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第三十二話 「剣のようにボクへ突き付けた」

短めです

「ユウ君の容体は……?」


テントに顔を覗かせたローズに対し、ルシードは黙って首を横に振る。

そのれに対し唇を噛み締めてはテントの中に彼女は踏み入る。


「霧の影響かと思ったがその反応も無い。病でもなければ呪術の類も無い。魔法、魔術に関する物でも無ければ、毒物の反応も一切無い」


彼は青白い顔で横たわるユウの顔を一瞥してそう続ける。

風邪を引いてるのは知っていたが、この世界には喀血する風邪など存在しない。

しかも病壁の魔法で調べてみれば、風邪を引いているなら絶対あるはずの反応が一切出・・・なかったのだ・・・・・・

そうなれば界客そとびと特有の病が持ち込まれたのかと考える。


「……だが一つ心当たりがある。駐屯地にいた界客そとびとと症状が似ている点があるのだ」


「あのタムラって言う一般兵?でもあの時みたいな痣なんて一つも無いじゃない」


「体外はな。体内……喉や鼻腔に至る内部の症状が似ているのだよ。毛細血管と細胞の裂傷が始まっている。被膜の弱い部分がその出血に耐えられず、そこが破け出血に至っている。内臓などには今の所、異常は見受けられんがこのままではあの界客そとびとと同じになるだろう」


その言葉でローズは蒼白する。

駐屯地にいたタムラと呼ばれた界客そとびとの最期は悲惨な物だったと聞く。それは息を引き取ったあとの惨状を目にすれば容易に想像出来た。

隔離テントで仕切られた白のカーテンは桶の水をひっくり返したかのような血飛沫で汚れ、それはテントの壁や天井にまで及んでいた。

どうやってそこまでの事になったかはわからない。が、その最期が悲惨な物だったくらいは予想出来る。


「どう……するのよ。魔力を介した物が使えないなら私たちには無理よ? むしろ国の抱える医療機関ですら難しいし、仮にどうにかするとしてもアナスカのプリズくらいしかアテがないわ」


「ああ、だから前と同じ方法でどうにかする」


彼は右目の眼帯を外すと瞑目しながら腰元のナイフを抜く。

前と同じ方法……それはユウが腹部に負傷を負い、死にかけた際に取った方法。

ルシードの血をユウの中に混ぜ、肉体の情報を引き抜き損傷部分を修復し、魔法の効果を受け付ける形にして治療を行った。

どんな奇病であろうと魔法や魔術を受け付ける段階にまで持って行ければ問題はない。

そう判断した彼は指にナイフの切っ先をあて、僅かな傷を作っては流れる血をユウの口へ数滴流す。


「……始まりの海にたゆといし母よ。今、苦しみを持ったその者の何もかもをさらい癒しを願う」


自分の血へ魔力を流し、それに対して魔法を行使する。

そしてその効果を受け付けた血をユウの体内から血管を通し、体内全てに巡らせるイメージを彼は思い描く。


『―――邪魔を、しナいで』


瞑目した彼の頭を突如襲う、強い吐き気と頭痛。

脳を直接鷲掴みにされるような激痛と不快感に混じり、雑音のようないくつもの声が耳の中で反響する。

身を覆う不快感にルシードは呻き声を漏らしながらも耐え、魔力を送ろうと続けるが、


『…………誰よ。触らなイで!』


一際酷い雑音の中でいくつもの声が混じり合ったようなナニかが、拒絶の言葉を強く放つ。

それは強い圧迫感を伴い、ルシードの身体は思わずぐらつく。

同時に自分の魔力が弾かれ、目の前で眠るユウの口からゴフリとコップ半分ほどの血が嘔吐のように口から溢れだす。

横で見守っていたローズは血を吐き出したユウの顔を横に向け、窒息しないように血を吐き出させる。


「ルシード! これはどう言う事……」


「わからん、だが……失敗だ」


一気に体力を奪われたような脱力感の中、夥しい汗を流して彼はそう口にする。

ユウ自身が治療を拒んだ……?

しかし聞こえたそれは覚えもない声、そして強い魔力を含んでいた。

魔力に関しては覚えがあるモノだったが、それが何か思い出せない……。

彼はそんな事を考えながら首を横に振る。

もう一度試すべきか? だが心の中で危険だと警鐘が鳴る。

あのように魔力を含んで拒絶をまたされたとして容体が悪化しかねない。

そんな彼を前にユウは呻き声を漏らし、薄っすらと目を開いた。


「あれ……ローズさんルシードさん、どうしたんですか―――」


青白い顔の少年は無理して静かに身体を起こすと、心配する2人を落ち着かせる為にゆっくり笑った。








「だからもう大丈夫ですよみんな大袈裟なんだからぁ」


いつもの赤いドレスから寝間着姿にされていたボクは身を起こしながらそんな事を口にする。

1時間ちょっと前に鼻と口から噴き出して気を失ったけど、今はいくらか落ち着いている。

結構な血を流し、貧血状態もあってぼーっとするが今は鼻血も止まっているので自分的には問題無いと思う。

ちょっと気だるさは残るけれど、これから魔王戦だと言うのに甘えた事は言ってられない。

しかしそうやって平然を装っても、テント内での一同の空気は重苦しい。



「……ユウ、無理してそう言う事を言わないで。血を吐いたのに平気な訳無いでしょ。こんな時まで笑いながらウソ言わないでよ」


彼女はスカートを強く握りしめながら俯き、震える声でそう口にする。

ボクは心配をかけまいとして考え無しな軽率な事をしてしまった。

目の前で小さく震える彼女を前に後悔を覚えたボクは、何も言えなくなってしまう。

彼女を落ち着かせるようにローズさんはレオナをテントから連れ出す。

残るのはヴィグフィスさんとルシードさん。

彼らはボクから視線を外し、ただ黙っていた。

普段から何も無ければ喋る事が無い2人ではあるけれど、今この場の空気はいつも以上に重い。


「2人ともすいません、これから大事な戦いだって言うのに……」


気が付けばその言葉が零れていた。

今自分の中で強くある感情はこれだった……肝心な時に自分が足を引っ張ってしまっていると言う罪悪感。


「気にするな。今まで頑張りすぎた分が疲れとして出たのだろう。指定は今日だが時間までは指定されていない。―――いくらか時間は許されている。ゆっくり休め」


彼はそう口にするとゆっくり立ち上がり、「2人にも話をしてくる」とその場を後にする。

この状況下でゆっくりする時間なんてほぼないハズなのに……。

今の言葉はボクを安心させようと言ってくれたんだな。

そんな事を思いながら感謝より申し訳ない感情が燻った。


そしてテントの中でヴィグフィスさんと2人きり。

彼は何か話す訳でもなく、ボクを見る訳でもなく…目を瞑ったまま、こちらを向いて喋らない。

いつもふざけてるイメージが強いせいで、こうやって静かにしているヴィグフィスさんがとても変に見える。

あとは何かとあればパンイチになっちゃう人だから、服をちゃんと着てる彼に違和感があるんだなとか考える。


「ふむ……。お前と2人きりでこうやって向き合うのは初めてだな? そうでもないか」


彼は目を開くと顎に手を宛てながらそんな事を呟く。

確かに言われてみればスキル試し打ちの時はレオナが一緒だったし、ヴィグフィスさんは常に誰かと一緒だった。


「ユウよ、お前はこれからの戦いには参加するな」


「え……」


真っ直ぐとした目で見つめながら、誰も言わなかったその言葉を彼は口にした。

誰もが気を使ってか絶対に言わなかった。

ボク自身もその言葉を、置いて行ってくれと言えなかった。


だが彼は、酷薄とも思えるその一言を剣のようにボクへ突き付けた。

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