第三十七話 「じゃァ……始めヨうゼ」
「近いね、でも足りない。
それは自分を苦しめたモノ全てへ対しての憎しみ……自分を苦しめたこの世界の何もかもを破壊しつくしても足りない、憎悪だ」
そう口にした後、少年は石の椅子の背もたれへ身を預け、天井を仰ぐ。
先程の一言の前にレオナを始め、誰も何も言わない。
いや、レオナは兎も角、他の3名は何か言える訳が無かった。
この世界においての界客の扱いを少なからず、各々は知っていたからだ。
「んで、お花畑のお嬢さんはきっと幸せを得た界客が少なくとも居たハズ、何て考えるかもしれねーが残念なお報せが一つ」
その一言にレオナはびくりと身を小さく震わせる。
少年は言葉に続けて仰向けのまま右腕を上に突き上げ、天井をピっと指さす。
「この世界での界客のおおよその肉体寿命は短くて1年、長くて約2年半。現状それ以上は生きられない」
「何でそんなに短命なの…?」
「界客特有だ。肉体が自身の魔力に耐え切れなくなって遅かれ早かれ死ぬんだわ。その辺はルシードとローズが知ってるだろ。タムラがそれだよ」
「……あの界客か。しかしあの者は魔力を介したモノは不得手で、魔力も感じなかった。その話の通りならば矛盾が生じんか?」
いくらか納得が行ったような表情を浮かべるが、すぐに疑問の言葉を投げかける。
駐屯地にいた界客は確かに原因不明の病で死んだ。
しかしあの界客は魔力に関したモノが一切扱えず、それによる肉体崩壊と言う言葉にルシードは納得が行かないようだ。
「あー…なら、これで良いか。誰か火と水の魔法は使えるか?」
彼は足元に転がる手のひらサイズの石を拾い上げるとレオナに向けて放り投げる。3人が身構えると同時に、その勢いは失速してふわふわと浮く形で彼女の手元へ。
「初歩で良いなら私も使えるわ」
受け取った石を両手で抱え込むように持つレオナはそう答え、改めて背を伸ばす。
少年はパチンと指を鳴らし、「んじゃオーケーだわ」と、口の端を上げてにまりと笑う。
「じゃあ浮かせるから、最初、20秒くらい火で炙ったら水かけてくれや」
石は彼女の手元を離れ、ゆっくり回転しながらふわふわとレオナの1m先程で宙に浮く。
言われた通りに彼女は火魔法で炙り、水魔法でそれを冷やす。
「――これで良いの?」
「じゃあ今度は倍くらいの時間炙って、また水かけて冷やしてくれや」
先程より長い時間火魔法で炙り、水魔法で冷やす。
水をかけると「ジュウゥ!」と一際、大きな音を立て、水は蒸気となる。
同時に「ピシッ」と言う小さな音が鳴るが誰も気が付かない。
「これで…?」
「あとは炙る時間をどんどん増やしてまた冷やしてくれ。良いって言うまで繰り返しな」
言われるまま彼女はまた炙り、冷やしての繰り返しを行う。
ルシードとローズはそれを繰り返した結果、どうなるかを察した様子でただ見守る。
火魔法の空気を燃す音、水魔法が激しい音を立てて蒸気に変わる音…
バキリ。
急激な温度変化に耐え切れなくなった石は大きな音を立てて真っ二つに割れる。
よく見ればいくらかの小ヒビもいくつか入る。
そして同時に少年からそこまでとの声がかかる。
「……これは結局どう言う意味があったの?」
「石が界客の肉体、火と水…温度変化が魔力と言えばいくらかわかるか?」
宙を浮き、ゆっくり時計回りに回転する割れた石を見やる。
そしてやっと意味を理解したレオナはいくらかの蒼白を浮かべる。
途中で本質を理解したヴィグフィスも瞑目し、ルシードとローズは最初から理解していた為、ただ静かにしていた。
そしてレオナは小さく、「じゃあ…もしかして…」と唇が震える。
「魔力による肉体崩壊現象…通称、魔抗病。魔力なんて存在しねぇ世界の人間がこの世界に来て、必ずかかる不治の病…と言うより現象。自身に魔力が無くても、生活の中で吸う空気や食い物に含まれる魔力の蓄積が原因で、必ず発症する」
「…治す手立ては?」
「俺はしらねぇ。200年以上前にそれに対しての実験…こっちで用意した肉体へ界客を入れようとする研究もされてたらしいが、俺が第五外大陸を破壊したし、研究自体もうねぇんじゃね?遅延させる方法は実在するらしいがよくは知らねぇな」
ふぅっと息を吐き、背もたれると少年は首を鳴らす。
落ち着きが無い…と言うより身体の具合があまり芳しくないとも取れる素振り。
彼は首に軽く手を宛て、迷うような表情を浮かべては口を開く。
「っつー訳でアンタが頑張って逃がしたアイツも、長くねぇよ」
片目を瞑り、残った右目でレオナを見つめながら彼はそう口にする。
レオナは一瞬ビクリと強張った動きを見せるが、凛とした表情を崩さず前を見ている。
しかし、膝元にある両の手はその言葉の前にいくらか強く握り締められていた。
「……もしやお前はユウと何かしらの繋がりが出来ていたと見た方がよさそうだな。協力関係などでは無く、一方的な繋がり。条件としては…同じ世界の人間が死に至りかける。この辺りではないか?」
「お、ほぼアタリ。よくわかったな…。伊達に数百年生きてねぇってか?」
「なるほど…と言う事はあの襲撃すらも、貴様の仕組んだ物と言う訳か」
「ソレに関してはいくらかちげぇな。界客がこの世界に来たのがわかって、どこに出現したかあの辺りの魔族を使ってサーチしてたら一匹言う事を聞かなくなりやがってな。
ユウのヤツとまともにリンクが出来たと思えばアイツは死にかけだったって話」
「……と言う事はお前は界客がこの世界に来た場合、すぐに感知出来ると言う事で良いのか?」
「いんやー?条件は知らんが、そうなる場合とそうじゃない場合もある。ユウの場合はたまたま繋がりが出来た」
お手上げと言った仕草で肩をすくめる少年に、騎士の彼は口を開く。
「――――そんな都合の良い話が、納得いくと思うか」
低くそう口にすると、今まで抑えていた恨みとも取れる色を見せては睨む。
そして彼は立ち上がり、指を刺す。
「大昔に国を滅ぼし、そして15年前にもサテンフィン王国を穢し、数多の人間を殺してきた。言葉を介すと思い聞いていればそれに対しての罪悪は一切無し…このようなヤツの言葉のどこに…」
「じゃあてめぇ、この世界の人間がオレらの仲間を犯して、奪って、殺したのは正義って言えるんだなぁ?」
「……何?」
「よォレオナちゃんよォ?そのドレス、くっそ可愛いがそのフリルやらレースの技術はどこから来てんだァ?その下の可愛らしい下着に使われてる伸縮素材はどこから得たんだろぉナぁ?」
少年がクククといびつに笑うと粘土が潰れてまた形作るように顔を、姿を一瞬で変える。
それは25歳くらいの女性…。
肩位までのウェーブのかかった茶髪に先程の少年とはまた違った鋭い目。
服装も大きく変わり、紺のスーツに黒のストッキング、服に合わせた紺のヒール。
そして彼女は表情も女性がするとは思えない程に顔をゆがめ、いやらしく、黒く笑う。
「ふ、服の技術とかは…わからないわよ。と言うか下着も細かい事は知らない…と言うよりアナタは誰?さっきの男の子は…?」
「あァ?さっきアイツが言ったろうが。中に何人も居るんだよ。
そこの剣構えたバカみてーなヤツにぶっ殺された連中がな?
こいつみたいなクソ真面目そうなヤツほど『界客はこの世界の人間に繁栄をもたらせば良い』だの、『界客は悪魔なり』とかガン首揃えて言いやがる。
そんなゴミにマワされ、遊ばれた挙句で魔抗病にかかって憎みながら死んでったヤツが蠢いてんのさァ…。
で、質問がまだあんだよォ。この世界のガラスの技術は?そこのバカが付けてる大層な鎧の製鋼技術はぁどこから?ここの施設にしてもそうだよなぁ。
ここに来るまでの途中にあった通路に施されてた排水処理は??」
姿を変えた事に驚くのも束の間、
次から次へと止まらない聞くに堪えない汚らしい口調を交えた詰問。
誰もがその言葉の前に顔を歪めるが、誰も答えられない。
それでも構わず女は喋り続け…「あーあ」と低い声を出すと首を大きく傾け、目を細める。
「ワタシらに人殺しどぉーの言うなら、まずそれをやったのはおめぇらだろ。まぁこの場合はおめぇらのゴセンゾサマか。で、それに対しての償いは?罪悪どうの問うなら、示すのはまずそっちだよなァ?」
「……っ」
「答えられる訳ねぇよな。ワタシらは勝手に喚ばれ、現に殺された立場の人間だしよォ。それも信用出来ないって言うなら全部イチから話そうかァ?
ワタシは女だったからそりゃもう貴族連中に大人気でよォ、魔法が効かねぇならクスリでって無理矢理―――」
「やめなさい。話が逸れているわ」
耐え兼ねたローズが続く罵詈雑言を一蹴する。
女性はその言葉へ対し、憎々しげと言わんばかりの表情を浮かべて舌を打つ。
「だからめんどくせェってワタシは言ったんだよ。コイツらはてめぇの主張をするくせにこっちの主張は遮るのわかってんだからよォ…」
そう口にして立ち上がるとその女性は座っていた椅子をその細脚で思い切り蹴り上げる。
栗色の髪は怒りを露わにするように乱れ、打ち上げられた石は轟音を響かせては天井に当たり、粉々に砕け散ると砂となってその場に降り注ぐ。
その突然の挙動にルシードとローズは立ち上がり、身構える。
「…しまいだしまい。さっさと殺り合おうかァ?」
「――――待って。最後に一つだけ」
「あァん?」
問いに対し、不服そうに返すと彼女は目を細める。
その視線をまっすぐ見つめ、レオナはゆっくり立ち上がる。
「……ユウは、あとどれくらいの、寿命なの?」
静かにそれを尋ねる。
彼女は緑の瞳をしっかりと開き、何があっても受け止めるとした表情をして、まっすぐ。
「――――――よく持ってあと、2時間だろうな。まァ死ねばワタシらに取り込まれるだろうから、生死なんてどうでも良いが」
背を向けて粗暴な素振りを見せていた彼女は静かに、小さくそう口にする。
覚悟していたがそれ以上に時間が無かった事にレオナと一同は言葉を失う。
容体としてはかなり進行しているかもしれないと言う予想はしていたが、早すぎると言わんばかりに。
そしてルシードも小さく、「先程短くて1年と言ったのは…」と口にして何かに気付く。
「あのバカは必要以上に魔力を使いすぎたんだよ。そんで今もアホみたいに使ってやがる…アイツが止めても聞かねェんだから仕方ないよなァ」
魔力によって肉体が崩壊。
駐屯地において、タムラと言う界客が死に至ったのは…ルシードが使った病壁の札と風精の札によって周囲の魔力が活発化し、魔抗病が進行した為だったのだ。
となれば、レオナを助ける為に無詠唱で召喚を行い、何度も何度も、いくつも魔法や魔術、召喚を扱いすぎたユウはどれだけ魔力を使ったのか…。
本来ならば年数をかけて使う量の魔力をたった数日で使ったのだ。
それが身体にどれ程の負担をかけ、魔抗病と言う物を進行させるかは言うまでもない。
「さァてセンチメンタルなお時間は終了のおしらせだ」
背を向けたまま彼女がそう口にすると足元から影が伸び、包み込む。
漆黒は茨のように巻き付くと形を変え、巨大化する。
それは5m近くはある熊のような体躯、狼のような顔、そして蜥蜴のように長い長い尻尾。
不規則に並ぶ牙を剥きだしにして口角を歪めると大きく開口して咆哮を響かせる。
そしてその黒色の獣はゆっくり前を向くと血のように赤い、ガーネット色の目をギラ付かせた。
「じゃァ……始めヨうゼ」
やっと戦闘に行けるか!?(フラグ




