第五十三話 「ほっぺをハムスターみたいに」
「―――ふと思ったんですけれど、どうしてその……所有権がその、ヌネスって人にあるのにボクはガーディアンナイツに入れたんですか?」
かれこれ5分近く騒いでいる死踊狂とヴィグフィスさんを余所にボクはそんな事を口にする。
「ヴィグフィス・ランゼル様! どうかワタクシめの一室に伺いませんか!? 是非とも我がドリームルームを彩る家具の御一つとして!」なんて訳の分からないアピールをしまくる仮面さんに対して怒号を飛ばしまくる筋肉さん。
関わると面倒なのでルシードさんと一緒に傍観中です。
「それはあの駐屯地がディーリス国内だったと言う点が理由だな。そしてガーディアンナイツ加入に関しては死の踊狂が融通を利かせた。
しかし第五外大陸に関してはどの国も所有権を持っていない。第五の地に人が居ないと言っても勝手をすれば法は意味を無くす。今回のやり取りはその兼ね合いも含めた物だ。
とは言っても本来ならば我らが出立するのと同時にその手続きを終える筈が、こちらが予定より早く動いていた為にこのような形になってしまったのであろうな」
聖封印術の処理をするレオナとローズさんを遠巻きに眺めているルシードさんが隣でそう答える。
そう言えば予定より早く霧が薄くなって、魔王の居城に向かう日程が早まったんだっけか。
所有権がヌネスって人からレオナに移ったとして、ボクはこれからどうなるんだ……?
「にしてもヌネス様も恐ろしい御方だ。本来なら国家同士の問題だと言うのに一個人としてのやり取りにまで持って行っている辺り、それに至るまで色々反発もあったろうに」
「……どう言う事ですか?」
「本来は所有権と言うのは国を納める王、または王の血族かその傘下に当たる貴族へ権利がある。しかしヌネス様は貴族と言えども王族の傘下では無い為、本来ならその権利は無い」
「あれ、そうなるとさっき聞いた話と違うような?」
先程の死の踊狂の話だとガーディアンナイツに関わる事は全部ヌネスって人にあって、それに関係する内容のボクは自動的にヌネスって人の物になるって解釈してたんだけど。
「まぁ大方、時詠を通じて無理を通したのだろうな。しかも今回の一件、他国が我らもといガーディアンナイツへ対して助力するのは一切禁じられている。
しかしヌネスは個人と言う形で動き、多大な助力をしてくれている。その一つがローズだな。
そしてユウの件にしてもディーリス国の王族へどうにか掛け合っては権利を得て、このような形に収めたのだろう。
先程説明が無かったが、ガーディアンナイツにかかわる事はヌネスに一任されていても、得た物は一度国に譲渡する決まりがあるのだよ。それは物であろうが情報であろうがな。」
要するにかなり無理をして今回の一件を通してくれたって事か……。
何故そこまでしてくれたのかって考えたけれどそれはボクの為にしてくれた事では無く、レオナの為にした事なのだろう。
しかし結果的に自分は救われた。
―――最悪ボクは奴隷になっていた可能性もある訳で、魔王の中で感じた様々な物を思い出しては現状の自分は恵まれているな、と思うと同時によく知らないヌネスって人に感謝をする。
「会った事も無いし、どう言う人か知らないですけどヌネスさんって人はボクの恩人さんですね。
皆と同じかそれ以上に」
「そうだな。特に国では無くレオナ様個人へ所有権を渡した辺り、私も頭が上がらんよ」
「それって何がどう違うんですか?」
疑問に対しルシードさんは片眉を上げてニヤリと笑う……何と言うかこう、イタズラを秘めたような笑い方。
そして聖封印術の処理が終わったレオナたちがボクらに手を振り、それに答えてルシードさんは手を振る。
「まぁ、後々わかるさ」
今一度その赤の左目でボクを見やると彼はそう答え、レオナたちの元へ歩み寄った。
「でーはではでは皆様方。これからの帰路に関しまして御選び下さい!!
パッと帰る? 歩いて帰る? それとも彼の筋肉でまだ、あ・そ・ぶ? さぁどれになさいますか!!」
最後の一個が意味わからないけど多分ヴィグフィスさんを弄り倒す選択。
そんなふざけた選択肢もスルーでレオナは
「パッと帰る……で。みんな大丈夫?」
と即答の後で周りに意見を求める。
「あぁ! 折角のワタクシめの希望と切望と願望を秘めた3つ目の選択肢が見事にガンスルーされて……っ!仕方ありません。
ヴィグフィス・ランゼル様の筋肉パレードコースはまたの機会に。―――ではでは気を取り直して、よっと。それでは皆様、どうぞ此方へ」
彼は忙しなくテンションをコロコロと変えると黒ローブの上に羽織っていた黒のケープを脱ぎ去り、裏返して大きく広げる。
―――その内側には大きな円が描かれ、様々な文字が白字で書かれている。
悪魔を召喚する時にでも使いそうな、凄くごちゃごちゃとした魔法陣。
目を細めて魔法陣に書かれた文字を読もうとしてみて、ボクはすぐにやめる。
その文字に込められている意味が文字一つを読もうとすると津波のように押し寄せたのだ。
何と言うか元の世界で言えば漢字を目にした瞬間、その漢字の音読み訓読みや字が含む様々な意味を耳元で一気に聞かされるような。
早い話が入ってくる情報に対して脳の処理が追い付かない。
もしかしてAlpに界客の魂が入っているって言う事が関係してるのかな、なんて整理しながらボクは軽く頭を振る。
「で、この転移魔法陣はどこに繋がっているのだ?」
広げられた裏返しのケープを見つめるルシードさんの言葉。
確かにどこへ繋がっているのだろう。
さっきの話からして多分ディーリス国のどこかに転移するんだろうけど、また駐屯地って事は無いだろうし……。
「我が主、ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様の御屋敷の御一つと繋がっております。其方より各国へ繋がる転移魔法がいくらか御座いますので、サテンフィン王国までも直ぐに御座います」
説明を終えた仮面さんが指を鳴らすとケープの魔法陣は大きく広がり、3m程の魔法陣に。
足元まで広がる魔法陣に驚いてるとふわりと風が舞い、ボクのスカートを下から膨らませる。
死の踊狂を中心に術が展開され、皆その中に。
「う、わっ! わっ!」
「それでは皆様、行きます。道下の綱渡り」
覚えのある発光に包まれ、目の前は白一色に変わる。
聖封印術の中の白色とはまた違った、青みを少し含んだ白。
ボクはスカートを必死に押さえながらぎゅっと目を瞑り、浮遊感を含んだ慣れない感覚に身体を強張らせる。
大きくブランコを漕いで、一番高い所で止まった時のような浮いた感じ。
身体にかかる重力が無くなり、服も髪も空気を多く含んでそのままで動かなくなる。
そして普段ではありえない現象に対して足の裏に変な圧迫感とかが纏わり付く感触は、緊張と一緒に全身へ走り
―――と、強く閉じる目蓋越しに射し込んでいた白色は静まり、身体を覆う浮遊感が消える。
恐る恐る目を開くとそこは茶褐色の煉瓦が敷き詰められた……緑が覆い繁るテラスのような場所。
見上げれば天井はガラス張りで、イメージとしては植物園に近い。
脇には大きな噴水のような物があり、水の流れる音が静かに響き、
「……ふえ?」
そのテラスの中心で間抜けな少女の声が一つ。
16歳くらいの外見で黒目に腰まである黒のロングで紺のジャンパースカートを身に纏う少女。
あどけない顔付きの中に綺麗と言う言葉を宿した二次元から出てきたと錯覚しそうな整った顔。
レオナとはまた違ったあどけなさを秘めた可愛らしさもあり、日系特有の丸みのある顔立ち。
彼女は白の円卓の上に用意されたパーティーで出されるような自分の顔より大きなパイを両手で持ち、前のめりになって齧る。カットもせずに丸々。
元居た世界で言えばホールケーキを切り分けもせずにそのまま食べちゃうような、アレのパイバージョンって感じか。
甘党なら一度はやりたいトップ3に入るであろう事をしている彼女は、目をまんまるとさせてこちらを凝視しながらもパイは離さず。
対してボクらも唐突の事に整理が追い付かずに彼女をじっと見つめる。
ほっぺをハムスターみたいに膨らませたその子は、黒の瞳をパチパチと2度瞬きさせると、一緒に頬を動かし、もぐりと咀嚼。
「えぇーと……」
ごくり、と口の中のパイを飲み込んだ彼女が声を発し、止まっていた空気が動く。
少女は困惑を誤魔化すかのように、齧り跡がクッキリ残るパイを皿の上にそっと置くと、背筋をシャンとして優雅さを繕いながら何事も無かったように微笑む。
でも毅然とした彼女の頬は薄っすら紅潮し、内心は恥ずかしさ爆発なのが見てるボクらにはバレバレ、更には口の周りにはパイくずがしっかり残ってる……。
しかしそんな事は自分でも気付ける訳も無く、そのままボクらを見て……ゆっくり1人へ視線を流す。
視線を向けられた仮面の彼は黒ローブをたなびかせて一歩、答えるよう前へ踏み出しては半身をボクらに向ける。
そして死の踊狂は執事が客人へ主人を紹介するかのような素振りで手を動かし、
「此の方は先程の御話で御紹介させて頂いた、ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様……いえ、ノーデンディリス家の管轄されている界客の御一人、
全ての叡智を見る者―――黒艶の魔女こと時詠の巫女に御座いますッ!!」
「アンタこのタイミングで紹介するヤツがあるかァーいッッ!!」
突然現れた手のひらサイズの氷塊をワシっと掴むと、彼女は仮面さんへ向かってソフトボールのように投げつける。
それは黒ローブの背にクリーンヒットし、彼は「ばべろん!?」なんて声を上げて赤煉瓦の地べたに横たわった……。




