第十五話 「これで私とユウはお揃い」
「もう大丈夫? 鼻チーンする?」
「だ、大丈夫だってば! 鼻チンとか子供じゃないもん」
ひとしきり泣きまくって落ち着いたボクにレオナがちょっかい出してくる。
彼女はボクが甘えてきたのが嬉しかったのかニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
ボクはと言えば恥ずかしさとか色々混じり、幼児退行でもしたかのように子供みたいな口振りをして、思わず彼女の手を振り払う。
――多分30分近く泣いてた気がする。
彼女の綺麗なドレスの胸元と自慢のブロンドは見事に涙と鼻水でグチャグチャ。そしてそれは留まる事を知らずスカートにまで及んでいた。
……色々スッキリした物はあるけれど同時に自己嫌悪がぱない。
だがレオナは嬉しそうに胸を張り、ドヤ顔でボクを見つめる。
「あ、ありがとうレオねぇ。少し落ち着いた」
「いいえ。ユウってばずーっと何か我慢してる感じだったから……落ち着いたなら良かった」
ボクはまたポンポンと頭を撫でられてそんな事を言われる。
どうやら彼女にはボクが何かを我慢してるように見えていたらしい。
そこまで我慢してたっけな?とか思うけど考えても仕方ないのでやめた。
そしてボクは改めて学ランに目を向ける。
……色々と思うところはあるけど、やっぱりこれは持って行けない。
心情的な理由を言えば思い出したくない事柄が詰まりすぎている。
でもやっぱり元の世界へほんの少しばかりの未練があるのも事実。
「ちょ、ちょっとユウ!?」
次の瞬間、ボクは学ランのボタンを千切っていた。
「―――持って行くのはやっぱムリだけど、捨てるのも何かちょっとアレだったから」
「だからってそんな…だからってボタンなんてちぎって余計酷くするなんて服が可哀相よ!?」
「うん。服は持って行けない。だから……レオねぇ、ハイ」
「……え?」
ボクはおもむろに千切ったボタンをレオナに向けると彼女は困惑した顔で手を出す。
本当は卒業式に好きな相手へ渡す物だけど、良いよね。
「ボクの居たとこだと大事な人に学ランの第二ボタンを送るって言う風習があるんだ。良かったら貰ってほしい……カナ」
さりげなく渡すつもりが気が付くと顔が熱を帯びる。
レオナが第二ボタンの意味を知らないと言ってもこの行為は告白その物な訳で。
今更ながら自分のした事で改めて恥ずかしくなった。
「……ありがとう。大事にするね」
彼女はボタンを握り締めた手を胸元へ寄せ、頬を染めながら今まで見た事の無い、柔らかな微笑みを浮かべた。
レオナはその笑みと一緒に軽く首を傾げると長いブロンドヘアーがふわりと揺れる。
「………どうしたのユウ?」
「ひぁ!? い、いあ何でもないよ!」
彼女に見とれていたボクは慌てて顔を隠すように俯いた。
同時にぶり返す熱。
彼女がボクを男と知らないのを良い事に何してるんだと自己嫌悪。
それは胸の中でみっともないマーブル模様を作る。
そんなわたわたしてるボクを余所にレオナは学ランを手に取る。
「ユウが捨てちゃうって決めたなら仕方ないね。
ねぇ、私もボタン一つ……良いかな?」
「へ?う、うん……いいけど……」
「ありがとう。ごめんね…………えいっ!」
服に謝ると可愛い掛け声を出しながら勢いよく学ランボタンをブチリと毟り取る彼女。
第一王女とか聞いてたけど王女としてのお淑やかさや清楚さはどこへやら…。
「はい、ユウ」
彼女は毟ったボタンをボクに手渡してくる。
ボクは手を伸ばし、それをおもむろに受け取った。
「これで私とユウはお揃い。ホラ、ちょこっとだけど2人で良い思いで出来たよ?」
彼女ははにかみながらそんな事を言ってくる。
口にした言葉が恥ずかしいんだろう、頬を染めてた朱は耳にまで及んで文字通り真っ赤っ赤だ。
「レ、レオねぇすごーく真っ赤だよ……?」
「そ、そーゆーユウだってすっごく真っ赤っ赤ーだよ?」
「それはそんな風に言われたら、当たり前ジャン」
「私も同じだよ。だからおあいこ!……えへっ」
彼女は誤魔化すようにボクがやってるぶりっ子モーションを取りながらにっこり笑う。
正直やってる物は簡単な物でほっぺに指をあててスマイルしながら首を傾げるだけ。
そんな単純なもののハズなのにそれを向けられたボクの全身に電撃としか表現出来ない何かが、バチリと走る。
そしてそんな可愛らしくもこそばゆい笑顔を見せるレオナが直視出来なくなったボクは顔を逸らした。
「……は、82点かなぁ~?ちょっと動きがワザとすぎるし。まだまだだね!」
「え~!?じゃあもう一回! ちゃんと見ててね! ……えへっ!」
「ち、違う! 動きはもう少し柔らかく……えへっ!」
「んーっと……え、えへっ!」
いつの間に「えへっ!」大会になってしまい、ローズさんがテントへ入ってくるまでそれはひたすら続いた……。
「……これは雪ねぇが言ってたペアルックとか言う物と考えて良いのかな。いやでもボクは今は女の子としている訳で、女の子としてのボクに渡してくれたんだから……。そうなるとお揃い? うん、仲良しの印?」
ボクはレオナとローズさんがお風呂に入りに行って一人きりになると学ランボタンを眺めながらベッドの上でニヤニヤしていた。
今日あったレオナとの事を思い返しながら手の中にあるボタンを転がす。
今まで学ランなんて忌まわしい記憶の沁みついた物でしかなかった。
そして学ランのボタンも同じくそうだったのだけれど、今日の事でそれが一気に塗り替えられた。
――自分でも思う、何と言う単純なヤツかと。
でも惹かれてる女の子からあんな事を言われ、あんな表情を向けられて余計に意識しない方が無理な話だ。自分が女の子を演じてると言うのを忘れて勝手に舞い上がる…馬鹿である。
そんなこんなで独りきりを良い事にボクは堪能していた。
「くぉおおおおらユゥウウウウウウウウウッ!!」
突如めくり上がるテントの入口のカーテン。
そして怒号と共に滑り込んでくる筋肉。
「うわぁあああ!? な、ななんですかヴィグフィスさん! そうやって急にパンツ一つの格好でハットトリック決めたJリーガーみたいに、スライディングしながら来ないで下さいっ!」
「やかましい! これが……これがスライディングせずにいられるか、
パンツ一つにならずにいられるかァ! 貴様、レオナ女王陛下に何を教え込んだァアアア!
何だあれは! あれは…うぉおおおレオナ女王陛下の可愛らしさが更に小悪魔化などと、などとぉおお!」
入ってくるや否や、スライディングでぐしゃぐしゃにした絨毯の上でを両手で叩き付けて彼は叫び声を上げる。
そして意味がわからず困惑するボクへ一気に詰め寄り、その逞しい腕でボクの腕を握ってくる。
「素直に答えろ! いやわかっている! あの「えへっ!」などと言う物を貴様が教えたのは!
可憐でしかしあどけない……だがその裏にはあざとさがあり、小悪魔的でありながらも純真な動きを教えたのは! 良くやった!
オレは、オレはあの方に仕えて初めてあのような輝かしい笑顔を見た! ありがとうユウよ! 貴様が最近「えへっ☆」などとやっていた事がようやく理解出来た! すべてはあの方にそれをさせる為の――」
「落ち着かんかたわけ」
マシンガントークをする彼の頭をスパン! と乾いた音が抑止する。
顔を上げると呆れ顔の眼帯さんことルシードさんが溜息を付きながら立っていた。
「お前は人一人呼んでくる事も満足に出来んのか全く……」
「ぬ、ぬぅ!しかしだなルシードよ!その前にこのオレの溢れ出る感謝の念を伝えずしては――」
「やかましい。とりあえずこの馬鹿は置いといてだ……ユウ、すまないが少し良いか?」
「は、はい」
パンツ一つで熱弁を再開しようとする彼を押し退けてルシードさんはボクの袖をめくってきた。
何がしたいのかわからずとりあえずなすがままボクはベッドに掛けたまま静かにする。
一通り何かが終わると彼はほっとした表情を浮かべると瞑目した。
「……どうかしたんですか?」
「いやな、少し気になる事があったのだが問題なさそうだ」
そして彼は何か迷ったのかしばらく黙り込む。
この様子からしてボクに関する何か疑わしい事でもあったのかな?と言うのは何となく察せたけれど、流石にそれを聞こうとする勇気は無かった。
「―――実はな、この駐屯地にも界客が居たのだよ」
「ボク以外に……いたんですか。もしかしてボクと同時期にこっちに来た人、とか?」
界客と言う言葉があるって事は、他にもボクと同じような人がいるのはわかっていた。でもこんなすぐに遭遇するとは考えてもいなかったボクは少し困惑する。
恐らく見も知りもしない赤の他人だろう。
「ケド」、と小さな不安が胸の内から吹き出して心臓を鳴らし始める。
その人がもしボクの知り合いだったら?もし学校のヤツだったら?
―――もしイジメてきてたヤツの誰かだったら?
可能性はゼロじゃぁない。
そんな焦燥が血に乗ってズクズクと騒ぎ立てる。
「いや、残念ながらそいつが来たのは約二年前らしい。そして兵士としてこの駐屯地に派遣されて、この間の襲撃で負傷しててな。その際に回復魔法が効かずにそれが判明した」
2年前と聞いていくらか安堵する自分。
そう、もしかしたら
「ボクの知り合いが死んでこっちに来るかもしれない」って事実はあるんだ。
「……だが」
言葉を続けようとしてルシードさんは一拍を置く。
その顔から良くない事が起きたのはわかった。
そして彼はゆっくり口を開く。
「先程、全身に謎の痣を作り、そいつは意識不明のまま死んだ……」




