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第三十四話 「また、」

いくらか話を終えるとヴィグフィスさんはそれ以上の事を何も言わず、「体調を悪くしている中、長話をしてすまなかった」と謝るとテントを出た。


ボクは一人になるとゆっくり深呼吸。

息を通す鼻の奥には血の匂い。

喉の奥に絡む、粘り気のある唾液へ舌を絡ませると、嫌な鉄の味を帯びて纏わり付く。

ボクは顔をしかめながらそれを飲み込むと、なるべく鼻から息をしないようにする。

今は出血していないと思っていたがまだ少し血が出ているようだ。


「でも何で……?」


未だに鼻の奥をくすぐる感覚と、喉を刺激する不快な感触が残る。

風邪の引き始めと言われれば納得する、そんな覚えのある症状2つ。

だが、風邪を引いて血を吐くなんて聞いた事が無い。

咳き込みすぎて喉を切ってしまい、痰に血が混じったなんて話は聞いた事はあるが…あの時の吐血はそんなレベルじゃなかった。

咳き込んで吐血に至る……学校で習った覚えがあるとしたら結核。

でも病気だったりしたら病壁の魔法とか言うのでまずわかるハズだし、結核はそんなすぐ発病するものなんだろうか?

そんな事を考えながらボクはふと気が付く。

口の中……内頬が少し切れていて、2個ほど小さな血豆が出来ている。

今の今まで気が付かなかったが昨日には確かなかったハズ。

そしてそれは気が付きたくなかったモノと結びつく。


「駐屯地で死んだって話の界客そとびとの人は…毛細血管の裂傷が内部にも起こっていたって、ルシードさん言ってたよね」


改めて口にした瞬間、今までにない程の悪寒は恐怖と共に背筋を這う。

それは一気にボクの体温を奪い、気が付けばガチガチと歯の根が鳴る。

一度は自ら命を絶とうとしたにも拘らず、望まない形で迫る死には恐れを抱く…何と都合の良い話だろうか。


「ははっ……何を今更」


だらしのない音を立てる歯を食い縛り、震えを止める。

自分の力は何の為に使うって決めた。

みんなを守る為ってそう、決めたんじゃないか。

……元々死のうと、元の世界では自殺をしたのに、今更何を恐れる。


今一度そう自分の中で口にして奮い立たせるとベッドから起き上がり、テントから出る。


「ユウ!? 何してるの!!」


外へ顔を出すと近くにいたレオナはボクの両肩を掴み即座に止める。

周りには誰も居ない様子で彼女だけのようだ。



「とりあえず落ち着いたから、みんなに話をしにと思って…」


「休んでないと、無理しないで…!」


レオナはその細腕に力を入れて無理矢理ボクをベッドへ連れて行く。

無理矢理抵抗しようにもうまく力が入らなかったのもあったけれど、暴れて彼女が怪我でもしたら……と思ったボクは大人しくした。

成すがままにしているとのしかかる形でボクの上に跨り、抑え付けてきた。

腕を掴みそのまま体重をかけて動けないようしている。



「ユウは……ユウはすぐに無理するから、ダメ!」


ベッドの上に押さえ付けながら俯いたままの彼女は小刻みに震えている。

いつものレオナらしくない一連の行動の前にいくらか戸惑うが、どこかそれを理解している自分も居た。

彼女が強く力を込める腕は小さく震え、子供が親にしがみ付いて必死に我儘を口にする姿と被る。

ボクは仰向けのまま彼女へ目を向けるがレオナのその表情は見えない。


「……でも今日出るんでしょ? 時間はいくらかずらせたとしても日にちがズレた場合は魔王も大人しくしてるかわからないんじゃ」


「―――だから、ユウはここに残って。私たちだけで行ってくるから、お留守番してて」



子供に言い聞かせるような言葉遣いで彼女は静かにそう言った。

確かに今のボクは見た目11歳程度で子供その物だ。

けれどこの物言いには何か違和感を覚える…。

理由はわからないけれど、レオナはボクが無理をする事へ対して過剰に反応している気がする。


「留守番って、いつ頃帰ってくるの?」


「……わかんない」


「わかんないって……そんな曖昧なのに留守番って言われても不安しかないよ」


「わがまま言わないで!」


彼女は金切り声のような甲高い声で、叫ぶ。

無理矢理にでも言う事を聞かせる、そんな時にする言動……わかりやすく言えばヒス混じりと言った所だろうか。

こう言う時は便乗してこっちもムキになって言い合うだけ無駄なんだ。

あくまで聞く姿勢を見せた形で、自分の意見を言うしかない。

暫くボクは黙る。

考えてるとかではなく、感情的になったレオナを多少なり落ち着かせ、それから話を聞いて貰う為だ。


「留守番して、みんなちゃんと帰ってくる……?」


ボクの質問に彼女は答えない。

答えられないのをわかっていて、自分も聞いた。


「わからないなら、ボクは付いて行く……」


「何で! 危ないんだよ? ユウは自分の身体がどんな状態かわかってる!? 魔王にユウの力も効かないんだよ!!」


「危なくったって良い。ボクはまた、独りきりになる方がいやだ」


体重をかけて押さえ付けているレオナの腕の力は弱まったと思うと彼女は半身を起こし、寝起きのように身を少し傾ける。


やっと見えたその顔は見覚えのある表情、出来ればボクは見たくなかった…身近だった表情。

レオナの綺麗なライトグリーンの瞳は虚ろな光を宿し、昏く濁った色を浮かべる。

それは張り詰めた物が切れてしまい、現実と心が剥離した時に浮かべる物。

この世界に来る前のボクがいつもしていた顔、その物だった。

唇が僅かに動き、何かを呟く……



「――――して…………みんな……そうやってあたしのいうことをきいて……くれないの」


くしゃりと顔を歪めると口元を震えさせながら小さく呟いたそれは、ボクの耳に。

子供が一生懸命我慢をして言う事を聞いたのに、それを受け入れて貰えずに浮かべる表情と、被る。

母さんと姉さんが死んでしまって、独りきりになって部屋の隅で泣いていた自分を思い出すその顔に、ボクは胸の内が掻き毟られる。


「レオ……ナ?」


気が付けば手を伸ばす。

自分が傷付けてしまった、と。

自分のせいでこんな……とその言葉が反響し、おもむろに触れようとしてしまう。


しかし彼女は何も言わずに大きく首を横に振る。

言葉も無く、手を使う事でも無く、行動のみでの……拒絶。

子供が泣きながら嫌がり、強く拒絶するのと同じ動き。

彼女に触る事を拒まれた手は情けなく空気を軽く掴み、我に返ったレオナは酷く顔を歪めながら「ごめんなさい」と零す。


互いに何も言えず、顔を逸らし続く沈黙。

無音の中で聞こえる自分の息の音が酷い雑音に聞こえ、苛立ちを覚える。

暫くすると落ち着いたレオナがボクから降り、ベッドの端へ腰を掛けた。

理由はわからないけれど、彼女に説得をしようとしても無理だろう。

さっきの反応を見る限り、何を言おうと受け入れて貰えない。

そうなると余りしたくは無いけれど、レオナ以外の誰か……ルシードさんかローズさん辺りに話をして、無理を聞いて貰うしかない。

ヴィグフィスさんはさっきボクへあんな話をしたのと、レオナの意見を尊重するだろう点を考えると…彼にお願いするのは難しい。



そんな事を考えているとベッドが軽く軋んだので顔を上げれば彼女は立ち上がり、背を向けて立っていた。


「……ユウの服、取ってくる。お外出るのに、それじゃ寒いよね。」


振り返らず、彼女はボクへ淡々としたその口調で話す。

その言葉はいつものレオナの明るい声はない。


「うん、お願い」


「時間もあまりない、もんね」


レオナはそう返事をしそのままテントを出る。

これはいくらか納得してくれたって事で良いのかな?

さっきの表情からして厳しいかなって思ったんだけど、本当に嫌だったら外に出るってのを心配して服なんて持ってきてくれないだろうし……。

そしてものの5分とせずに彼女は着替えのドレスを手に戻ってきた。


「はい、いつもの服は血だらけだったから……別の持ってきた」


そう言って手渡されたのはピンクと黒を基調にあしらわれたドレスで、縁に金の刺繍を細かく施されたこれまた凄く凝った一品だった。

その服を前に凄いなとは言う感想ともう一つの感想が……


「何かコレ、リタカノの変身コスに凄く似てるな」


デザインとかは全然違うのだけれど、配色が凄く似ていたせいで思わずそんな事を口にしてしまい、笑みを零してしまう。

この世界に来てまさかまたそれを思い出すような物に会うとは思ってもみなかった。


「気に入ってくれたなら良かった。お気に入りの一つなのよそれ。あとドレスの中に入ってた小袋」


そう言って渡される物は大事な物が2個入った、小袋。

それを渡されて思い出すローズさんの言葉。



『……でもねユウ君。もし魔王と戦って戦って、どーしても無理な場合はみんなでコッソリ逃げちゃおうかって言う話もしてるのよ?』


そして思ってしまう。

今、ここでみんなと逃げちゃうのは…ダメなのかな?と。

そうだ。

みんなでコッソリ逃げちゃおうかって言っていたなら、良いじゃないか。

それならレオナだって、さっきみたいに嫌がらないかも知れない。

『また、前みたいに』逃げれば。


―――また、前みたいに……逃げる?


そうやって、また、逃げる、のか?

そうやって、また、目を、逸らす、のか?


「……ユウ?どうしたの?」


レオナの言葉にハッなり、何でもないと誤魔化すとボクは手にした服をベッドの上に置き、パジャマを脱ぐ。

それに対して彼女は気を使ってくれて、アッチ向いてるねと背を向けてくれる。

ボクは軽く頭を振って先程の事を忘れると、受け取った服に着替え、髪の毛に手櫛を通す。


「よしっと」


そう口にするとレオナが振り返り、「やっぱり似合うね」と言ってくる。

その言葉に少し照れながらボクは左の胸ポッケへ小袋を仕舞い込む。


「ちゃんと入れたね」


「大事な物が二つ入ってるから、ね」


はにかみながらボクがそう答えるとレオナは自分の胸ポッケを開き、折りたたまれたハンカチを取り出す。

それを開くと、中から金色の…ボクが渡した学ランの第一ボタンが鈍く光る。


「私もちゃんと持ってるよ」


ボクに合わせて彼女は微笑むとそれを大事にハンカチへ包み、胸ポッケに仕舞う。

ああ、ちゃんと持ってくれてたんだなぁとボクは嬉しくなる。

そんなやり取りをして、じゃあ外に出よっかと声をかけようとすると、レオナに手を握られる。


「そう言えば……返事、してなかったよね」


俯きながらそんな事を言ってくるケド、何の事かわからずボクは戸惑う。

返事ってさっきの会話……? とは言っても返事がどうのって何か違うし、どう言う事だろ。

そうやって何が何だかわからないボクは手を引っ張られる。


「そ、そっちだと……アレだから」


言われるまま手を引かれ、ベッドの上に座らされる。

彼女は目の前に立ち、ボクは座っている。

よくわからないが、ベッドの上と言う状況と目の前のレオナが紅潮を浮かべ、落ち着きが無いせいでボクも少々ドキドキする。

急に落ち着きがなくなった彼女は耳辺りのロングを少しかきあげ、ボクの肩へ手を乗せる。

何が起こるのかわからず、じっと見つめていると目の上に手を乗せられ隠される。

焦って声を上げようとしたと同時におでこの髪が避けられ…柔らかい感触と一緒に流れ込んで来る、人の体温。

鼻元をくすぐる彼女の髪、そしていつも寝る時にボクをドキドキさせるレオナの香り。

触れている彼女の手も何もかもが、アツい熱を送り込んでくる。


おでこへの長いキスを終え、身を放した彼女は自分のドレスの胸元を握り締めながらそう答えた。

耳まで真っ赤になっている彼女はボクを直視出来ず、顔を逸らしている。

この世界に置いてのデコチューの意味を思い出そうとするけど、唐突の事で頭がパンクして出てきてくれない。


「ちゃんと答えるって、約束したから……きちんと伝えなきゃと思って」


ボクへ顔を向け直すと気恥ずかしさをまだ残してどもりながらそう口にする。

そして、また少し屈むとレオナは抱き付いてくる。

彼女は首元へ顔を埋め、摺り寄せてくる。


「あの、レオねぇ……」


「うん、ごめんね」


彼女は一際力を込めて抱き締めるとゆっくり身を放し、ボクを見つめて微笑んだ。

その瞳は少し潤んでいて、涙が一筋…頬を伝う。


「ごめんね、ユウ……くん……」


そう言ってそっと左胸へ手を添えてくる。

ぽとり。

もう一筋、涙が伝ってはボクのスカートの膝元に一つ音を立てて染みを作る。

彼女は今、ボクの事を何て……?

しかしボクにそんな事を考える暇も与えず、彼女の手元が光る


「きっともう時間が無いから、ユウくん……さよなら」


涙でぐしゃぐしゃにした顔でレオナはそう口にする。

その顔は、眩い光に包まれ……見えなくなる。

意識を引っ張られるような、そんな感覚がボクを襲う。






「……うっ」


顎を殴られた後みたいな気持ちの悪い気だるさが頭にのしかかっている。

小さく呻き声を出しながらボクは身を起こす。

手を付く地面には何かの模様……何か見覚えがあるような。

そしてハッとする。


「―――レオナ!? レオナ!?」


大声を出しながら辺りを見渡すが……テントの中では無く、広い何かの一室。

そして辺りを見渡して気が付く。足元にあった模様はローズさんがくれた石と同じ模様が3mくらいの大きさで彫られている。

慌てて身を起こすと、石の地面の上で何かが転がる音。

目を向けると青い石が一つ転がり、封筒が足元へひらりと落ちる。


改めて周りを見渡すが人の気配は無く、震える手でその手紙を開ける……。

それは見覚えのある紙と封筒で、手紙に目を通したボクは呆然と立ち竦むと足から力が抜け、膝を就く。


レオナはボクを助ける為にボク一人だけを逃がしたのだ。

前に聞かされたローズさんの話通りなら……ここはカーディアルと呼ばれる国を抜けた先にある場所。

恐らく第五外大陸から何百kmも離れた場所にある土地だ。



「う、うわああああああああああああ!!」


もうこんな事は嫌だと言ったボクの言葉は届かなかった。


ただただ、声を上げて叫びながら涙する。

それは何も無い部屋の中で煩く反響するだけ……。


ボクはまた、大事な時に

ボクはまた、何も出来ずに

ボクはまた、独りになるのか―――。

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