第三十六話 「男に二言はねぇよ」
仄暗く、長く続く通路をカツンカツンといくつもの足音が反響する。
先頭を行く少年の横でゆらゆら浮かぶ火の玉は松明代わりに辺りを照らす。
その後を続く4人の人影。
一同は何も口にせず…ただ黙る。
先程、この三白眼の少年は自ら魔王と名乗った。
隙だらけな上に何の素養も無さそうな少年だが、纏うその魔障が彼の言葉の証明そのものだった。
ローズ、ヴィグフィス、ルシードはいつでも動けるように警戒をしながらレオナの後を行く。
盾になれるように自分たちが前へ出ようとしたが、彼女にそれを拒まれた。
「…っと、はいよ。ようこそペンタグラムへ。始まりの場所へー!!」
通路を抜け、その先の広場を我が物顔で闊歩しながら手を広げ少年は一同に向け、そう口にする。
200年以上放置されたその場所は埃が積もりに積もり、それは砂になって地を覆う。あちこちには何かの道具が朽ちていたり、本と思われる物が埃の中に埋もれている。
そして地面をよく見れば所々、その埃がかすれ、何かの紋様が見える。
見上げれば地下だと言うのにその天井は数十mも上にあり、天井にも円を中心とした何かの方陣が描かれていた。
よく見れば地面に描かれた模様と同じ模様が天井の魔法陣にも見受けられる。
恐らくは天井と地面に描かれた方陣は同じ物で、鏡合わせのようになっているのだろう。
「……何だよ。ノリ悪ぃーなぁ。まず話するだけだってよ。殺り合うのは話が終わった後だ。不意打ちなんてやんねーから安心しろよ」
はぁっと溜息を付くと肩をすくめて少年はそう答える。
その言葉のどこにも手を出さないと言う保証はない。
彼の言葉に対し、真偽が伺えない一同は相変わらず身構え、レオナを守る形で警戒をする。
ヴィグフィスは腰に携えた剣を抜けるように手を添え、ローズは術を使えるように指で魔印を結び、ルシードは術を使えるようにマジックソケットに手を添える。
「―――お前がどのような言葉を口にしようと、お前がそれに従う保証がどこにあるのだ」
憤怒を秘めたその瞳で少年を睨みつけながらヴィグフィスはそう口にする。
もし傍にレオナが居なければ、抑える激情をすぐにでも解き放ち、腰にある大剣で目の前の少年を斬り捨てていたであろう。
それほどの気迫が鎧の隙間から滲み出ているよう。
「男に二言はねぇよ」
「男に…二言?なんだそれは」
「―――こう言う肝心な時に世界が違うとめんっどくせぇんだな…」
少年はガリガリと頭を掻き毟るとそんな言葉をボヤく。
元来、このような真面目な雰囲気を得意としないと、言わんばかりに困った顔を浮かべるが、その不真面目な言動へ対してヴィグフィスは、苛立ちを覚えた様子で顔を歪める。
仮にも敵同士であるにも関わらず、礼節の欠片も無い彼の言動全てがヴィグフィスの何もかもを逆撫でした。
「アンタの言葉で言えば、剣に誓うとか剣にかけてと同じような言葉だ。ヴィグフィス」
「…冗談に口にするにしては過ぎるのを理解してか?」
「こんなタイミングでフザける程、俺もゆとってねぇよ」
その言葉にヴィグフィスは剣を抜き、突き付ける。
しかし少年はその態度に怖気ける事も無く、横目を向ける。
瞳には怒りや憎悪ともつかぬ淀んだものが中で鈍く光り、その色は少年の物とは思えない程であった。
「ま、とりあえず話だ話。じゃねーとスッキリしねーだろ。殺り合うにしてもよ」
彼はそう口にすると歩き回ってその辺りにある椅子だったような物などを集めまわる。
埃まみれになりながら、道端で何かを探すような調子で。
一同はただそれを眺め、ヴィグフィスは拍子抜けした顔で剣を納める。
「んじゃ、始めますかねー。適当に座ってくれよ」
パンパンと膝元の誇りを払い落としながら、彼は辛うじて原形を留めていた石で出来た椅子をみなにすすめる。
ヴィグフィスは無言でその椅子に勢いよく腰掛け、それに倣ってみなも腰を掛けた。
「で、レオナは界客に付いてドンくらい、知ってるワケ?」
軽いノリで、友人に何か尋ねる調子で少年は話を進める。
彼は気軽に足を組み、くつろぎ過ぎてると思われても仕方がない体勢に対し、正面の4名は背筋をしゃんと伸ばす。
「界客は…もう一つの発展した世界から来た人間で、この世界に恩恵をもたらす。今のところそれぐらい。私も聞きたい事があるのだけれど」
「やっぱその程度か…まぁしゃーねぇちゃしゃーねぇのか。ん、質問か良いぜ?」
「アナタはどうして私たちの名前を知っているの?ここに来るまでも、まるで私たちの戦力を把握してるかのような形で、魔物たちが配置されていたとルシードが言っていたの」
レオナははっきりとした口調で彼に対してそう問いかける。
それは見た目にたがわぬ堂々とした態度で、そのしっかりとした眼差しを向ける彼女の顔は凛として、何があったとしても全て受け止める心構えを持った者のそれであった。
「あー…その辺、いくらかわかってんだな。とりあえず順を追ってで良いか?じゃねぇとゴチャって訳わからなくなるからよ」
「…わかったわ」
「すまねぇな。とりあえずザックリ行くとだ、さっきも言った通りにこの場所は界客のみを召喚する為に造られた召喚施設、ペンタグラム。そして俺らは200年前に召喚された界客、だ」
「…まって、界客って人間じゃ無いの?アナタ、どう見ても私よりちょっと上くらいにしか見えないよ」
「そらそーだ。今の俺らは魔力と魂のみの集合体。こうやって俺が実体化出来てんのは魔族と同じ原理だ。その辺はそこの眼帯のルシードがよくわかんじゃねーの?」
その一言にルシードはピクリと眉を動かす。
話を振られた為でも無く、名を呼ばれたからでも無く…
「私が魔族と言うのをよくわかるな」
「そら知ってるからな。…っとそれに対しての疑問はまとめてわかるから後でな」
その後の反応をわかっているか前もってその先を言わせないように少年はする。
ルシードはその言葉の前に口をつぐみ大人しくせざる得なくなり、喉元まで出ていた言葉を飲み込むような顔を浮かべた。
「で、俺らは200年前に異世界召喚されて、魂とこの世界の魔力が混じって出来た存在だ。それについてはそこのお姉さんが一番詳しいだろ?実験の当事者に混じってたっぽいしよ」
「それについては誤解があるわね。私は当時の事は覚えていない…理由はわからないけれど、貴方が発した霧による影響で記憶が欠落したとも言われてるわ」
「…アレ?まじかよ。まぁ良いか。で、その拍子にこの世界で今まで死んだ界客の魂も吸収しちまって俺らと言う存在が出来上がった」
「そう言う事か。ふざけた見た目とは反した、その百を優に超える統一性の無い魔力の奔流…魔族でもそんな存在は見た事が無い」
合点が行ったと言わんばかりの表情でルシードは目を細め、少年を見つめる。
彼の瞳は相手の魔力を見る事が出来る。
故に少年がその身体の中に秘める異常な魔力に気付き、そのような言葉を口にしたのであろう。
「でもそうだとして、どうしてアナタはこの世界を脅かすような存在に…?今のアナタは普通の人間その物だと思うし、今の話じゃ史実にあるような事をする意味が私にはわからない」
少年の言葉の前にレオナは素直にそう答える。
この世界に置いての魔王はただの破壊を目的とし、この世界を絶望に突き落とした存在。
しかし今、目の前に居る魔王と名乗った少年はこうやって言葉も交わす事が出来、少なくとも会話による解決も望めない訳でもない状況。
「さっき言ったろ。この世界で死んだ界客の魂をも吸収したって。その様子だとおめぇはこの世界に来た界客が、どんな扱い受けてたかも全く知らないな?」
「どのような扱いって…界客はその昔、この世界に叡智を授けた存在ってのは…」
「大昔は知らねぇが200年ちょい前のこの世界における界客の扱いは奴隷以下…家畜よりタチ悪かった。使い捨ての道具だな」
少年は腕を組みながら溜息を付く。
それは仮にも敵である相手、レオナがその事実を一切知らずに自分を倒すべき敵としていた事に対する怒り…いや、唖然とした表情を浮かべていた。
「そ、そんな…でも今はそんな」
「今は召喚その物がほとんどされてない様子だからな。
まー今の時代こそ扱いはマシみてぇだけど、昔はひでぇもんだったみてえだぜ?女は犯され、男は体の良い労働として扱われれば良い方。ほとんどが貴族の玩具だって話だ。
それが大昔から続いていたとして…望まずこんな世界へ喚ばれたヤツは、最期に何を抱くと思う?」
「……憎しみ?」
レオナの答えにそれじゃ足りないと言わんばかりに一つ息を吐く。
そして彼は石の椅子へ身を預けながら足を組み直し、右腕で頬肘をついては顔を傾けるとギシリと沈黙を割る椅子の音。
正面を見据えるその三白眼が宿す光はくすんだ鉄のような鈍色を見せ、一拍置いて少年はその言葉を吐く。
「近いね、でも足りない。
それは自分を苦しめたモノ全てへ対しての憎しみ……自分を苦しめたこの世界の何もかもを破壊しつくしても足りない、憎悪だ」
解説まおうくん。




