第五十二話 「私が譲渡を望むのは」
「彼女はニイシロユウ様と同じ界客にて、数百年御生きになられている方。
故に黒艶の魔女とも呼ばれ、その叡智より全てを視られる存在……時詠の巫女に御座います」
彼の粛然を帯びたその一言に場が凍り付いた。
今まで知らされていなかった事実のようで、レオナは特に戸惑いを浮かべて言葉を失っていた。
しかし―――
「あのすいません、そのコクエンノマジョとかトキヨミノミコって……誰ですか?」
真面目な空気をブチ壊す一言を放つボク。
先程とは別の意味で張り詰めていた空気がまた固まり、みんな呆然とする。
「時詠の巫女って言うのはねユウ、この世界に様々な繁栄をもたらす予言をしたり、災いを先見して止めたりしている偉大な方よ」
子供にわかりやすく教えるかのようにレオナが説明をしてくれた。
要するに預言者みたいな存在って事なのかなとボクは理解する。
しかし雰囲気からして時詠の巫女って存在はこの世界に於いて常識なようで……だからと言ってこの世界に来てばっかりのボクが知る訳も無く。
レオナ以外の一同は今の説明でボクがこの世界の人間じゃ無いと言うのを思い出したらしく、ハッとした表情を浮かべていた。
「時詠が長寿と言う事は周知の事実だが、今の話では彼女もAlp持ちと言う事になるぞ」
「えぇ、その通りに御座いますルシード・コールソン様。
Alpイコール悪の権現と言う偏見は良くありません。そこに居らっしゃるローズ・アズライル様等良い例では御座いませんか?」
その言葉にレオナとルシードさんは固まり、ローズさんはバツ悪そうに苦笑すると縮こまる。
何の話かよくわからないボクとヴィグフィスさんは互いに首を傾げ、畏縮する彼女はおずおずと顔を上げ、仮面さんは「え……御存知、ないのですか!?」など取り乱す始末。
「私は200年ちょっと前に造られた人工魔族で、Alpを動力としてるのよ……」
碧髪の彼女によって今明かされる衝撃の事実。
その言葉にルシードさんは「そう言えばあの魔法陣を出した時に……」とかよくわからない事をボヤいてる。
どうやら思い当たる節があるようで、レオナも同様だ。
その中で一番困惑しているのはヴィグフィスさんで、落ち着きのない鶏のように忙しなく首を左右に動かす。
「そ、そうか仲間と思っていたが一番の仲間が最大の敵と言う事かああぁあああああああッッ!!!」
「どうしてそこで脱ぐかこの馬鹿が」
スパァン! と久々に聴く大きな快音が響くと同時にその場でうつ伏せに倒れ込むフンドシヴィグフィスさん。
遅れてガランガランと銀色の鎧が抜け殻のように地面に転がり……
まって、いつの間に鎧をキャストオフしたんですかこの変態さん。
そんな引き締まった逞しいお尻見せられてもどう反応したら良いかわかりません。
「いやはや流石ヴィグフィス・ランゼル様。
遠路遥々数日間休まず此処まで赴いたワタクシめの疲労困憊を御察しになられ、
自らその逞しき御身を椅子として差出しになられるとは……っ。
この死の踊狂、感銘を持ちながらその御心遣いに―――どっこいしょ、甘えさせて頂きますね!
あぁ! ああ! そう、そうです、この座り心地に御座いますぅう!」
恍惚を含んだ声色で気絶した筋肉さんの上へ腰を降ろした彼は、身を震わせながら雄叫びを上げる。
二次元だと背景は虹色で「ヘブン状態ッ!!」などの文字が入る事間違いナシな光景。
しかし男が男の上に座って喜ぶって……姉さんとかが見たら絶対歓喜しそうなシチュだな。
そんな事を考えた瞬間、『ドキっ! 男だけの緊縛学園』って言う姉さんが大好きだったBL本の内容が思い出され、男たちの汗光る筋肉のせめぎ合いが脳内再生されてボクは頭を振って慌てて再生停止を押す。
てかこの人はどんだけヴィグフィスさんの筋肉大好きなんだよ……。
「それでは話を戻させて頂きますと、時詠の巫女もローズ・アズライル様もAlpを御持ちに御座います。
しかしそれは憎っき魔王めの様に害を与える物では無いと既に御存知かと思われます。要は使い方です」
腰を休めて完全にくつろぎモードな仮面さんはクルクルと指を回しながらレオナたちにそう向ける。
確かにローズさんがAlp持ってるからと言って何か色々と問題が出てるって感じではないよね。
ただルシードさんが今まで気が付かなかったってのが少し気になるけれど、それを言うとボクも現状Alp持ちだけど今の所問題は無い。
かと言ってまた楽観視はダメだ。
力も使いようでは色々と変わる……ボクの世界で言えば核かな。
第二次世界大戦では兵器として使われ、今でもその爪痕は残ってる。
でもその力は今の世の中じゃ必要不可欠な物に変わって、原子力発電所の動力として利用され、生活に必要な電力を生み出す物になっている。
使い方次第では便利だけど、その危険性は言うまでも無く。
同じ核の力だけど、使い方次第でこんなにも違う。そんな感じでボクは元に居た世界の物と照らし合わせ、一人納得した。
「―――しかし皆様方、予定より出発が御早いかと思えば魔王との決戦も随分と御早く、決着もこの様に早々ではワタクシめも主人へ伝える内容が多大で色々大変に御座いますねぇ。
して、ラキナ・ルゥ・レオナ第一王女様」
「は、はい! 何でしょうか!」
「こちらの証書を我が主、ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様よりお預かりしておりました。
本来ならば決戦前の貴方様を少しでも鼓舞出来ればとの計らいでしたのですが、遅れた事をどうか御許し下さいませ」
謝罪を含む言葉と共に手渡されるのは筒状の物。
何かの書類っぽいけど、彼女はそれを広げて困惑しながら顔を上げる。
「これ―――は、ディーリス国内における所有権の譲渡を示した証書?
しかも私が望む、この国内に置いての物を一つ無条件で……?これは一体どう言う事ですか」
「いやですね、我が主、ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様が今回の英雄と成られる貴女様へ贈り物をと御考えになられまして。
そうなるとラキナ・ルゥ・レオナ様が是非、欲しがる『物』が一つ在る事に御気付きになられて其れに関しましての証書になります」
「欲しい、物……?」
今一つ話が見えない彼女は小さく首を傾ける。
話を聞いていたボクもイマイチどう言う事か理解出来ずに仮面さんへ顔を向け、ルシードさんとローズさんをチラ見すると何故かボクを見つめていた。
「ラキナ・ルゥ・レオナ様はホワイトプリンセスとしての御鍛練の年数が長かったのもあってその辺りの御話は余り御存知無いようですね。
……御説明致しますと人が住まうこのイリシア大陸では領土、領水、領海の中で生まれた物全てはその領域を統治する国へ所有権が発生します。そしてそれは人も同じに御座いまして、その領地内で生まれた者は国民と言う形で生まれた家系と家名、階級に応じ、国の加護と保護を受けます」
要するに人と物が出来たり生まれた瞬間からその国が全ての権利を握っているって事か。
人権、物権だっけ?
変な話、ボクの国の皆平等で権利は自分が持っていると言う世界じゃないって話か……アレ、待てよ?
そうなるとこの世界に召喚された界客の扱いってどうなるんだろう。と考えた瞬間、ザワリとした悪寒と共に思い出される。
この世界で界客は不当な扱いを受け―――『奴隷だった』と言う話を。
「故にそちらにいらっしゃるニイシロユウ様はディーリス国に於いて確認がされていますので、必然的に所有権がディーリス国へ。
界客はこの世界で本来あるべき形として生を受けた存在では無いので、『人』としての権利は一切無く、『物』と言う扱いになってしまいます。
そして今回の一件に於けるガーディアンナイツ一向に関わる権利は全て我が主に在り、その関係によって現状、ニイシロユウ様の所有権は我が主に御座います」
「わかりました……この証書にある物の権利の譲渡、私がヌネス様より譲渡を望むのはユウ、ニイシロユウの全てです」
彼女は迷う事無くそう即答した。
その毅然とした面持ちで背筋をすっと伸ばし、迷いない瞳で。
「いやぁそうですよね! ワタクシめも我が主もそう御望みになられると考えていたのですが、万が一違った場合はどうするかと少々心配でしたが……問題ありませんでしたね!
ではこれはワタクシめが回収致しまして、ハイ!
これで晴れて界客のニイシロユウ様はラキナ・ルゥ・レオナ様個人の所有物となりました!」
嬉々とした声でマシンガントークを始めるとレオナが持っていた証書を取り上げるように回収すると、別の証書を彼女へ渡す。
覚悟を決めて言葉を口にした彼女をおざなりに扱ったかと思えば、改めて彼女へ向き直っては膝を折り、深く頭を下げる。
「―――此度の魔王討伐に於けるラキナ・ルゥ・レオナ様の御活躍、我が主ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様に代わりまして、この死の踊狂が祝辞の言葉を僭越ながら贈らせて頂きたい次第に御座います」
突然の大真面目なその言葉にレオナを含む後ろ2人も開いた口が塞がらない様子。
しかし、ルシードさんはこいつはいつもこの調子だと言わんばかりに小さく溜息を吐くと左目を細め、頬を搔く。
対してレオナは目の前で膝を折る彼を前に深呼吸をして、胸に手を宛てて気持ちを落ち着ける素振り。
そしてゆっくり目を開き、穏やかな顔で微笑みを浮かべる。
「祝辞の御言葉、有難う御座います死の踊狂よ。
私がこのように魔王封印と言う目的を達成出来たのはヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様の助力無くして、成し遂げる事は困難だったでしょう。
尽きまして私はこのままサテンフィン王国へと戻り、然るべき場所へ再び魔王の封印を致したいと思っております。我が国に起こる不始末に多大なる助力をして下さった、ヌネス様へのご挨拶が後になってしまう無礼をどうかお許し下さいとお伝え願えますか」
「サテンフィン王国第一王女、ラキナ・ルゥ・レオナ様のその痛み入る有難き御言葉、我が主ヌネス・テヌカルリッジ・ノーデンディリス様へ責任を持ってこの死の踊狂、その旨御伝えさせて頂きます」
今一度頭を下げ、そう彼は答えると右胸に手をあてた。
つい先程までふざけたやり取りが行われていたとは思えないその光景。
レオナも今まで見せた事の無いような凛とした表情で、王女たる受け答えをする。
そのブロンドカラーの地毛と整った綺麗な顔が相まって、改めてボクと生まれが違うんだなと痛感。
―――彼女は王女で、ボクはただの一般人だなって改めて思い知る。
「さーてさてさて! 形式張ったやり取りも終わりです! やる事も終わったのですし、面倒な事も終わりに御座います!」
そんな一言と同時に立ち上がると黒ローブを翻しながら肩幅に足を開き、シュバババッと厨二ポーズを次から次へ繰り出してはいつもの騒がしい彼に戻る。
ONOFFが激しい人ってのがあるけど正に彼を指す言葉なんだろうなとか思いつつ、周りに釣られてボクも苦笑を浮かべる。
「―――して、死の踊狂よぉ……」
仮面の彼の声とは反して一際低い低い、地を這うような……憤慨を噛み締めたその声色。
何かこれもまたデジャブだな?なんて思ったと同時に道下師の彼はぐらりと身体を揺らし、バランスを崩す。
「おおっとコレはサテンフィン王国騎士団総長、ヴィグフィス・ランゼル様!
此度の件、心身共に粉骨砕身するワタクシめの為にその御身を椅子へと教壇へと変えられてラキナ・ルゥ・レオナ様の忠義を御示しになられるその心意気! 強く感銘を受けながらその御身体、有難く使わせて頂いて居る次第に御座いま―――」
「オレは椅子にも教壇にもなった覚えはないわッ!! さっさとどかんかあッ!!」
筋肉教壇さんの怒りは爆発し、仮面さんはまた地面の上を転がった。




