第二十五話 「そこに月は無し」
「っはぁ…はぁ、はぁ」
激しい動悸と共にこれ以上ない程の頭痛がズクズクと脳を掻き回す。
100ってイメージで発動しちゃったけど、ティールの消費量は確か80以上だった気がするから…かなり魔力使っちゃった?
痛みで回らない頭を使って計算をしようとして意識が霞み、思わず膝を地に突く。
酸素が回らない感覚に似たような、そんな感じで痺れた身体はうまく動かない。
視界の先には全て消し炭になった魔族と魔物。
火魔法の余熱と、色々と焦げた匂いが喉と鼻を刺激してきてチリチリする。
「――ユウ、ユウ?大丈夫…?」
「うん、ちょっとぼーっとしただけ。流石にちょっと焦った…」
吐息混じりに軽く辺りを一望する。
ヴィグフィスさんは無事だし、ローズさんも無事だ。
ほっとするボクの元へみんなは集まってくる。
「――要するに支援系は自分を含む味方に効果をもたらし、攻撃系は味方を狙わないのがお前の世界の魔法と言う認識で良いんだな?」
先程の状況を説明するとルシードさんは内容をそう噛み砕く。
ボクのやっていたネトゲのソードソウルは支援系は単体に支援かPTの場合は全体効果、魔法はPTにはダメージが行かないと言った具合の仕様だった。
そしてマジシャン系の特定スキルに限ってだけど、PTやギルメンも含む他プレイヤーも巻き込むスキルが魔術、召喚と称される術に当たる。
そしてふと疑問を覚える。
それなら何で練習の時に使った支援系は単体効果だったんだろう?
だが疑問を覚えたところでわかるハズも無く、いつもより長めの小休止は終わって再び進む事に。
「ユウ、先程大分魔力を使っただろう。お前のお陰で助かったがあまり無理はするなよ」
並列するルシードさんが小さく肩を叩いてくる。
彼は人の魔力量の変動を見る事ができ、先程ボクが無理をしたのを気付いたようだ。
レオナが隣にいるから余計に悟られたくなくて苦笑しながらすいませんと謝ると気まずいボクは頬を搔く。
そんな素振りにすぐ気が付いたレオナは心配の声をかけてくる。
「ユウ、すぐ無理するから…きつかったらすぐ言ってよ?」
「う、うん。そこまで言う程でもないからさ。気にしないで」
第五外大陸に来て2日目だけど、自分のせいで心配かけたり進行速度が遅れてるような気がして、見上げる先の空のように心内は曇る一方で晴れてくれない。
「――っくしゅ!」
そしてところ構わず唐突に出るクシャミを手で覆う。
さっきの戦闘の時の煤やらで鼻に来てたんだよなぁと思いつつ、レオナにごめんねと謝って前を向く。
しかし女神の光楯とか範囲で使えてもなぁ。
お遊びの騎士キャラのスキルだったからレベル低くて、クールタイムが5分近くとかどうするんだよ。
しかもジョブが違うからトリックスターのパッシブ系も乗らず、ネタスキルと言われても言い返せないレベル。
こんな事になるならもう少し実用性のあるスキルでも取っておけばなぁなどと後の祭りに更ける。
ボクはソロメインだった為、火力系、ダメージ軽減系やMP自己回復系などのパッシブを多く取り、支援なんて殆ど取っていない。
籠る狩場に合わせて火系がメインなんだよなぁボク。
………いや、待てよ?
一個あるじゃないか。使える範囲支援が。
「ルシードさん。一個試したい物が」
彼に声をかけ、スキルを一つ試してみる事にする。
うまく行けば移動速度がかなり上がるはずだ。
「―――――銀の車輪」
みんなにも効果があるようにとイメージしながらゆっくりスキル名を口にする。
ボクの周りを過ぎる風、軽く足を動かしてみると体がかなり軽い。
ちゃんと自分に発動しているようだ。
問題は…みんなか。
「ユウよ。そのラッドと言う魔法はもう発動したのか?」
「身軽になった感覚があるなら恐らく…。ただ慣れないと移動速度も3倍になってるハズなので気を付けないと――」
「うぉおおおおおおおおおお何だこれはああぁあああああああ」
説明の途中でドップラー効果を伴った変態さんの声が通り過ぎるとドゴォ!と爆音が響く。
視界を向ければ砂埃を巻き上げて逆さになってのびる良い大人が一人。
「……あんな風になります」
「なるほど。類稀なるわかりやすい例だな」
「ねぇ、ユウ。これってどう言う効果なの?わっ!わっ!わぁああ!や、やだぁ!」
「ちょ、レオねぇ…ぶっ!」
ラッドの効果の浮遊に弄ばれ、2m辺りの空中でうまくバランスが取れずに浮かぶレオナ。
目を向ければ暴れたせいで長いスカートがめくれ上がり、白いソックスに覆われた細脚とヘソ下までが綺麗に露出。
当然、足の付け根…可愛らしい白の下着まで丸見えで小さなお尻が暴れる動きに合わせて動いている。
ルシードさんは瞑目して見ていませんからと言わんばかりに顔を逸らしていた。
「ちょっと慣れないと辛いわねコレ。ユーウーくーん?見てないでレオナどうにかしてあげてー」
ローブの裾を押さえながら同じく空中でクルクル回るローズさんがこちらを見やってはニッコリ笑う。
はい、ガン見してごめんなさい…と心の中で謝りながらレオナの体を受け止めてスカートを整えてあげる。
途端、彼女はしがみ付いて来て離れない。
考えたら急に空中浮遊とか怖いか…。
「大丈夫だよ。体が軽くなって、いつもより移動距離が伸びてるだけだから。えーとそうだな。プールとか海で潜ったり、泳いだりする感覚で良いんだよ」
「そ、そうなのね。ユウ、プールって何?私…海で泳いだ事がないのだけれど…」
「んと…じゃあ川とか、お風呂で泳いだ事は?」
「川は清涼で何度か行った事はある!でも泳いだ事無いの。あとお風呂は泳ぐなんて考えた事無いよ…ユウはそんなはしたない事してるの?」
おっとぉ。今まで経験のあるものに沿って感覚を馴れさせようと思ったらそれ以前の問題に突き当たる。
対してローズさんはボクの言葉に少しヒントを得たらしく、いくらか自由に動き始める。
ルシードさんも普通に空中遊泳を始めて、クロークを風になびかせながら満足げに腕を組む。
経験が豊富そうな人たちはすぐにラッドの効果に対応する中、レオナは慣れぬ感覚と見慣れない視界に強張ったままで離れてくれない。
とりあえず落ち着かせる為に地面の上に降りて、少しなだめる。
「ルシードさん、これで移動ってかなりラクになりませんか?」
「そうだな。空中を移動によって体力もかなり温存出来る。しかしこれも魔法なのだろう?お前の方は魔力大丈夫なのか」
「さっきの攻撃魔法の一撃分しか消費しないんでかなり余裕ですね。効果時間も5分ですし、多重発動も必要ないので負担は少ないです」
その説明に納得してくれたのか顎に手を宛ててふむと答えてそれ以上は何も言ってこなかった。
「でも、それで移動するにしては2人はどうしましょうか…。特にヴィグフィスがあの調子じゃ危ないわ」
頭上で浮かんでたローズさんがくるんと身を回して地上に降り立っては未だに意識を失ったままのヴィグフィスさんへ顔を向けた。
―――そう言えばこの人も浮遊に慣れてなかったんだっけか。
そう考えるがふとヴィグフィスさんが突っ込んだ状況を考える。
気のせいか自分が初めてラッドを使って吹っ飛んだ時と似てる気がした。
とりあえずボクは魔法が切れてからヴィグフィスさんを起こし、アドバイスしてみる事に。
「フハハッ!フハハハハハハ!これは爽快だな!自分がまるで鳥のようだ!」
「ちょっとぉヴィグフィスー?飛ばし過ぎて距離が出来た所を襲われたらどうするの。少し早過ぎよ」
「アイツが一番飲み込みが悪いであろうと思っていたのだが…感覚に左右される物に関しては覚えが早いのか?」
驚嘆の表情を浮かべながら地上から3m離れた空中を爆進する彼とそれを追う一同。
ボクは彼が突っ込んでしまった理由を考えた時に、彼は元々身体能力が高い事を思い出した。
戦闘において数mを一気に移動したりする驚異的な動き。
って事はそれに沿ったイメージを持たせればコントロール出来るのではないかと考えた。
なので「戦闘してる時の移動を頭の中でイメージして、半分以下で動いてみてください」とアドバイスしたらコツを掴んだらしく、今では一番移動速度が早い始末。
当たる風の強さと流れる風景の早さからして、時速30キロ以上出てる気がする。
そんな速度で飛ぶ中、背中にずっとしがみ付いては縮こまっているレオナ。
あの後いくらか浮遊の練習をしたのだけれどナカナカ慣れる事が出来ず、気分悪くしてちょっと戻して具合を悪くしてしまった。
レオナがきついならやめようかと言う話になっても、折角早く移動出来る手段があるなら使おうと頑なに言われ、結局はラッド移動になった。
そしてとりあえずラッドに一番慣れているボクが彼女の付き添いと言う事でこうやって彼女を背負って移動している。
時々後ろから申し訳なさそうに「ごめんね」と囁かれるけど、こればっかりは仕方がない。その度に「大丈夫だよ」とボクは答える。
実際、ラッドがかかっている間は重さはほとんど無いのでラクなんだ。
どちらかと言うと自分のスキルのせいで彼女が体調を崩してしまった事に罪悪感が酷い。
レオナのいつもの可愛らしい顔は青ざめ、綺麗な唇もくすんでいる…。
気のせいか艶やかなブロンドも光を失っているように見えた。
「おっと。空中にいると言うのはこんな利点もあるのだな。…しかし多いな」
ヴィグフィスさんを始め、立ち止まるみんなの向ける視線の先には黒い獣と人影。…魔物と魔族だ。
森の脇を進んでいるのを知っているのか、待ち構えている一つの黒い塊たちが蠢く。
「どうする。一点を切り崩して一気に突破するか?ユウの支援のお陰で抜ける事は可能だろうルシードよ」
「切り抜けるだけならそれでも良いのだが、後を追ってこられ挟撃されても面白くない…幸いあちらはまだ気付いていない様子だ。数は100少々…200足らずくらいか。どうせ魔王相手になってはこの力も役に立たん、私がやろう」
ルシードさんは眼帯を外してホルダーから札を取り出すとルビーのような右目に軽くあてる。
そして口元へ指をあてると歯を立てて、流れる血を札に圧し当てる。
「我が三魂と盟約を交わした彼の者よ。面を上げて眼を開け」
詩のように淡々と言葉にされるそれに合わせて彼の銀髪は妖しく揺らめき、羽織るクロークも風になびく。
細める両眼は火を入れた炉のように赤く輝きながら白色を煌めかせる。
「さぁ、その艶鎖を綺羅びかせては、かの星浮かぶ夜の如き終わりを呉れてやれ。そこに月は無し。創りし冥夜の中で、幾々度と響く軋りと共に喰い荒らせ…鎖黒!」
言葉が終わると同時に魔物たちが居る地上を囲う幾つもの真っ黒な鎖。
惑う魔物魔族お構いなしにジャラジャラ、ザラザラと乾いた音は寄り集まって一纏まりになる。
その姿は頭に大きな刃、からだに小さな刃をいびつに生やした赤い目の大蛇。
とぐろを巻く形で敵を囲い、鎌首をもたげては顎を開いて火で出来た舌を見せる。
胴回りだけで2、3m近くはあり、全長は恐らく300mとかになるのではないだろうか…。
とぐろの中に閉じ込められている魔物や魔族たちは必死に攻撃を向けるが激しい火花と金属音が起こるだけでダメージが入っている様子が一切ない。
「鎖黒、久し振りだろう?全部構わんぞ…」
酷薄の一声と共に大蛇はその身を動かし、鎖で出来た身体を絡ませ、生えた刃で敵を切り刻む。
嬉々と声を上げるかのように金属の不快な音を立てては、大地を割りながら這いずり回る。
そこから逃げようとすれば開く口から伸びる赤が業炎と化しそれを許さず、抗えば鎖と刃に軋り音と共に殺されていく…。
ものの3分と経たない内に動くものが無くなり、大蛇はもう終わりなのかツマンナイ。と言った風に鎌首を傾げると身を創っていた鎖を解き、姿を消す。
残るのは地面の上で無残に横たわる魔物と魔族の亡骸。
焼かれ、絞められ、押し潰され、切り刻まれ…と原型はほとんど無く、惨状の一言に尽きる。
「あの、ルシードさん。ボクの召喚が凄いとか言ってましたケド、ルシードさんの召喚の方が強いし、便利じゃないですか?」
少々蒼白を浮かべながらそんな言葉を投げかける。
今までボクが使う魔法魔術や召喚が凄いなんて言われてたけれど、先程の召喚を見てしまっては流石にそれはないとの一言が自分の中で呟かれる。
ボクの魔術や召喚であの数を対応しろと言われて出来ない事はないけれどあんな風に臨機応変に敵を殲滅するスキルはない。
「そうか?あれを呼ぶ為には盟約の呈示、血の代償と詠唱が必要な上、ヤツは気分で近くにいる味方すらも襲ってくる使い勝手の悪い召喚の一つだぞ」
彼は眼帯を付け直しながらそんな事をさらりと言ってくる。
てかさっきのキリング系かよ!などと、心の中でツッコミを入れながら苦笑を浮かべてしまう。
「なんせ攻撃までの時間が遅いのでな。威力に関してユウ以上かもしれんが、それまでの手順や面倒さを考えるとすぐに発動出来るお前の術の方が優秀だよ」
謙遜に返す彼にボクは戸惑うしかなかった。
そんなやり取りを終え、ラッド移動で今日は30km近く進みまた結界を張って休む事に。
後半はレオナもラッドに慣れた様子だったけれど前半で結構無理してたせいで彼女は早めに寝所へ向かった。
ルシードさんの話ではこのペースなら明後日に魔王の居城へ攻め込む事が出来るだろうとの事。
その話を聞いてボクは迫る戦いに動悸が鳴りやまない。
お陰で少し目が覚めてベッドの中でもなかなか寝付けない、そしてラッドで体を冷やしてしまったのかクシャミが連発。
「――っくしゅ」
明日は少し厚着した方が良いのかなと思いつつ、掛布団へ深く身を沈めるとボクは眠りに付く。
『…………おやスみ、悠』
眠るボクの耳元で、ノイズにも似た擦過音の中で誰かがそう呟いた。




