第二十話「私の妹のように」
「――――霧が予定より早く薄れた。明日、予定通り転移方陣を使い第五外大陸へ渡り、魔王の居城を目指す」
テントへ僕らが集合すると、ルシードさんが代表してその言葉を口にする。
集まっているメンバーはボクを含めたいつもの5人。
みんな彼の言葉に何も言わず、ただ頷く。
「移動に関してだが少人数での徒歩移動となる為、遠回りとなるがアズの森を沿って居城へと繋がる坑道に進む。平原を突っ切る方が時間としては早いが囲まれた場合、対処が出来なくなる」
「森の木々に結界を張りながら壁伝いのようにして進むつもりね。……常に全方位を気にかけると言う心配がいくらか軽減されるのを考えたら、確かに妥当かしら」
「いくら霧が薄くなっているとは言え、どこから敵が来るかわからんからな。防壁結界の方は私の方で術符を用意した。戦闘にはヴィグフィスを先頭に支援と援護にローズ、レオナ様の護衛兼攻撃援護をユウにしてもらう」
テーブルの上に広げられる何かの紋様が書かれたライブチケットくらいの大きさの紙。
この前、ルシードさんのテントへ行った時に見た覚えのある物だ。
「―――ちなみに第五外大陸に渡り、アズの森を通過した場合に目的地までどのくらいかかるのだ?」
「順当にいけば3日だな。戦闘などでモタつけば5日と見ている。そしてレオナ様には魔王との戦いまで極力戦闘を避けて頂きます」
「え……?ルシード何を言い出すのよ。私だって戦え―――」
「3日から5日間連日魔物や魔族と戦い、魔王との戦いの際に万全の状態で挑める自信、御座いますか?」
遮る言葉。
非情とも取れるその一言を前にレオナは押し黙る。
彼女はホワイトプリンセスと呼ばれ、Elfと言われる力を扱う事が出来る。それは唯一、魔王を倒す事が出来る力らしく、この戦いで全てが掛かっている。
そう考えればルシードさんの辛辣にも思える言葉は、色々な物が込められての言葉だと彼女も理解した。
「その間、ユウには戦闘で期待している。本当は色々と教えるつもりだったのだが、その辺りは実戦で対応してもらう。戦いにおいては私とローズの指示に従ってくれ」
ボクへ向く言葉、視線、期待……。
そう言う事に慣れないボクは返事も出来ずに固まる。
確かにネトゲスキルは強力だ。
しかし戦う事はまた別で、それ以上に魔族から襲われたと言う恐怖が心の底をじわりと這う。
「フッ、安心しろユウ!! お前の方に獲物は渡さん。貴様は少女らしく大人しくしていれば良い!
このレオナ女王陛下の愛の下僕ことヴィグフィス・ランゼルが、一匹残らず蹴散らしてくれるのだからなッ!!」
席を立つと自分の筋肉をこれでもかと強調してボクへ向けてニヤリと笑う。
一同はまたコイツはと言った顔で苦笑。
ボクも釣られて苦笑いを浮かべるけれど、内心はお陰でいくらか気が楽になったと少し感謝する。
「……とりあえず今日の話はここまでだ。各自、明朝の6時までゆっくり休んでいてくれ。では、解散」
短い話し合いが終わり、まばらにテントを後にするメンバー。
これから戦い……か。
今までに経験が無い事に対して、ドクドクと騒ぐ心臓。
これはこれから起こる事に対しての恐怖では無く、何が起こるのかわからない事に対しての、恐怖。
そう自覚したと同時に、脈が更に煩く血を送る。
「あ……そう言えばレーリンズさんたちに挨拶しておかなきゃ、か」
ボクはふと駐屯地の兵士たちを思い出す。
仲が良いと言った関係ではないけれど、すれ違いに挨拶はする仲だ。
いくらかお世話にもなってる訳だし、お別れの挨拶を―――
「ああすまないユウよ。それはしないでくれ」
ボクの呟きを遮ってルシードさんがそんな事を口にしてくる。
どう言う事かと振り向くと「お前には言い忘れていたか」と言葉を続けた……。
「……ここはある意味敵国、って事か」
吐息と一緒に少しうな垂れる。
ルシードさんに挨拶を止められた理由はここがディーリス国内である為。
今ボクらが居るこの駐屯地はレオナの国に魔王討伐を突き付けてきた三大国家の内の一つ、ディーリスの領土内。
現状は魔王による被害は出ていないらしいけど、魔王を解き放ったレオナの国、サテンフィン王国は世界的に良いように思われていないらしい。
その関係で魔王討伐と言う役目を担っているレオナたちに対しても、ここの人たちは良い印象が無いとの事。
魔王を解き放った国の人間、しかもその張本人の娘のレオナ。
そしてこの間の魔族襲撃事件。
人間と言うのは悪い部分ばかりを見て、無理矢理にこじつけて嫌悪を覚える生き物だ。
それを払拭するのは容易い事ではない。
なのでレオナ本人からここの人たちに直接挨拶して回るらしい。
確かに部外者のボクが近所に挨拶するノリで、そんな事を口にしたら危なかった。
よくよく思い出せばここの人たちは気さくだったりするけど距離感がある。
踏み入らず、踏み入らせず、必要以外は関わらない。
野営病院のテントの時に無茶苦茶やったボクに対して何も言わなかったけれど、思い出してみればレオナに向けての態度に違和感があった。
いくら人の生き死にに関わると言っても、仮にも一国のお姫様に治療を任せたり、咄嗟に腕を掴んだりおかしな話ではある。
そこまで深く考えなかったけれど、違和感に対してピースが当てはまりスッキリする反面、また溜息が続く。
明日の予定だけれど、レオナが挨拶に回る際にボクは護衛から外れていてくれとの話を受けた。
国絡み難しい事もある様子だし、仕方ないのかなとボクは納得する事にした。
「明日の朝まで自由って事だけど、やる事ないよね正直……」
なんて小言を口にしながらボクは寝所テントへ足を運ぶ。
元の世界だったなら、休みを良い事にネトゲに更けたり、ネット上の動画見たりでPCを使って時間潰しなんていくらでも出来た。
しかしこの世界にPCなんて物がある訳も無い。
「あ、あああれ、どうしたのユウ」
入口のカーテンをめくるとどもった彼女の声がボクを迎える。
目を向ければテーブルの上に覆い被さって赤面しているレオナ。
隙間から見えるのは…紙?
「ご、ごごめん! ちょっと手紙書いてて!家族とかに手紙書いてて! あははっ!」
「それなら悪いところに来ちゃったな。どっかで時間潰してくるよ」
「だ、大丈夫よ! えと、その、気にしないで! ちょっとビックリしただけだから」
その場を後にしようとするけどレオナに引き留められる。
「あの、見られたくないから、ベッドの上でゆっくりしてて」と言う言葉に素直に従うとゴロンと転がった。
邪魔だろうに傍にいて欲しいって乙女心……? なのかな。
―――カリ、カリカリカリ…カリ。
彼女は万年筆のような物で紙の上に文字を書く。
その音は静かな部屋の中で小さな音を響かせる。
小刻みに響くその音を聞いて懐かしくなる。
姉さんが同人を描く時に使っていたつけペンの走る音と凄く、似ていた。
『アレ? もう先が開き切っちゃったわ。やっぱりパソ描きの方が良いのかなー?』
『やっばいベタ間違った! ホワイト…ホワ……なぁああああ! 瓶が!インクが!
悠、ティッシュ! 早くティッシュ! だからアナログは!』
『うへ……うへへへ……アタイ、この原稿が上がったら悠の為にリタカノコスまた作るんだ……56話のきわどいヤツ作るんや……』
昔の懐かしい思い出。
当時は姉さんの無茶振りに付き合わされて困った物だった。
でも今となっては良き思い出の一つ。
―――とは言っても女装させられていた思い出に関してはまだノーコメントな思い出ですが。
カリ、カリカリカリカリ…………カリカリカリカリカリ……コッ
ペンの走る音の中に混じる、硬い物を軽くあてる音。
インクが無くなってインク瓶からを補充してまた書いてるんだな…。
紙の擦れる音、ペンの走る音、書くのに少し疲れて一息付く彼女の吐息。
その懐かしい音は心地好く、子守唄のようにボクの耳をくすぐる。
気が付くとボクはそのまま眠っていた。
「……少し予定より早くなっておるようだが。予言もわからなくなっておるとの話があった手前、3ヶ国が最近喧しくてなぁ」
「問題ないわよ。結果として魔王と第一王女様が戦ってくれれば条件は揃うの。あの子たちったら玉座へ腰を下ろした途端、偉そうにするとかほんと王族って自分勝手」
「個人ならばワシのように勝手も言えようが国と民が絡めば仕方なかろう。悪く言うてやるな。本当は言いたくないのさ、あやつらも」
琥珀色の茶が入ったティーカップがカチャリ、とソーサーとあたっては乾いた音を響かせる。
ガラス張りの広いテラスの中、様々な植物は射し込む陽を受けては敷き詰められる赤のレンガと対比してその色を強調する。
その中に白の円卓とそれに合わせた白の椅子2つ。
そこへ掛ける少女と老人2人は傍目には孫と祖父の微笑ましいひとときに見えなくもない。
しかし向かい合う2つの顔が見せる色は密談のよう。
「大丈夫よ。その為に無理を言って霧を早く動かしたんだもの……」
カップの縁に人差し指を滑らせながら黒髪の少女は目の前の初老に微笑んだ。
笑みと共に傾げる首に釣られ、黒く美しい艶気の長髪はさらりと揺れる。
見た目も口にする言葉もあどけない少女のもの。
しかしその浮かべる表情と仕草は妖艶を秘める。
「第一王女のElfと魔王のAlpが一定量うまくぶつかり合えば呼鳥の下準備、最低ラインはクリア。
第一王女が魔王封印も無理、討伐なんて絶対無理な話はわかってる。
その為にわざわざAlpを秘めたあの子をわざわざ同伴させて、
後の呼鳥がうまく行く開くようにしてるのわかってるでしょ?」
「―――しかし、Alp持ちが期待通りの事にならんかったら頓挫じゃろう?」
その言葉に老人は髭に触れながら返しては椅子の背もたれへ身を預け、にやりと笑っては意味深な発言。
少女はそれに対し少しきょとんとした顔を浮かべ、何かに気が付くとテーブルの上に身を乗り出す。
「ヌーちゃん。まぁーた隠し事してる?左だけ口角が上がる癖、また出てるわよ」
「はっは! この年寄りにちゃん付けとはおぬしくらいじゃぞクロ。好い加減子供扱いはやめて欲しいのだがなぁ……」
年寄りはそう観念すると眉を八の字にしては困り顔をする。
クロと呼ばれた少女は身を起こすと腰に手をあて、胸を張るとフフンと鼻を鳴らす。
「仕方ないじゃない。私にしたらほとんどはずぅーっと子供みたいな物よ。ねー? ナユキぃ」
テラスの中で繁る緑葉に混じる、彫像のような人影が一つ。
彼女が見やる先にはタキシードに身を包む仮面の青年が背をすっと伸ばし、静かに佇んでいた。
「そうは私に言われましても難しいですね……。自身も貴女と似たような身に在ります故」
「はぁ、まぁたそんなに畏まっちゃってさー。普通にしてよ? ナユキ」
「ヌネス様の御身の前に御座います故、御許しを、クロカ」
彼は紳士の動きで軽く会釈するとそのまま静かになる。
クロカと呼ばれた少女は名を口にされた事に少し眉根を寄せては、呆れたように首を振る。
「こいつは頑固だからどうしようもない」とヌネスと呼ばれた老人は苦笑すると彼女をなだめる。
「いいわ。とりあえず話を戻してっと……で、今回はどんな面白い事を見つけたの?」
口直しにとでも言わんばかりに話を戻してはヌネスを見やる。
彼女の動きに合わせて、さらっと黒髪が音を立てた。
「カーレル駐屯地の近くで見付かった界客の子供が召喚を行ったとの話が踊狂から入ってのう」
「あら、珍しい。来てどのくらいなの? どこかでクラックでも出来て迷い込んだってとこなんだろうけど……」
「聞く話によれば、来て1日目で召喚を使ったとの事じゃ」
ヌネスは悪巧みな笑みを含んだものを浮かべると、彼女の顔を見上げる。
その表情は子供が得意げにするかのように、どこか自慢げだ。
「うっわぁ本当なのそれ……チートってレベルじゃないよ。で、その子の回収は?」
「しておらん。この時期に王女の元にそのような強力な界客。
お前さんも視えていなかった、とは何とも面白いじゃろう時詠の巫女よ?」
「ちょぉーっと! また悪いクセ! 面白そうと思ったらそうやってさぁ。
バッタとコオロギ、更にはキリギリスとスズムシ一緒に戦わせたらどれが強いかー、なんて遊んでたウチのヤンチャな妹より悪趣味よヌーちゃん。
最近魔王が張ってる霧がやたら邪魔してきてさ、視え辛いの色々」
はぁっと諦めにも似た仕草をしながら彼女は腰を下ろす。
「そして先程届いた駐屯地の兵士の言によれば、上級の魔法魔術、更には召喚までを詠唱無しに使える強者だともっぱら噂じゃ。しかも数々の術の使い手との話だ。
そしてこんなのヤツがガーディアンナイツに加わっておる。これからどうなるかわからんだろう?」
くくっと口の恥を歪めながらこれから起こる予想外を楽しみにした顔を浮かべる老人。
しかしその言葉を聞き、先程まで豊かに色を変えた彼女の顔は表情を失う。
彼女は緑葉に混じる彼へ顔を向ける。
それに対して仮面の彼はゆっくり、首を横に振った。
「無理よ。魔王に通常の魔力を介した物は通じない……それ以前に、その子が持たない」
そして哀史を読むかのように、言葉を続ける。
「―――私たちと会っていれば……もしくはこの世界をいくらか生きて、その力に気が付いていればどうに無かったかもしんない。
けど、話通りだとその子は長くない。
過ぎた力を理解出来ずに使って、それが……身を蝕むから」
これから起こる事がわかっている。
それは予言でもなく、確実に訪れると言った感情が籠った言葉。
彼女は「残念ね」と零すと続ける。
「魔抗病は界客へ絶対に訪れる病。
理解しなければ確実に死ぬの……私の妹のように」
テンポ良くするために書き直ししたはずが…




