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第五十四話 「抜かりは御座いません、むねだけに!」

「何してんのよアンタ! ちょっと別のとこに案内してきなさい意味で視線送ったのよ紹介しろって意味じゃないわよ! あぁぁあ、今まで培ってきたイメージぜぇんぶブチ壊しじゃないの! もうサイアク……」


「問題ありませんよクロカ……。って貴女はまたパイの丸齧りですか。

5日前はバケツプリン、4日前はギガシュークリーム、昨日はバケツチョコパフェと連日どれだけ甘い物をディナー後のデザートに食べれ―――ばふぁりんっ!?」




今度は顔面に氷の一撃を喰らい、また変な奇声を上げてバタリと倒れ込む踊狂ようきょう。当たった瞬間首があらぬ方向に向いてた気がしなくもない……。



「アラアラヤダー突然何言いだすのー? お仕事で疲れすぎて幻覚でも見ちゃったんじゃないの? 私がそーんなに食べる訳じゃなーい! やーだもーう!」



彼女は口元を押さえながら焦りを隠すようにそんな言い訳を。

じゃあそこのテーブルの上にあるおっきなパイは? と言いそうになってしまうけど、命が惜しいので堪えた。

流石に足元でビクンビクン痙攣している仮面さんみたいな目にはボクも遭いたくない。



「……何を今更体面なんて気にしてるのよクロカ。貴女がパイをおいしそうに丸々頬張ってるのみんな見ちゃってるのだから、もう遅いわよ?」


「う゛っ……ロ、ローズめ。アンタだけは私の味方だと信じていたのに、このっ!」


その一言にクロカはギロッと緑髪の彼女を睨む。

ローズさんは苦笑しながら顔へ手を寄せるとちょんちょんと口元に触れ、「汚れてるわよ」とジェスチャーして見せる。


それでやっと口周りの汚れに気付いた彼女はテーブルへ戻って、慌ててナプキンで口元をぬぐう。

綺麗に拭き終わり一息付くと気を取り直してこちらを向き、腰に手をあて胸を張りながらボクらへ向き直る。

何だろう、彼女の見た目は高校1、2年くらいなんだけど、挙動がボクの年代と変わんないと言うか……凄く子供っぽい。


「あ、あの……貴女様は時詠ときよみの巫女様とお伺いしたのですが、私サテンフィン王国の第一王女、ラキナ・ルゥ・レオナと申します。此度は―――」


「ちょ、マッテマッテ。そんな堅苦しい挨拶とか良いよ。めんどいから気にしないで?」


戸惑いながらもシャンと背筋を伸ばして挨拶を交わそうとするレオナへ、クロカは苦笑しながらそれを遮る。

そして頬へ手をあてながらアクセサリーでも選ぶかのようにこちらを眺めると小さく頷く。

そのまま一つ歩み寄り、少し前屈みになって視線を下げながらボクの前へ。


「あー……キミが例の界客そとびとか。髪の色がこげ茶とかモロだし。でも、前にヌーちゃんから聞いた話だとそろそろ魔抗病フォールが発症して表面化しちゃってると思ってたんだけど―――」


彼女はそう言いながら懐かしむようにボクの肩元の髪へ手を伸ばす。

人差し指と中指に毛先を乗せ、親指を動かしてその感触を確かめるかのように。

ボクは唐突の事に戸惑っていると彼女は柔らかく微笑み、目を細める。

その瞳の奥は「大丈夫よ」と語っているかのようで、戸惑いに対して落ち着かせるような。


「……そっか、細かい事はわからないけどー、魔力のほとんどがAlp化してんね。それに合わせて体組織の情報を自身で組み替えて、魔力へ順応した身体になってるから魔抗病が治った訳ねー。なるなるー?」


にぱっと笑いながらその笑顔と噛み合わない内容を当たり前のように彼女は喋る。

当然、その発言に周りの4人は眉を大きく動かして驚き、小さく動揺の声が零れていた。

そんな一同を見やると彼女はボクから離れ、腰に手をあてては少し首を傾け、動きに遅れてその艶やかな黒髪は柔らかに揺れる。




「とりあえずまー、私のとこにこんな来ちゃったもんは仕方ないし……みんな晩御飯まだでしょ? 立ち話も何だし、そうしない?」


「ディナー後にパイを食べたのに更にまたディナーを御食べに……!? いくらとても御寂しい部位がおありになられるからとそんなに御食べになっても、もう育ちませ―――」


「わ、私は食べないわよ! てーか、アンタさりげなく胸の事ディスんなあッッ!」




むくりと身を起こした仮面さんに向けられる3回目の氷撃。

ズギャン! とこれまた大きな衝撃音が響く。

それは彼の横っ面へ綺麗にクリーンヒットし、青年の身体は小石のようにボクらの後ろへ吹っ飛ぶ。

その身体は大きく弧を描きながら繁る緑の中へ落ちる。


捻じり飛びながら「とりぷるえーっ!!」何て意味不明な発言をしていたけど、きっと聞き間違いに違いないと涙目に肩で息する彼女の胸を思い出しながら心の内に仕舞い込んだ。


と言うか夕食か……。

もうそんな時間なのかと見上げる先、テラスのガラスから差し込む光に目を細める。

ああ、この明るさは太陽光じゃなくて照明の明かりだったんだなと、端に広がる夜空を目にしてやっと気付いた。








「なーるほどね。無事に封印出来たんなら良かったわー。てーか本音はムリだと思ってましたゴメンね!」


時詠の巫女ことクロカさんからの夕食のお誘いを受け、一同はその誘いに甘える事となった。

とは言っても場所は変わらずテラスの中で、客人用と言って一際大きな白い円卓が用意され、その上に豪勢な料理が並ぶ。

並びとしてはクロカさんを真ん中として右にボク、その隣にヴィグフィスさん。

そしてクロカさんの左隣……ボクの向かい側にレオナ。その隣にローズさん、ルシードさんと続く。

仮面さんは報告があるって事でこの場には居ない。


席に着くや否やネコミミのメイドさんたちが次から次へと食事を運ぶ。

それはとても豪勢な料理で―――はなく、どこか馴染みのある料理。いくつかはローズさんが駐屯地で作っていた物も混じっている。

大きな魚の丸焼き、芋の煮っ転がし、味噌汁っぽいスープに浅漬け……他にも日本料理と言うか日本の家庭料理っぽい物が並び、どことなく懐かしい。

しかし、おかずと一緒に並ぶのはパン―――。



「こっちってさぁお米が育つような水が豊かな土地が少ないのよぉ。あとお刺身も魚を釣って捌くだけじゃダメみたいでさー」


はぁ、と大きな溜息と共に肩をすくめながらこちらに顔を向け、ボクが感じた事に気付いた様子で喋り出す。

その話は元の世界への懐かしみを含んだ言葉と言うより……どちらかと言えば愚痴だった。



「魔法に頼ってる関係で国の発展すっごい遅いしー、それが理由で食文化も微妙だしさぁ。土地が元々豊かじゃないトコに魔王による土壌汚染と海域汚染のせいで更にご飯がおいしくないしー、

保存方法も召喚の応用で生まれた空間保存魔法って言って亜空間に物を入れられるのがあんだけどさ、それのせいで食材の扱いが雑なのよ。あと魔法で解体も出来ちゃったりするから調理器具の発達が微妙って言うか……そのせいで鮮度を保つって概念が無いのよー。


しかも少しでも毒って認識をすると魔法で浄化しちゃう関係で寝かせて熟成するとか、菌を使って発酵って発想が皆無なの。

こっちだとチーズが出来たのって200年ちょっと前だったりするんだよ。信じられる?

そのまま食べれない物はアウトーって考えばーっか。それもあって品種改良を試みようって発想も変でさー、なら魔法でそう言う物を生み出せばいいんじゃね? って錬金術的思想なのばっかでこう、積み重ねが無いのよー。まぁそれが悪いとは言わないんだけどさー、結局は魔法が使える人間が多い国だけ発達して周りに広がらなくて発展しないって悪循環なのよねー」



ファミレスで女子高生がマシンガンスタイルで愚痴を吐き出すかのように始まる彼女のトーク。

レオナたちは食事を口に運びながら話が理解出来なくても、とりあえず耳を傾けている様子。

ボクはいくらか興味のある話なので食事をする手を止めて、彼女の話に聞き入る。


「あとさぁ味付けも濃いのが多くてねー。私たちの世界で現代病の一つだった糖尿病とかガンはこっちじゃカンタンに治癒できちゃうからさー、もう味濃かろうが油っ濃かろうがみーんな好き放題でねー? 

宮廷料理なんてもう酷い物よ。素材の味もありゃしない上に、これまた味のきっついソースとかでブチ壊しだからほんとこっちに来て一番困ったよー。キミもそうだったでしょ? わかるっしょ? えーっと……名前なんだっけ!」


「―――に、新城悠にいしろゆうです」


「おお、悠か。悠か! おお……何かひっさびさに日本人の名前聞いたわー。最近は来てすぐの界客そとびととなんて会ってなかったし、凄く新鮮ー。……って、悠? 気のせいか男っぽい名前だけど、アレ? ん?」


「えーっと……ハイ、男……です」



まさかのタイミングで性別をカミングアウトせざる得なくなろうとは……。

思わず俯きながらスカートを握り締める。

いくらみんなが知っている内容とは言え、これは公開処刑すぎる。


「え! え!? もしかしてあれ? 女装系男子ってヤツー? ってかむしろそこまでカンペキに女の子じゃむしろオトコのムスメって書いての方の男の娘ジャーン! すごーい!」


キャッキャと一人黄色い声を上げながら爛々とさせた瞳でこちらを覗き込んでくる。

それは動物園でパンダでも見かけたような、珍しい物を見るような稀有の目。

しかしその内には「可愛い」と言った言葉を秘めた眼差しで、ボクは昔に覚えのあるその表情を前に顔をまた逸らした。



「でしょう! そうで御座いましょう! ニイシロユウ様を女装させては如何と薦めたのは何を隠そうこの、ワ・タ・ク・シ・め! そう、このワタクシめの目に狂いは無かった!」


「あれ、アンタもうヌーちゃんとこから戻ってきたの? 早すぎじゃない?」



先程、ボクらが食事に誘われたと同時に、魔王封印が無事に済んだ話をヌネスって人のとこへ報告に行ってた踊狂ようきょうが戻ってきた。

どうやらボクの所有権の関係も報告に入っていたようで、何かの皮で出来た洋紙みないな物をレオナに渡している。


「何を仰いますか。ちゃんと我が主、ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様へ今回の一件を御報告し、クロカがまたディナー後に甘い物をハムスターの如く! 御召し上がりになられていらっしゃった旨も御伝えいたしましたよ! 抜かりは御座いません、むねだけに!」


「くぉんの……アンタがそうやってイチイチ報告するから、『数百年も育たんのだからクロも好い加減諦めを覚えたらどうだ?』なんてヌーちゃんまで言いだすのよ! 悠からもコイツに何かガツンと言ってやってよ!」


「え、ええ!? ボ、ボクですか……」


急に矛先を向けられてボクは慌てふためく。

てか胸の話なのになんで話振られるのか意味が解らない……しかしほぼ真隣りに座るクロカさんは早く何か言ってやれと視線で訴えてくる。


助けを求めるように視線を泳がせるけどヴィグフィスさんは目の前の焼き魚をこれでもかと口に放り込んでモリモリと……見るからにそれどころでは無いと食事に夢中。

そしてルシードさんは完全に傍観モード。

前に座るレオナは気のせいか少し不機嫌そうにボクをじっと見てるし、ローズさんはレオナの隣で今のやり取りを完全に楽しんでいる。





「んーっと……姉さんが言ってたんですが―――胸に貴賎なし、故に全てすべからく愛せです。だからクロカさんのも、アレも凄く良い物なんですよ、夢が詰まってます」



ボクは昔、姉さんがしきりに言っていた言葉を口にしていた。

姉曰く、


『貧乳なくして巨乳なし、貧乳は夢が詰まったものであり、巨乳は願いが詰まったものである。故に胸に貴賎なし。故に全てすべからく愛せ』


同人をこよなく愛し、二次元をこよなく愛した雪ねぇ。

―――これは高校に入っても、全く育つ気配の無かった胸を張りながら姉が言っていた言葉。

まぁこの言葉の後に『故に全ては二次元にあり』と言っていたけども……。





そしてその一言に場の空気が固まる。


……気のせいでしょうか、目の前のレオナさんのおめめがこう、キリキリと吊り上りながら眉根が大きく曲がっているのは。しかも気持ち、ほっぺ膨らんでます。

ヴィグフィスさんは相変わらずまだ魚料理を食べて……ってこの人ってば一人で60cmはあった魚料理ほとんど食べてる。どんだけ気に入ってんだ。

と、ルシードさんへ視線を向ければこれまた難しい顔をされてる。

ローズさんへ視線を動かせば何故か口元に手をあてては頬を赤らめて……何で?


「悠……」


「は、はい!!」


「アンタ、よくわかってるわ……!!」


その言葉と同時にクロカさんに抱き寄せられる。

レオナとは違う、女の人の感触と髪の香り、温度。

年齢の事もあってか雪ねぇを思いだ―――




「ユ、ユウは私のなんだからダメぇーッ!!!!!」


我慢の限界を超えた少女はテーブル越しにボクを引き離す。

その顔は涙目で唇を噛み締めたレオナの顔。

唐突の事にみんなは驚きの顔……恐らくだけど、ここまで感情をむき出しにしたレオナをみんな見た事が無いのだろう。

それは子供が自分の大切な物を奪われまいと力ずくで相手から奪い返すような、そんな印象を受ける。


そして同じくビックリしたクロカは腕の中にあったボクが引きはがされ、バランスを崩すがすかさず踊狂ようきょうに受け止められる。

突然の事にクロカは怒る訳でもなく、椅子に座り直すとレオナの顔を見て理解したような表情を浮かべ、少々バツ悪そうに眉を八の字に。




「あーゴメンゴッメン。久し振りに同郷の人間と会ってちょっと感極まっちゃったその……ゴメンね?」



「いけませんねぇ! 実にいけませんねぇ! クロカはすーぐ調子に乗りますからねぇ。とても宜しくありません! これは常日頃、真摯に務めるこのワタクシめを見習って欲しい次第に―――」


「多分アンタが一番不真面目だと思うんですけどぉー、でも言葉だけは素直に聞いとく」



テヘペロと舌を出した後に彼女は仮面さんへ悪態を吐いて見せ、重苦しい空気にならないように。

仮面さんもワザと会話に割り込んだのを考えると気を使ってくれたんだなと感謝する。



そして正面へ視線を向けると隣に座るローズさんが落ち着くようにレオナをなだめていた。

何で彼女が急にそんな事になったかわからないボクじゃ「大丈夫?」と声をかけようとして、その言葉を飲み込んだ。

それは彼女が向ける視線があまりにも鋭く、怖かったから。

涙目でボクへ向けられる強い視線……。


レオナは威嚇した猫のような息遣いをしながら鋭い眼光でボクをジロリ一睨みすると、




「……ユウのばーか」


こんな罵倒を吐いてきた。

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