第四十二話 「何があっても、またどうなったとしても」
ちょい長いです。
「っはぁ……はぁ、はぁ」
ブロンド髪の彼女は肩で大きく息をして目の前の影を睨み付ける。
岩のように大きな巨体の影のバケモノはそのギラギラ光る赤い目を細め、大きく腕を上げると小さなレオナへ向けて勢い良く振り下ろす。
迫り来る一撃を紙一重で掻い潜り、彼女は魔法を唱える。
「セディン・レグ!」
大地を砕き、その砕け散った石や砂を受ける魔王の目の前で起こる光。
それは言葉と共に瞬くとその中から現れた5本の白色の短剣が影に向かって飛ぶ。
しかしバケモノはその巨体を跳躍させて全て躱し、距離を取る。
獲物を失った短剣たちはひぅん!と虚しく空を切り、そのまま霧散する。
「レオナ攻め過ぎよ! にしても一気に距離を詰めたかと思えばまた距離を取って……魔王は何が狙いなのよ」
「巨体に似合わず動きも素早い上に身軽。昔にやり合ったドラゴンと変わらん大きさだが魔王の動きは予測が付かんな。Elfの力しか受け付けんと言う話がある以上、我らが攻められんのが何とも歯痒い物だ」
レオナを守る形でローズ、ルシード、ヴィグフィスの3人が前へ出る。
みな体のあちこちに傷を作り、その顔には汗が伝う。
魔王を倒す為に戦っていたが魔王と人間が戦ったのは200年前。
その時の書物などはいくらか残っているが、どのように戦ったや何がどう有効などの情報はほとんど無く、Elfの力のみ、効果があったとしかない。
戦いにおいて情報が戦況を左右する中、ゼロからそれを探り出しながら応戦すると言うのは精神を大きくすり減らす。
傷付いている3人に合わせて構えたレオナも同じく、その小奇麗なドレスのあちこちは小さく破け、その隙間から色白の肌が見え隠れする。
そしてその肌は朱に滲み、鮮血を僅かに流す。
先程から続く魔王との戦い。
戦いが始まってから1時間近く経つがお互いに決定打を与えられず、均衡した戦闘となっている。
しかし魔王側には疲労の色は見られず、対してこちら……レオナたちはいくらかの疲弊の色が浮かび始めていた。
肉体的な疲労は回復魔法で即座に解決が出来るが、精神的な疲労に関してはそうも行かない。
心への小さな疲労が少しずつ判断を遅らせ、隙となり攻撃を許す事になる。
それを狙っているのか魔王は深追いした攻撃は一切せず、あくまでヒット&ウェイを心掛けた攻撃しかしてこなかった。
こちらが焦れて無暗に突っ込めば隙となる。
かと言って守りに徹すれば持久戦となり、魔力の塊である魔王が有利なのは言うまでも無かった。
一同が苛立ちを噛み砕き飲み込む中、レオナだけは凛とした瞳で魔王へ視線を向ける。真っ直ぐと。
「ローズ、アレフ。土系の魔法か魔術で地面の破壊って出来る?」
切迫した空気の中、軽い口調でレオナは2人に尋ねる。
それは散歩の途中にふと何かを聞くかのような、そんな調子で。
拍子抜けした3人は間の抜けた顔でレオナへ顔を向ける。
「魔王はElfでしか効果が無いと思っていたけれど、もう1個効果がありそうな物に気が付いたの」
「もう1個……?」
「大地……土とか砂がさっき魔王にかかってたの。傷を与える事は出来なくても、動きを一瞬でも制限出来る形に持って行けるなら、かなり有効じゃない? もしかしたら本当は物理的な物もいくらか受け付けるのかもしれない」
レオナは魔王が一撃を撃ち込んだ地面を見やる。
そこには大穴が開き、地面の石畳がめくり上がって土が顔を見せていた。
先程、魔王は大穴を開けた際に飛び散る石片や砂を浴びていた。
もしElfの力しか受け付けないと言うなら説明が付かない。
よくよく考えれば戦いになる前、魔王は話し合いの為にこの施設に転がっていた石椅子を集めて回ったり、転がってる石を拾って渡してきた。
そして何より、魔王は自分たちと同じく大地の上に足を下ろしている。
「情報が殆ど無かったから言い伝えを丸呑みにしちゃってたけど、突破口があるかも」
「しかしレオナ女王陛下よ。この自分の剣は魔王に対して通じず、剣は霞を斬るかのようにすり抜けました」
一同の中で一番傷を作るヴィグフィスは、いくつも抉り痕を残した鎧にいくらか触れながらそう口にする。
その傷は前衛を受け持ち、剣を手に前へ出たヴィグフィスの攻撃全てがすり抜け、一撃を許した痕だった。
レオナの予想で考えれば彼の剣戟が入らなければおかしい。
それを身を持って証明しているヴィグフィスは危険な賭けと察し、口を開いたようだ。
「わかったわ。とりあえずそれを確かめてみましょう。
ローズとルシードはさっき言った通りに破壊した地面のいくらかを魔王に有効か狙って。そしてヴィグフィスはこれを剣風撃に交えて、魔王にバレ無いように投げつけて」
「―――これ、ですか?」
「うん。私の予想通りなら、それはすり抜ける。もしダメならダメで考えるから」
ヴィグフィスに渡されたのは何の変哲もない一つの石だった。
彼はそれを片手に口をつぐむ。
指示された剣風撃…それはヴィグフィスが昔より黒き疾風と呼ばれるようになった由来の技であり、自身に風を纏ってそれを剣に乗せて撃ち出す剣技。
だがそれは魔力を強く含むせいで魔王をすり抜けてしまう。
その為、対魔王には使えない技…。
「それじゃみんな準備!」
「ぎょ、御意!」
「わかったわ」
「はっ!」
彼女の狙いを理解する前に声がかかり、一同は構える。
距離を取ってそれを眺めていた魔王は待ちかねたと言わんばかりにその長い長い尾を大きく揺らし、首をもたげる。
先程より、魔王はこちらが準備が出来てからしか襲って来ない。
攻撃したとしても執拗に追撃せず、深追いせず、距離を取り、相手が洞察する間を与え、準備が整ってからそれに応戦する。
恐らくそれは時間を与え、彼女たちが魔王を攻略法を見出したところを完膚なきまでに打ち砕き、心を折って確実に仕留める為か。
一言で言えば、強者の余裕とも言える。
さぁ攻めるぞと言わんばかりに大きく声を上げた魔王は、その熊のような巨体を弾丸のように撃ちだし、レオナ目掛けて突っ込む。
「破壊よ、破砕よ、破断よ! 彼の者が踏み締める地を汝らの名のままに翻弄し、淬ぐ赤の波の如く呑め! グラッシュイ・ヴァージ!!」
「劣情、激情を喰んだ生娘の踏む踊りの足は種と成りなさい。大地に芽吹いた其れは棘を孕みなさい。その棘はいつしか喰んだ情を晴らす大輪を見せるでしょう。ダーヴィシュアディレス」
迫る影に向けて緑髪と銀髪の2人は魔法を放つ。
正確に言うと魔王付近に対して、強力な大地系の魔法を炸裂させる。
魔法を受け、大きく割れてめくれ上がった大地は施設内の石床を砕き、巨大な槍のように縦横無尽に突き出す。
障害物と化した大地はダメージこそ入らないが進行する魔王の足を阻む形となり、魔王は忌々しいと言わんばかりに大きく腕を振ってそれらを粉々に打ち砕く。
腕を振り払った先にはいつの間にか白銀の騎士、ヴィグフィスが剣を構える。
魔王は一瞬身構えるが、彼の攻撃は無意味と言わんばかりに攻撃の手を止めた。
目の前で彼が放つ暴風を纏った剣戟は、辺りの砂だけを巻き上げ、風にさらわれた砂や色々な物は魔王に当たったり、すり抜けたり……。
その中で先程、レオナが渡した白い石は魔王をすり抜け、足元を転がるが気付かれない。
無意味な一撃に対し嘲笑うように目を細めていた魔王は視界の先に不自然さを覚え、上げていた口の端を下ろす。
―――レオナが見えない。
周りを見渡すが3つだけしか人影が無い。
広いこの召喚施設には隠れる場所などある訳も無く、あえて身を隠せるような場所は今、めくれ上がった岩の影くらい。
しかしそのような気配も無く、隠れる意味がわからない。
逃げたにしてもそんな素振りは無かった。
「――――よ、浄化と清浄交わりて十字と化して聖檻と成れ」
魔王の足元を中心に円陣が展開し、中心に降り注ぐ数多の十字架。
清涼を含んだ詠唱の声は十字架と同じく、頭上から響き渡り、魔王は顔を上げるとその先には高く打ち上げられたレオナが十字を片手に落下している。
自分を妨害する形で大地を破壊し、そちらへ意識を向けさせその矢先にヴィグフィスによる無意味に思えた暴風を纏った一撃。
そして足元で忌々しく輝く白色の石。
石その物はどこにでもある物だが、よく見れば何かの紋章が描かれており、そこを起点に術が展開されている。
即席であったが、二重三重と意識を攪乱させた攻撃の数々。
それは最終的にレオナを魔王の意識から一瞬でも外させる物で、余裕と言う名の油断をしていた魔王には効果絶大であった。
してやられたと影は顔を歪めるが、周りを囲む十字架は等間隔で大地に刺さり、光を増して行く。
「……ちょっとレオナ無茶し過ぎよ」
落下するレオナを受け止めたローズは彼女を受け止めると風魔法を使ってそう呟く。
先程の作戦ではこのような事をするなど一言も言っていなかった。
こんな無茶をするなんて誰に似たのかしらとつぶやこうとして、ローズはユウの事を思い出し小さく笑う。
「早く魔王を封印して、ユウのとこに行かなきゃ。急がなきゃだから」
抱きかかえられたレオナはそう口にすると十字架を握り直し、術に集中する。
魔王の言葉が本当ならば時間が無い。
仮に間に合ったとしても魔抗病の治療の仕方など到底わからないし、手立てなど無いだろう。
そんな事を考えながらレオナは、そうじゃない。と気が付く。
―――自分はまた、ユウと会いたい。ただそれだけなんだと。
そう自覚する。
それを自身で理解した彼女は一層強く、強く力を集中する。
このまま魔王を、封印する為に。
空中から見える十字架によって造られた光の円は光の玉のようになり、眩く白色を放って辺りを強く照らす。
『あぁ、良いゼ……思った以上じゃねェか』
一面を染める白色を穢すようなその擦れた声。
そしてビシリと大岩にヒビが入ったような不快音が、一つ。
それに対して思考する間も与えんと言わんばかりに爆風が巻き起こり、宙に居たレオナとローズはその風に煽られ、地面に叩き付けられる。
「……かはっ」
背中を強く打ったローズは吐く息と同時に激痛の余り声を漏らす。
咄嗟に庇ったレオナは無事で腕の中で小さく動く。
『あハ、あははははははハ!! 良いじゃねェか!! 思ったよりやるじゃねェか!!
これならクラックも予想以上に入るだろうよ!!』
光檻は砕け散り、夜空に瞬く星々のように輝いてはゆっくり光を失っていく。
その中で気が触れたように頭を振りながら魔王は両手を広げ、その巨体を揺らしては高笑いする。
「レオナ様! ローズ!無事か!」
いくらか離れていた距離に居たルシードが駆けより、横たわる彼女らに回復魔法を施す。
ローズたちは身を起こし、魔王の近くで倒れている人影に気付く。
『あぁ……お嬢ちゃんにゃァもぉおおおっと、本気になって貰わないとだし、な?』
ズシリ、と太い脚を一歩前へ出し、魔王は口の端を汚らしく曲げると目の前で倒れるヴィグフィスへ視線を向ける。
地面に倒れる彼は小さく呻き声を上げるが、動かない。
魔王はワザとらしく首を傾げ、悲痛の声でヴィグフィスの名を口にするレオナを一つ嗤うと鋭利な爪をむき出し、その黒手を振り下ろす。
駆けようと立ち上がるが間に合う訳もない。
そんな彼女よりも早く、無防備な彼へ絶望が―――
訪れる筈だった。
それは起こらず、別のものがそこに居る者たちの耳へ訪れる。
ドスンッッ。
大きく空を切って地面の上でバウンドして落ちる、黒い塊。
乾いたその音は辺りにいくらかの静けさを作る。
『な……に?』
目を向けた先にある黒い塊は、振り下ろされたはずの魔王の右腕。
それは二の腕近くから叩っ斬られたかのような断面で、当の魔王も何が起きたか理解が出来ずに呆然とする。
そして魔王はゆっくり視線をレオナに向け、
レオナは……
「―――ローズ?」
振り返った先で、そう口にする。
そこには緑髪の彼女が手を伸ばし、静かに佇む。
ローズの顔は感情と言う物が奪われたような表情で、魔王へ視線を向けるその瞳もどこか遠くを見つめているかのような、虚ろ。
「―――せない。奪わせ、ない。何があっても、またどうなったとしても、助けるって……決めたのだか、ら」
いつもの彼女とは違うその口調、それは表情と同じく無機質な喋り。
呆然とする仲間を余所に彼女は合奏の指揮者のようにそっと、腕を両手を広げる。
『は、はァあ!? 何だコレ、は!!!』
音も無く魔王とローズの頭上に広がる光の方陣。
10個の円と22本の線……小径を用いて描かれる。
それは強く白色を放つと、魔王の自由を奪う。




