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第四十六話 「ちゃんと持っててくれたから」







死を受け入れ、瞑目した彼女の耳に届く声。



「させ、ないわ……」


終わる事を望んだレオナに訪れぬ最期。

しかしそれを遮る、機械的な声。しかし聞き覚えのある声。

大事な人の、声。


レオナは幕を下ろした瞳を開き、その光景に涙が頬を伝う。


「ローズなん、で」


振り下ろされた豪腕を交差した手で受け止めるローズ。

魔王の爪は彼女の肉を割き、引き裂かれたローブの隙間から裂傷が顔を見せ、赤く染め。

頭からも流れるその鮮血は髪の対比色と入り混じるとくすんだ色を見せる。


「また、失うのは嫌なの、よ。あの子も……ユイカも。スグルも、クロカも、サトルも、ティアも、シルクも、アレフも、ルシードも、ユウ君も失うのは……」


羅列される知らない名前の中に混ざる聞き覚えのある名。

生気を感じないその口調。

しかし、名を口にするその言葉の奥には様々な何かの感情を感じる。

後悔、悲哀、哀惜……。



『―――悪いが、もう終わらせようぜ。全部な』



嘆息を交えて魔王は血に濡れた手を振り払い、付いた血糊を落してこちらを見つめる。

先程のように濁った激情を含んで睨む訳でも無く、冷淡に。

その挙動に先程のような感情任せの動きは一切ない。

堅実に、そして確実に。

魔王は大きく距離を取るとその巨躯を委縮させ、深く深く身を沈めて獣が身構えるかのような姿勢を取る。

地を這うような形のようで、前のめりなクラウチングスタートに似た構え。

ローズはレオナの盾となる形でその場から動かない。


「もう、もう良いから、ローズ! もう、良いからっ!」


何も答えず、ローズはフラ付く身体を無理矢理起こし、ただ目の前で立つ。

口から放たれている言葉は「もう、嫌なの」のみで、一部分だけを延々とリピート再生しているような異様さ。

レオナが縋る手にもかける言葉にも無反応。

今のローズにはレオナと言う存在は見えておらず、守ると言う概念のみが彼女を動かしているようだった。


そのようなやり取りも束の間、目の前の地面がめくれ上がって行く。

白色の石畳は粘土の如く易々と大きく割れ、船が波を割って進むかのように魔王は突進してくる。


大山が雪崩を起こした時に響かせる轟音が閉鎖された空間で反響し、大地が抉られた衝撃は大地震のように辺りを揺らす。


高く巻き上がった土砂と岩石が作る影は絶望を下ろすようにレオナたちを覆う影のカーテンとなる。

その影に混じり暴力の塊と化した闇と、衝動を宿した赤い瞳のケモノは地を這いながら暴風を纏ったその片腕を振るう。


肉を潰し、骨を砕く鈍い音が聞こえたかと思うとぐしゃりと地面の上を何かが跳ねる音。

遅れて破裂した肉から飛び散った鮮血が大雨のようにレオナの目の前と言う局地へボタボタと降り注ぐ。


『……ちっ。随分硬ぇなアイツ』


一撃で屠り、ただの肉塊に変えたつもりだった魔王は忌々しげにそう吐くと横殴りで吹き飛ばした彼女に一瞥もくれず。

そして目の前で固まるレオナに視線を向け、右手で彼女を掴み上げる。

蒼白し、ガタガタと震え過呼吸を起こす少女。


魔王は歪な歯並びをした口を大きく開け、果実でも齧るような素振りで手を寄せて


「……や、だ。死にたくない。死にたくない! ローズ、ローズ死なないで! いやぁあ!」


目の前に迫る死で現実に引き戻された意識と生存本能が入り混じり、彼女は半狂乱に取り乱す。

一度心が折れ、死を望んだとしても目の前で大事な人間が死に瀕した場合、その感情は容易く変わる。


「ローズ! ロォーズ! 起き――――――」




獣が肉をおもむろに喰らう音が響く。ばくり、と。


豪快さも無い、大きな鞄の口でも閉じたような抜けた音が響くと今まで騒いでいた声は閉じた中にへと消える。

そしてぼた、ぼたりと粘り気を含んだ液体の落ちる音。

乾いた土の上へ落ちると赤黒いシミをいくつも作り、

人だった残りの肉から溢れた温血が滴っては地面に落ち―――



ぼとん。


口を閉じてそう感じていた魔王はその不可解な音に面を向ける。

視界の先に広がるその光景。

自身の足元を滴る温血は黒く、肉塊と化していたのは魔王の……右手。


そして目の前にはレオナを抱きかかえた水色のドレスの人影。

少し栗色の混じったミディアムボブがふわりと風で揺れ、遅れてスカートの裾を揺らしてはためく。

前髪の隙間から覗くその双眼は鈍色を見せ、魔王を静かに刺す。


「ユ……ウ?」


抱きかかえられたままのレオナは消え入るような声を出しながら、その見覚えのある顔を見上げる。

何故? と言う疑問符が思考の全てを阻み、やっと出たのがユウの名前だけだった。


「遅れてごめんレオナ……」


そう答えるユウはレオナを下ろすと視線の先へ一歩踏み出す。

傍らで横になる3人を今一度見つめて唇を噛み締める。

先程まで散り散りに横たわっていたハズなのに……とレオナは困惑した視線をユウへ向ける。



「レオナ、みんなの回復をお願い。冷酷なる戦乙女サンクリズル……」


排熱のように深く息を吐いたユウは、内に籠る熱を冷やす為にゆっくり息を吸い込むとまた一つ深く息を吐いて彼女を喚ぶ。

辺りが一瞬煌めいたかと思うと銀色の髪と鎧の姿をした少女が姿を見せる。

凛とした顔をした彼女は瞑目するその瞳を薄く開け、視界の先に居る黒い獣を見やると嬉しそうに薄く笑う。

ゆっくりと、そして恍惚と顔を染めては首を傾け満足そうに。




「ダメだよ……アレはボクがやる。キミはレオナを、みんなを守るんだ」


悦ぶのも束の間、それを制止させられ不機嫌に口を曲げる彼女。

小さく溜息を見せると槍を振って鈴音と似た音を鳴らし、仕方ないわねと言わんばかりのサンクリズル。


「ユ、ユウ……! どうやってここに?」


一番負傷の酷いローズへ回復魔法をかけながらレオナは呼び止める。

状況が理解出来ない。

そして一番の疑問はユウがどうやってここまで来たかだ。

レオナが転移魔法によってユウを飛ばした場所は、第五外大陸から数百km離れた海を挟んだ先にある遠い土地。

転移施設を利用したとしても居城の傍に造られていた物は全て200年前に壊滅しており、仮に知人のプリズの助力によってそのような施設を見付けてここまで来たとしても、居城からここまでは数時間かかる。

どのように講じてもこのような短時間でここに辿り着くのは時間的に無理なのだ。

そして、別れる時には魔抗病を患っており、戦いの前に魔王はユウの命は残りわずかだと言っていた。

だが今目の前に居るユウの血色は死を目の前にした人のする色では無い…レオナの中では不可解に不可解が重なる。


「お守り」


「……へ?」


「レオナがちゃんと持っててくれたから、来れたよ」


ぎこちない笑顔を浮かべたユウが手にするのは小さな小袋。


その中には転移刻印が施された蒼石と、学ランの第一ボタン。

レオナは自分の左胸の胸に触れ、同じ物をがポケットに入っている事を思い出し、理解する。


―――転移魔法は同じ大きさ、質量、同じ量の物質か魔力を使った物で同じ刻印がされていれば術として機能する。

移動距離や移動可能な重量と大きさは術者の魔力に影響される。

その負担を軽減した物が転移施設。

200年以上前に作られた今は無きロストテクノロジーで出来た魔法陣を用い、大地や大気から膨大な魔力を供給する仕組みにより長距離移動を可能としている。


条件が揃えばユウ程の魔力があれば転移魔法など容易に扱えるだろう。

しかしその方法をどうやって知ったのか……? と彼女が疑問を覚える間もなくユウはいつもの調子で、いつもの素振りで顔を向け、




「行ってくるね」


そう口にすると外出でもするかのような足取りで前へ進む。

レオナは声をかけようと口を開けるが言葉が続かない……。

魔王に二度も破れ、何も出来なかった彼女に言葉をかける力は残っていなかった。







「……待っててくれるなんて思わなかったよ、トシキ」


大岩を仰ぐように魔王へ視線を向けながら軽い物言いのユウ。

表情、態度は友人にでも話しかけるような気さくさ、しかしそのあどけない少女顔の瞳にあるのは敵愾の色。


魔王は5mはある巨体をぎしりと軋ませると再生した右手で顔を覆い、ルビー色の瞳を細めては奥にある濁った光を見せる。


『マジなんなんだよお前……何で召喚出来んだよ。フザけんなよ? イレギュラーとかそんなレベルじゃねぇし、チートかよマジほんと……』


不細工に並ぶ歯をギシギシと鳴らしながら口角を上げてはその端を震わせる。

この召喚施設内は通常ならば召喚術が行使出来ない。

にも関わらずユウは召喚に該当するスキルを使い、サンクリズルを喚んだ。

魔王はその事に納得が行かない素振りで身を震わせる。


感情が荒ぶらぬよう顔を覆う手には段々力が籠っては筋を浮かべ、細める両眼の間を刻む皺は幾重にも増え。


『なんっ……とか言えよユウゥウウウ!!!』


咆哮と共にユウを襲いかかる鋭利な爪撃。

後方に跳躍して紙一重でそれを躱すと、大地が遅れて指の数に抉れる。

中空で身を翻し、追撃に対してユウは冷静に対処する。

間髪を入れずにまた迫る斬撃に混じって魔王の開口と同時に赤い発光。


―――カオティック・カーマイン、来るよー!!


攻撃が来ると判断したと同時にユウの脳内に響く可愛らしい声。

聞き覚えがあるどこか懐かしい、などと思うのも束の間でその炎撃をバフスキルの銀の車輪ラッドを使用し回避。

獲物を捕らえ損ねた炎は明後日の方向へ飛んで行くと施設内の壁にぶち当たり、アニメのような爆発を見せて黒煙を上げる。

煙の根元を見れば白色の壁は煌々と光るオレンジ色のマグマと化し、どろりと垂れては光沢のある赤色へグズグズと音を立てて変わって行く。


『何なんだよ、マジ何なんだよ、俺らは死んでから知ったのに、オレらは終わってから得た物なのに、おれらは生きている内に理解出来なかったのに、何で、何で何で何で何で何でなんでなんで何でナンで何で何でなんで………お前はAlpを持って平気なんだよ!! お前まで、この世界のヤツらみたいに、アイツらと同じように俺たちから何もかも、元の世界に帰る方法も、日本に帰る方法も……全部奪う気かァあ!!』



放つ言葉に混じる殺意、敵意、疑心。

それは何度もユウへ話しかけてきたトシキと言う少年の声であったが、内に秘めるその激情は飄々とした口調であった彼の物では無い。

向けられる言葉に籠る感情は一律した物であるが、内容に不可解が並ぶ。


「……お前だって、ボクから奪おうとしただろうが!」


魔王が放つ言葉は理解出来ない物が殆どであったが、「奪う」と言う単語には理解が及んだユウは激昂を含んで迫る一撃に返す。

小さな拳と大岩のような手のひらがぶつかり、火花が散る。

中空でぶつかり合った衝撃で互いにぐらりと身体が揺れ、何も無い場所で足を踏ん張り、その反動を耐える形で溜める。



『奪わせるかよ、邪魔させねぇええええええええええええ!!』


口火を切った魔王は刃のような歯が並ぶ顎を開くと、その狂暴全てを巨体に乗せて小さなユウへ襲いかかった。

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