第三十八話 「で、キミはどうしたいんだい?」
「なん…っでだよ…」
膝を突き、歯軋りをしながら一人転移魔法で飛ばされたボクは地面を強く叩く。
また独り残されるのか?何も出来ないまま…。
嫌だ嫌だ嫌だ―――と駄々をこねた言葉が胸の内を掻き毟る。
ボクは自分がスカート姿だった事も忘れ、立ち上がろうとした時にそのピンクと黒の裾を思い切り踏み付け、ひっこける。
這いつくばりながら顔を上げると、目の前に小さな人影。
「あれー?もう誰か来たと思えばローズでもレオナちゃんでも、眼帯くんでも筋肉ちゃんでもないじゃん?」
ズルズルとだらしなく銀と黒の奇抜なローブを引きずりながら、間延びした口調の女性が視線の先に。
見た目は生前のボクと同じくらいの14歳辺りのようで身長も150cm程度。
小柄な少女、この一言を表したような容姿。
そしてその後ろから顔を覗かせる栗色の猫っ毛をした、白いドレスの小さな女の子。
恐る恐る視線をこちらに向け、じっとボクを見つめてはボクと目が合うと顔を隠す。
「んんー?そんでキミってば誰かな?」
這うような姿勢のボクに対し、奇妙な服装の彼女は膝を折り視線と合わせると、インコのように首を傾げてはじっと見つめてくる。
それに釣られて彼女の明るいオレンジ色のショートが小さく揺れる。
「ボ、ボクは新城悠…ここはどこなんですか…」
名前を口にするボクを余所に、彼女は脇に転がるひび割れた青い石を拾い上げ、傍にあったレオナの手紙が入っていた封筒へ手を伸ばす。
「―――キミのそのドレス見覚えあるね。状況はよくわからないけどこれ、レオナちゃんの文字だよね?…んんー、ここで話も難だし上に行こっか。おいで」
早口にそう口にすると彼女は立ち上がってはそそくさと歩き出し、先程の女の子が仔犬のように後に続く。
先を行くオレンジ髪の彼女は、長すぎる袖から見える指先をチョイチョイと動かしてこまねく。
ボクはそれに従い彼女の後を付いて行った。
「まぁとりあえずお茶でも飲んで、落ち着いてから話をしようじゃないか」
彼女に招かれ、広い応接間の椅子へと腰掛ける。
メイドさんが一人、お茶を淹れる終わると彼女の側へ戻る。
青髪にキツイ目付きの…ローズさんと同い年くらいだろうか?
身長は160ほどで、メイド服…と言うよりハウスキーパーと言う言葉が合いそうなちょっと古臭く感じる格好。
そして目の前には先程の黒と銀のローブのオレンジ髪の少女と、隣に栗毛の女の子がちょこんと座る。…見た目は全然違うけれど、2人は姉妹のように並んで。
そわそわするボクは辺りを軽く見渡す。
アンティーク風な円卓のテーブル、椅子、ランプ…と見るからに高級そうな一室。知識の少ないボクのイメージで当てはめると…マリーアントワネットな時代と言う単語が出て来たけれど、多分雰囲気しか合っていない。
とりあえず中世っぽい。
そう言えばレオナたちのテントも高級感が凄かったけれど、この部屋にある品々も相当凄い物が揃っている事は素人のボクでも何となくわかった。
そんなボクは辺りの物を見て、みんなの事を思い出しやっと口を開く。
「あの、ここはどこなんですか?レオナたちが魔王の元に戦いに向かって…」
「うんうん、じゃあ起きてる事を話してもらっても良いかい?」
彼女は用意されたお茶を口にしながら、独特のペースで尋ねる。
そしてボクは焦りも混じったせいでひたすら喋り続け、相手の相槌も構わず話し続けた。
途中から隣に座る女の子が真剣に聞いていたが、喋る事に必死になっていたせいでボクはすぐに忘れる。
そしてひとしきり話終わると彼女は表情を変えず、視線を向ける。
「で、キミはどうしたいんだい?」
静かに全てを聞いた彼女は、紅茶でのどを潤すとそう尋ねる。
その動きはどこか機械的で、人形のような…必要な物だけを尋ね、必要な言葉だけを返すような印象。
隣に座る女の子は心なしか落ち着きが無くなっており、無表情のまま紅茶を口にする少女とボクを何度も交互に見やる。
「レオナたちを助けたい。このままじゃ、みんな死んでしまう…」
「仮にキミが行って、何か出来るのかい?きっとレオナちゃんは命懸けでキミを逃がしたんだ。それを無駄にするのかい?」
「それでも…一人残されて、何もしないまま後悔して生き残る方が嫌だ。もう嫌なんだ」
レオナがボクの事を思って逃がしてくれた事はわかる。
でも、そのレオナは…みんなは死んでしまうだろう。
それがわかっているのに自分だけ生き残るのは、その辛さはどれだけの物か知っているボクには何もしないなんて選択肢は選べなかった。
「残念な話だけど、ここはカーディアルを更に西へ行ったアナスカと言う辺境地。第五外大陸まではかなりあるよぉ?
自分は他の土地には疎いから距離は知らないけど、覚えのある転移方施設まで馬を使っても2週間近くかかる。仮に行けたとしても―――」
彼女はボクを諦めさせようと言葉を続けるが、途中でやめると何かを見定めるかのようにじっと見つめてくる。
そして小首を軽く傾げ、右手を小さく挙げる。
「…リーゼ、携帯用の地図を。あと印章も」
「かしこまりました」
メイドさんへ横目を向け、何かを指示する。
彫像のように佇んでいたメイドさんはそれに答え、軽く会釈をするとその場を離れる。
彼女はものの1分もしない内に小さな紙と六角形のメダルを持ってくる。
そして少女はそれを受け取ると紙に何か書き込み、ボクの目の前へ置く。
「転移施設はここ…っと。
これは大陸一帯を示した地図と、ウチの印章。この印章はアナスカとカーディアル国ではある程度効力を持つ。
貴族連中にもこれを見せればどうにかなるよ。衣食住もこれで不自由なく出来るはずさ」
渡された紙を広げると前に見た事のある地図が…。
材質は紙では無く何かの皮で出来てるみたいで、厚みがある。
そして六角形のメダルは白色を放ち、表には竜、裏には魔法陣のような紋章が彫ってある。
首からかけられるように革紐が通してあり、少し大き目のペンダントトップのようだ。
その造りからしておしゃれで付けるような物では無く、何か特殊な意味を持った物だとボクでも自ずとわかった。
「あの…どうしてそこまで…」
「キミは止めても聞かない感じだしね。そして話を聞いた限りじゃそれだけの力を持っているのだろう?
やるだけやって、無理だったらまたウチに戻ってくると良いさ。…ローズには後でゆっくり文句を言うつもりだから礼はいらないよ。リーゼ、玄関まで案内を」
その長い袖で口元を隠しながら彼女は目を細めては、ガラスで出来たような眼差しを向け、冷たくボクを見やるとそう口にする。
ボクは渡された物を受け取り、そう言えば彼女の名を聞き忘れたと尋ねようとするがメイドさんに急かされ、お礼を口早に済ませてはその場を去る。
そのまま玄関を抜け、一歩踏み出て再確認した。
外に出て、そこにあったのはTVとかぐらいでしか見た事無いような、白色で統一された作りの大豪邸だった。
玄関を出た先に広がる緑、植木、石像。
それは絵画などで見られるような庭園がただただ広がり、どこかの富豪たちが集まってはパーティーなどを楽しむような造り。
そしてその終わりを告げる塀と門。
それらも鉄と石によりこれでもかと言う程、贅沢に模られておりもはや芸術品だ。
「先程、主人はお忘れでしたようなので…御持ち下さい」
門の前で見送る彼女はそう口にするとコンパスを渡すと、会釈をボクに一つ。
凄く冷たそうで怖いってイメージだったけれど、その気遣いは凄く温かい物を感じる。
「あ、ありがとうございます」
「…御武運を」
彼女はそう口にすると、ぎこちなく笑顔を向けてボクを送り出してくれた。
「ねぇねぇ何であの子、行かせちゃったの?ローズお姉ちゃんの知り合いだったんでしょ?プリズー」
「んんー?だぁって止めてもぜぇったい聞かなかったと思うよー。無理矢理止めようと思って幻惑系の魔法とか色々試したけどさぁーっぱり効かなかったしねぇ」
プリズと呼ばれた小柄な彼女はまたずるずるとローブを引き摺りながら屋敷内の廊下を闊歩する。その後ろをてくてくと少女は歩く。
彼女は先程のやり取りを思い出しながら目を細める。
それは悲哀を込めた顔で、先程のような人形のような表情では無く…確かに感情のある顔で。
「それより、ごめんよミヤン。レオナちゃん絡みならもっと気を使うべきだったのに…」
「うーん?プリズどうかしたの?」
後ろを付いて来る子犬のような少女はその言葉に首を傾げてはじっと見つめる。
その言葉に彼女は黙ると袖から少し出た指で、ポンポンとそのクセっ毛を撫でる。
何の事?と返されるがプリズは気付いていた。
あの新城悠が語る話でヴィグフィスの事になると、ミヤンは僅かながら表情を変えていた。
そして魔王との戦いで戻って来れないかも知れないとの言葉の前で、見えないようにテーブルの下でスカートを強く握り締めていた。
プリズは撫でる手を離すと、廊下の窓から見える緑が淡く色付く庭へ目を向け、
陽の光を前に目を細める。
「ねぇ、プリズ。あの女の子…どうなっちゃうの?」
無垢な表情で純粋な質問を投げかける少女。
それは時としてこれ以上ない残酷ともなる。
「長くは無い…と思うよ。あの子が自分で選んだ事だから仕方ない。それにただ死ぬだけなら僕も無理矢理にでもどうにかしたさ。けど―――」
「けど?」
「自分の死に場所をあの子は持っていた。もし志半ばで尽きようとも、それがあの子の死に場所なら誰にも奪えやしないさ」
瞑目してそう呟くとプリズは薄く笑みを浮かべる。
その瞳の裏には、新城悠と言うほんのわずかだが関わった人間の事。
この世界に関しての常識も作法も何も無い、どう見ても自己中心的な我儘な子供。
界客の子供と言うならばそれも頷ける…しかしどうだ。
子供と片付けるにしては異常な程の執念。
レオナたちと深く関わりを持ち、助けられたと言う恩義の域を超えた思考。
話を聞いても、彼女たちの為にそこまでする理由が正直わからなかった。
しかしあの子供はそれを疑う事もせず、そのあどけない姿とは裏腹に…死をも見据えた瞳をしていた。
「それに比べて僕ときたら友人たちの危機だと言うのに、こうやってのんびりしているのだからあの子を止めれる権利なんて、ありはしないさ…」
ミヤンに聞こえない程の小さな小さな声で、自責の言葉を一つ吐く。
隣の少女は庭先で散歩する2つの人影に気付くと、窓を開けて照らす太陽のような弾けんばかりの笑顔を浮かべ、元気に手を振る。
1人は杖を突いて歩く30代前半の栗毛の婦人、もう1人は同じく茶髪に釣り目の14歳前後の少女。
2人とも細かく刺繍の施された浅黄色のドレスを身に纏い、声に気が付くとこちらへ向く。
「おかーさーん!ルカおねぇちゃーん!」
「あら、ミヤンったらまたプリズのとこに居たの?」
「うん!」
「全くこの子ったら…プリズの邪魔しちゃダメでしょう?」
「ははは。大丈夫だよ、ミヤンは良い子だから問題ないさ。ね?」
「プリズはそうやってすぐ妹を甘やかすー!調子乗っちゃうからやめてあげて」
女4人で陽気な天気の中、ふざけ合いながら笑い合う。
姉にからかわれたミヤンは頬を膨らませ拗ねては、それをプリズがなだめる。
それが面白くない姉は目を細めて悪態を付き、それもプリズがまたなだめ。
休日にあるほがらかな一日のような光景。
そんな明るいやり取りの中、プリズはあの子供の事を思い出す。
そして、あの子供が語った友人たちの話。
レオナ、ローズ、ルシード、ヴィグフィス…。
何かあれば逃げれるようにと託した物は、あの子供送る為と手紙で2つ使われてしまった。
人数分しか無いのならば残り3つ。
逃げるとしても誰かが一人、犠牲となる。
そして、あの子供しか逃がさなかったと言う事はみなは逃げる気など無く、最後の最後まで死力を尽くし戦うつもりなのだ。
ならば自分は託された生ある者たちを、守るのみ。
友人たちから託された家族を、子供を。
「―――どうか、悔いの残らぬ最期を」
彼女は陽光の下、夏空を仰ぐように顔を上げると祈りを口にした。
プリズは警戒していたので素っ気ない態度を取ってた感じです。




