第四十話 「お前のせいじゃ、ねぇだろ」
グロ描写中心の話なので御注意ください。
「ほら悠、桜が綺麗よー?」
後部座席で不貞腐れているボクに、運転席の母さんが窓の外の桜並木を眺めては声をかけてくる。
左後部座席にボク、右に姉さんと言った感じでいつものポジション。
「まーた拗ねてるよー。土曜でしかもお昼なんてショッピングモールは混むの決まってるじゃんー。好い加減機嫌直しなってば?」
姉さんは拗ねるボクの頭やほっぺををツンツンして、いつもの調子でちょっかいを出してくる。
これもいつも通りの事で、姉さんはボクの頭をボールみたいに突っつきながら外を眺めては桜並木を前に声を漏らす。
うちはボクが小さい頃に離婚をし、母子家庭で3人家族。
居ない父親に関しては、多額の借金を作って母さんに押し付けて逃げた人間、としか知らない。
そのせいで母さんは土日も働いている事が多く、姉さんが家事全般をこなし、ボクの面倒を見ている。
それをクラスメイトに「土日もお母さんと出かけられないとか、お前んち普通じゃねー!」などとからかわれ、母さんにワガママを言って大型ショッピングモールへ出かけたのだがあまりの人の多さに食事もロクに出来ず予定変更。
そして食事を終え、気晴らしに群馬の桜を見に行く事となり今に至る。
「ユーウ。帰りにまたちょっと寄ってあげるから、それで我慢しなさい?」
「お母さんはまたそうやって悠甘やかすー。それだからだーめなんだよー」
「晩御飯の買い出しのついでよ。また混んでたらそのまま近くのスーパーに行くから」
ボクは拗ねた手前、返事出来なくてそんな会話を聞きながら流れる桜並木を眺める。
久々の家族全員でのお出かけで凄く嬉しかったけれど、人混みのせいでロクに店を回れなくてボクは不貞腐れていた。
「じゃああれだねー。またショッピングモール行ったら悠にスカート買ってあげなきゃねー」
姉さんはニヤーっと嫌な笑顔を浮かべては変な事を言ってくる
「や、やだよ!? ボク男なのに雪ねぇはなんでまたそう言う事するのさ!」
「雪はまたそうやってー。あまりあのアニメみたいな格好させるのは流石に可哀相よ?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。悠は見た目も声も女の子みたいだし、そんな風に出来るのは今の内だけだから大丈夫! リタカノコスやるのも今だけだよ!」
姉さんは男同士で好きになる漫画とかが好きで、何故かボクを女の子の格好にさせたりとかしてた。
なんでも男の娘だとか…姉さん曰く、自分は腐女子だから! とか言ってたけど当時小学5年のボクにはその趣味がよくわからなかった。
そして何かあると姉さんは魔法少女リタカノのコスプレをボクにさせていた。
まぁボクもリタカノ大好きで、台詞とかポーズとかは一通りマスターしてたりしたので嫌がりながらも結局は姉さんの言われるがまま…だったんだけどね。
「全く……最近はお母さんは雪の将来が心配よ?」
「えー? 私普通だよぉ。友達とかもみんな―――お母さん、後ろのトラック」
「やだ。こんなとこで追い越しとか……ちょっと!!」
「お母さん!!」
次の瞬間、隣を振り返る間もなく激しい金属音と共に真っ暗になった。
ビィイイイイイイイイイっと延々と鳴り続けるクラクションで目が覚め、痺れる身体を起こして辺りを見回す。
鉄の匂い、土の匂い、樹木の匂い……血の匂い。
クラクションが鳴り続けるその先にあるフロントガラスは大きなヒビを作り、その上を塗り潰すように赤い物が放射線状に広がる。
運転席がぐしゃぐしゃに押し潰されドアは大きく変形し、ボタボタボタ…とシートの上に水が落ちる音。
運転席で潰れ、シートベルトをビンと張っては俯せになって真っ赤に染まって動かない、母さん。
「おがあ……ざん……?」
声を上げると同時に手を延ばそうとして、気が付く。
自分にも同じように赤い物が、血が纏わりついてる事に。
右へ目を向けると頭から血を流し、呻き声を漏らす姉さん。
「ゆ、う……」
さっきトラックが突っ込んだと同時に姉さんが庇ってボクは怪我をせずに済んだようだ。
けれど右後部座席側のドアも大きく歪み、ガラスも砕けていた。
その歪んで金属部分を剥きだしたドアや、砕けたガラスで身体を傷付けた姉はあちこちから出血をする。
「雪ねぇ……血が! け、怪我!お母さんも……ど、どうしよう!」
突然の惨状にテンパっているボクは泣きながら震える。
姉さんは血塗れの顔を起こして運転席を見つめ、手を伸ばしてハンドルに突っ伏して動かない母さんの肩へ触れる。
「お母さん、お母さん……しっかりして、お母さん」
弱々しく揺さぶりながら姉さんは声をかける、けれど母さんの身体はそれに合わせて揺れるだけ。
姉さんが強く揺らすとだらん、と腕が垂れては頭もずるりと釣られて垂れる…。
その頭は大きくひしゃげ、ボクは非現実な光景に耐え切れず、嘔吐する。
「お母さん……ウソ、でしょ……」
顔を歪め、そう口にすると触れる手を離し、邪魔なベルトを外してボクへ身を寄せる。
過呼吸を起こしながら戻すボクを落ち着かせようと手を握り締め、声をかけて。
「悠、落ち着いて……」
「ひ、ひっぐ……お、おかあ、おかあさっ……えっぐ!」
さっきまで普通に話をしてたのに何で……何で。
ボクが拗ねてたから?
ボクが人混みが嫌だってワガママ言ったから?
ボクがワガママ言って出かけたいなんて言ったから?
自分のせいでお母さんが、自分のせいで姉さんが……ぐるぐるとその言葉が後悔が溢れ出す。
「ほら、お姉ちゃん居るから、大丈夫。大丈夫……」
そんなボクを必死になだめようと姉さんは自分が傷だらけにも関わらず、抱き締めてずっと声をかける。
しがみ付き、ただただごめんなさいと泣きじゃくる。
そして姉さんはうまく動かない手を伸ばし、自分のポーチから携帯を取り出す。
「う……ここ、圏外だ」
折り畳みの携帯を開き、アンテナを確認した姉さんが沈んだ声でそう零す。
姉さんはボクから離れると身体を動かそうとするがバランスを崩し、右のお腹上辺りを押さえ、脂汗を流し始める。
「ご、ごめんユウ……お姉ちゃん、ちょっと動けそうにない、かも」
痛みに顔を歪めながら無理をして口角を上げて笑顔を作る。
しかし息遣いは荒く、気のせいかその音の中にヒューヒューと言うストローを潰して吸うような、変な音が混じっている。
「雪ねぇ、雪ねぇ! ど、どうしよう、どうしよう!」
「ケータイも繋がらないし、助けを待つか、呼ぶ……か」
そうやって顔を上げ、ひび割れた窓の先を見つめる。
山道のカーブでトラックとぶつかり、ガードレールを突き破って崖へ落ちたらしく、木々が生い茂る中見える先には破けたガードレールの白色がいくらか見える。
しかし崖と言っても切り立った物では無く、傾斜はいくらかあるものの歩いて道路へ出れそうな場所がここから見える。
車道に出て助けを求める……だが使われる事があまりない道のせいか車通りは絶望的に少なく、ほとんど車が走っていない。
「こんだけ車少ないと……誰か助けを呼んでくれてるって可能性は、低そうね」
目を細めて道の先を眺めながら姉さんがそう口にする。
視界の先には崖の土色、春になって新緑が芽吹く木々、それに合わせて対比を見せる桜の淡い彩り、空の青色。
「これなら悠に道へ近くに行ってもらって……助けを呼びに行ってもらうのが良いのかな……?」
「や、やだよぉ! 雪ねぇは? 雪ねぇ放って行けない! ヤダ!」
流血で頭から真っ赤に染まり、蒼白の混じる姉を前にボクは首を大きく振って否定する。
姉さんがこんな状態なのに放って助けを呼びに行くなんてその間に何かあったら……と視界の端に映る動かなくなった母が過り、余計恐怖に駆られる。
そんなワガママ染みた言葉の前に姉さんは説得しようと続けるが、ボクは強く嫌がり、彼女は諦めると一緒に待っていようかと、小さく答える。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
陽が大分傾き、青かった空も焼けるようなオレンジ色に染まりつつあった。
相変わらず救助は来ず、道を通る車はほとんどいない……。
「悠は温かいねぇ……」
ヒューヒューと声とは違う音を呼吸に交えた姉が、ボクを抱き締めながらそう言ってくる。
陽が傾きたせいで気温が下がってきた。そのせいで姉さんはボクで暖を取るように抱き締めてくる。
目の前のお母さんの上には姉さんが使ってたひざ掛けを被せ、見えないように姉さんが隠した。
姉さんは泣くのも我慢し、ずっとボクに声をかけて心配をしてくれていた。
だが、日が沈みかけた辺りから姉さんはあまり喋れなくなる。
「……お姉ちゃん、ちょっと眠くなってきたから少し寝るね?」
「う、うん」
姉さんはボクの頬を撫でていつもみたいにハハッと笑いそう口にしてくると、膝枕をするような形で頭を預けて眠る。
ボクは姉さんのポーチを開けて携帯を探す。
中には化粧品とか、母から貰った薔薇の香水とか、櫛などが入っておりナカナカ携帯が出てきてくれない。
やっと携帯を見つけては液晶画面を開いてすぐに閉じる。先程と変わらず圏外だ。
暗くなり始める景色、どうしたら良いのかわからない恐怖の前にまた泣き出しそうになる。
そんなボクの頬を冷えた手がそっと触れて、なぞる。
「……悠、もし、お姉ちゃんが起きなかったら……お姉ちゃんにもお母さんにも構わず、い―――」
潤んだ瞳でボクを見ながら言葉をかけてくる。
けれどその言葉は段々弱々しくなり、最後の言葉がうまく聞き取れない。
薄紫色のくすんだ唇がゆっくり動き……こぷり、と小さく血を吐き出して薄目を開けたまま止まる。
触れていた手はずるりと勢いよくずり落ち、ボクの膝の上へ。
「雪ねぇ……? 最後、何て言ってるのか聞こえなかったよ……雪、ねぇ?」
冷たい。
呼吸も無い。
さっきまで喋っていた姉は日陰のコンクリートみたいにひんやりしてて、寝てるみたいに動かない。
「おい! 君、無事か!? こちら事故車と思われる軽を発見。搭乗者2名……3名確認―――」
「ねぇ、雪ねぇ。誰か来たよ……助かったよ? ねぇ起きてよ、起きて……起きてよ雪お姉ちゃん」
その後の事は覚えていない。
気が付いたら病院に居て、血相変えた親戚が集まって、ボクだけが生き残ったのだけ知った。
あとは居眠り運転のトラックに巻き込まれただとか、トラック運転手も即死だったとか、姉さんは肺に穴が開いてたとか、日が暮れる前に処置が出来ていれば助かったとか……。
結局はこうなんだ。
「ボクが2人を……姉さんを殺したんだ」
夢から覚めるように仄暗い闇の中でボクは目を開ける。
「あの時、ボクが車道にまで出て、助けを呼びに行ってれば……ワガママなんて言わずにいればお母さんだって……っ」
取り返しの付かない事だってわかっている。
けれど、とめどなく溢れる後悔は抑えていた物全てを押し退けて胸の内をぐずぐずと蝕む。
「お前……」
闇の中で泣きじゃくりながら乾いた声で笑うボクを見下ろす一つの影……。
それはボクよりいくらか年上な感じで、ブレザー姿の三白眼の少年。
彼は辛そうな表情でじっとこちらを見つめ、そしてゆっくり口を開いた。
「お前のせいじゃ、ねぇだろ」




