第二十二話 「臆病も2人いれば道は進める」
小さな手からぎゅうっと微かに響く音。
ボクのドレスの胸元にある小さな手はいつの間にか縋りつく形で力が籠るけれど、構わずゆっくりと彼女の頭を撫で続ける。
お互いに何も言葉にせず、自分の鼓動だけが鼓膜へ音を響かせていた。
「……っ」
ぽつっ、ぽつぽつっ。と乾いた布の上に雫が落ちる音が静寂の中へ割って入ると、それに続いて嗚咽する彼女の息が熱を持ち、胸元へ籠る。
「……ふっ、うぇ……ひっく」
堪えていたものは荒くなる息と一緒に声として漏れ出し、彼女は抑えていた物を涙と声に混ぜて吐き出す。
胸元を握り締めていた手はいつの間にかボクの背と腰に回り、彼女は震えながら縋りついていた。
……彼女は各国から魔王を解き放った一国の姫として言われる中、逃げる事も許されず旅をしている。
恐らくそれは弱音を口にする事も許されず、甘える事も出来ずに僅か14歳でありながら国と前国王の犯した罪を抱え、前に進むしかない。
その先にどれだけ危険な事があったとしても。
彼女の苦しみがどれだけのものかなんて想像も付かない。
ボクがレオナに対してアドバイスなんて事は出来るはずもない。
でもだからと言って、気付かないフリを出来る程、器用じゃない。
苦しんでいる人を、見て見ぬフリなんて事は……ボクには無理だ。出来るハズがない。
そう思うと胸の鼓動はズグンっと一際大きな音を立て返事をする。
「―――レオねぇもさ、ずっと我慢してたんだよね。ボクはレオねぇの大変さとか、苦しみとかをわかるなんて事が言えない……情けない話だけれど」
頭を抱き締めたまま、ボクは身を屈めて彼女の顔を首元に寄せる。
「でも、こうやってレオねぇが甘えても抱き留めるくらいは、出来るよ。愚痴を聞くくらいは…出来るよ」
自分で言いながら何言ってんだコイツと恥ずかしくなりながらも、そんな言葉を口にする。
もっとうまい言葉が、他に気の利いたセリフをと思ったけれど熱暴走している頭では無理があった。
ボクがそう口にした後、彼女はまた息を荒くして首元に顔を埋め、熱い吐息を吹きかけてくる。
その熱と一緒に染み渡るまた別の熱。
それはまたボクのドレスを伝い、彼女のスカートの上でシミを作った。
「………こわい、の」
ぐすっと鼻をすする音と一緒に擦れた声。
その一言にボクは胸の底にあるものが返事をするように、蠢く。
「失敗したらどうしようって、他の国の人たちに嫌われたらどうしようって、ローズやルシードやヴィグフィスが無理して……死んじゃったらどうしようって」
彼女の言葉に胸が痛くなる。重みは違えど自分も思った事のあるその話にボクの手は震えた。
「自分が死んだらどうしようって……」
消え入るような声でそう零す。
これから向かう戦いは敵の数も力も全てが未知数。
昔に聞いた事がある。攻める側と守る側では圧倒的に守る側が強い、と。
今から彼女たちがやろうとしている事は守りに徹した魔王の居城へ攻め込もうと言うのだ。
恐怖を覚えない方がおかしい話なんだ。
「……大丈夫だよ。うん、大丈夫!」
根拠も何も無い無責任な言葉がボクの口から飛び出す。
そして彼女の頭を撫でていた手はいつの間にか小さな体を強く抱き締める。
大事な物を手放さないよう、そう言わんばかりに。
「えっと、その、ボボ、ボクがいるから! だ、だいじょぶ! ね?」
彼女を安心させる一番、肝心なところでどもった。
最悪である。
「ルシードさんも言ってたけど、ボクの使う魔法とか魔術って強いらしいから!あの…何だっけ。あれ、きゅーていなんとか?それ以上の力があるらしいから!ボクがみんな守るよ!大丈夫!」
無責任な言葉を並べ立てる。
どうにか不安を振り払いたい一心で。
何と言う酷いヤツなのかと、口にした後に湧き出る自分への罵倒。
「だからさ! 大丈夫だよ!」
ボクの言葉にきょとんとした顔で答える。
マシンガンを続けるだけ続けてすぐに弾切れとなったボクはゼンマイが切れた人形みたいにそのまま動けない。
「……あははっ」
急に噴き出したかと思えば、更に涙を流しては赤くなり、明るく笑う……何とも器用な事を始めるレオナ。
「あははははっ! やだユウったら、もう……何でそんな事、言っちゃうかなぁ」
いくらボクが言った台詞がくさかったからってそこまで笑わなくても良いでしょ。
抱き締めてそんな事を言ったから、我ながら最高にダサい。
「……変な事言った自覚はあるけどさ……そんなに爆笑しなくても」
「ううん、そうじゃなくってね。私より小さいユウがそうやって頑張ってるのにこうやって悩んで、絶対に失敗出来ないとか色々思い詰めてた自分がおかしくなっちゃって」
「うーん……? 頑張ってるのかなぁ。ボクはただ、言われた事やってるだけだよ」
「だって別の世界から来たのに文句一つ言わずに色々してくれてる。それに私のお世話を任されたりしてるかもしれないけれど、さっきの言葉はしろなんて言われて口にできる言葉じゃないもの」
涙でぐしゃぐしゃになった顔でクスっと笑っては首を傾げる。
確かにそこまでしろなんて言われては無い。
でも、ここでまた色々と言い訳しようとすればさっき自分の口にした言葉を否定する事になる。
「―――臆病なだけだよ。誰かが傷付く事で自分が不安になるのが怖いだけなんだ」
「この辺りのことわざでね、『臆病も2人いれば道は進める』って言うのがあるの。意味はね、臆病者独りじゃうずくまっちゃう。けれど臆病者でも2人いれば怖がりながらも先に進もうとする。怖いけど、怖くないって意味」
何となく三人寄れば文殊の知恵を思い出したけれどちょっと違うか。
そんな事を考えてるとレオナがそっと手を握ってくる。
泣いていたせいかすごく熱く、彼女の火照る顔の熱をそのまま持ってきたかのようだ。
「私も臆病者だから一緒、ホラこれで2人。えへへ」
ぎゅっと手を握り締めながらにへらと笑いかけてくる。
励まそうとしてたハズのボクはいつの間にか励まされ、こんな屈託のない笑顔を向けられ気まずくなっては、思わず俯く。
どうしてこうも自分のネガを口にしてしまうのか。馬鹿か。
レオナの顔はまだ濡れていて、まだくちゃくちゃな顔でどうしたのと覗き込んでくる。
しかし合わせれる訳も無く目を逸らす。
「レオねぇってさぁ、かなぁり恥ずかしい事を口にするよね……」
「そ、そう……? ユウだってどっかの貴族みたいな口説き文句みたいな事、さっき言ってたじゃない。ああ言うのは女の子が口にする台詞じゃないんだよ? 知ってる?」
「ぬぐっ!」
その言葉にぐうの音も出ずに変な声が出る。
彼女は握っていた手を解くとボクの足をペチペチ叩いては何かを訴えてくるがボクはそっぽを向いて無視。
「じゃ、じゃあもう平気だね! 怖くないね! 心配ないね! もう大丈夫だね!」
「う、うーん。そう言われてもやっぱりちょこっとは怖いよ。ユウも怖いでしょ? 同じだよ……」
顔は見えないけれど彼女の表情が曇ったのはわかった。
だよね…。と自分の心は呟く。
―――人間、恐怖や不安なんてシロモノはそう簡単に消えてはくれない。
奮い立たせて進んでる内にそれが薄れて、忘れた頃に無くなっている事が多いのだ。
彼女の場合どうしたら良いのかな……と考えていると昔、夜が怖くて眠れなかった時に母さんがしてくれたおまじないを思い出す。
行為としては単純な物だった。ただ、それのお陰で子供の自分は安心を覚えた。
それをしてみようとボクは正面へ向き直す。
「じゃあボクの国のおまじないをひとつ」
上擦った声を出しながらボクは彼女の頭へ触れ、おでこを隠す前髪をそっと掻き分ける。
当たる髪も肌も凄く熱を持っていて、釣られてボクの指も熱を持つ。
何をするのだろう? と言った顔を浮かべたままこちらを凝視する彼女の瞳を一瞥してボクはそのままおでこへ寄せ、触れる。
唇へ伝わる額の温度。
それと同時にボクは自分の顔を勢いよく引き離し、移った熱で発火したかの如く全身へ熱が回る。
「えと、これさ! お、おかあさんがボクが寝れない時とか泣いた時にしてくれてたおまじないで!こ、怖い時とかふあんなときにしてくれて! その!」
またもややってから何やってんだとテンパるわ言い訳するわ。
声のトーンもおかしな事になってるがレオナは彫像のようにそのまま応答なし。
「……」
「あーそのー…………レ、レオ、ねぇ?」
返事が無い。
ボクの赤面は蒼白を交え始めると、レオナは油の切れた機械のように動いては後ろにある枕を引っ張っては抱き締める。
そして心なしかプルプル震える。
ヤバイ、とても酷い事をしてしまったと固唾を飲むと枕が胸元へ弱々しく叩き付けられて、バスっと乾いた音を一つ。
「―――おまじないって、どう言う意味のおまじない?」
バスっ。とまた乾いた音が顔面を覆う。
「え、えと。安心させる、不安を取り除くって意味の―――」
「……そっか、私の国でもおでこにするの。あるよ」
バスっ。
「そうなんだ。い、意味が違うの?」
「……」
ボフっ……ボスっ。と今度は連続で。
「お母様とか、家族がするのは……あなたが大事って意味」
バフっ。先程より力が籠った一撃。
「うん」
「ずっと大切って意味……」
バスっ。ボフバスっ。と気のせいか力が籠る。
「家族以外がするのは……」
ボフ。
バフっ! ボフ!
ボフッ! バスバフバスバスバフっ!
「……あなたを私の一番大切な物にさせて下さいだよっ!」
バッスバスバスバス! バフバフバスバスバフっ!
……ほわい? ぱーどぅん?
あの、ボク、男だけど今、女の子だからそれって適用外じゃないんですか。
「王族や貴族は変わった趣味が当たり前だから、性別年齢関係なく簡単にしちゃダメなの! 馬鹿! ユウのばかばかばかぁ!」
えーっと要するにわたくしは性別の垣根も越え、年齢も関係無いじゃないか一緒になろうぜベイベ―みたいな告白したって事になるんすか?
「愛の告白なんだよっ!! 誰にもあげてなかったのに!! 初めてだったのにユウのバカぁ!!」
バフンっ! と視界を塞ぐ柔らかい塊。
同時に綺麗なブロンドをぐっしゃぐしゃに振り乱し、紅潮を超えた赤面を浮かべたレオナの顔はブラックアウトする。
硬直したボクの顔面を滑り落ちる枕。開ける視界。これ以上ない程の憤慨と羞恥と困惑を入り交えた赤面の顔。
彼女はすかさず枕を拾うとバスケットゴールに何度もシュートするかのように枕を顔面へ飛ばしてくる。
硬直したボクの顔面を滑り落ちる枕。
開ける視界。これ以上ない程の憤慨と羞恥と困惑を入り交えた赤面の顔。またブラックアウト……。
「ちょっとぉ。レオナ、ユウ君うるさいわよー?」
「「わぁああああああああぁぁあああああっ!?」」
―――それからボクは完全にレオナから避けられ、食事を終えて時間を潰した後に一人、お風呂場へ向かった。
「……はぁ」
お湯を頭からかぶるとまた溜息が出る。
理由は言うまでも無く……。
そして謝ろうにもタイミングが無くてこんな時間。
明日出発って言うのに何やってんだろ。と自己嫌悪にまた足を突っ込むとまた一つ深い溜息。
こういう考え無しの所がいけないんだよなぁと後悔しながら滴るお湯を見つめる。
ことわざの時点で価値観とか世界観が違うってのはいくらか気付けたはずなのに馬鹿だよほんと。
「仕方ない、ここは男らしくスッパリ謝ろう。って女の子としてじゃなきゃいけないから……うん、女友達として! うん!」
そう言い聞かせて頭から勢い良くお湯を被ると同時にパシャ。っと別の音が。
―これは、あし……おと?
「あらユウ君。こんな遅くにお風呂だなんて珍しいわね?」
見上げる先には素晴らしい曲線美とたわわな大地で実った大きな果実が2つ……。
その危険な身体を隠す素振りも無く、ライトグリーンのロングヘアーをかきあげながら綺麗なお姉さんが妖艶な笑顔を浮かべてはボクを見つめていた。
書いてて恥ずかしいんじゃぁああ




