第四十五話 「何の為に」
『クソが、クソがクソがクソが舐めやがって舐めやがってザケやがってぇええエ!!』
半狂乱に頭を振りながら暴言を稚拙に並び立てる。
キサラギは自分を翻弄するヴィグフィスに怒りを露わに、その動かす巨躯の腕をただ乱暴に振り回していた。
『チョコマカチョコマカ……逃げ回ってんじゃねェぞ! 男なら正面から来いよおるァ!?』
そこには冷静さなどと言うものは一欠けらも残っておらず、言葉を放つケダモノと呼ぶ方が適切。
彼女は目を血走らせ、醜く顔を歪め、開く口は歯だけではなく歯茎まで剥き出しにただ荒れる。
その咆える言葉を吐く口から飛び散る唾液は、顎を首をと流れ、胸元まで伝う。
魔王体の中でその様子を眺めている3人は静かに見守る。
ウメコとマエダの2人は手に負えないと言った素振りで距離を置き、トシキはあえて黙って眺めている。と言った様子で。
辺りは真夜中に明かりも無しにTVを見ているような明るさ。
巨大なスクリーン程の魔王の視界の先の光源が4人を照らし、薄い影を作る。
黒の一室の光が薄れる暗闇の手前で、人とも影ともつかぬ何かがウゾウゾとうねるように波を立てる。
その動きは荒れるキサラギの起伏に合わせたように、激しく形を歪める。
「……怒りに囚われた者は、いくら知恵と知識があったとしても、それはもう獣となんら変わりありません」
魔王の前で軽快に全ての攻撃を避け翻弄を見せるヴィグフィスは、先程そう口にした。
最初、何を言っているのかレオナは理解出来なかったが、今目の前で繰り広げられている光景を見て理解する。
ほんの数分前まで苦戦していたのが嘘のように、魔王の攻撃はヴィグフィスに一切当たらない。
攻撃は激しさを増し、勢いも鋭さを極めているのも関わらず。
その光景は闘牛と闘牛士の駆け引きにも似た光景で、ヴィグフィスが誘う先へ魔王の巨腕が大きく振りおろされ、大きく出来た隙へ彼は間髪入れず、挑発をかます。
衝撃によって抉れた石の床の破片をを拾い上げ、魔王の横っ面にただ投げるだけ。
石によるダメージは無い。目的はそこでは無く、あくまで挑発。
そして大きな隙目掛けて、先程手にしたパイプで足を叩く。
ネズミのようにうろちょろと動き回っては、子供のイタズラと変わらない行動を取り、煽る。
『こんッッのォおおおおオ!! 素手で勝負しやがれェええ!!』
癇癪を起こした魔王は手当たり次第に地面を抉る。
シャベルカーのような大きな手で掘り上げられた地面は撒き散らされる。
衝撃により石が、土が、砂が、巻き上げられては雨のように降り注ぎ、それに交えてヴィグフィスは手にしていた小さな石をまた、一つ……
それを待っていたレオナはゆっくり息を吸い、吐き出すと「―――今だ」と呟いてその大きな十字を手に。
「光よ、浄化と清浄交わりて十字と化して断罪の檻と成り」
降り注ぐ土砂で視界が遮られ、判断が鈍るのを狙ってレオナは封印系の聖法術を魔王へ向ける。
球体の光檻は黒の巨躯を包み、激しく発光すると辺りを白く染め上げる。
「断罪の檻よ、贖罪の揺り籠よ。贖いが歌となるまでその者を戒める箱庭と成るが良い!」
魔王は足元で忌々しく光る石ころに気が付き、何を狙っていたか理解をするが時すでに遅し。
自分がヴィグフィスに対しての激情に駆られたのを利用され、術を展開された。
大きく腕を振り払い、破壊しようと試みるが拒絶されるかのように手首から光に掻き消される。
レオナは先程より強力な力を込めて唱える。
魔王を囲む十字架も形を変え、交差しては強固な白檻と化す。
中で暴れ回る魔王の攻撃にもビクともせず、淡く光っては無駄だと語りかける。
そして淡い光は形を変え、いくつもの剣になると魔王の身体を一気に貫く。
まるで磔にされた罪人が断罪のもと、聖槍で貫かれるが如く迷いなく、無慈悲に。
『ク、クソが……! また封印され……ァあああ……ァあ』
開いた口から黒い液体を血のように噴き出し、貫かれた剣へ身を預けて動かなくなる。
あれだけ激しく騒ぎ立てた口は半開きのまま、何もかも砕いていたその豪腕はだらりと垂れて。
死にはしてない。
だがElfの力によりAlpの力を完全に抑える事が出来たようで、魔王はそのまま眠ったように檻の中でその巨躯を傾けたまま。
「やった……?」
光が造る大きな華の檻が眩く光る。
レオナはへたりと腰を抜かしその場で座り込む。
―――終わったのか。
今使った術は高位の魔族相手でも長い間その力を抑え付け、例えレオナが死んだとしても効果が続く上位聖法術の一つ。
長いElfの集中と、術の媒介となる物を対象の近くに置かないと発動出来ない為、使用が面倒な術の一つでもあった。
本来なら動き回る敵に対して使える物では無い。
しかし今回は魔王が突然取り乱し、矛先がヴィグフィスに向いた為にイチかバチかの勝負に出た結果、うまく行った。
安堵と共に彼女は歓喜の表情を浮かべる。
レオナの元へボロボロになったルシードとヴィグフィスがゆっくり近寄り、膝を折る。
くたびれた顔の上に泣きそうな、笑顔を零しそうな、様々な色の感情を噛み締めた顔を伏せて。
「……ここまで長かった、でしょうレオナ様」
そう静かにレオナへ向けたのはヴィグフィスだった。
彼は膝を突き、深く顔を下げ、彼女からその表情は伺う事は出来ない
その時折震えを含んでいた声に、表情を見ずともどのような感情らを込めているかがわかっているレオナは大きく首を振る。
女王陛下とふざけて呼んでいたら、いつの間にかそれが抜けなくなっていたヴィグフィス。
その彼がルシードと同じように様のみを付け、レオナの名を口にした……それが全てを物語っていた。
「ヴィグフィスこそ、大変だったでしょう」
顔を伏せたままの彼へレオナは同じく顔を俯けながらそう答えた。
ヴィグフィスが今までどれだけ尽くしてきたか―――
それは15年前、レオナが生まれた年……そして魔王の封印が解けた頃にまで遡る。
その頃、王の護衛騎士として専属していたヴィグフィスは、封印が解けた原因を自分のせいだとして全ての罪を被ろうとした。
しかしそれは認められず、王は隠蔽すると言う処置を取り、5年後に魔王活動再開により、事が明るみに出たと同時に王は処刑される。
主を失うと同時に妻子共に魔障の霧の影響が悪化、王族たちからは騎士としての意味を問われ、王国騎士を退かざるをえなくなってしまう。
主を失い、家族は霧の脅威に、そして命を掲げた自分の居場所は失われ……。
そんな中、彼を救ったのはまだ幼いレオナだった。
彼女は国内で霧の影響を受けた者を治療して回り、身分も関係なくその力を揮っていた。
彼女の力によりヴィグフィスの妻と子供たちは一命を取り留める。
しかしその身分を問わず彼女が行う施しを王族関係は良く思わず、言うまでも無く様々な思惑が彼女に振りかかっていた。
それを知ったヴィグフィスは今一度剣を取り、幼い彼女の為に盾となる事を誓った。
労苦を厭わず、その身を懸けて。
それは大事な家族をも二の次にしてしまうものであったが、彼にとって家族を救ってくれた恩人を守る事は家族を守る事と同義だった。
故に今に至るまで様々な苦難があった。
それはガーディアンナイツの中で特に、ヴィグフィスとレオナ互いに。
お互いに一番理解している事もあり、口にする言葉もまた少なくなる。
口にしても全然足りない感情、ゆえに出てくる言葉が詰まってしまう。
「お疲れ様……ヴィグフィス」
「―――勿体ない御言葉ですっ」
彼女は感極まる感情を落ち着かせ、微笑みと共に労いの言葉を向ける。
顔を上げたヴィグフィスは目の前で優しく微笑むレオナを前に、抑えていた感情が溢れ出しくしゃりと顔が歪むと熱いものが頬を伝う。
眉を大きく歪め、唇を震わせ、情けないと叱咤するように歯を食い縛りながらも瞳から溢れる涙を抑えきれずにボロボロと彼は泣く。
そんな様子をルシードはやれやれと苦笑する。
仲間の中で彼が一番レオナに尽くし、そしてこれ以上ない程に耐えてきた事はルシードも知っている。
だが主君より先に、しかも年上のお前がそのように情けない顔でどうするんだ、とでも言いたげな顔を浮かべる。
「……色々と話したい事は沢山あるけれど―――」
安堵の言葉は途中で止まる。
その言葉の続きを待つ彼らは不自然に思いレオナへ目を向ける。
笑みを浮かべたまま、凍り付いた表情に変わっていく彼女。
「なん、で……? ウソ。ウソこんなの」
パキリ。
そんな乾いた音が不自然に響き渡る。
まるで卵の殻でも割ったような、そんな小さな音。
パリ、パキパキ、パキリ。
ヒナがその幼いくちばしで弱々しく外へ顔を出す為に叩くような。
パリン、パキン、パリ……。
バリン。
白色の大輪は食い破られ、中から黒色の禍々しい凶鳥が顔を出す。
それは血の色をした、親鳥を喰らったような色を宿して。
「何で! 絶対に、絶対に壊れない……お母様に教えて頂いた秘術だったのよ!! なんで……Elfの力でAlpを清めるってのは……嘘だったの?」
全力を持ってして放った術は目の前で砕け散る。
癇癪にも似た振る舞いで声を上げては、脱力してその場に膝を突く。
一度ならず二度も封印術を破られた。
彼女も力を過信していた訳では無い。何かを怠った訳でも無かった。
にも関わらず全てが徒労に終わり、無駄に終わってしまった。
レオナは魔王を倒す為に様々な修行や訓練を幼い事からさせられた。
拒否権も無く、逃げ出す事も出来ず、それに従い。
物心付いた頃から苦痛しか伴わなかったがずっと耐え、励んできた。
子供としての言い分は許して貰えず、何もかも我慢した10年以上……。
そうやって得た力はこの戦いで今、全て通じなかった。
「レオナ様!」
呆然とする彼女に立ち上がる力はもうない。
戦う以前に、心が折れてしまった。
そして折れた心へ羅列する自問は止まらず。
何の為にやってきたのか?
何の為に耐えてきたのか?
何の為に命を懸けたのか?
何の為に10年以上も頑張ったのか?
何の為に痛い思いをしたのか?
何の為に我慢したのか?
何の為に蔑まされても笑っていたのか?
何の為に戦ったのか?
何の為に今居るのか?
何の為にここに居るのか?
何の為に生きてきたのか?
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に
何の為に、ユウを逃がしたのか?
『悪いなレオナ……』
目の前に立つ闇色の巨躯はそう一つ呟く。
呻き声を上げて横たわる2人の姿。
何故倒れているのか? 彼女にはわからない。
何故目の前に魔王が居るのか? 彼女にはわからない。
自分を包む上から注ぐ、影は大きく腕を上げる。
一瞬、白い炎が見えては……消える。
それはすぐにElfの力だと彼女は理解する。
「どう、して……魔王がElfを……」
考える事をやめた彼女の虚ろな瞳から零れる涙と共に疑問が落ちる。
何故その力が?
そう問いかけたと同時に思い出す。
理解する。
しかし彼女は受け入れる事を拒み、理解した物を握り潰す。
『―――すまねぇ』
何故魔王が謝るのか。
そんな疑問も浮かぶがすぐに失せる。
考えるのはもう疲れた。
頑張るのももう疲れた。
何かをするのももう、疲れた。
彼女は震える溜息と共にその感情へ蓋をするのをやめると、ゆっくり瞑目する。
応えるように挙げられた腕は音も無く、振り下ろされる。
「ユウ、ごめん……ね。無理だった」
そう口にしながら彼女はユウと同じ所へ逝けるのなら良いか、と儚げに笑った。




