞くべきでは無い、聞いてはいけないと自覚しながらも聞いた。
そうじゃない、ボクは彼女の深い部分へと手を伸ばしてしまった罪悪感を僅かでも晴らしたくてそう言った。
こうすればきっと彼女は答えてくれるだろう。
そうすれば不快な思いをしたのを理由にボクへ悪感情の一つ向けれる、他の不満も交えて。そうすれば彼女に嫌な思いをさせた事を少しでも晴らせる口実になるだろうと言う浅はかな考えから、ボクはあえてそう言った。
「私たちが喚ばれた約1年後に魔抗病で死んだわ。本当は助かる方法を得たのに、それを託して死んでしまった。昔からそんな役回りばかりで、そのせいで苦しんで自殺したのにこの世界に来ても自分の事より私たちの事を優先して……ほんっと馬鹿な、いもうとなのさー」
後半をワザと間延びした口調へ変えながら語る彼女は儚げに苦笑すると瞑目する。
それは中傷では無く、自分を残して逝った妹さんへの今はもうどこへにも向けられなくなってしまった感情だろう。
そんなクロカさんは胸元に垂れる黒髪を指に絡めてはクルクルと遊んでそのわだかまりを紛らわすよう。
「思ったんですけど、クロカさんみたいに魔抗病が治って生きてる人ってどのくらい居るんですか?」
「今の所は悠を入れて3人かな? 正直自分の身体を作り変えるなんて発想は普通思い付かないし、魔力が扱えないと自分の内包魔力に気付けないからねぇー。あと魔抗病を克服すると寿命が一気に延びるよ」
「寿命が延びるって数百年も……?」
「そうね。その時の姿を維持しようとする力が働くと言ったら良いのかな? 悠はAlpの力に付いては意思の力って言うのは知ってる?」
唇に指を宛がいながら尋ねる問いにボクは「何となくは」と答えて頷いた。
Alpとは界客の負の衝動が魂と魔力と絡み、マイナスとしての方向性を強く持った物。
トシキたちの会話を整理して噛み砕くと、Alpは死の際に抱えた様々な感情を強く孕み、この世界に来た際に魔力と強く同調した魂はその力に影響されやすい形となっている……。
故に理不尽な扱いを受けて死んで行く界客のほとんどは殺意、憎悪、嫉妬、生への執着を強く持って死ぬ。そしてそれは魔力と絡み、魂と絡みAlpに変化する。
そして死後、Alpの中で意識が残っていたとしても激しい力の奔流の中で他の意識は磨滅していき、負の感情をベクトルとした力にどんどん染まり呑まれていく……そんなイメージだった。
「Alpはいわゆる衝動をベースに魔力が絡んだ力ね。破壊、欲求、本能などのある意味純粋であり、人間ならば必ず抱える心で己が基本として沸く感情。それに対しElfは理性。再生、創造、回帰、などを含む慈愛や慈悲の感情で他者を思いやる感情へ魔力が絡んだ力」
「Alpは魔王から聞いたままですけど、Elfは初めて聞きました」
「魔障の霧とか腐土の影響でAlpは結構知られてるけど、Elfは扱えるホワイトプリンセスの数が限られてるからどうしてもねぇー。あの力は対極でありながらその絶対数が余りにも少ないの」
そう言われてレオナを思い出す。
この世界で知人が少ない自分がそう判断するのはどうかと思ったが、現状知り得る中で彼女しかElfを扱える人を知らない。
そして仮に他に同じ力を使える人がいくらか居たとするなら、駐屯地に一人くらい居ても良かったハズだけど覚えが無い。
「いつからこんな総称になったのか知らないけどうまい事言ってるわよね。Alpはドイツ語で悪夢とかを意味する言葉でアルプスとかにも入ってる文字。そしてファンタジーで有名なエルフにまつわる語源の一個。悪夢を示すなんて笑えるじゃない?」
「……じゃあElfは?」
「まんまファンタジーのエルフと同じ字よ。でも耳の尖ってる妖精とかの意味じゃない。恐らくは北欧で言われてる水を意識して付けてると考えてるわ。そして水を意識してるって事は純粋なとか穢れなき、を含んでね」
言葉に込められているであろう意味に対し、皮肉を噛み締めた顔をして彼女は苦々しい笑みを見せた。
そして彼女は妖しく瞳を細め、流し目でどこかを見ると人差し指を軽く一つ回す。
瞬間、辺りを白いミストのような物を覆い、差し込む陽も小鳥の囀りすらも遮られる。
「あと一つ、クラックについての話だけサービスで教えてあげるね」
その一言に彼女はゆっくり立ち上がると黒髪をかき上げて大きく靡かせる。
「クラックはこちらから界客の魂を還せるケド、同じだけのナニカをこっちに引っ張っちゃう……世界は均衡しようとする。だから魂が還れば、同量の新たな魂がこの世界に来てしまう悲しいだけの物よ」




