第四十一話 「何を強く、」
「お前のせいじゃ、ねぇだろ」
彼は三白眼をいくらか細めながら眉をひそめてそう口にする。
この声は聞き覚えがある。
ボクがこの世界で死にかけた時に話しかけてくる声……
「なん、だよ……魔王。何の用さ」
半身を起こし、向き合うとボクは睨む。
ここがどこかはわからないが……この不自然に真っ暗な空間、現実じゃない。
ボクはさっき魔抗病が一気に進行して血を吐きながら気を失ったはずな事を考えると、
夢の中か……死ぬ間際か。
「用も何もこれから仲間だからよ、ヨロシクって訳だ」
「仲間……?」
「そ。覚えてるだろ、魔抗病が一気に進行してお前は死んだんだよ……そう言うこった」
彼は右手を上げると挑発するようにヒラヒラと宙を泳がせる。
死んだ? 今こうやって魔王と話をしているボクは実感がわかない。
そして見やる先にぼやけた映像。
それは映画のスクリーンを見てるような感覚で、そこには交戦しているレオナたちの姿。
「レ、レオナ!?」
「あー……お前がこっちに流れてくるちょっと前くらいに戦闘が始まったんだよ」
「魔王、お前!!」
「だーかーら! 言ってるだろ? 俺たち界客が現実の世界に戻る為にはクラックを作らなきゃいけねぇんだ。そいつはElfとAlpによる衝突……摩擦を起こして空間に亀裂を作る。そこを通じて俺たち界客はやっと現実世界に帰れるんだよ」
「その為に殺すって言うのか……! ふざけるなよ!」
怒声を上げながら立ち上がろうとするが、膝から力が抜ける。
立ち眩みにも似た感覚は足へ脱力と言うものを与え、ボクの意思に反して立ち上がるのを邪魔する。
「おい、トシ坊。説得しても無理つってんだろォ? 好い加減諦めろって言ってんだろうがボケ」
奥から現れるOLっぽい茶髪の女性。
彼女は釣り上がった目を細め、舌打ちをしながらボクの前へ。
「おーおーさっきはおかあちゃんおねえちゃん言ってビービー泣きじゃくってたクセによォ?
ちったぁ威勢良くなったじゃあねぇか。やっぱ男はそんくらいじゃあねーとな?」
目の前でしゃがみ込むと馬鹿にした口ぶりで口の端を上げながらボクを見やる。
苛立ちと人の事を見たなと言う怒りを交えた感情が溢れ出し、堪え切れずに歯軋りして口を開ける。
「だ、誰ですかアナタは……。それに何も知らないくせに、母さんと姉さんの事を口にするな!!」
その一言に彼女は上げていた口の端を下ろし、眉をひそめては首を傾げる。
そして「はんっ」と鼻で息をすると立ち上がり、腕を組みながら仁王立ち。
「ああ。しらねぇな? アタシはおめーじゃぁねェからな? ……ケドよォそれを言った時点で、おめぇはウチらがレオナを殺すと言ってる事にもなぁーんにも言えなくなる訳、だ」
「なん、でだよ! 意味が分からない!」
「さっきコイツ……トシキがおめぇのせいじゃねぇとかナントカって綺麗事を言ってたケドよぉ、おめぇは自分のせいでおかあちゃんねえちゃん死んだと思ってんだろォ?」
……そうだ。
2人は自分が殺したも同然。
周りが何と言おうと、子供だったから仕方なかったと言っても……切っ掛けになったのは自分。そして姉さんだけでも救えたかも知れなかったのに何もしなかった自分。
ボクは自分のワガママで殺したんだ。
「っつー事はお前はお前の事実があって、それは誰が何を言おうと変わりゃしねぇ。そう簡単に消える事も、無ぇ。―――違うか?」
「……っ」
「アタシらもこの世界にはロクでも無ぇ世話になった。
まー色々混じってるのもあっけどォ、ひっくるめてこの世界全てが憎い、そしてくたばるなら元の世界が良い。おめぇにアタシらが受けた苦しみなんて到底理解出来ねぇだろ? ウチらがおめぇの後悔を理解出来ねぇように、な……」
その言葉通りボクは彼女の気持ちや事情を知らない、仮に聞いたとしてもレオナたちを殺すと言う話に対して賛同する事は絶対に無い。
お互いに話を聞いて、わかりはしても理解と納得はきっと無理だ。
俗に言う価値観の違い……イジメの時でもそうだったけれど、同じクラスメイトですら家庭環境が違うと言うだけでその考え方はまるで違った。
別の世界で長い月日を過ごしたこの人が抱えてる物はボクには到底理解なんて……出来ない―――
「だからって、好きな人間が殺されるのを黙って見てろって言うのか!」
血が足りないような感覚が襲う中、震えながら無理矢理立ち上がる。
痛みが無いなら構う事はない。
身体がいくらか動くなら言う事を聞かせるまで。
「アハハハハハ! そうだなァ! 確かにな!
でもよ、結局お前は何も出来ないんだよ。あの駐屯地に居た時もっと慎重に力を使っていれば、あの時もっと詳しく知ろうとしていれば嬢ちゃんだけでも助けられたかもしれねぇのによ。死がすぐそこにある世界だって一番さぁいしょに知ったハズなのに、おめぇは何もしなかったんだよ」
悪辣な人間が浮かべるような顔をしたかと思えば、彼女は激情を込めた表情に変わる。
苛立ちにも似たそれを込め、ボクを睨み付ける。
「おめぇはてめぇのせいだ助けるだ何だ言って、肝心な時に何もしなかった口だけのガキなんだよ!
この世界で運良く命拾って、何してたんだ!?
死んだもんは帰ってこねぇ! 殺られた人間は終わりなんだよ! ……なら奪われたなら、奪い返すしかねぇだろォが!」
何故彼女がボクへそんな感情を向けるのかわからなかった。
けれど、その言葉はボクの感情を掻き毟る。
今まで、誰も言わなかったその罵声……。
「―――だからおめぇは終わるまで静かにしてろ。事が終われば嫌でもアタシらと仲良くやんなきゃなんねぇんだからな。死で繋がった以上は、な」
言葉が届くと同時にお腹に撃ち込まれる重い蹴り。
そのまま黒い地面の上に一度跳ね、呻き声をボクは上げる。
「チッ。一気に意識持ってったつもりがルシードの魔力が残ってんのかよ……。めんどくせぇなァ」
痛みは無い……けれどさっき以上の脱力感が重く圧し掛かり、身体がうまく起こせない。顔を向ける先には背を向けた女性の姿と、魔王……少年の姿。
その遠くにはスクリーンのような大きな画面。
そこにはヴィグフィスさんが盾になり、ルシードさんとローズさんが奮戦し隙を作ってレオナが何かをしている。
みんながみんな今までにない程に必死で、今までにない程、全身に傷を作りボロボロだ……。
ぼやける視界の先に見えるその光景は、ボクの目から見ても一方的だ。
ヴィグフィスさんが必死に耐えてるけど時々受け切れていない。
「また、目の前で見殺しに……するのかよ」
もう、嫌だって……この力はみんなを助ける為にって言ってたんじゃないのかよボク。
『死んだもんは帰ってこねぇ! 殺られた人間は終わりなんだよ! ……なら奪われたなら、奪い返すしかねぇだろォが!』
さっきの女性の言葉が頭の中で木霊する。
そうさ……死んだら、殺されたら終わりなんだ。
奪われたら、奪われたら、終わり。
奪われる前に、奪われる前に……
「なら、せめて……せめて、一撃……!」
這いながらそう口にして魔力を集める。
しかしそれは集まる事も無く、何も感じない。
「何でだよ……このままじゃ、また母さんと姉さんの時みたいに、見殺しなんだよ! もう嫌なんだよ!
さっきまで馬鹿みたいに使えたのに……くそぉ!」
意識ははっきりしているにもかかわらず、何も出来ない自分に罵声を浴びせる。
それすら無駄だとわかっているのに、ボクはそうせざるを得ない。
何か、
何か方法は……
力を、
力を集める、方法は……。
『……わーったよ。どうにかしたいなら最初に一人で練習してたあの感覚を全身に回せ、そして散らばってるてめぇの血を代償にと強くイメージしろ』
思い出されるこの世界に来て最初に死にかけた時に聞こえた魔王のセリフ。
―――この世界は、何で出来ているんだっけ……。
物質と、魔力。
確かそれは界客も同じ、だっけ。
ボクはイメージでネトゲのスキルを使った。
イメージで作られる世界だとして……
この世界に飛ばされたボクは14歳じゃなく、11歳。
どうして、11歳だ。
11歳は……3年前。母さんと姉さんが死んだのが3年前。
自殺する時……ボクは何を強く、想った?
何を強く、後悔していた?
「ば……っ! やめろてめェえ!!!」
女性が今までに無い焦りを含んで叫ぶ。
でも遅い。
気が付いたんだ。
わかったんだ。
繋がっていると言うなら奪ってやる。
レオナたちを奪うって言うならその前にお前たちから奪ってやる。
足掻いて、足掻いて足掻いて足掻いて、目の前の大事な人だけでも絶対に……奪わせない。
全身に、自分の全てに魔力を集めるイメージを
その力で自分を作るイメージを
自分の身体が再生するイメージを
何もかもの耐えられる、イメージを
……瞬間、視界が黒から白へ。
「――――がはっ!」
器官に残った血を吐き出し、ボクは身を起こす。
うまく定まらない視界を前に軽く頭を振り、脳を現実に引き戻す。
「うまく……行った?」
そこは最後に見た平原。
イチかバチかで自分自身を代償に、自分自身を再生をしてみると言う試みがアッサリ成功して少し呆然とする。
拍子抜けをしながら身を起こし、自分が倒れていた場所へ目を向けてぎょっとする。
先程、あれだけ血を吐き出し作ったハズの溜まりが地面から綺麗サッパリ消えていた。
血塗れだったハズの水色のドレスも土が付いているだけで、血糊は一切無い。
もしかして再生するイメージの時に血肉と強く思ったせいで消えたのか。
そんな予想で整理をしながら自分に触れて変化が無いか身体の確認をする。
触れた感じだと何も変わっていない。先程との違いと言えば倒れた時にあれだけ苦しかった痛みとか諸々が全部無くなってるくらいか。
落ち着いたボクは辺りを見回し、その風景に変化が起きている事に気付く。
「霧が全部流れてるや」
視界の先にはだだっ広い平原のみで、あれだけ邪魔に思った霧は全部消えていた。
いくらか時間が経ったのもあるから、風で流れたのかな?
立ち上がるとあの少女から貰った地図を広げる。
それはいくらか血が染み込み、先程死にかけたのは嘘じゃないと静かに語る。
「今から転移施設に行っても……」
転移と言う言葉を口にしてボクは地図を仕舞い込むと目を閉じ、左胸に手を宛てる。
みんなの元へ、レオナの元へ行く、イメージを。




