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第三十三話 「だがもう一度言おう」

ヴィグフィス回です。

「ユウよ、お前はこれからの戦いには参加するな」


その一言にボクは息が詰まり、何も答えられない。


言われる事をわかっていたハズの言葉だ。

言われる事を覚悟していたハズの言葉だ。

言われる事を望んでいたハズの言葉だ。

だが、一番言われる事を恐れていた言葉だ……。


俯いて答える事が出来ない。

自分で足手纏いになるとはわかっている、でもそれを受け入れる事が出来ない……それがどれだけのワガママかと、自分で自覚しているにもかかわらず。


「誰も言わんならばオレが言うしかない。―――悪く思うな」


黙ったボクを余所に彼は冷めた素振りでそう続ける。

下へ視線を逃がしてしまった自分にはヴィグフィスさんの顔は見えない。いや、顔を向ける勇気が無い。

それは辛い言葉を向けられたからじゃない、彼がその言葉をあえて言った事に気付いてしまったから。

本当に冷たい人ならばみんなが居る前で言ってしまえば済んだのに、それをせず、2人きりになってからわざわざ話をして、自分だけに不満が向くようにしてる。

そう、彼はボクの気持ちを理解した上で憎まれ役を買おうとしているんだ。



「……ヴィグフィスさん、ズルいですよ。何でヴィグフィスさんを悪く言えるんですか」


滲み涙を堪えながら顔を向け、言葉に詰まりながら絞り出す。


生前、イジメと言うものを経て、人の醜い物をいくらか見てきた。

―――優しい言葉の中に残酷な感情を込めて傷付けてくる人間と、薄情に思える言葉の中に、思いやりを込めて言葉をくれる人間も知っている。

彼は言うまでも無く後者だ。

そう言う人ほど、多くを語らない。

その事を思い出したと同時に、目頭は更に熱を帯び、堪えきれないボクは顔を伏せてしまう。

その後、彼は何も言ってこない。

一回だけ静かに吐息を漏らし、頭を搔くような音だけが少し聞こえる。

当然ボクの方から何かを切り出すのも無理だった。


するとベッドの右端がいくらか揺れて軽く沈み、思わず顔を上げるとヴィグフィスさんがベッドに腰を掛ける。

けどこっちに顔を向けず、一人景色を眺めるかのような表情で静かにする。

視線の先は遠く……彼しか知らない遠くの景色を見つめてるような、そんな眼差しで。



「お前がこの世界の騎士、もしくは兵士でもあれば無理矢理にでも連れて行く口実の一つに出来たのだがな」


暫く間を置いてヴィグフィスさんは目を細め、ポツリとそんな事を言い訳のように呟き、薄っすらと笑みを見せる。

確かにそう言う立場であれば、否応無しに戦いへ身を投じる事になっただろう。

しかしボクは騎士でも兵士でもなければ界客そとびとなんだ。


「いや仮にそうだったとしてもオレは、今と同じ言葉を向けていただろう……な」


彼は瞑目すると自分の言った言葉へ対し、首を横に振った。

それは言い訳を口にして、自ら否定する時にしてしまうようなそんな素振りに見えた。


「オレにはな、妻と子供が2人居る」


「―――そうな……えぇ、ええええええっ!?」


予想だにしなかった唐突の告白に思わず声を上げる。

あんな海パン一つで暴れ回ったり、変態なイメージしか無かったヴィグフィスさんが結婚。しかも子供が2人いるとか一瞬何かの冗談でしょ? なんて失礼な事を思ってしまう。

そんなボクの困惑した反応に、視線の先の彼はいくらか苦笑を浮かべる。


「そんなに珍しいか?」


「何と言うか、海パン姿で暴れ回ってる変な人のイメージだったので……スイマセン。あと、年齢もよくわからなかったので」


ボクは小さな声でボソボソとそう答える。

とは言ってもちゃんとヴィグフィスさんには聞こえていた様子で、彼は怒りもせずに軽く頬を搔いては口を開く。


「まぁその辺りに付いては細かくは言わん。レオナ様の気を紛らわせようとしてやっていたハズが、気が付けばそれが素のようになっていたしな」


「―――この前、ルシードさんからそれらしい事は聞きました。でも良いんですか?奥さんもお子さんも居るのに、レオナにあんな変な事と言うかこう……ヴィグフィスさんの家族にバレたら色々マズ気がするんですが」


「ハハッ! 確かにそうだな。特に妻から何を言われるかわからんな。だが、それも悪くは無いかもしれん」


言葉だけを聞けば、またいつものようにヴィグフィスさんは……となるような返答だった。

けれど、そう口にする彼の声と表情は普段とは違う穏やかさを帯びている。

きっと、何か訳ありと言うか何かあったんだろうな、と流石に察する。


「実はな、妻とも子供2人とも10年近く会っていない。3人は訳あって別の土地へ移った」


「……何か、あったんですか?」


「お前はサテンフィン王国で魔王の封印が解けたのが15年前、と言う話は聞いているか?」


「はい。その後、魔王は第五外大陸に逃げたとか……ルシードさんからその辺はいくらか聞きました」


彼は「そうか」と返すと一拍を置いて、話を続ける。



「その時に妻とまだ小さかったオレの子供が魔障の霧を強く浴びてしまってな。当時は何の問題も無かったのだが、5年後に魔王が活動を再開したと同時に悪化。その時、腹に居た子供にまで影響が出てな……。一命は取り留めたものの、対処が遅れてしまい妻にも子供にも後遺症が残った」


怒りでも悲しみでもないものを込めた言葉を、ヴィグフィスさんは口にする。

その遠く見つめる彼の瞳にはその時の事が今でも鮮明に思い出されるのだろう……儚さとも言えない、憂いにも似た色を瞳に宿し、言葉を続ける。


「―――まぁ色々あったが、今はカーディアルの先にあるアナスカと言う国に居る」


「会いに行かないんですか?」


「そうしたいのは山々なんだが、途中にあるクーリラン国とカーディアルがまた戦争になりそうな状況下でな。迂闊に両国間を通過も出来んのだよ。そんな何とも立ち行かん状況もあって会えない代わりに妻とはずっと手紙でやり取りを続けている」


不器用に苦笑いすると「守るべき家族に負担ばかりをかけて、近くに居られないオレはこれ以上ない甲斐性無しなのさ」と自分を皮肉った。

彼がそんな人じゃないのは知っている。そしてそんな戦争が起こりそうな場所を通って何かあったら家族が一番悲しむのは言うまでもない。

彼がサテンフィン王国から遠ざけているのも、何かあった時にもう巻き込まないようにする為に違いない。

会えない事は確かに辛い。けれど生きていればそれ以上の事はない。

死んでしまったら、会いたくても二度と会えないんだから……。


「で、ウチの子供は2人とも女の子なのだがな。その手紙に下の子が無事、誕生日を迎えたと書いてあったんだ」


「……何かヴィグフィスさんのお子さんって聞くと、男の子って印象が強いんでちょっと意外です」


「ハハハ! よく言われる。しかしウチの娘はオレに似て結構ヤンチャらしい。性別関係なくオレの血、ランゼル家の血が色濃く出ているのだろうな」


ボクの一言に高らかに笑い飛ばすとボクの頭をガシガシと撫でてくる。

きっと、自分にも父親と言うものが居たらこんな感じだったのだろうか?なんて母子家庭育ちなボクは思う。

ヴィグフィスさんはぶっきらぼうに髪の毛をワシャワシャに乱すように撫で終わると、軽く頭をポンポンと叩いてくる。


「オレの元を離れる時、まだ腹に居たミヤンが無事に9歳を迎えたらしい。その事をお前がさっき倒れた時に……思い出してな」



彼はそんな風に口にしたけどその、「なぜか」はボクにもわかってしまう。

きっと自分の娘さんと被ってしまったんだ……。

そしてそれは最初の頃からそうだったんじゃないかと思い返す。


ボクがこの世界に来てすぐ、一悶着あってガーディアンナイツ加入となったが、それが危ぶまれた時に、彼は「良いではないか?」と口にした。

第五外大陸の霧が晴れ、その話し合いの時に期待の眼差しを向けられて、何も答えられなかったボクを庇うように馬鹿を言ってくれた。

今朝の時も返答に困っていたボクの元へ来て、意見を言ってくれた。

そして今も、憎まれ役をワザと買って不器用なりに事を収めようとした。

彼はボクの気が付かない所で、知らない内に色々と助けていてくれたのだ。




「これはオレの我儘だとはわかっている。だがもう一度言おう。お前はこれからの戦いに参加するな、来るんじゃない……」


ヴィグフィスさんは絞り出す……先程と同じ言葉を。

そこに込められている気持ちも、理由も知ってしまった。

今まで余裕でここまで来たけれど、この先は確実に誰かが死ぬ。

騎士である彼の眼差しは、そう訴えてくる。


魔王には魔力を介したものが効かないと聞いている。

ならボクのネトゲスキルも恐らく通じない……。

そうなればこんなボクが付いて言った所で足手纏いとしかならないどころか、死ぬ可能性が一番高い。

それだけなら良い、ボクを庇って誰かが死ぬかもしれない。

容易に想定出来る最悪の状況。


……けれどボクは答えられない。

これから何が起こるかわからない、そんな場所にみんな向かうんだ。

しかしボクは彼の言う通りに残って、みんなは無事帰って来れるのか?

みんな生きて帰って来れるのか?

それでみんな死んでしまって……誰も居なくなって



―――また、ボクを独りきりにするの?


ずっと忘れていたかったそんな言葉が思い出されると同時に胸の底で、ぐずりと痛みを孕んだ。

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