第四十四話 「………つれないじゃないか」
伸びる光の白柱は石で出来た地下コロシアム型の閉鎖空間を照らし、人影も転がる石ころも等しく輪郭を失う。
30m近い高さにある石天井に突如浮かび上がった20m程の巨大な水晶型魔法陣……セフィロトの樹に向けて、地を這いつくばる魔王より放たれた白柱。
その視界を奪う異常な白色の光景は思考と言う物を停止させ、そこに居る人間たちは本能的に防御姿勢に入る。
それはそこに居合わせるレオナもルシードも例外では無く、声を上げる事すらも忘れ身を守る。
やがてその光はゆらめきながらその輝きを失い、輪郭を白色の中に溶け込ませていた人影も石ころも自身の縁取りを現わす。
突然の光景に腕を盾とし、顔を覆っていたレオナとルシードは、ゆっくりその盾を解く。
だが一人だけ、ローズは呆然とそのまま佇み、上を仰いだまま動かない。
そして……
「……なに、アレ?」
ノイズが入ったようにして天井にある巨大な魔法陣はその形をブレさせる。
だが、レオナが声を漏らしたのはノイズが入ったからでも無く、ブレたからでも無く、
「さっきの魔法陣じゃ……なくなってる」
只でさえ理解が追い付かない事の連続で、更に不可解な光景が目の前に広がる。
そんな彼女を置き去りに、ローズはかくり、とゼンマイ仕掛けの人形のよう首を一つ傾け、
「……ローズ? また、何をし、て―――」
「レオナ様!?」
おもむろに動き出したローズに声をかける彼女は立ち眩みを起こし、膝を崩す。
咄嗟にルシードはそれを受け止める。
「大丈夫ですか!? 如何なされました!」
「ごめ、ん。なんか……力が少し抜け、ちゃって」
いくらか息を荒くしながらレオナはそう返すと心配をさせまいと微笑みを浮かべて返す。
そんな2人に目もくれず、ローズは一歩前へ。
『カヴは繋がりて、クリファは全てを隔絶せん。その慈悲からも慈愛からも……故に其れは初めて表裏と成るだろう―――』
彼女はそう口にすると晴天の青を見つめるようにただただ、その先へ視線を向ける。
その表情を無くした瞳に映り込む、逆さになったような形の赤黒い光を放つ樹を逆さにした魔法陣。
それが放つ血の色をした光は、彼女の鮮やかな淡緑の髪も昏く染め上げる。
『……おいどう言う事だよ。何だよアレはよォ!?』
魔王体の中でキサラギが顔を歪めて声を上げた。
そしてその場にいる3名も同じ感情で視線の先にある、不吉な色をした樹の形をした魔法陣を眺める。
樹は映りの悪い壊れかけのTVのように時々ノイズを走らせ、その下からは先程の白い水晶型の魔法陣が顔を見せてはすぐに消え、
『あ、あれもアニメやゲームでは散々見た覚えがござるが、このようなタイミングで出てくるとはとてつもなく不気味にござるな』
『そー言うのは良いんだよ! おいトシキ! Elfはどうなった!!』
『それが……』
困惑する中、白色の柱を撃ち出した彼が一番動揺していた。
まだ手の中にある白い炎を見つめ、小さく震える。
『無効化っつーか霧散っつーか、全部タダのプラスの魔力に変えられた』
掻き消えるような小さな声で、そう答えるのが彼には精一杯だったのであろう。
言葉の後に大きな固唾の音を鳴らすと彼は俯く。
『思い出した。セフィロト、表カバラ、生命の樹。―――そしてアレはクリフォト、裏カバラ……逆さの樹、死の樹なんよ』
口元に手をかけ、爪をかじりながらウメコは思い出した言葉を並べる。
それに対し一同は続く言葉に耳を傾け、
『そうだ、そうだよ。セフィロトは神聖なるモノを入れる器、セフィラの複数形。対してクリフォトは皮や殻、クリファの複数形……』
ガジガジと音を立て、深爪も構わず指を食う勢いで歯を立てる。
そして述べる言葉はいつの間にか独り言となり、ウメコはブツブツと何かを羅列し続け、
『セフィロトは神が次の段階に至る為の進化を解いた真意、対してクリフォトは逆の意味を持つとされるケド、霊的な作用を中心とした図式。
そうか。この2つが同時に作用してるからセフィロトでAlpの意識体を細分化して、収束する性質をクリフォトの霊的な段階を現わしたモノで更に細分化してただの魔力にしてるん……!
ってぇ事はぁ……Alp、Elf両方に作用する上に使う力が違った場合は裏と表を入れ替えて、無効化する仕組みにすれば。なる! なるる! って事はどこかにキーがあるはず。
ええっと、セフィロトは確かケテル、コクマー、ビナー…ケ、ケー、ケセド―――』
『で、どうするコレ。Alpは持ってかれる事は無くなってとりあえず落ち着いたけどよォ? おいトシキ。まだ残ってるElfどうなってる?』
『抑えてっけどドンドン持ってかれてる……』
呪文の如く独り言を唱えるウメコを余所に、キサラギは顔を向ける。
彼の手にあるその白炎は、弱い風に煽られた焚火のように落ち着きなくユラユラ。
火は辺りを不規則に照らしては一同の不安を煽るかのようだ。
Alpが一方的に吸収されて消滅と言う危機は免れたものの、切り札として残しておきたかったElfの炎が赤黒い魔法陣にどんどん持って行かれる。
Elfの力を使う思惑がある彼女たちにとっては、その力が持って行かれるのは相変わらず由々しき事態で顔をしかめる。
『……おかしい。本来は1個多いハズなのに、円がクリフォトと同じ数だあのセフィロト』
『は……?』
『あ、ぁああああああああ! そっか! そうか! そう、そう言う事なんね! わかったんよ……多分これなんよ! トシきゅん、ElfとAlpの力を同量でアレに撃ち込めるだけ残ってる!?』
『ん? あ、ああ。結構回収してたから……まぁさっきのあと2回は行けるが、全部使っちまうと自分らのクラック分がかなり怪しいくなっけど、行けるぜ?』
突然大声を出すウメコはいびつに口角を上げ、指を刺す。
何かを思い付いた様子で、その顔は何か確固たる何かを得た表情。
『狙うはあそことあそこ! あの、時々見える樹じゃない方……あの白い円と黄色の円の真ん中にAlpを、そんで赤黒い樹の方は逆で、根っこみたいなトコのちょい上にElf!』
『おーし、まかせとけー!』
右手に白炎、左手に黒炎を手にトシキは構え、ウメコの指示する場所へその炎を同時に放つ。
それはアニメやゲームで見かけるようなレーザーのように撃ち出され、同時に魔法陣へ当たると黒と白と赤の閃光が周囲に走る。
セフィロトの樹とクリフォトの図は互い違いに現れては消え、ノイズを走らせては不安定に大きく歪む。
入り混じる光はフラッシュを放ち始め、網膜を焼くような強い光を見せると黒い光と変わり、10m程の黒球体と化す。
そしてそのままゆっくり膨張を続け、広い石天井を飲み込むかと思われる程膨らむと一気に縮み、魔法陣と一緒にその姿は消える。
『―――消えた、のか?』
不安を抱きその言葉を零し、忌々しい魔法陣が消えた天井を見てキサラギは固唾を一つ。
返事するかのように視線の先で黒い電撃が小さく、バチリ! と走り乾いた音を響かせる。
その光景に安堵の溜息を深く吐くと下げていた視線を上げる。
向ける視線の先は……緑髪の人形のような顔となった、女。
『なめた真似してくれやがってェ。上ッッ等じゃねぇか。あァ?』
ギシギシと歯軋りを立て、憤怒の顔に大きく歪んだ笑みを浮かべては怒声を上げる。
向けるその眼光は獲物を狩ると決めた獣のように。
「……魔法陣が、消えた?」
一連の光景を眺めていた2人は、魔王の一撃により巨大な樹の魔法陣が消えた事に呆然と声を漏らす。
レオナは先程の気怠さが抜けたらしくルシードの腕の中から出ると一人立ち上がり、背を見せたまま動かないローズへ手の延ばす。
「ローズ……だい、じょう―――」
そう声をかけ終わる前に自分を含む2人をも隠すほどの影が落ちてくる。
その先を見上げると、吐く息を蒸気のように立ち上らせ、火のように赤い赤いルビーの煌めきを思わせる大きな目が2つ。
2つは不細工に歪み、それがローズに向いていると気が付いたレオナは抱き付く形で咄嗟にローズを庇う。
同時にローズが居た場所は粘土のように易々と抉れ、大穴が出来る。
「レオナ様! ローズ! ……くっ、ローズめ、まだ意識が」
魔王の一撃を間一髪で避けた2人に触れ、強化魔法をかけてその場から離脱を計るルシードは脱力したローズを一瞥してそう零す。
『クソがクソがクソがァあああああ!! ロォオオオオズ、てめぇだけは先に殺す。何されるかわかんねぇからな! コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……逃げてんじゃねェええ!!』
金属を擦り合わせた不快音に混じり聞こえるノイズ入りの声。
言葉の中に籠る吐き気を覚える殺意を、その黒色の身に見せながら宙を飛ぶ形でその場を離れるルシード……の抱えるローズを睨む。
と、同時にノーモーションでその巨躯を撃ち出した形で追ってくる。
魔王が居た場所はその衝撃で蜘蛛の巣状に大きな亀裂を造り、遅れて地面がへこむ。
『死ねやァああああああああああァ!』
―――しまった。と声を上げる暇もない程に影は伸び、ローズもろとも自分たちに迫る。
ルシードが咄嗟に打ち出す大剣の形をした火の魔法は寸前で身を捩りことごとく交わされる。その巨体に似合わぬ俊敏な動きで、空を蹴って全てをいなす。
その動きは先程までの戦闘はただの遊びだったのだと痛感させられるほどの超反応で……
『おっるァあああああ!!』
丸太よりも太い腕が、熊の手が赤ん坊の手に思えるほどの壁のような、暴力を形にしたような黒い爪が振り下ろされると同時に、響き渡る衝撃音。
その衝撃と風圧により地面の上へ投げ出されたルシードたちは咄嗟に身を起こし、構える。
だが、緑髪の女性はそのまま気を失った形で無残に転がる。
同時に、もう一つ大きな衝撃音と轟音を纏ったそれは、魔王の体躯を横殴りにすると粉々に砕けて石となってバラバラと乾いた音と共に地面へ。
「―――このオレを忘れてくれるとは……つれないじゃないか魔王よ!!」
それは先程、衝撃に巻き込まれ気を失っていたヴィグフィス。
彼は攻撃の衝撃などで抉れてめくれ上がった地面の岩を抱え、ギラリと目を光らせて笑うと3人の盾となる形で。
「ヴィグフィス……! ごめんなさい、助かったわ」
「御気になさらず! それよりも早くこの獣を始末いたしましょう。レオナ女王陛下」
背を向けたままちらりと顔を少し見せ、彼は不敵に笑う。
その鎧にいくつもの傷を作り、隙間から血を流していると言うのにこれ以上ない爽やかな声で、毅然として。
『上等、上等上等上等だゴルァアア!? 一人一人、虱潰しにコロしてやるァ!!』
威嚇を含んだ声を上げて、その陰で出来た巨体を魔王は膨らませる。
それを前にヴィグフィスは抉れた地面の中からパイプのようなものを毟り折ると、手に馴染ませるように何度か振って中段に構えた。
エヴァ世代なんです。(突然の告白




